私の手癖十割のことばあそびにお付き合いいただきありがとうございます。
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キヴォトスだからこそ、こんな生徒がいてもいいじゃない。
「あら、先生?昨日ぶりですね!」
"コトミ?"
曲がり角からぴょんと飛び出て来たのは、つい昨日出会ったばかりの真っ白な少女、コトミだった。彼女は一瞬鋭い目つきで来た方向を一瞥すると、私の方へと近づいてくる。肩にかけた鞄を左手でしっかりと握り、とことこと歩いてくる彼女の姿は、奥から聞こえてくる物騒な音さえ無ければ微笑ましいものだ。昨日の時点でもかなり膨らんでいた鞄だが、今日は昨日よりも詰まっているらしい。重そうなものを持っているにも関わらず、彼女の足取りは軽やかだった。
『戦場』そのものな音でさえ、頭に神秘を浮かべた彼女たちにとってはいつも通りの日常そのもの。箱を握る力を意図的に弱め、いつも通りの笑顔を見せる。相棒を除けばばひとりだった時と比べれば、生徒が居る事実ひとつで不安は大きく和らいだ。
「はい、郵便部のコトミです!こんな場所でお会いするとは、奇遇ですね」
私の前まで歩いてきたコトミは、片手を帽子に添えてぺこりと挨拶してくれる。自然と、彼女のヘイローが私の視界に大きく映る。改めて彼女を見てみるが、どうやら怪我の類は無さそうだ。頭につられて、ぴこぴこと揺れる一対の羽へと視線が吸い寄せられる。ふわふわとした彼女の羽を眺めていれば、頭をあげた彼女は怪訝な表情を浮かべていた。
「先生?何か私についていますか?気を付けていたのですが……」
*ううん、大丈夫。まさかこんなところで会えると思っていなかったから、驚いただけだよ*
「なるほど、そうでしたか……。っと、先生。あまり話している時間は無いかもしれません」
コトミの背へと視線を向ける。ちょうどその瞬間、爆音とともに道の破片がこちらへと飛んできた。幸いにして当たるような向きでは無かったが、生徒たちに被害が出たのか、不良らしき生徒の悲鳴が大きく響く。発砲音はいっそう大きく、そして乱雑に鳴りはじめ、金属へと打ち付けられる音がする。
「はじまりは警備用のオートマタの方の暴走でした。現在では、複数の生徒を巻き込み戦闘が発生しています。双方ともにお話を聞いてくれる状況ではありません」
"ありがとう。正義実現委員会と自警団には連絡しているから、それまでの辛抱かな?それまではとにかく、この場を切り抜けよう"
ふっと呼吸とともに意識を変える。音からして、オートマタも、生徒も、かなりの数が居る。箱の画面を見てみれば、きりりとした表情のアロナと視線が合う。
どちらからともなく頷いて、箱の画面が切り替わる。そこは、俯瞰した路地の裏。私たちが居るこの場所を、空から見た視界が映る。
協力してくれる?そう、言葉に出す前に。コトミがなんともばつのわるい顔をしながら口を開いた。
「……ええと、先生。先生の指揮を受けることに関しては、まったく異論が無いのです。守月さんからお聞きしている指揮に興味があることも確かです。ですが……」
コトミはもじもじとした様子で、こちらを伺いながら言葉を紡ぐ。彼女が言い終わらないうちに、再度爆音が鳴り響く。その音に合わせて、不良生徒がぽーんと私たちの目の前を横切った。コトミは爆音にびくりとしながら、そちらを一瞥し、私の方へ視線を戻す。
「あの、私、銃を持ち歩いていませんので、戦闘は難しいかと……」
"『……えぇ!?』"
びっくりして漏れた声は、タイミングよくふたつ重なった。今更ながら見てみると、確かに銃らしき影が無い。生徒によっては鞄の中に入れているが……。そこで、彼女の昨日の言葉を思い出した。
"硝煙の匂いはつけられないって……"
「……あらぬ方向へ飛びますし、何故か当たっても痛く無いらしいのです。豆鉄砲を思い浮かべて頂ければ。ああでも、マッサージとしては人気ですよ。今度、先生も体験されますか?」
"遠慮しておくね……って、それじゃあ"
「ええ。私たちは哀れな子羊と言ったところ、でしょうか。ちなみに私、耐久力の無さにも自身があります。一発で止まり、二発で倒れ、三発当たれば関の山とは、数少ない友人のお墨付きです」
"自信満々に言うことじゃないよね!?"
