スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と相乗りする 作:カンさん
私はあの時のことを思い出していた。
「イザベラ……イザベラァ……」
使徒の行動プログラムに不備があったのか、捕獲ではなく殺害を行ったミノタウロスを処分した時、物陰に隠される様にしてレインは横たわっていた。
怪我をし意識が朦朧としている彼女は、幼馴染の名を呼び続ける。
その前には青い髪を持つ少女の亡骸があり――。
丁度良いと思った。
自分にとって親であり、神であり、創造主である彼女も、自分の考えに賛同して楽しそうに嗤っていた。
術式でその亡骸を使徒に変え、その際に読み取った記憶を私に付与される。
その時に私は名前を手に入れた。
容姿も変わり、声も変わり、存在も変わり――残ったのは元々持っていた術式のみ。
「貴女のお名前は?」
別れ際に創造主は私に問い掛けた。
「私は……イザベラです」
何も持たなかった私はこの日から――レインの幼馴染であるイザベラとなった。
私には『貼付』の術式がある。魔力と共にありとあらゆるモノを貼り付ける事が可能だ。
例えば音を消すという情報を私に貼り付ければ、私が起こす音は聞こえなくなる。
例えば私が望む記憶を貼り付ければ、その者はあたかも初めからそうであると思い込み、違和感なく記憶の改竄が可能だ。
レインに施したのもそうだ。
目の前で幼馴染が死んだという現実を、私と言うイザベラを貼り付ける事で、彼女にとって家族と同じくらい大切で、使徒から庇って死んだ幼馴染が生きていたという情報を植え付けた。
目を覚ました時、彼女は涙を浮かべて私を抱き締めた。
「良かった……イザベラが無事で……! あれは夢だったんだね……!」
人は都合の良い方へと傾き続ける。
私にはイザベラの記憶があり、彼女の求める幼馴染を演じる事が可能だ。
最高の隠れ蓑だと思った。レインはその為だけの道具に過ぎなかった。
「もう! イザベラ! また奢らせたでしょ!」
あまり魔力を感知されたくない為、私は自分を慕う子たちを使って食糧調達を行っていた。
この支部に入ってくる者たちはGUARDが追っている
都合が良かった。
私はその記憶を私にすり替える様に情報の貼付を行い、結果GUARD内での立ち位置を確立させた。
サボり魔というキャラ作りも上手く行き、情報収集や工作活動が捗った。
レインへの情報の植え付けも、彼女と近い位置に居る為時間経過で剥がれ落ちる前に記憶を貼り続けた。
それに対して胸のざわめきを感じ始めたのは何時からだっただろうか。
利用する為の道具に愛着が湧いてしまったと気付いた時にはもう遅かった。貼付で自分を誤魔化そうとしても、強い想いは偽の情報を植え付けない。
レインが自分を幼馴染だと思っているのは、精神的に弱っていたからだ。そして一緒に過ごしていくうちに、偽の情報が彼女にとって本物になった。
その本物の感情を向けられるのが――
【仲間にしたい子がいる?】
「はい……構いませんか?」
【別に私は構わないわよぉ。でもわざわざ人類を裏切るかしらね? 裏門でも開かせるの?】
「いえ、その……」
【まぁ、どうでも良いわ。時が来たら手筈通りに動いてくれれば何しても良いわよ】
創造主の許可は頂いた。後はレインをこちら側に引き込む様に立ち回れば良い。
人類に未来はない。確実に滅ぶ。自分が滅ぼす。
でもレインだけは――生かしたかった。
「それでね! コロちゃんがさ!」
しかし――綻びが生じた。
レインの姉が捕まえた例の
自分と言う存在を疑う事はもう無いだろうが……彼女は未来を想うようになってしまった。この滅んでいくだけの世界の未来を、だ。
そして何より――気に入らない。
私が時間をかけて貼り付けた情報を上回る……あの強い光でレインの中に張り込むアイツが――ローリンが気に喰わない。
闇に潜む私とは真逆のあの輝きが気に喰わない。
だから徹底的に邪魔をした。
どうやら彼女はたくさんの人を救っていたらしい。奇しくも貼付で記憶を操作していた者たちがそうだった。だからこの先も、アイツへの憧れを、栄光を、好意を、全てを奪い続けると決めた。
