スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と相乗りする   作:カンさん

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第7話『スラム街の悪ガキ、精神的に童貞だとバレる』

 

 

「……ん?」

 

 響門(レゾナンス)により気を失っていたイヴが目を覚ました。最後に見た光景がスラム街から隠れ家の寂れた天井へと変わっていた為、魔王がまた自分の体を使ったのだと当たりを付ける。

 

 また知らない女性(ひと)と寝たのかな……。

 

 これまでの経験からイヴは不安と恐怖、そしてちょっぴりの好奇心を抱きながらそっと隣を見る。するとそこには膨らんだシーツがあり一つのベッドを二人で使っている事が伺えて、またヤりやがったなあのクソ魔王とイヴは苛立ちを覚える。

 これでまたスラム街で「ヤり捨てイヴ」の名が広まるんだろうな、と落ち込む。少し前までキラキラした目を向けていた年下の子どもの目が冷たくなっている事実も思い出しさらに泣いた。

 

 とりあえず隣の女性を追い出した後に、魔王に抗議をしなければならない。今日こそはビシッと言うのだとイヴは心に決めた。

 

 ばさっとシーツを剥いだイヴはなるべく女性の裸体をみないように気を付けようとして──息を呑んだ。

 そこにあったのはとても白い、陶器の様に純白な肌。あどけない寝顔にさらさらの茶色の髪。呼吸を忘れて見惚れる程の美少女が──全裸でイヴの隣で寝ていた。

 イヴはそっとシーツを掛け直してベッドから脱出し、顔を真っ赤にさせてうるさく自己主張する心臓を落ち着かせようと必死だった。もしかしたらこの音で彼女を起こしてしまうかもしれないから、と。

 

 いや、それよりも、だ。

 

(忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ)

 

 イヴは網膜に焼き付けられた光景を忘れようと目を閉じて、しかし早々に忘れられそうにない光景に悶え苦しむ。

 

 今まで魔王が抱いていた女性は皆年上だった。20代後半が好みなのか、毎回そういう人間と寝ており……スラム街出身故にお世辞にも身綺麗ではなかった。生きるので必死で仕方のない事である。大人の色気はあったが。

 

 だが、今回の少女は違う。イヴと同年代で汚れを知らなそうな少女。

 そんな少女と魔王が自分が寝ている間に致していたと思うと……脳みそがぐちゃぐちゃになりそうだった。

 

『……む? 目覚めたか小僧』

「魔王!! お前!!」

『何だ朝から元気だな。よほどスッキリしたと見える』

「スッキリしたのはテメェだろうが……! 今日と言う今日は許さねぇ」

『……なんだ? 今回は随分と気が荒いな』

 

 だいたいイヴが意識を失うと体を勝手に使うため、起き抜けに怒られるのは日常の一部と化しているのだが……それにしては今日は一段とうるさいと魔王は感じる。

 

「お前があんな綺麗な子に手を出している事に腹が立って仕方がねぇんだよ!」

『……うん? 何の事だ』

「惚けるな……! 隣に俺と同じくらいの女の子がっ」

 

 魔王に対する文句で配慮が欠けたのか、イヴの声はまぁまぁ大きかった。

 そうなると何が起きるのかは火を見るよりも明らかで……。

 

「んん……うるさいですね」

 

 騒音で起こされた少女は眠たそうにしながら起き上がり、すると掛けられたシーツがシュルリと落ちて──振り返ったイヴと目が合った。その裸体を惜しげもなく晒した状態で。

 

「……き──」

 

 しばらく見つめ合い、そしてお互いの状況を理解したのだろう。我慢の限界が来たのか顔を徐々に真っ赤にさせて……。

 

「きゃああああああ!?」

 

 恥ずかしさのあまり悲鳴を上げてしまった……イヴが。

 

『……そこは普通、逆ではないか?』

 

 魔王の呆れた声は誰にも届かなかった。

 

 

 

「すみません。普段から全裸で就寝している為、無意識に衣類を脱ぎ捨ててしまった様です。お見苦しい物を見せてしまいました」

 

 そう言ってペコリとお辞儀をするのは先日助けたユーリ。

 魔王が言うには、あの場で撒けないと思ったので連れて来たらしい。魔王は撒くつもり自体無かったようだが。

 それとイヴが寝ている間に情報交換も行ったとの事。ちゃっかりしてやがるとイヴは呆れた。自分がGUARDと関わりたくない心情を顧みての事だろう……と。

 

「改めて自己紹介を。GUARD南支部所属のユーリと申します。以後お見知りおきを」

「……」

 

