雪山の猟師   作:庭鳥

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 第五話です。佳境に入ると途端に筆の速度が落ちます。おーこれは良くない流れデース。こんな感じで何作もエタってきたデース。構想は出来てるので終わりまで頑張って書きマース。




白き迷宮の仕掛け罠

 

~ 7 ~

 

 

 狐を逃がした日から数日、俺は山に猟に入るのを躊躇っていた。しかし、ついに狩りのため足を踏み入れることにした。これは勿論生活のためという点もあるし、なによりあの日二階堂に払った五円というのは大きかった。二階堂も忙しいのか、結局電話のあった日のうちに姿を見せることはなかった。もとより、この田舎町にとどまっているタイプの商人ではないのだ。あの女は。

 

 俺は埃及煙草(エジプトタバコ)に一つ、火をつけて目を覚ましてから猟に行くことにした。戸を開けて明かりを取り込み、新鮮で寒い空気を取り込みながら、不浄な煙を吞み込む。そうすると庭先で猟犬の二太郎がいやそうに犬小屋に顔を突っ込んだ。どうやらこの異国の香りのする煙は、二太郎のお気には召さなかったらしい。それを見ながら、ぼんやりと空に溶ける煙を見ていた。

 

「これから撃ち殺す獣と、あの日逃がした狐にそんなに差があるもんかなあ。」

 

 そう考えてみても俺の思考はまとらない。俺はいやにずっしりと重い、埃及煙草(エジプトタバコ)の入った袋を戸棚の奥にしまい込みながら、猟具の準備を始めた。

 

 

 

 山の中に入ると、防寒具を身に着けていても染み渡るようにその寒気が身に入ってくるようであった。俺は気合と共に小さく息を吐くと、二太郎と共に山の中に入っていった。一度猟に入ると経験によるものなのか、迷いというものは薄れていった。それは俺にとって好ましい事であった。猟銃を撃つ前もしも手が震えでもしたら、その一瞬の迷いは猛獣相手に致命的になりかねない。

 

 辺りには雪が降り始め、若干の風が吹き始めていた。空を見上げると雲の動きが早い。……この分では吹雪きそうだ。俺の心には早く獲物を見つけて山を降りなければならないという焦りが生まれ始めていた。

 

 

 そんな時にふと、足元を見た。二太郎が普段とは異なる様子で牙をむきだしていた。

 

「……ん?どうした二太郎?」

 

 二太郎が何かを見つけて走っていくでもなく、雪の上で身を低くして何か唸るような声をあげていた。これは普段の反応ではない。猟犬は獣を見つければ追い立てるように教育される。二太郎も爺が元々躾けていた猟犬で、まだ五歳くらいであるが勇敢で熊を相手にもなかなか臆さない。それが今、ただ雪の上で唸っている。これは経験の浅い俺にとって、初めて見る反応であった。

 

 ともかく、俺は二太郎の見ている方向にじっと目を凝らした。

 

(……いた。)

 

 俺は短く心中で思うと、すぐさま銃を向けた。そこには驚くほど大きな猪がいた。でっぷりと太った丸い体を揺らして、ふがふがと言いながら土を掘っている。距離は百メートルとあと半分くらい……まあ有効射程内だ。俺は引き金に指をかけながら、少しだけ思った。

 

(この季節に猪が見えるのは珍しいな。それに大きい……あんなにでかいのは初めて見る。……二太郎はあれにビビっていたのか?)

 

 だが俺はその考えを雪の上にはき捨てる。余計な思考は雑念だ。雑念は弾の軌道を簡単に曲げさせる。……少しの停滞の後、俺は引き金を引いた。その瞬間猪がこちらを見た気がした。

 

 ──その目には恐るべきほどに生気がなかった。俺はそれを見た一瞬、銃をとり落としそうになった。それは気の迷いが生んだ、獣への情けだったのだろうか。

 

 

 猪は腹に銃弾を喰らい、倒れ伏した。俺は荒い息をあげながらその様子を見ていた。

 

「なんだ、これは?俺は本当におかしくなっちまったのか?」

 

 俺は思わずそんな事をつぶやいた。普段は獲物の元に駆け寄る二太郎も、今回ばかりはこちらを心配そうに見上げ駆け寄っては行かなかった。俺は、本当に……どうかしてしまったのだろうか?こんなことを思うなどと……初めてであった。

 

 ……いや何か、そう初めてであったのだ。あの猪、弾が当たる前からあの目ではなかったか?そんな考えが胸中を支配し続けていたのだ。

 

 

 

~ 8 ~

 

 

「……どうなってる?」

 

 猪の近くに寄ってみると、その死体は露と消えていた。放置しておいた獲物が他の獣にかすめ取られるというのは時々ある。だがたったの数分の間にそれをがなくなるなんて言うのは極めておかしい話であった。

 

「足跡もないしな……。」

 

 もしかしたら……本当に熊か何かが運んで行ってしまったのかもしれない。だがそこには引きずった跡も、獣の足跡も何もなかった。それは極めて奇妙であった。

 

(ていうか……猪の血も足跡も、掘っていた土の跡もないぞ……。どうなってる?)

