スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と相乗りする 作:カンさん
入隊式前日、イヴはユーリから説明を受けていた。
彼女が言うにはGUARDに入っても直ぐに使徒と戦える訳では無く、先ずは訓練生として学んで行かないといけないらしい。
本来なら入隊前に色々と説明を受けるのだが、イヴは特例の為その辺りの事が疎かになっていた。
「何でそんな面倒な事を……」
使徒や裏切り者と戦うだけだと思っていたイヴは嫌そうな顔をする。
しかしレインの一存で正隊員に無理矢理昇格してしまうと他の隊員達から反感を食らってしまうだとか。
『丁度良いでは無いか。スラム街生活で学が無い貴様は思う存分と学ぶと良い』
「他人事だと思って……」
『ふん。無知である事の罪深さを知ったのでは無かったのか?』
「ぐっ……」
正論パンチで殴られたイヴに反論などできる筈もなく、彼は渋々GUARDの規則に従う事にした。
「早ければ7日で正隊員になれます。最もそれは
「
その
「
「はい。明日の入隊式に赴く人物です」
そしてこの二人一組の制度にはとある目的があるのだが、ユーリはイヴの性格を顧みて今は伝えるべきでは無いと判断する。
その他にも入隊式後の訓練の日程やどうすれば正隊員になれるのかについて簡単に説明をし──次の日、イヴは入隊式に参加した。
入隊式は割と直ぐに終わった。支部にある大きな部屋に集められ、隊長であるレインから昨日ユーリに聞かされた内容と同じ事を言われて、最後に彼女の激励の挨拶で締められる。
『あの小娘、割と魔性の女なのか……?』
イヴの中で全てを見ていた魔王は少しだけ戦慄していた。
レインは伝達事項を伝える時は真面目な顔をしていたのだが、それが終わるとびっきりの笑顔を浮かべて。
「この支部を選んでくれてありがとう! 私君達が来てくれて凄く嬉しい! これからよろしね!」
心の底からそう言っているのが伝わったのか、彼女の笑顔と心にノックアウトした異性が多過ぎた。全員顔を赤らめて「かわいい」「すき」「結婚しよ」と一目惚れしていた。初恋キラーかな? と魔王はこの支部の隊長にちょっぴり畏怖した。
「結婚しよ」
『馬鹿な事を言ってないで、さっさと
入隊式時に配られた
魔力を込めると一筋の光が伸びてそちらに視線を向ける。
「きゃっ! 何これ!?」
そこには、自分の
オレンジ色の髪はウェーブが掛かったセミショートに、左側を一房髪留めで纏めており、瞳は光の様に輝いている金色だった。顔立ちも明るく驚いた表情も可愛らしい。ユーリと同年代くらいの少女で、イヴは今からあの女の子に話しかけないといけないのかと軽く絶望した。
「あ、これって確か……つまりこの光の先に──」
そして彼女もまた説明を受けていたのだろう。直ぐに落ち着いた少女は光の先にいるイヴを見つけた。
「あなたね!」
「──」
シュバッとまるで瞬間移動するかの様にイヴの前に立つ女の子。
対してイヴはカチカチに固まっていた。元々異性が苦手な性格である。ユーリは大人しい性格かつ彼の人間性を理解してイヴに合わせてくれた為に、割と直ぐに打ち解けた。
しかし、この少女は違う。イヴの本能が訴えかけていた。
まるで光の様に照らす彼女のオーラは、イヴの捻くれて擦れたスラム街育ちの心を抹消させかね無い程の威力があった。
「初めまして私の名前はシャルロット! 気軽にシャルって呼んでね!」
「あっ、はい。初めまして。俺はイヴと言います。……っす」
「イヴくんって言うのね! ……ふーん」
彼女はイヴの周囲を歩き、彼の体をジロジロと観察する。
え? なになになになに? 何事?