 丁寧に挨拶をするユーリだが、イヴは顔を逸らして顔を顰めたままだ。

 その様子に不思議そうに首を傾げるユーリだったが、彼が起きる前に魔王から聞いた情報から、イヴの反応の理由を察する。

 イヴはGUARDに対して不信感を抱いている。故に頑なに自分と接触しない様に逃げ続けていた……と。

 そうなると、GUARDの魔鍵師(ウォーロックスミス)である自分がよろしくと言っても、よろしくしたくないのが心情なのだとユーリは察した。

 

【おい小娘】

「む。聞いたことのない声ですが、この己に絶対の自信がある口調……イーヴァルディですか。しかし脳内に直接声が聞こえるとは何とも奇々怪々な……」

【念話という。魔力探知と魔力放出の応用技だ。尤も、我以外に扱えた者は居ないが】

「そんな事できたのかお前」

 

 ユーリもイヴも魔王の魔法に何処か達観に似た感情を抱いていた。

 

「なるほど。それで、わざわざその念話とやらを用いて私にコンタクトを取ったその意味は?」

【いやなに。どうやら勘違いしているようだから訂正しておこうと思ってな】

「というと……?」

【そこの小僧が顔を背けているのは貴様がGUARDだからというよりも、見た目麗しい異性だからだ】

「おま!?」

 

 イヴと融合している魔王は、彼が何を考えているのか、何を感じているのかを把握できている。故に彼がユーリに対して嫌悪感ではなく気恥ずかしさを抱いていたのを知っていたし、それを悟られたくないと思っていたのも知っていた。

 なので嬉々としてそれをユーリに教えたのである。魔王酷い。

 

「それは、その……悪い気はしませんが些か羞恥心が刺激されてしまいますね」

【コイツは童貞だからな。女の扱いを全く心得ておらん。見るに堪えないと思うが容赦してくれ】

「なるほど、委細承知いたしました」

「いやなるほどじゃなくてさ! 魔王! お前、余計な事を言うな!」

【何が余計だ。全て事実ではないか。否定したいのなら礼には礼で返さんか愚か者】

「ぐぬ……」

 

 ピシャリと叱咤を受けて押し黙るイヴ。

 魔王の言葉には色々と反論したいところだが、名を名乗られたにも関わらず無視する行為はGUARDに対する不信感を抜きにしても失礼なのは確か。

 その事については言い返せなかったイヴは、渋々……というのも失礼なので深呼吸をして己を落ち着かせてからユーリに向き合った。……さっきの事もあり、まだ恥ずかしそうだが。

 

「……俺は、イヴ。魔王を名乗る変な鍵に寄生されて先日魔鍵師(ウォーロックスミス)になった」

「はい。その事はイーヴァルディから伺っております」

「そうか……」

「ええ。そして貴方がGUARDにどのような思いを抱いているかも知っております」

「……」

「それを踏まえた上で……どうか感謝の言葉を受け取って頂けませんか?」

 

 彼女の言葉に思わずイヴは「え?」と素っ頓狂な声を出す。

 彼の中のGUARDのイメージは、魔鍵師(ウォーロックスミス)に覚醒してすぐに使徒と戦うのは危なすぎると説教をしてくると思ったからだ。

 戦えない者は、弱者は、力のある人間に守られていれば良い、と。

 悪意の有る無し関係なく見下しているその目が嫌いだった。

 

 しかし目の前の少女は真っすぐ、対等にイヴを見ていた。

 

「貴方が居なければ確実に犠牲者が出ていました。先刻の戦いも私の力が足りず手も足も出ない状況で、貴方がたに救われました。それも己の心情を曲げてまで」

「……」

「ありがとうございました。私たちは貴方のおかげで今日もこうして生きていられる」

「──」

 

 彼女からの感謝の言葉は、イヴの胸の奥に深く突き刺さった。

 礼を言われたくて戦った訳ではない。ただ使徒という存在が許せなくて、ただ倒したくて力を振るって結果的に救えただけだ。

 そう思っていた。考えていた。感じていた。

 だから彼女の「イヴのおかげで助けられた人がいた」という言葉は──イヴの今後の価値観に大きな影響を及ぼす。

 

 その事を二人は知らない。

 

「あーうん。いや、うん。その、うん……うん」

『気持ち悪いな貴様』

「うるせぇ」

 

 魔王の茶々に力なく答えるあたり、感謝される事に慣れていないのが窺える。

 顔を真っ赤にさせて言葉に詰まるその姿に、魔王はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「イヴ。貴方の人徳の高い人柄を踏まえて一つ頼みたい事があります」

「……あー、内容による」

『受ける気満々ではないか……。我、ちょっぴり貴様のそのチョロさが心配だぞ?』

 

 イヴは魔王の言葉を無視した。

 

「頼みたい事とは、私と一緒にこの南都で発生している蓋門(がいもん)の原因を調べて欲しいのです」

 

