スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と相乗りする 作:カンさん
「という訳で、その後はキミも知っての通りオーガ二体を送り届けたわぁ」
「──」
その後の顛末は──イヴ達が最も知っているだろう。
「ねぇ。良かったら教えてくれない? あなたの事、好きだと言っていた……可愛い女の子をその手で殺した感想を──」
女の言葉はそれ以上続かなかった。
イヴは最後の魔力を使って女との距離を詰めて首を掴み、反対の拳で殴り付けた。端正な顔が暴力により歪み、そのまま地面に叩き付けられる。
「随分と熱烈な──」
「──!!」
女の減らず口は続かない。追いかけて馬乗りになったイヴが拳を叩きつけたからだ。
何度も何度も何度も。
「──っ」
──初めまして私の名前はシャルロット! 気軽にシャルって呼んでね!
シャルロットは普通の女の子だった。スラム街に居た頃には出会った事がない可愛い女の子だった。
「──っ!」
──勉強が苦手なのね……でも大丈夫! 私がしっかりとサポートするから!
とても優しい女の子だった。スラム街出身であるイヴを差別する事無く対等に扱った。
「──お前が」
──イヴくんって強いのねびっくりしちゃったわ。
彼女はイヴの力を認め、尊敬し、慕ってくれた。イヴはその彼女の姿勢から他人を思いやる事の凄さを実感し、シャルロットを尊敬した。
「お前が……! お前がっ!」
──私……戦うのが怖い。でもそれ以上にみんなと一緒に居られなくなるのが怖いの。
彼女は普通の女の子の様に悩んでもいた。優しい故に人を想い、戦いを恐れる。そんな彼女を守りたいと思ったのは……イヴがシャルロットの事を好きだったからだ。
「お前がっ!! ──お前がああああああ!!」
──やっぱり私も戦うわ! 頑張る! 強くなる!
そして乗り越える強さもしっかりと持っており、その強さに、美しさに──彼は惹かれていた。
「──お前が! お前がお前が!!」
──約束守ってね?
約束した──したのに。
絶対に守ると約束したのに──したのに!
「お前が──お前がシャルをおおおおおおお!!!」
──ありがとうイヴくん──私、本当に貴方と
シャルロットをイヴは失った。目の前の女によって──。
怒り任せに吐き出されたイヴの嗚咽は、例え彼の喉が潰れても止まらない。
憎しみに染まり暴走する拳は、例え骨が砕けても止まらない。
「違うわ。殺したのはあなたよ」
しかし、底の無い悪意がイヴを止めた。
何度も殴られ頬が張れ、歯はいくつも砕けて折れている。顔面は血に染まっているというのに、激痛に悶えても可笑しくないのに──女は笑みを浮かべていた。
「随分と使徒が憎かったのね。何も考えずにただただ殺す──楽で良いわよね?」
「な、にを……」
「シャルロットちゃんだっけ? あの子、使徒に変えられても──あなたを殺そうとしなかったわ」
嘘を言うなと言おうとして、言えなかった。
初めに殴ったオーガは涙を流し、許しを請い、逃げようとし……何かを伝えようとしてていた。
そのオーガにシャルロットの意識が残っていたのかは定かではない。しかし、確かにそのオーガは自ら誰かを害そうとはしなかった。
それをイヴは怒りに任せて殺した。
「──ハァ……ハァハァ……!」
「悲しかったでしょうねぇ。怖かったでしょうねぇ──辛かったでしょうねぇ」
「ハァ……ハァ……──ハァハァ……!」
「彼女絶望したでしょうね──好きな人に殺されるだなんて」
女はニチャリと笑みを浮かべて、頬を上気させて興奮した。
術式で殴られた顔を治し、
その悪意をまき散らし、目の前の少年を食い荒らそうと下品に、下劣に、最悪に──女は叫ぶ。
「さいっっっっっこうに! 良い見せ物だったわああああ!」
「──ぅああああああああ!!」
──イヴの心が闇に染まる。
『──こうなったか』
彼の意識が暗転する。
殺したい。あいつを殺したい。
シャルロットが死んだのは俺のせいじゃない。アイツが殺したんだ。
俺は弱い。弱すぎる。何も守れない。
憎い。あの女が憎い。
魔法が使えない。何度も殴っても効かない。
俺は──何だ?