怖くなったイヴらさらにカチカチになり、そしてシャルロットはそんな彼に気づく事なく前に戻るとグッと親指を立てた拳を突き出した。
「ごーっかく! 貴方なら良いわ!」
「……へぁ?」
「あ、でも心に決めた人は既に居るから、その辺りは理解してくれると助かるわ──何はともあれよろしくね!」
言うだけ言ってシャルロットは「バイバーイ」と手を振りながらこの場を走り去って行った。他に用事があるのだろう。忙しない様子だった。
何だったんだろう今のは……と混乱しているイヴに、魔王がさらなる情報という名の爆弾を落とした。
それは、夜間コッソリとユーリに聞いた
『どうやらあの姦しい女子が、貴様の番らしいな』
「……つがい?」
『うむ。正隊員になる為のバディとしての側面以外にも、ゆくゆくは子を成す為の相手としてGUARDが選んだそうだ』
つまり先ほどのシャルロットの言葉は言い換えると「あなた気に入ったわ!将来私をファ◯クして良いわよ!」と言う意味となる。
絶滅一歩手前で
『良かったな小僧。婚約者ができて』
「こん……やくしゃ……? えぇ……」
何処か虚な瞳でイヴは無意識に自分の部屋に向かう為、フラフラと歩きだす。
「イヴ、お疲れ様で……どうかなさいましたか?」
【放っておけ。
「ああ、なるほど……」
ユーリは魔王の言葉を聞いて納得したのか、呆然として危うい歩行所帯のイヴの手を引いて部屋へと連れていく事にした。入隊式が終わった後に他にも此処での暮らしについて色々と教えようと思っていたのだが今日は辞める事にしたらしい。気遣いの出来る女ユーリ。
【そういえば貴様にも将来を誓い合った相手は居るのか?】
「何処か含みのある言い方ですね。ええ、居ますよ。北支部に」
【む? 此処にはおらんのか?】
「はい。私は元々北支部の隊員でしたので」
今は南支部に転属しているだけで、彼女が入隊したのは別の場所との事。
【そうか。小僧が聞いたら卒倒しそうだな】
「……あの、今の発言は聞かなかった事にした方がよろしいでしょうか?」
魔王の今の言葉は、まるでイヴがユーリに気がある様な言い方で……個人の想いを勝手に聞いて良いのだろうかと彼女は困った顔をした。
【少なからず好意を持っているが、まだそこまで行っておらんな。ただコヤツは童貞だからな。仲の良い異性に良い人が居ると知れば……泣く】
「泣くのですか……」
【童貞というのはそういうものだ。ちょっと優しくされただけで惚れた腫れたと騒ぐ単純な生き物よ】
「なるほど。かつての魔王もそうだったと」
【戯言を。我は生まれながらにして超越している存在。ババァから赤子まで魅了しておったわ】
「それはそれで気味が悪いですね……」
本当か嘘か判断の難しい魔王の言葉にため息を吐きながら、彼女はイヴの手を引き続けながら歩みを止めない。
そんな彼女に魔王はニヤニヤしながら尋ねる。
【そういう貴様はどうなのだ?】
「どうとは?」
【いやなに。死線を共に潜り抜けた者同士、通じ合うナニカがあるのでは無いかと思ってな? もし、小僧と婚約者の間で揺れ動いていたらと思うと……フッフッフッ】
「趣味が悪いですね……」
【大人の熟れた果実も良いが、甘酸っぱいガキの果実も偶には良かろうと思って、な】
「訳の分からない事を」
知らないと無視しても良いが、この魔王相手では分が悪い。
ならばさっさと本音を言って黙らせようと彼女は本音を述べる。
「好ましい殿方だと思っております。良くも悪くも純粋で本人は否定すると思いますがお人好し。多くの人が好意を抱くと思います」
【貴様もその一人に過ぎない。そう言いたいのだな?】
「ええ、そうです。上に命じられれば彼の子を孕んでも良い、と思う程度には」
【……つまらん。中身のない木の実を食った気分だ】
生存を優先している為、繁殖行為は推奨されている様だが……どうやら恋愛を楽しむ余裕は与えられていないらしい。それが魔王的には面白く無いみたいで、若干拗ねた様に吐き捨てた。