 

 そう、さらに奇妙な事であるのは、その猪のいた場所には、猪の痕跡すら残されていないのだ。いっそ場所を間違えたのではないかと辺りを見回すが、木の生え方、特徴的な雪の跡……恐らくこの場所で間違いないだろう。辺りを見まわしてみても、それらしき物など何もなかった。

 

 俺は何かまだ機嫌悪そうに唸っている二太郎を撫でて落ち着かせた。

 

「二太郎、お前も何か見たよなぁ。どうなってるんだ?お前の鼻に何か匂わないか?」

 

「ワンッ!!」

 

 二太郎は元気に吠える。だが実に奇妙な出来事であった。……もしや吸いなれない埃及煙草(エジプトタバコ)が幻覚でも見せたのだろうか、と思い始めていた。だがその場にとどまり続けて考え続ける程、俺の懐に余裕のあるわけでもなかった。

 

「ちょっとうっかりしてただけか?」

 

 俺の呟きは雪の中に溶けて行った。その途端、目の端に何か獣の走るのが見えて、俺は思考を止めて再び追跡を始めた。

 

 

 

 

 その鹿はやはり大きいサイズであった。銃を向けて観察すると、ちょうどいいように止まって休んでいる。……実に都合が良い。()()()()()に。

 

「やはり何か()だな……。」

 

 こうやって銃を向けると、不思議と獣は殺気というものを感じ取るのか、辺りを警戒したりするものだがそういう行動すらあの鹿はしない。まるで撃ち殺してくれとでもいうように。それに何より……。

 

「あの瞳がやはり気になる。剥製にはまった作り物の目みたいじゃないか……やはり『奇妙』だ。ちょっと観察してみよう。」

 

 俺はその周囲の光景をじっと見つめ続けた。そんな中、まるで紙芝居のようにその鹿は決められた生気のないような動きばかりをし続けていた。……やはり、なにかおかしい。これは何か、とてつもなくおかしい。

 

「……なーんか自然じゃない気がするな。人間が演じる被り物の獣みたいな……。」

 

 鹿が走り始め、俺は二太郎と共にそれを追いかけ始める。……距離が開かない。いくら遅くしようとも、速くしようとも。……まるで初めから振り切る気のないような走り方であった。

 

 

 ふと、その鹿が足を止めた。俺は一瞬、鹿を狙おうとしてその動きを止める。だが、何か言いようのしれない不安感が湧きあがり始めていた。……二太郎がしきりに唸っている。この木の生え方、独特な雪の積もり方……。この場所には、俺の今いるこの場所には、見覚えがあった!

 

 ……ここは!ここは()()()()()()()()()()だ!

 

「なんだ、これは。同じ場所に……戻ってきてる?」

 

 俺は額に汗を浮かべながら、鹿の方に向き直った。その瞬間、俺は目を見開かざるを得なかった。

 

 

 

 ──そこに鹿はいなかった。同じ場所、特徴的な木の生え方……さっき確認したその場所……俺が()()()()()()()()()()()であった。その場所に、人間が一人銃を構えて立っていた。

 

(俺……!?)

 

 だがその人間はぐるりとこちらの方を向くと、冷たい瞳と銃口をこちらに向けた。……俺の喉からヒュッという細い息が漏れるのを感じた。

 

 

 タアァンという銃を容赦なくぶっ放した音が響く。音速をはるかに超えた銃弾から、唸る獣の声のような風切り音が広がった。弾の当たった枝が、バキバキとへし折れて吹き飛んでいった。

 

「……撃たれたのは初めてだよ、チクショウ!」

 

 俺は雪の中に飛び込んで埋まった体勢のまま、片手で二太郎を柔らかい新雪の中に押し込めながら、すぐに片手で猟銃を向け返した。

 

 

 だがその場所には下手人である狩人の姿はなかった。さっきの猪、鹿のように。霧に移った夢幻のように……いやそれだけにはすまない。不可思議は現実に変貌を遂げていた。前は勿論、右を向いても、左を向いても、後ろを向いてさえ……あの光景なのだ。木の生え方も同じ、雪の積もり方も同じ、合わせ鏡のように無限に遠くまで同じ光景が広がっていた。

 

()()()()が……()()()()()()()……これ、はっ!!」

 

 そんな中、視界の端で遠くに大きく肥えた山鴨が羽ばたくのが見えた。大きく、食いでのありそうな獲物……平時であれば喜んで追いかけたであろう。だが今、それはただ雪でじっとりと冷える汗を一筋垂らすばかりであった。

 

 その山鴨は付かず離れず飛び続けているように見える。こちらを誘うように、手を招くように、崖へ崖へと死地に誘うように。寒空の中であるが、いつの間にか体中に冷えた汗をかいていた。それは俺がこの不可思議な状況を飲み込みつつあることを示していた。

 

 ……俺は絞り出すようにやっと声を出した。

 

「ようやく気付いた、ぞ……。」

 

 それは俺が狩人だから気づいたことであったろう。だがその気づきは必ずしも希望だけを運んできたわけではなかった。深い絶望を知らしめるということでもあったのである……。

 

「ただの怪奇現象じゃねぇ、これは罠だ……!」

 

 これは現象、だがそこには意思があった。獣を追わせ、だが決して狩人を帰らせないという意思が見え透いていた。褒めそやし、おだててその気にさせて、その実命を毟り取られている。人間社会の一側面のような……これにはそのような方向性の邪な意思の形があった!

 

 ……今の今まで、自分は()()のために山に入ったと思っていた。だがこれはっ!これは、つまり……俺は!!

 

 

「……俺は今ッ!狩猟(ハンティング)されているッ!!」

 

 

 風が強く吹き始め、視界が一気に白一色に覆われる。山の天気は変わりやすい……吹雪は強まり始めていた。

 

 

 

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