『小僧。一つだけ聞く──貴様の願いは何だ?』
俺は──俺の、願いは。
あの女を完膚なき破壊する事だ。
『──契約成立だな。その願い、確かに聞き遂げた』
そして俺は──魔王に願いを託すと同時に代償を受ける。
──イヴ。お前の名前はイヴだ。
──お前は戦わなくて良い。
──私は、ただお前に生きていて欲しいだけなんだ。
何処か懐かしい声が聞こえた気がして、しかし時間が経つと共に──僕の中から消えていった。
あの人は……誰だったっけ?
「──そん、な……」
絶望に染まるユーリ。
(今ならレインを)
隙を伺うイザベラ。
「……」
警戒を解かないローリン。
「あら? 壊れちゃったかしら?」
イヴの様子に不思議そうにする女。
全員が、次の行動を取れなくなる。
「「「「──!?」」」」
イヴの体からこれまで感じた事のない魔力が溢れ出した。
女がこの空間に現れた時に溢れた魔力よりも暗く、昏く、深い魔力。
全員がその魔力に──気配に拘束された。息を忘れて、思考が止まり、ただただ時が過ぎるのを待つのを強制させられる。
「──」
ゆらりと両手を掲げるイヴ──否、イヴの中に居るダレカ。
その者は右手に魔力物質化の魔法を、左手に魔力エネルギー化の魔法を使った──本来なら有り得ない筈なのに。
さらにその者は両手を合わせて──未知の力をこの異空間に降臨させた。
イヴの体を闇よりも深く、黒よりも黒く、夜よりも深い──この世の理から外れた力が包み込んだ。
それを皆が知っていた。
「
誰が言ったかは定かではないが、確かにイヴの全身を包み込む様に現れている黒い穴──
『「平服せよ、魔王降臨の時である」』
そして二人の声が重なると同時に魔法陣と時計の文字盤がイヴの体に衝突し──現れたのは一人の
漆黒の髪はウルフカットに、全てを射抜く鋭い目の中には闇の中で光る金色の瞳。
陶器のように白い肌には赤い刻印が走り魔力が駆け巡る。
背は成人男性よりも高く筋肉質で、まるで肉の鎧を着こんでいるかのようで──そして何よりも放つ魔力が人外染みていた。
「……予想はしていたけど、本当に現れるとはね」
女は初めて冷や汗を搔いていた。目の前の男は自分を殺せる存在だと肌で感じ取っていた。
男は、女をつまらそうに見て──声を発する。
「──頭が高いぞ女」
その声をユーリは聞き覚えがあった。いや、正確には頭の中で聞いたことがある、だ。
実際に生の声として聞くのは初めてで──そしてその者の姿を見るのも初めてだった。
「まさか、魔王イーヴァルディ?」
その声に反応したのはイザベラだった。
「あり得ない──今のイヴの
彼女は何かを知っているのだろう。それが人型使徒から聞いたのか、もしくはGUARDに潜入して得た情報なのかは分からない。
だが──イザベラの狼狽を他所に、魔王イーヴァルディは己の体の感触を試す動作をする。
「ふむ。完全ではないが問題ないな──先ずは」
──ドゴンッ! と轟音が鳴ると同時に女は殴り飛ばされていた。その光景を見る事ができた者はいない。
イザベラは創造主が簡単に殴り飛ばされたであろう事実に反応できず茫然としていた。そんな余裕はないと言うのに。
「お前からだな小娘」
「がっ!?」
目の前に現れた魔王がイザベラの首を掴み持ち上げる。
知覚できないその速度に『加速』の術式を使っている事に気付くイザベラだが──練度が違う。イヴが借りて使っていた時とは──魔力の質が違う。
魔法を使う暇が全くない。
「少し借りるぞ」
「何を──」
魔王が何を言っているのか理解したその時──イザベラは自分の魔力がどんどん消失していく感覚を覚えた。いや、それだけではない。
「か、からだが……!」
「貴様の魔力を使い、貴様の年齢を加速させた──ほら、さっさと抜け出さねば寿命が尽きるぞ?」
──こんな術式の使い方があるのか? いや、そもそも他人の魔力を簡単に使う事自体……いや、イヴの時もそうだった!