ユーリからすれば求められたままに本音を語った為、つまらないと言われても困るのだが……。
【まぁ良い。時間が経てばまた変わるだろう】
「そうですか」
【……そういえば貴様は小僧の教育係であったな】
「はい、その様に任命されました」
【つまり小僧の
「……」
【クックック。略奪愛も我は好きだぞ?】
「黙りなさい」
わりと本気でユーリは魔王に対してイラッとした。
というか、雑談するくらいならイヴの体を乗っ取って動いて欲しいと考えて……スラム街にいた頃の所業を思い出してこのままが良いかと考え直した。
【しかしどちらも器量良しときた。小僧にはちと勿体無い花だな】
「何を言っているか分かりませんが口を閉じてくださいセクハラ魔王」
【クックック。普段済ました顔してなかなかどうして。愛い所もあるでは無いか】
魔王のセクハラは彼女がイヴを部屋に届けるまで続いた。
「昨日の記憶が曖昧だ」
「しっかりしてください……」
朝食の時間となり、食堂にやって来たユーリとイヴ。
入隊式後に出会ったシャルロットなる者との出会い、そして明かされた己との関係性にキャパを超えてしまったイヴは記憶障害を起こしていた。そんな彼にユーリは呆れたように返す。
色恋沙汰に弱いのは環境のせいだろうか? しかし魔王が言うには娯楽がないので性行為が何処か娯楽として見られている、と聞いてもいないのに話して来たのを彼女は思い出した。どうやらイヴ以外の同年代の少年少女はヤっている事はヤっているらしく、風紀が乱れているスラム街を少し怖いと感じた。
その点で言うとイヴは安心できる。それを聞いたら彼は泣くのだろうが。
「……美味いっ」
「……」
「……ん? どうしたユーリ? 食わないのか?」
「いえ……」
先日までこの食堂で食事をする事に対して気が咎めていた様だが、魔王に。
『享受する立場に居ながらそれを拒むのは愚か者のする事だ。それでも嫌だと言うのなら戦うのを辞めてスラム街に戻れ』
と叱咤されてからは素直に食事を摂る様になった。
その際に本当に美味しそうに食べる姿が、ユーリには何故か年齢不相応に幼い子どもに見えて心が温かくなり、要するに可愛らしく感じた。
昨日言ったようにイヴは純粋だ。だからスラム街の爛れた風習に吞まれたなかった事実に彼女は奇跡だと感じ、それを簡単にぶち壊した魔王に殺意を覚えている。
「そのままのイヴで居てくださいね」
「な、なんだよ……」
ユーリの生暖かい視線に動揺するも、その理由に気付けないイヴ。
まるで姉と弟だなと魔王は笑った。どちらも肉体年齢15歳で同い年だが。
「あっ! イヴくん居た!」
そんな二人の食事風景に一人の少女が乱入する。
イヴは彼女の声を聞いてドキリと心臓を鳴らせて、そちらを見る。そこにはこちらを見て目を爛々と輝かせているシャルロットが居た。
彼女は自分の朝食が乗ったトレイを持っており、これから食事をするつもりだったのだろう。シャルはイヴ達のテーブルまで来ると目の前に座った。
「相席良いかしら? ありがとう!」
「まだ返事していない!」
かなり強引な人だな、と翻弄されているイヴとパンを食べて笑みを浮かべているシャルロットを見てユーリは思った。正直彼女もあまり得意ではないタイプの人間だ。これまでの生活でシャルロットの様な人間とは交流が無かった為に。
ふとシャルロットは、ユーリの存在に気が付いたのか不思議そうに彼女を見る。
「貴女は?」
「初めまして。イヴの教育係を任命されているユーリと申します。以後お見知りおきを」
「ユーリちゃんね? 私はシャルロット! シャルって呼んで欲しいわ」
「ええ、よろしくお願いしますシャル」
ユーリの反応が嬉しかったのか、シャルはさらに笑顔を輝かせる。
「よろしく! それにしてもイヴくんも隅に置けないわね! こんな可愛らしい女の子とお知り合いだなんて!」
「あっ、はい」
「もう硬いわねイヴくん……あまり女の子に慣れていない感じ?」
「その通りです」
