スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と相乗りする   作:カンさん

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第3話『スラム街の悪ガキ、初めて魔法を使う』

 

 空から落ちて来たソレは2階建ての家屋と同じくらいの大きさで、スラム街の街を破壊しながら降り立った。

 

『――ブモオオオオオオオオオ!!』

 

 顔を上げて雄たけびを上げる使徒の名はーー。

 

『何だあれは』

「あれは、ミノタウロス!」

 

 家に陰に隠れたイヴはその名を叫び、そして強く睨みつけた。

 手には魔力で作られた棍棒を持ち、人間と同じ肉体を持ちながらも異形の頭部を持つ化け物。

 その数5体。数は少ないが――魔法を使えない人間にとっては災害そのものだ。

 ミノタウロスが棍棒を振るい、建物を壊し、逃げ惑う人々を襲う。

 イヴはその暴れる様を見ている事しか……人々が悲鳴を上げているのを聞いていることしかできない。

 

「っ……!」

 

 イブは歯ぎしりをし、拳を強く握り締めて、ミノタウロスが暴れている場所からは正反対に向けて駆け出そうとする。

 

『どこに行くつもりだ小僧』

 

 それを止めたのは魔王だった。イヴは()()()足を止めて、彼の問いに答えた。

 

「……お前は知らないかもしれないが、魔法の使えない人間は使徒が現れたらとにかく逃げるってのが常識だ」

『襲われている者を見捨ててか?』

「……仕方ないだろっ。力のない奴がそんな事をすれば死ぬのはテメェだ!」

『ほう。貴様にしては賢い選択だな。性格に合わず』

「さっきから何が言いたい」

『ふん。大方トラウマからくる勇み足だろうが――陳腐な言い方になるが……それで良いのか?』

「……っ」

『この短時間で貴様の性格はある程度把握している。貴様の様な人間を多く見て来た。そして貴様と同じ選択をし後悔した人間も』

 

 同時に、無謀な選択をして犬死にした人間も見て来た。

 

「……逃げるなって言いたいのか? お前さっき逃げろって……」

『準備はしておけと言ったのだ。適わない敵から逃げる事を臆病とは言わん。それもまた勇気だ――だが、選択から逃げるな』

「――」

『先刻言ったぞ。我に二度同じことを言わせるな――小僧、貴様はどうしたい?』

 

 ――イヴは酷くイラついた。

 何も知らない癖に分かった様な口を利く魔王に。

 おそらく魔王はあの鍵に封印される前は力を持っていたのだろう。ハッタリや法螺にしては言葉の節々に貫禄があり、そして重みがある。

 彼の言葉に従えば良いと。正しい道に行けると思える力があった。

 

 それが気に食わない。イラつく。ぶん殴ってやりたい。

 

 しかし、それ以上に気に食わない事がある。

 

「……俺は魔法を使えない」

『……ふむ?』

「だから、俺はあの化け物を倒せない。……誰も救えない。何もできない」

 

 だから今イヴにできるのは無様に逃げるだけだ。

 

『だから仕方ない、と?』

「……」

『この際貴様が魔法を使えるか使えないかは知らん。我の問いかけはたった一つだ――答えよ』

「――そんなの……!」

 

 答えなど()()()()()決まっている。そして、その答えからずっと逃げている自分が――イヴは世界で一番気に食わない存在だった。

 

「あのクソ化け物をぶち殺してやりたい! 俺達から全て奪ったアイツらに、これから全てを奪うアイツらをこの世界から追い出したい!」

 

 長年腐り続けていたイヴの本心は、黒く、深く憎しみの色に染めあがっていた。

 しかしそれを魔王は待っていた。笑みを浮かべて、心底愉しそうに、嬉しそうに――彼の思いを受け入れる。

 