魔王の技巧に驚くも既に使っていた事に気付き、しかしそれどころではない事に気付く。
──思考が纏まらない! 情報が加速する! 余計な事を考える!
1秒が10秒。1分が10分。1時間が24時間──イザベラの体内時間が加速していく。彼女の一生が一瞬で終わる速度で過ぎ去っていく。
魔王に捕まった時点でイザベラの時は奪われて、終わっていたのだ。
「ちょっとぉ、あんまり虐めないでよ」
そこに地面を改造し、床が巨大な杭となって魔王を襲った。
魔王がイザベラを離して回避すると、杭はイザベラだけを突き刺し血をまき散らす。
女は、貫かれたイザベラを引き抜くと術式を使って彼女の体を修復させ、さらに年齢も元に戻した。
「──かはっ。ハァハァハァハァ……!」
「イザベラちゃぁん。魔王相手だと貴女足手纏いだわぁ」
だから先に帰ってなさい? そう言われてイザベラは絶望した表情を浮かべる。
「え、でも」
思わず視線を向けた先には、ローリンに守られる様にして眠り続けるレインの姿が。
彼女をこちら側に連れて行きたいと請い、許しを得たのだ。
レインだけは、彼女だけは……捨てる事ができない。
「ダメよぉ」
しかし女はイザベラの縋り切ったその目を切って捨てる。
「魔王相手にそんな隙無いしぃ、あのウォーロックもまぁまぁ強いから……無理ね」
ローリンは常に術式で女の隙を窺っており、女からすれば鬱陶しい存在だった。
「そんな……!」
「何か問題があるの?」
女が冷たい目でイザベラを見下ろす。
その目で見られたイザベラは──諦めるしかなかった。
「──っ」
イザベラは最後にレインを見て、何かを言おうとして……辞めた。
もう自分に何かを言う資格はない。この時、この場所でレインを手に入れる事ができなかった時点で──彼女もまた滅ぼすべき人類の一人に過ぎない。
「あとあれ頂戴?」
「はい。こちらです」
彼女は女に何かを渡すと、
「──待て!」
「迂闊に動くな小娘」
逃げるイザベラを追おうとするユーリを、彼女の背後に移動した魔王が肩を掴んで止めた。相手にも余裕がないが、魔王にも余裕がある訳ではない。
行動次第によっては犠牲者が出る事は確実だった。これ以上無益な死は魔王の本意ではない。
「さて少し遊びましょうかぁ?」
「ふん。我は貴様を殺すだけだ」
次の瞬間、女の両腕が異形のソレへと変化し、そして複数の触手となって魔王に襲い掛かる。女の術式だろう。
グロテスクな触手の先には、切り裂いて命を狩る為だけに存在しているかの様な、見る者に恐怖を感じさせる凶悪な爪が生えていた。
魔王は、ユーリを下がらせると自分は前に出る。
自分に向けて振ら割れたソレらを、彼は簡単に防いでみせた。襲い掛かる数十の触手がいつの間にか弾かれ、半ばから引き千切られている。
「流石ね」
痛みを感じないのか、それともソレすら快感に感じているのか、女は笑みを浮かべて肉の触手を元に戻すと、今度はデコピンの形に指を曲げて──己の爪を弾き飛ばした。
「無駄な事を」
魔王は魔力障壁を展開して防ぎ──直ぐにその場から離れた。
障壁に触れた爪が魔力を吸収して、こびり付いていた肉を一気に成長させて触手に変えたのだ。
先程魔王がイザベラにやった様に相手の魔力を利用している。鬱陶しい小細工だと魔王は舌打ちをした。
「うふふふふふ」
女は弾いた爪を治して、また弾く。
しかし魔王は今度は防ぐのではなく回避する事で触手を発生させない様にした。
「だったら……」
当たらないのならば当ててみせようと女は標的をユーリに向けようとして──辞めた。
そんなのはつまらないし、魔王はそうなった時の対処を既に準備しているに違いない。
それにもうこの戦法は飽きた。
「もっと面白い事をしましょうか」
女は笑みを浮かべて──