「ユーリ!?」
「貴女と出会った後に
「やめてくれ!」
ユーリに己の痴態を赤裸々に語られたイヴが絶叫し、顔を真っ赤にさせた。どうやら本当は覚えていたらしい。
対してシャルロットはその話を聞かされてポカンッと驚きつつ茫然とし、しかしすぐに面白そうに笑った。同時に自分の事を異性として意識しているイヴが可愛いと思った。
「イヴくん。私、貴方が
「ぁぅ……」
「イザベラ副隊長と出会う前だったら、本気で惚れていたかもしれないわねっ」
彼女の言葉にユーリは聞き返した。
「イザベラ副隊長とお知り合いなのですか?」
「いいえ? ただこっちが一方的に知っているだけなの。イザベラ副隊長って凄くカッコいいじゃない? 私昔からファンで入隊した後にすぐにファンクラブに入ったわ!」
「なるほど……つまりあの人に憧れてGUARDに入ったと」
イザベラに憧れて入隊をする者は多い。特にファンクラブに入っている者は彼女に助けられた経歴を持つ者が多く、その事について語り合っている姿は一種の談合である。
ユーリは目の前の少女はその口だろうと予想した。
「……いいえ、違うわ」
しかしシャルロットはそれを否定する。
「3年前の事件の時にね、私死にそうだったの」
彼女の心の奥底に刻まれたのは、名も知らぬ……そして何故か思い出せないひとりのヒーローの姿。
「でもね、その時に私と同じ年くらいの
まるで恋する相手を想う様に語るその姿は、これまで以上に輝いて見えた。
「何処に所属しているのか分からないし、まだ生きているのか分からないけど……いつか会いたいって思っているの。そしてね、その時にあの人の様な立派な
それがシャルロットがGUARDに入隊した一番の理由。
「他の人と比べて不純な理由よね……軽蔑した?」
「いえ。大変素晴らしい理由だと思います」
ふわりとユーリは微笑んで彼女の想いを肯定する。
「憧れた人に追いつきたいという気持ちは大変尊いものだと思います。私個人としてはこの先その想いを忘れずに居て欲しくあり、できれば……お手伝いしたいと思います」
「ユーリちゃん……!」
「未熟な身ですが助力は惜しません」
「~~~っ! ありがとう! 大好き!」
感極まったのかシャルロットはユーリに飛びついて抱き締めた。
危ないと慌てつつもシャルロットを受け止め、ユーリは今度はイヴに視線を向ける。
「イヴ。その……」
「……そんな目をしなくても大丈夫だって」
ユーリは少し心配していた。スラム街出身のイヴにとって、シャルロットの入隊動機は好ましくないのでは? と思ったからだ。しかし彼女の予想に反してイヴは特に嫌悪感を抱いている様には見えない。
これはもしや……。
「シャルロット……」
「シャルって呼んで!」
「……シャルの容姿が可憐で、それに惹かれたのですか?」
「何言ってんの?」
「お母さんとお父さんに感謝しないとね!」
「アンタは根が図太いな……」
謂れのない風評被害に曝されそうになったイヴはすぐに弁明をした。
「やる気あるのなら俺は気にしないってだけだ。俺一人で正隊員になれる訳じゃないし」
「では仕方ないという事ですか? 本心は別にある、と」
「……そうは言っていない。ただ――」
誰かに憧れて、いつか自分もそうなりたいという真っ直ぐな気持ちは――つい最近自分も芽生え始めた感情だから……シャルロットの事を否定できないし、する気もなかった。
イヴの場合は素直に口をすればいつもの様に馬鹿にされる為言わないが。
それでも、イヴはシャルロットを尊重するだけの心の余裕がある。スラム街に居た頃は無かったものだ。
「立派な
「っ~~~、ありがとう! こんな素晴らしい二人に出会えるなんて今日は良い日だわ!」
そう言ってシャルはイヴにも抱き着き。
「キュウ……」
「あら……? 本当に異性に耐性ないのね」
「それが彼の長所であり短所ですよ」
イヴは午前の座学講義が始まる5分前まで気絶した。
『……ふん』
それを魔王は静かに見守っていた。