『――やれやれ。ようやく選択したな。待ちくたびれたぞ』

「うるさい。俺にここまで言わせたんだ。……どうにかできるんだろ?」

『我を誰だと思っている? 全てを超越したぶっちぎりの存在、魔王イーヴァルディ様だ。――我に任せろ』

 

 イヴはこの魔王と名乗る不審な声が嫌いだ。

 だが、この魔王の言葉はーー何故かスッと信頼する事ができた。

 任せろ、と言われてイヴは素直に頷いて――踵を返して怪物に向かって走り出す。

 

 この日彼は初めて前に向かって駆け出した。魔王と共に。

 

 

 

「それで! 俺はどうすれば良いんだ!?」

 

 棍棒を振り回し、スラム街を破壊するミノタウロスに向かって駆けながらイヴは魔王に問いかけた。

 

『簡単だ。ただぶん殴れば良い』

「確かに簡単だな。それで倒せるならな!」

 

 倒せないからこそ、イヴは……魔法を使えない人間たちは使徒から逃げる事しか出来なかったのだが。

 

『まぁ、貴様一人では無理だ。だから今回は我の力を貸してやる』

「……どうやって?」

『その辺りの調整は我の方でやる。故に貴様は何も考えず、思うように動け』

 

 あの憎たらしい頭を思いっきりぶん殴る。それだけを考えて駆け抜けろと魔王は言った。

 普通ならふざけるなと叫びたくなるだろう。策もなしに近づけば簡単に捕まってすぐにあの怪物の腹の中に入れられてしまう。

 しかしイヴは魔王の言葉を疑わなかった。

 どうにかしてやる、と偉そうに、不遜に、しかしこちらを騙す気配無く真摯に言ってくれたのだ。

 

 だったら――イヴは拳を握り締めて走るだけだ。

 

『ブモ?』

 

 イヴの存在に気付いたのか、歩みを止めて振り返るミノタウロス。そしてこちらをゆっくりと見下ろすその姿を見て、イヴの体に居る魔王が言った。

 

『畜生風情が。誰の許しを得て我を見下ろしている――頭が高いわ』

 

 魔王が告げる。

 

『跳べ小僧』

「――応!」

 

 大地を踏み締め、膝を曲げて、そして一気に力を解放すると同時に――イヴは空を舞った。

 

「――っ!?」

 

 胸中に飛来するのは驚愕。しかし、それもすぐに消え去る。

 

『まずは一発だ――躾けてやれ』

「――ああ!」

 

 こちらを間抜け面で見上げるミノタウロスに向けて落下しながら思いっきり拳を振り下ろした。

 ガゴンッと鈍い音が響き、拳に衝撃が走り――ミノタウロスの巨体が地に沈む。

 悲鳴を上げる暇もなく、人類が使徒と呼んでいた怪物はたった一人の人間に殴り落とされた。

 あり得ない光景。あり得ない経験。あり得ない感触。

 だが、確かにこの時――イヴは長年の怨敵に一矢報いた。

 逃げ惑うだけだったスラム街の人間たちもポカンと口を開いていた。

 

「これって……」

『ああ。魔法だ』

 

 高所から無事に着地したイヴは、ミノタウロスを沈めた己の手を茫然と見る。そこには薄っすらと透明な光が己の身を包み込んでおり、その正体を魔王は当然の様に答えた。

 

『小僧、一つ訂正しておく。貴様は魔法が使えるぞ』

「……え?」

『だがそれを自覚していなかったのだろうな。貴様の(ゲート)から魔力を捻りだすのはちと苦労した』

「俺が……魔法を」

『厳密には我の助力あってこそだがな。ただ、まぁ――爽快であっただろう?』

「――ああ」

 

 イヴは確かに魔法が使えなかった。先ほどまでは。

 彼は3年前からどうにか魔法が使えないか色々と試して、その才能が皆無だと突きつけられて挫折してしまった。

 だから今魔法が使えるのはおかしいし、魔王が何かしたのだと理解できる。自分の力じゃない事も理解できる。

 それでも――嬉しかった。自分の拳で殴る事ができた事が。

 

