スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と相乗りする 作:カンさん
『もう一度聞くぞ? この際貴様がこの世界で最も無知で、脳みそスッカスカで、物知らずの恥知らずである可能性が高いのを無視して、だ。本当に我の名を知らんのか』
「現状お前の事で分かるのはこれまで出会ってきた言葉を話す肉袋の中で、最も腹立つ存在である事くらいだよ」
こめかみに青筋を立てながらイヴは、魔王と名乗る声に食って掛かる。
しかしそれは意味のない事であり、時間の無駄だとお互いに判断する。
とりあえず休戦して、今度はイヴが魔王に色々と教える事にした。
『我も情報が必要だと判断した。これまでの不遜な態度諸共、この魔王に恐れ多くも言葉を尽くす事許可してやる』
「お前は偉そうにしていないと死ぬのか???」
『事実偉いのだが?』
「……はぁ。俺の名はイヴ。そして此処は大陸唯一の国ユーリオンの南都だ」
『……ふむ。ユーリオン、か』
何だそれは知らん、と言われると思っていたイヴは魔王の意外な様子に首を傾げる。
この短期間でこの魔王の性格は大体理解している。唯我独尊、という言葉がそのまま当てはまる様な性格。だから国の名前を聞いても『なんだその吹けば飛ぶような国の名前は。無知な貴様が必死になって考えたのか?』と言われると思ったのだが……。
しかし国の名前を聞いた途端、思考に耽る魔王の次の言葉を待つもなかなか答えない。
『小僧。この国の王の名は?』
「王様? そんなのは居ないよ」
『居ない? そんな馬鹿な話があるか』
「そんな事を言われても本当に居ないのだから仕方がないだろ」
『ならばこの国は誰が納める。例え賢王だろうと愚王だろうと、象徴が無ければ瓦解するぞ』
「がかい……?」
『……国が亡ぶ、という事だ』
スラム街のガキだから学がないか、と魔王が割と失礼な事を考えていると、イヴは魔王の言いたいことを理解して納得し、しかしその心配は不要だと応える。
「とっくにこの国は亡んでいるよ」
『……何だと?』
「アレを見ろよ」
と言ってもイヴが見上げないと彼の体に入り込んでいる魔王は見る事ができないので、彼は空を見上げる。そこに広がるもう一つの世界を見ながら、この世界に居る誰もが知っている事を伝えた。
「約100年前にあそこから化け物がやってきた。化け物は一日で当時の人類の半分を攫ったって話だ。
その後もこの国は戦ったが――今では100年前の人口の3分の1になっているって話だ」
そこまで人口が減っても食うに困る人間がたくさん出ていて、それをどうにかする力がこの国にはない。
国同士の争いなら降伏して植民地にされるだけだが、相手は怪物。人間ではない。降伏するという事はつまり奴らの餌になるという訳で――人類はとっくの昔に詰んでいるのである。
『なるほど。貴様や表を歩く奴らの顔がイマイチぱっとしないのは既に
「……」
魔王の言葉にイヴは反論する事ができなかった。何故ならまさしくその言葉の通りだからだ。
三年前のあの日以来、彼は戦うという意思を失い、ただ惰性に生きているだけの肉袋だ。腹が減ったら飯を食い、眠たくなれば寝て、腹の立つ輩が居ればぶっ飛ばす。そんな無為な生活をずっと続けていた。
果たして何処に反論する余地があろうか。
『――一つ教えてやるぞ小僧』
しかし、魔王はそんなイヴに対して軽蔑するでもなく、怒りの感情を抱くでもなく――ただ己のブレない心情を伝えるだけだった。
『戦えとは言わん。抗えとも言わん。だが後悔するくらいなら――選択をしろ』
「……選択?」
だからだろうか。今までと違って魔王の言葉をスッと受け入れる事ができたのは。
『生きるとは、選択の連続だ。選択の先には未来がある。希望に満ちているか、絶望に満ちているかは知らんがな。だが、何もせず肉袋のままただ生きて、ただ死ぬよりはずっと意義のある生だと……我は思う』
「選択して後悔したらどうする?」
『ならばその後悔を乗り越える選択をすれば良い』
無茶苦茶だと、ただの詭弁だと思った。
でも、口から放たれる事は無かった。
『小僧。人間は恐怖を常に抱いている。しかしそれと同時にそれを乗り越える勇気も持っている。己を超え、世界を超え、未来に辿り着くことができる生き物だ――それをする前に腐るのはちと勿体ないぞ?』
そう言って魔王はケラケラと彼の中で笑った。
何となくその笑い声は今までの小馬鹿にしてきた笑い声と違って不快には思わなかった。
(恐怖……勇気……そして未来、か)
――考えたこともなかったな、と魔王の言葉を胸に刻み込んだイヴ。普段なら到底受け入れる事ができない前向きな言葉。しかしこうして受け入れる事ができたのは、彼の言葉に重みを感じたからだろうか。
「……うん。覚えておくよ」