それからはとても愉快な事が起きた。アイツはその裂けた頬と奇特な言動で孤立し、私は人気者として慕われ続ける。
さらにアイツと私が不仲であればあるほど、アイツに近づく者は居なくなった。
レイン以外は。
――何でだ。何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。
――気に入らない。気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない。
気に入らないなら――殺せば良い。
でも殺せなかった。アイツは、ローリンは私より強かったから。
決闘を勝ち続けて正隊員となったアイツと戦って──完膚なきまでに叩きのめされた。
それによりアイツはさらに孤立し、私は心配されたが──死にたくなる程屈辱だった。
「コロちゃんは強過ぎるから気にしないで良いよ」
私を慰めるレインの言葉には、アイツの強さへの信頼が見えて──心底気に入らなかった。
時間が足りなかった。スラム街に暴動を起こさせる事は失敗し、エリア外への
私のもう一つの術式による『置換』。魔力か私の体組織があれば入れ替える事ができる。だから支部からギリギリ届く位置に私の髪の毛を置いて、
そうすれば誘導装置を無視して使徒を街に解き放つことができる。
結果
しかし、またローリンが邪魔をした。術式魔装で
さらに聞かされていた以上に魔王が厄介だった。
アイツは夜な夜な支部を抜け出し、エリア外の調査を行っていた。私と接触してしまった以上、気付かれるのは時間の問題だった。すぐに術式の謎を解明されてしまい、私の正体がバレてしまう。
だから置換で早々に私は髪の毛を回収し、置換先の魔力はすぐに霧散させた。おかげでバレずに済んだが――何故か疑いの目は向けられ続けた。
そろそろこの仕事も終わりが近づいてきた。
私は今期の優秀な二人の
シャルロットという少女は入隊と同時に貼付で自分を慕う様にし、さらに仲を深める様にさらなる情報を貼付にした。これで問題なくその身を捧げるだろう。
ケイムスという男は魔王の器に対して執着心があり、それを利用すれば良い素材になると思った。
しかし――シャルロットの想いは私の貼付を撥ね退ける強さがあった。
「私が好きなのは――イヴくんです。貴女じゃない!」
彼への想いを利用したのが悪かったのだろう。明らかに私のミスだった。
ああ、イラつく。私を好きにならないこの女が気に喰わない。
気に喰わないから、私は――。
「さて、後は魔王の疑いの目をいったん逸らせましょう」
閉じていく
「……あまり痛くしないでくださいね」
「あら? 3年前の貴女なら言わないセリフね。余程その
「……」
「まぁどうでも良いわ。手筈通りよろしくね?」
そして私は創造主の術式により致命傷を受けて――。
「レイン。私と一緒に来て」
「ごめんイザベラーーそれはできない」
――私の手はレインの腹部を貫き、血に染まり……力なく倒れ伏す彼女を抱き締めた。
愛しい存在。唯一の存在。私だけの存在。
ああ、でも……ダメだな。レインは私のモノにできない。
だって私は所詮偽物だから。
「遅かったね」
「――イザベラ、さん」
こちらを顔面蒼白の顔で見るのは、魔王の手下であるユーリ。
おそらく念話で私が裏切り者だと知らされていたのだろう。いや、魔王のことだ。私に備えて待機させていたに違いない。防衛任務に行く前に仕込んだ私の髪の毛を探知し、確証を得てから私を捕まえる気なのだろう。こっちに向かって来ている魔力を感じる。
「……信じたくありません。一体何時から――」
「君に話す事はないよ」
私は魔道具を取り出し――異空間を作り出す。部屋が広がり、外界との繋がりを断ち、
これで準備は整った。後は時間を稼ぐだけ。
血濡れの状態で腕の中に居るレインを先ほどまで私が寝ていたベッドへと下ろす。
「シャルは……何処ですか?」
「GUARD隊員ならケイムスの事も心配してあげなよ」
「……!」
私の物言いに表情を歪ませるユーリ。かなり怒っているみたいだ。
得た情報だと彼女は冷静沈着に物事を考える筈だけど……あの器の影響かな?