『さて小僧。感傷に浸るのはそれくらいにしておけ』

「……ん? どういう事だ」

『どういう事も何も――』

 

 ――ズズズ……と地響きがし、影がイヴを覆う。

 もしかして、とイヴが見上げるとそこにはミノタウロスが居た。それも、先ほどイヴが殴りつけた傷跡を再生させた状態で。

 

『まだ終わっとらんぞ』

「……」

『ふむ。妙な魔力の流れから真っ当な生物ではない事は分かっていたがこういうタイプか。ちと面倒だな』

「冷静に分析しているんじゃない!」

 

 イヴが飛び退くと同時に、先ほどまで彼が居た地面を巨大な棍棒が打ち砕く。

 瓦礫が吹き飛び、大きな音が響き、それによって遠巻きに見ていたスラム街の人間たちが悲鳴を上げて逃げ出した。

 イヴとしてはそれで助かる。無駄に人を巻き込まなくて済むからだ。

 それよりも、だ。

 ミノタウロスの猛攻を走って、避けて、逃げならイヴは魔王に向かって叫ぶ。

 

「次はどうしたら良い!?」

『ひたすら殴っても貴様がバテるのが先だな』

「アイツを倒すまで、俺は倒れるつもりはないっ」

『その心意義や良し。しかし我らは獣ではなく人だ』

 

 横振りの棍棒をジャンプして避けて、叩きつける様にして振るわれる一撃は大きく避ける。飛んでくる瓦礫ですらイヴにとっては致命傷になるからだ。

 彼は魔王から攻略法を聞くまで愚直に生き抜くための動きを止めない。

 

『魔の力に触れ、朧気ながらに貴様も感じている筈だ。奴の弱所を』

「弱所……?」

『先ほどあの畜生が立ち上がる時、感じた魔力の流れから奴のあの再生能力の起点が見えた。恐らくそこが弱所だ』

「そんなこと言ったって、俺は今まで魔法を使った事がないっ」

 

 故に、いきなりそんな事を言われても分からないと言うイヴだが。

 

『馬鹿者、逆だろうが』

「は?」

『慣れない力に触れたからこそ、初めての感覚には違和感を覚える。見えていなかった物を、聞こえていなかった音を、感じ取れなかった感覚を、それら未知の全てが既知となった』

「……」

『我が言いたい事は分かるな?』

 

 それを最後に魔王は沈黙する。その間にもミノタウロスの猛攻は止まず、イヴは必死こいて避けて、躱して、逃げる。

 しかしそれ以上に感覚が敏感になっていた。魔王の言葉を理解し、目の前の使徒を理解しようとする。

 自分の体を包み込む魔力。目の前の敵から迸る魔力。それはこれまで感じ取る事ができなかった力。それに触れたイヴは今――これまで生き残るために力を使って見極める。

 年上のクソガキや、それ以上に碌でもない大人たちの暴力に曝されていたイヴは、生き物の活動を止める方法を知っている。どこを殴れば、どこを壊せば動けなくなるのか。どのくらいの力を使えば殺せるのか、殺さずに無力化できるのか。

 知っている事と知らない事を飲み込み、彼は生き残る為の最適な答えを導き出す。

 

「――そこか!」

 

 研ぎ澄まされた感覚が、ミノタウロスの弱所をイヴに教えた。

 首の裏。そこに魔力が集中しているのを感じ取れた。

 

『ブモオオオオオオオ!!』

 

 ミノタウロスが棍棒を叩きつける。相変わらず単純な動きだと最小限の動きで避けたイヴは、そのまま棍棒に乗りそのまま腕を伝ってミノタウロスの体を駆け抜ける。

 

『ブモ!?』

 

 イヴの行動に驚いた声を上げるミノタウロス。すぐさま振り払おうとするが、今の今まで彼を捉える事ができなかった愚鈍な怪物が何故捉える事ができようか。

 