へへへ、と、彼女は力なく笑う。こうしている間にもまた爆音が響き渡る。箱の画面をちらりと見れば、榴弾を構える生徒がひとり。オートマタに肉薄していた生徒が巻き添えを喰らい、漫才のように飛んでいく。
つまりは、だ。総勢三十は居るだろうこの騒ぎを、キヴォトス人らしからずひ弱を自称する彼女とともに、あと数分以上は耐えろ、と。
今までどんな生活をしていたのか、とか。危ないでしょう、とか。いろいろと言いたいことが頭に浮かんでは振り払う。
それらを全て投げ出して、率直に言ってしまえば、可能だろう。アビドスで遭難したとき。ヘルメット団、銀行強盗、カイザー、様々な戦闘を経験した私を、こっそりと何度も救ってくれていた彼女の力を以てすれば、多分。……多分。
アロナ自身はあわあわと、俯瞰視点を止め、いつもの教室を背景に私を見つめている。
「先生、大丈夫です。一緒に逃げ……」
コトミは私に片手を差し出し、手を取るように促す。丁度、そのとき。曲がり角の向こう側、喧噪とは逆方向から、吹き飛ばされた不良生徒が顔を出した。現場を見ていた不良生徒は、視界の端に映っていた私たちに気づき、銃口をこちらへと向けた。
『先生!』
箱の中から彼女が叫ぶのと殆ど同時に、銃口が光を放つ。たったったと軽い音で、私の方に致命の弾丸が向かい来る。
彼女――コトミは、音に気づくとぐりんと顔を向け、飛んでくる銃弾を目で追った。同時に、足を前へ、ぎゅっと私の手を取って、銃口から予測できる斜線から私を引く。だが、それが不味かった。不自然に歪んだ斜線。相棒の力が働いたソレは、あらぬ方向へと飛んでいく。丁度、コトミが避けた方向へと。
"コトミ!"
咄嗟だった。まだ手の届く彼女を左腕で掴み、抱き寄せる。ちゅんっと、細く短い音が、私たちの後ろから。ひゅっと、腕の中から声がして、ぷるぷると震えだす。彼女を抱え、身近にあった物陰へ駆ける。不良少女は首を傾げ、銃と私たちを交互に比べ、あっと呟き喧噪の方を向いた。
流れ弾が不良生徒の頭にあたり、すこーん!と、軽く抜けた擬音が路地に響いた。銃弾は彼女の意識を刈り取り、からりと腕から銃が零れる。その間に全身を隠した私は、そっとコトミを放した。彼女自身は、まだ何が起きているのか分からないように、私の方をぼうっと見ている。
とさりと、路地の方で生徒が倒れた。その音で気がついたのか、コトミははっとして物陰から顔を出す。倒れている不良生徒を見て、彼女は少しうつむいた。
「……」
小さな声で、何か、言葉を紡ぐ。私には聞こえなかったけれど、彼女の表情は、あまりいいものには見えなかった。
きゅっと握った私の袖を放し、コトミは肩の鞄を掛けなおす。帽子をもう一度深く被り直し、靴で二度地面を蹴って、仕方ないような顔をする。
「……戦うことはできませんが、私の所属をお忘れですか?先生」
私が何か言う暇もなく、気づけば目前に迫っていた彼女は、私の膝裏と背に手を回し、なんでもないように持ち上げた。
「先生、どちらへ向かうご予定で?先生をお送り致します」
"この格好で!?"
「ええ。これが一番楽な体制ですから。あぁ、先生。私の鞄を持って頂けますか?ええ、はい。両腕で」
押し付けるように鞄を持たされる。よく手入れされた鞄は、内側に詰められた想いの分だけ角ばって、少々持ちづらい。ただ、これが彼女の大切なものだということを考えれば、腕には自然と力が入った。
鞄越しにタブレットを見れば、アロナが状況を表示してくれている。この短時間で届いたモモトークからは、心強い彼女達が向かっていることを教えてくれた。まずは彼女たちとの合流を。そう思い、コトミとアロナに指示を出す。
"……まずは、大通りまで行けばみんなが気づいてくれるはず。そこまでお願いできるかな?"