まぁ、どうでも良いか。魔王が来る前に倒してしまおう。合流されて連携されたら面倒だ。
私は魔力物質化を使い、ナイフを造り出す。そしてそのままユーリに向けて投擲した。
「っ……」
ユーリはそれを顔を逸らす事で回避し――その背後に私は置換する。
そしてもう一つの術式を発動させた手で彼女に触れようとし。
「はっ!」
振り返って振るわれた剣によって私の腕は斬り落とされた。
「……やっぱりそう上手くいかないか」
私の術式がバレているのは分かっていたけど、私の動きに対処できるとは思っていなかった。落ちた腕を拾いくっ付けて貼付を使う。すると私の腕は問題なく動ける様になった。
それにしても……良い動きだ。
「術式を所得していないとは思えない程に強いねキミ。正直勿体ないなって思う」
「……どういう意味ですか?」
「うん。キミ程優秀なら、さぞ
だから勿体ない。
「
「――は?」
「あれ? 本部の誰かに聞いていないの? ……いや、言えないのか」
ユーリが誰の指示でこの支部に派遣されたのかを知っているイザベラは、彼女の血筋と立ち位置からレインと同等の情報を開示されていると思っていたのだが……どうやら勘違いだった様だ。
信じられない事を聞いたと驚くユーリ。恐らくこれまで戦って来た使徒の事を思い出して──先日彼女が殺したアレを思い浮かべたに違いない。酷くショックを受けていた。
それが私にとって最高の隙となる。
身体強化の魔法を使い、一瞬でユーリの前に移動する。彼女と私の間には絶対的な差がある。
いくら
私の手が彼女に触れる。
「入れ替えろ──『置換』」
私が術式を発動させた次の瞬間──ユーリは血反吐を吐き散らしながらその場に倒れ込んだ。
「な……な、なにが……?」
自分の身に何が起きたのか理解できないみたいで、痛みに苦しみながら困惑した表情を浮かべるユーリ。
そうだよね。分からないよね。私の術式を知らないだろうから。レインのおかげで私は自分の力を周囲にバレない様にすることができた。
でも、もう隠す必要はない。
「私の術式『置換』は私自身と魔力に、そしてどちらかに
私はその力でレインの傷を目の前の女に落ち付けた。
ユーリが私を疑い、魔王の指示で警戒していたのは知っていた。だから私が行動を起こせばすぐに駆け付けると確信していたからこそ、レインのに重傷を負わせて意識を奪い、その傷を攻撃手段として活用した。
「さようなら――落ちこぼれの勇者さん? 貴女は何も救えず、何者にもなれず、このまま無為に死んでいく。その事を精々噛み締めなさい」
魔力物質化を使い剣を生成し、その刃をユーリの首に向かって振り下ろし――。
――ゴキャアアアアアア!!
しかし、その前に私の手は止められた。
空間が割れる音が響くと同時に、私の振り下ろした剣は半ばから蹴り折られていた。
視線をそちらに向けると――ふふふ。凄く怖い顔をしている。
「随分と速かったね――魔王の器」
「本当にテメェが裏切り者だったのか――イザベラァ!!」
体を翻して魔力を込めた蹴りを放つイヴに対して、私も魔力を込めた回し蹴りを放ち――衝撃が異空間を震わせた。
さぁ――この3年の月日を今終わらせよう。