 不思議な感覚だった。

 

 戦う前はあんなに適わないと思っていた使徒を翻弄している。これがずっと求め続けた力なのかとイヴは思い、すぐに違うなと内心首を横に振る。

 

 自分が迷いなく戦えるのはーー。

 

『そら、小僧。今までのツケを少しだけでも返してやれ』

 

 この魔王と名乗る不思議な声のおかげだと、彼でも理解した。

 

「――うおおおおおおおおお!!」

 

 ミノタウロスの背後に回ったイヴは思いっきり拳を叩きつけて――パリンッと何かが割れる音が響いた。

 

『ブモ!?』

『見えたな死相が――やれ小僧』

 

 ミノタウロスの防衛本能が死を予感し、慌てて振り返って棍棒を叩きつけるが――音を立てて破壊されたのは一人の人間の体ではなく異形の得物だった。

 棍棒を半ばから殴り壊したイヴはそのまま両腕を構えて――目の前の怪物にラッシュを叩きこむ。

 

「うぉおおおおッ、ウラララララララーーラァ!!!」

『ブモオオオオアア!?!?』

 

 落下しながらミノタウロスの顔を、体を、足を、全てに拳を叩きこみ最後には天高く殴り飛ばした。ミノタウロスは断末魔を上げて吹き飛び、最後には魔力の塊となり弾けて消え失せた。

 

「――確かに返して貰ったぜ、少しだけな」

 

 屈辱の日々を耐え抜いた末に、イヴはようやく――兄弟の仇に一矢報いた。

 彼の顔は久しぶりに晴れやかな物だった。

 

 

 

 

 

 ――それから少しして。

 

「……報告では後一体居るはずなのですが」

 

 突如エリア外に現れた使徒に対して、迅速に行動を取ったGUARD。

 南都、ならびにスラム街に現れた使徒の数は全部で10体。そのうち9体は討伐にされたのだが、残り1体が見つからずに居た。討ち漏らしがあってはならない。さらなる被害が、知覚できずに広がる可能性がある。

 故にGUARDは血眼になって捜索し、その捜索隊の一人である少女は南都の外れにあるスラム街にやって来た。

 

 茶色のショートヘアに蒼い瞳。肌は染み一つなく顔つきからは幼いながらも知性が感じ取れる。

 その身を包む魔力で編まれた戦闘用防御衣服、守護装束(ガーディアン)は黒を主体に赤と紫の装飾がされており、手に握られたロングソードには赤い宝石が嵌め込まれてキラリと輝き光っていた。

 

 GUARD本部の情報が確かなら、このスラム街にミノタウロスが居るはずなのだが少女の魔力探知では影も形も無かった。

 

(誰か他の方が撃破したのでしょうか……?)

 

 少女は最後にこちらの世界に現れたミノタウロスと、()()()()魔力が発生した場所に辿り着く。

 そこは明らかに戦闘の跡があり、周りを見るとミノタウロスによる被害跡もしっかりと残っていた。

 

「いったい誰が」

 

 GUARDの人間の誰かが倒したのなら報告が行くはずであり、何より未登録の魔力が発生している時点でおかしい。

 おそらくスラム街に住む誰かが死を前に(ゲート)が開き魔鍵師(ウォーロックスミス)に目覚めたと考えるのが普通だろう。そういう事例は珍しくない――ない、のだが。

 

「この魔力。明らかに初心者のものではない」

 

 いや、拙い部分もあるから初心者に近い存在なのは確かなのである。

 だが、それだけでは説明できない違和感を少女は感じ取っていた。

 

「……調べる必要がありますね」

 

 己の感覚に従い、今後の活動を決めた少女は歩き出す。

 

 ――少女の名はユーリ。まだ運命の出会いを果たしていないGUARDの魔鍵師(ウォーロックスミス)である。

 

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