ふたりに、笑顔が戻る。にへへと笑うコトミと、ぷんすかと怒りながらも笑顔を浮かべるアロナ。その対比が少し、面白かった。
「それでは、大通りまで。しっかり捕まっていて下さいね?」
『分かりました!連絡はこちらで。先生、先ほどの無茶は後でお説教ですからね!』
◆
"次、右の通路から来るよ。そこさえ抜ければ、後は後ろだけ"
指示を受けて、コトミが少し左に逸れる。瞬間的に加速して、だけれど何故か加速による力は私に及ばない。これが神秘か、と、悪い大人の言葉を思い出す。本当は、彼女の技でしか無いのだろうけれど。飛んでくる銃弾は、もう不自然な挙動を描かない。
地を駆ける。右へ、左へ、壁を駆け上がっては一回転して再び駆ける。私の指示がなくとも、コトミは飛んでくる弾丸を全て避けていた。恐ろしいのは、それらをすべて"見てから避けている"と推測できることだろう。逆に言えば、見えなければ避けられない。だからこそ、彼女の動きは非常にアクロバティックなものになる。スタントマンのように大げさな動きで照準をずらし、体自体を回転させて戦場を俯瞰する。
彼女の明確な弱点は、不意の攻撃に他ならない。最初の銃撃、そしてこの逃避行。その全てを通して、死角からの攻撃だけは危うい場面が何度かあった。
"二歩先、加速して"
「はい!」
戦場から逃げた私たちを追って、何故か生徒たちは銃を放つ。背から放たれた銃撃を、一瞥しながらコトミは避ける。たたたっと、銃の音とコトミの足音が混ざりあい、跳ね返った弾丸が窓を割る。釣られた生徒にまた釣られ、オートマタまでもがこちらへ迫る。角を曲がるたびに、先回りした生徒が現れて、銃撃に巻き込まれた生徒がまた銃を放ち、どんどんと騒ぎは大きくなっていく。
ただ、もう少し。あとひとつ角を曲がれば。
『先生、次の曲がり角で――』
"コトミ、閃光防御"
「ッ、はい!」
そろそろ彼女が合流する。アロナが言おうとしていたことを察し、箱を操作して彼女に指示を送る。
真後ろには生徒たち。さらに後ろにはオートマタ。コトミの足で振り切った生徒もいるが、まだまだ敵は残っている。最初に来てくれたのが彼女で良かった。
「閃光弾、投擲!」
その声と共に、曲がり角の向こうから黒いたまがころころと転がる。コトミは私の指示を受け、ぐんと一瞬だけ加速した。コトミの白い衣装が黒い閃光弾に交差して、刹那、爆発音とともに、波がコトミを追うかのように、一帯を白く染め上げた。
私たちの後ろから、くぐもった悲鳴がいくつも響く。
波が引き、私たちと交差して、白髪を靡かせながら。"トリニティの走る閃光弾"。その異名に相応しく、私の指示で彼女は戦場に舞い降りる。スズミは愛銃を構えて私をカバーする。彼女の背中、物陰の奥へ、コトミは私とともに入り込み、私を奥に下してくれた。
「現場に到着しました。先生、と、コトミさん!?」
「守月さん、こんにちは!」
"こんにちは、スズミ。突然だけど、協力してくれる?"
「ええと、はい。もちろんです。先生」
"ありがとう。コトミは……"
「コトミさんは、先生をよろしくお願いします」
「ええ、こちらはお任せ下さい。先生には砂埃一つ付けません」
たったひとり。されど、一人。戦える生徒が来てくれた。改めて、箱を握る手に力を入れる。
漸く、私も働ける。
"それじゃあ、指揮を始めるよ"
「はいっ!」
銃を持たない生徒が居ても、良いと思うんです。
裸で練り歩くよりも珍しいコトミちゃんは実質――。
戦闘描写は真面目にするか悩み中。生徒視点ならまだ書けそうなんですが、先生視点だと余計に難しい。
続かない。