『今はそれで良い』
そう言って魔王はまた笑った。
――人の上に立つ存在を自称している変な奴かと思っていたイヴだったが、案外それも本当かもしれないと思った。
「そういえば、王様は居ないけどこの国を治めている奴らは居る」
『ふむ。統治者は存在するのか』
「ああ。……ほら、あそこにデカい壁が見えるだろ?」
そう言ってイヴが視線を向けるのはこの大陸の中央を覆うように建設された白亜の壁。
「アレを作って使徒が出てくる蓋門を――」
『待て、また我の知らん単語が出て来た。一から説明しろ』
「一から……?」
『そうだな。貴様に分かりやすく言えば、赤ん坊に世の中を教える様に、だ』
「何でそんなに偉そうなんだ……」
魔王の態度に辟易としながらも、イヴは途中魔王の質問に遮られながらもこの世界について説明した。
約100年前、ただ空に浮かぶだけだったもう一つの世界【蓋界】から人類を滅ぼす侵略者【使徒】が現れた。初めの侵略により人類の半分は連れ去られてしまった。
そんな使徒に対抗する為に設立されたのが――【地上世界防衛組織GUARD】。
GUARDは大陸の中央に使徒がこちらに侵略する際に使う次元間移動用の
それと同時に壁外の東西南北に人類の生存拠点を建設し、使徒と戦う
「ちなみにウォーロックスミスってのは」
『知っている。
聞き慣れた単語の為、当然の様に応える魔王。
正直異世界にでも生まれ落ちたかと思っていたが、所々に聞き覚えのある言葉からこの世界の正体の考察をしている。
長い間眠り続けた感覚から察するに――と。
しかしイヴの反応がいささか妙だった。
「……ん?」
『何だその態度は。我はおかしな事を言ったか?』
「……いや、多分俺の気のせいだ」
『……そうか?』
釈然としない物を感じながらも、ようやく魔王はこの世界の事を知ることができた。
『しかし結局我らがこうなった原因が分からず仕舞いだな。可能性があるのは誰かの術式の効果だが……』
「(術式?)でも何だって俺が巻き込まれるんだ? お前は魔王とやらだから良いとして」
『嫌がらせだろうな。そもそもこの我をあの鍵に封印したのだから』
「……そういえば、お前って何であの鍵の中に居たの?」
『さぁな。正直我からすれば飯食って女を抱いて糞して寝たと思ったらこの様だ。起きた瞬間、長い間閉じ込められたと認識があり、自由に動かせる肉体に感謝の念を抱いた』
結局何も分からないって事じゃないか、とイヴは肩を落とし――。
「……ちょっと待て。お前、俺の体を使ったの?」
『ああ、使ったぞ。貧相で軟弱な肉体だったが、そこそこ楽しませて貰った』
「……裏路地に居たから可笑しいと思ったけど、移動してたのはお前のせいか」
いや、それは今は良い。良くないがそれよりも聞きたいことが彼にはあった。
「……俺が寝ている間、変なことはしていないよな?」
『特に妙な事はしていないぞ。ただ、そうだな……この三日間少し羽目を外し過ぎたかもな』
「何したの……?」
『特に特別な事はしておらん。ただ――』
その先の魔王の言葉をイヴは聞く事ができなかった。いや、聞こえてはいるのだが、その余裕がなかったというべきか。
それでも魔王がイヴの体を乗っ取って何をしていたのかを、彼は理解させられる。
「――見つけたぞ! 俺の飯返しやがれ!」
「てめぇ、俺の女と寝てただで済むと思うなよ!」
「今日こそは殺してやるぞクソガキ!」
『飯食って女抱いて糞して寝た。それだけだ』
「ふざけんなぁあああああ!!」
襲い掛かるゴロツキ達から逃げながら、イヴは自分の中に居る魔王に向かって叫んだ。
それと同時に強く思った。
「最悪だ……」
何とか振り切ったイヴは、自分の意識が無い間に起きた出来事に対して大いにへこんだ。
寝ている間に盗みを働き、さらに童貞を卒業してしまった事に。他にも何かしていないか気になるが、それ以上に聞くのが怖かった。
ヘトヘトになった体を引き摺って帰路に着いていた。
『ふん。言い訳をする訳ではないが、あのゴロツキが持っていたのは不当に手に入れた食料だった。腹を満たしたらその辺の小童にくれてやった。そうしたら「お兄ちゃんいつもありがとう」と礼を述べていたぞ? 貴様にとってはいつも通りではないか』
「うるさい」
『女にしてもそうだ。向こうから迫って来たから受け入れてやったに過ぎん。確か太古の言葉には「据え膳食わぬは男の恥」というのがあるそうだ』
「マジでうるさい」
『にしても貴様の体は酒に弱いな。我が貴様の年の頃は浴びる様に飲んでいたというのに』
「うるさ……お前本当いろいろやってんな!?」
酒、暴力、S〇X。
この世の快楽のほとんどを満喫している魔王に、イヴは割と切れていた。特に女と寝たことが気に入らなかった。ちょっとその辺の記憶思い出せない? 先っちょだけでも良いから!