 二度に渡って起きたエリア外蓋門(がいもん)発生事件は、GUARDとしても早急に解決したい案件だった。特に捕縛タイプだけでなく戦闘タイプのキャスパリーグが送り込まれたのは不味い。戦闘タイプは捕まえる事無く人間を殺す。それは決して許されない事だ。

 この状況がこのまま進めばGUARDへの不満が高まり暴動が起きる可能性がある。人類存続の危機とも言えよう。

 

「……俺もどうにかしたいと思っている。だけど」

「もちろんGUARDには報告致しません。それが望みなのでしょう?」

「ぬ……」

 

 GUARDに不信感を抱いているイヴに配慮した条件に思わず唸る。

 

「報酬もできるだけ弾むつもりです」

「……だったらよ。もう少しスラム街の奴らへの配給を増やしてくれねぇか?」

 

 イヴはここ最近配給が減っている事を思い出しながら彼女に言った。

 腹が減っているから皆イライラし、食料の奪い合いが起き、そしてその不満は大きくなっていく。

 一時的に増やしても意味がないのは分かっている。それでも、少しでも皆が……特に子ども達が腹を満たせるならイヴはユーリに協力しても良いと思っていた。

 

「はい、畏まりました。私の方から本部に働きかけておきます」

「ああ。頼んだ」

 

 こうしてイヴは一時的にユーリと手を組む事になった。

 GUARDは信用できないがユーリは信じる事ができると考えたのだろう。魔王の言う通り自分はチョロいのか? と思いつつもユーリに差し出した手を握り締める。

 

「……っ」

「あの、どうかなさいましたか?」

「い、いや! 何でも!」

 

 ……その前に異性に慣れる所から始めないといけない。

 不思議そうにこちらを見るユーリの顔を直視できないイヴは、赤面しながらそんな事を考えていた。

 

 そんな二人の初々しいやり取りを見ながら魔王は感心していた。

 

(存外狸だなこの小娘も)

 

 ユーリはイヴに情報の全てを開示していない。魔王が別に言わなくて良いと判断したのもあるが、彼女自身もイヴに伝えない方が都合が良いと考えたのだろう。

 

 要らない情報でGUARDへの不信感を高めて、協力を断られない様に。

 

 魔王は思い出す。イヴが起きる前にユーリと行ったやり取りを。

 

 

 

 早速自分たちの身に起きた出来事と状況を伝えた魔王は、ユーリからこの世界についてさらなる情報を得た。

 そして現在GUARDが陥っている現状についても。

 GUARDは魔王が思っているよりも真面で、余裕のない組織だった。

 

「裏切り者?」

「はい。恥ずかしい話、あちら側の世界に与する者が居るのは確かです」

 

 ユーリが単独でイヴを探していたのは理由があった。

 一つ、イヴがエリア外の蓋門(がいもん)を開く手引きをした人類の裏切り者である可能性があった事。

 二つ、南支部に居るであろう裏切り者に悟られない様にする為。

 

「はっきりと言うんだな。裏切り者が居ると」

「はい。証拠がありまして」

「証拠?」

「……スラム街への食料の配給。これが意図的に操作されております」

 

 その言葉に魔王は裏切り者の目的を察した。

 

「なるほど。スラム街の住人に暴動を起こさせ、自分は蓋門(がいもん)を開く術式なり道具なりを設置する訳か。姑息な手を使いおる」

「……あの、本当に何者ですか? たったこれだけの情報でこちらの推測と同じ結論に至るとは」

「だから言っておろう魔王イーヴァルディだと。……尤も我の名は、我が国は、歴史は、すべて消されているようだがな」

 

 魔王は、初めは異世界に転生なり転移なりしているのかと考えていた。

 しかしイヴから時折聞く単語には聞き覚えがあり、ユーリから聞いた情報で確信した。ここは、自分が生きていた世界の未来であると。

 

 故に、嘆かわしい。己が歩んだ覇道が何者かに台無しにされている。

 その下手人には心当たりがあるが──今は息を潜めて力と記憶を取り戻す時。

 

 それと──。

 

(イヴ……なるほど、イヴか)

 

 魔王は自分があの鍵に封印されている事とイヴと融合した事を偶然の事故だとは思っていなかった。害意のある人間が仕組んだ策略だと思っていた。

 

 しかしそれは間違いで、考えていた以上に魔王にとって胸糞の悪い真実の可能性がある。

 

(良いだろう。貴様らの考えは今の我は知らん。否定も肯定もできん──だが、もしも再会した時)

 

 ──我に裁かれる事、覚悟せよ。

 

 魔王はこの閉ざされた世界に来て初めて──怒りに燃えた。

 




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