見覚えがある──どころではない。それは、目の前の女が持っていて良い物ではない。
「それはシャルの!」
「ええ。ちょっと拝借したのよぉ。GUARDの玩具には前々から興味あったしぃ、それに──」
チュッとペンダントに一つキスをする。
「死ぬ瞬間に術式に目覚めたみたいだからねぇ──有効に使わないと」
本人も知らないシャルロットの術式。それを女は、彼女と親友だったユーリと、好きだったイヴに向かって使う。
理由は、その方が面白そうだから。
「本来なら登録された魔力でないと起動しないらしいわね。でも──」
女の術式の一つは『改造』。
魔力が込められて顕現するのはシャルロットの使っていた弓。イヴの隣に立つために必死に練習していた彼女の武器。
それを女は踏みにじって、ただの武器として使う。
そしてペンダントに魔力を込めると──結晶でできた矢が造られた。
「あら。随分と綺麗な術式ね」
──シャルロットが保有していた術式は『結晶』。
形状を自由自在に変えられる事が可能な結晶を生み出し動かす事ができる術式。術者のイメージ通りにどんな武器にも変える事ができ、誰かを守るための盾にもなる。
女はその結晶の矢を弓に番えて、魔王に向けて放った。
「ふん」
魔王はそれを右腕で薙ぎ払って砕き──次の瞬間、砕け散った結晶が魔王の体に殺到し、刺さり、そして首から下を結晶に変える。
「魔王!」
「あら。どうやら対象を結晶化させるみたいね」
このまま蹴り砕けば体はバラバラになるだろう。術式の特性を見抜いた女は良い拾い物をしたとほくそ笑んだ。
ユーリは魔王があっさりとやられた事に動揺し、しかし彼の表情を見て杞憂だったと悟る。
魔王は全く焦りを見せずに、女を鼻で笑った。
「貴様には勿体ない術式だな」
「そう? 私の美しい美貌と合わさって丁度いいと思うけど?」
「抜かせ」
その術式はシャルロットのものだ──決してこの女のものではない。
「脆く砕けやすくも輝きを忘れない──あの小娘らしい術式だ」
「魔王……」
「もし……もしあの小娘が小僧と並び立つ事があれば、これ以上無いほど心強かったろうに──」
それを踏みにじったのだ──目の前の女は。
「──時よ戻れ」
魔王のもう一つの術式が発動する。
一瞬半透明の時計盤が現れ逆回りに針が動いたかと思うと、魔王の体の結晶化が解けていく。
否。逆再生するように元に戻っていった。
「あれは……」
ユーリはあの術式を知っている。あの術式で彼女は二度助けられているのだ。
魔王のもう一つの術式は『逆行』。
ありとあらゆるモノの時間を巻き戻す力。
それを使えば傷を戻す事によって致命傷を治したり、相手の攻撃を逆行させて防いだりする事が可能。
それが例え術式だとしても。
「随分と魔力を使うのね──持つのかしら?」
クスリと笑みを浮かべる女の言葉だが、実際魔王に残された時間は少ない。
魔力が尽きれば魔王は再び鍵の中に封印され、残るのは禄に動けないイヴだけだろう。
だからそろそろ終わらせる。
「お察しの通りだ女──そろそろ死ね」
瞬間──空間を圧する魔力が場を包み込む。
魔力物質化と魔力エネルギー化の魔法を行使し、発生する謎の暗黒の力。
それを魔王は自分の体内の中で練り上げ、そのまま右脚に集中させた。
女は、それを見てすぐに弓を構えて結晶の矢を作り出し放つ。
しかし無意味だ。
魔王が跳躍した際に生じたエネルギーの衝撃波が矢を砕いた。空中に跳んだ魔王は、女に向かって蹴りの態勢を取り──。
「さらばだドブカス女──次はしっかりと殺してやる」
「その時は来ないわよ──忘れ去られた魔王」
加速して一気に距離を詰めた魔王は、そのまま一撃を女の胸に叩き込み──異空間ごとその造られた肉体を破壊した。
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