しかし魔王は笑うだけでイヴに何も語らなかった。イイ性格している。
「明日からどうやって生きていけば……」
『有象無象など放っておけば良いものを』
「俺はお前ほど図太くない」
そもそも人の体でここまで好き勝手するのは酷いとイヴは思った。
これまでの言動から他人への思いやりに欠ける人物だとある程度察していたが……少しだけ配慮してくれる処はあるが。
ともあれ、とんでもない奴と融合してしまったとため息を吐くイヴ。
そんな彼の様子を煩わしいと思ったのか、魔王はイヴの体で好き勝手した理由を述べた。
『そもそも、我自身貴様が目覚めるとは思わなかったのだ。それに目覚めた所で体の主導権をこうも簡単に奪われると……』
「あん? 何言ってんだ?」
主導権も何もこの体は自分の物なのだが? と怪訝な顔をするイヴ。
そんな彼に対して『そうではない』と魔王は語る。
『魔王たる我が貴様みたいなクソガキに簡単に主導権を奪われる事が心外でならんのだ。察するにあの鍵に刻まれた術式が原因なんだろうが……』
「……? そうなのか?」
『ふん。知識のない人間には分からんだろうな。それともう一つ貴様が目覚めんと思った理由だが――』
「……ん?」
魔王の言葉の途中で、イヴの鼻腔に血の匂いが入る。
匂いの元は、自分の家。しかし荒らされた様子も争った形跡も見られない。
ただひたすらに濃い血の匂いがする。
警戒しながら家に入ると、そこにあったのは……。
「うわ、何だこれ……」
床や壁、さらにベッドが赤黒く変色していた。
この異臭と色から察するに、大量の血だとすぐに分かった。
……誰かが嫌がらせでここで人を殺したのか? イヴが顔を顰めて推察していると。
『これは全て貴様の血だ』
「……はい?」
『言いたいことは分かる。明らかに致死量の血だとな。だが、確かに我はこの目で……いや、この体で確認している』
あの鍵に心臓を貫かれて気を失った後、イヴの体は魔王が支配した。
しかし魔王が目を覚めると同時に、彼の体は大量の血を吐き出した。
『全く酷い目に合った。吐き終わった後は二日酔いの後に嘔吐した後のスッキリとした気分になれたが、すぐに異臭と我でもドン引きする光景で気分を害した』
「……」
『だから貴様が目を覚ました時、ちょっぴりと驚いた。これだけ吐血すれば普通の人間は死ぬからな』
魔王の話を聞いて、改めて己の体を見るイヴ。
一体全体自分の身に何が起きたのか……。
頭を抱えてこれまで起きた出来事にパンクしそうになっているなか、ふと魔王が外の変化に気付いてイヴに問いかけた。
『時に小僧。貴様はこの辺のゴロツキに随分と人気だが、それ以外の存在からもそうなのか?』
「は? 何言っているんだよ」
『いや、何。どうも貴様はそういう星の元で生まれたのでは? と思ってな』
魔王が何を言っているのか理解できず、問いかけようとして――世界が揺れた。
馬鹿な、とイヴはあり得ない事態に恐怖する。
この感覚は三年前に――あの時家族を失った時に味わった感覚だ。
『――小僧、表に出ていつでも逃げられるようにしておけ』
魔王の忠告を聞くよりも早く家から出たイヴは空を見上げて、
空に黒い穴が空き、そこから落ちるのは異形の怪物――使徒。
本来なら白亜の壁の向こう側にしか現れない筈の使徒が、イヴの居るスラム街に堕ちて来た。
――運命が動き出す。