ぼんやりとしていた。
――たぶん、考えることをやめたいから。
目をつむっていた。
――たぶん、現実を見たくないから。
思い出に浸っていた。
――たぶん、あの日々が帰ってこないことを知っているから。
私は、意図せず人を害してしまう。そう、
吸血鬼になってしまったけれど、少し前まで、笑い、泣き、悲しんでいた。
こうして、私の血を飲みながらでさえ、謝罪しながら泣いているのだ。あなたに罪を負わせて申し訳ない、と。
――ああ、だけど。
この血が、
灰色となった寒村で、静かに少女は涙した。
「能力はあまり使わない方が良い、と?」
黒子、ステイル、上条は、ひとまずの目標を5階にいる姫神の確保とし、階段を上がりながらアウレオルス=イザードを打倒する作戦を練っていた。
「その意図は?姫神さんの位置もアウレオルスの位置もわかっているのですから、空間移動を使って目標を達成するのが合理的かと思いますが」
黒子がすっかり立ち直った様子でステイルに尋ねる。
「手札の温存、か」
上条が顎に手を当て得心したように言うと、ステイルがうなずく。
「ふ、君が気付くとは予想外だったが、その通りだ。僕の手札が知られている一方、白井君の能力はアウレオルスにとって未知数だ。ついでに
黒子はふむ、と納得したように頷くと、
「わかりましたわ。こちらとしても魔術師、いえ錬金術師でしたか?まあどちらにせよそういった方と戦闘をするのは初めてですから、念には念を入れたほうが良いですわね」
「そういうことだ。まあ、僕の知っているあの男ならそこまで大したことはできないだろうが……」
「あら、アウレオルスと知り合いでしたの?初耳ですが」
「……まあ、ね。古いよしみだ」
そこでステイルはちらと上条を見る。
「なんだよ?」
「……何でもないさ。心配することはない。どんな相手だろうが僕は手加減するつもりはないからね。……さて」
一行は姫神のいる5階に辿り着いていた。
「この階の奥に姫神さんはいますわ。何やら廊下でぼんやりしているみたいですが」
「……監禁されていないのか?」
ステイルは訝しげな声で質問する。廊下でぼんやりしているなど、まるで自由であるかのようだ。それこそ、アウレオルスと共犯であるという筋も浮かんでしまう。
「……そのようですわね。進みましょう」
廊下を進むと奥に食堂が見えた。どうやら食堂を通らなければ姫神にもとには辿り着けないらしい。
そして、一行が食堂を通り抜けようと入口を通過したときだった。
ぐるんっ!と食堂にいた塾生たちの視線がこちらに向く。直前まで雑談していた彼らの目には、およそ生気というものが感じられない。
「――なっ!」
上条は驚く。何しろ先ほどまで彼らは
「――
80人ほどの塾生たちは、まるでゾンビのようにふらふらと立ち上がると、口々に何かを唱え始める。
『熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白、純白は浄化の証、証は行動の結果、結果は未来、未来は時間、時間は一律――――』
彼らの眉間から白く輝く発光体が生まれ、それは徐々に肥大化していく。
「トラップ代わりってことだね。『グレゴリオの聖歌隊』のレプリカか。ローマ正教の最終兵器。3333人の修道士を聖堂に集め、その
言いながら、ステイルは半歩下がり、姿勢を低くしてすぐに退避できる態勢を整える。
声は廊下からも聞こえてくる。だがそれだけではない。4つの棟にいる三沢塾の塾生全員が言葉を紡いでいた。
『一律は全て、全てを創るのは過去、過去は原因――――』
発光体はさらに大きさを増す。数十に連なる光球は食堂を白く染め上げる。
「……無理、だな。俺の
上条も同様に体を沈め、来るべき瞬間に備える。右手をきつく握ると、冷や汗がにじんでいた。
「……来ますわよ」
『原因は一つ、一つは罪、罪は人は罰を恐れ、恐れるは罪悪、罪悪とは己の中に、己の中に忌み嫌うべきものがあるのなら、熾天の翼により己の罪を暴き内から弾け飛ぶべし――――ッ!』
轟!と大量の発光体が降り注ぐと同時、三人は背を向け入口に飛び込む。
ズザーッ!と滑り込むと、もといた場所が集中砲火にあっていた。0.1秒でも遅れていたら骨も残らなかったであろう。
「くっ!2000人もの人間を操るには魔術の『核』が必要となる!それを破壊すれば――ちっ、こっちからもか」
なんとか食堂から脱出できたと思ったら廊下の奥からゆらゆらと生徒たちが現れる。そして眉間には発光体。
「――ッ!あれは!」
だが、黒子が気になったのは、
バシュンッ!と生徒の頬が弾ける。
頬だけではない。生徒の身体中から血が断続的に噴き出していた。
「これって――」
『いや、超能力者は普通の人間とは
先ほどのステイルの言葉を思い出す。
「こういう、こと、ですの……」
魔術を扱おうとする超能力者はただでは済まないとは察していた。だが、具体的なイメージが湧いていなかった。
しかしながら今、肉片を撒き散らしながら魔術の行使を強要される様を見て、理解した。
――早く止めないと、死ぬ!
「なら!」
黒子は俯きかけた顔を無理やり上げる。
「ステイルさん!『核』はどうやって見つけられますの!?」
発光体による攻撃を躱しつつ叫ぶ。
「魔力をたどることだ!操られている連中から微弱な魔力が『核』に向かっている!しかし、それは魔術師にしか難しいだろう、ね!」
ステイルも飛んでくる発光体を寸前でよけつつ答える。
「クソッ!それじゃあステイルが『核』を見つけて破壊するまでこいつらは!」
上条が右手で発光体を消滅させる。上条も塾生たちが自壊していっているのに気付いたようだ。
「……ステイルさん、上条さん、
「何?」
「とっておきを披露しますわ」
黒子は思い出す。ビルの入り口で死んでいた騎士のことを。そして何もできなかった自分を。
だが当たり前だ。もうその騎士はとっくに死んでいたのだから。
なら、今は何ができる?お前には救える。チャンスがある。その力があるはずだ。
不可能か?いや、そんなはずはない。
黒子は目を閉じて意識を集中させる。
音が、消える。
要領は簡単だ。魔力そのものを捉える必要はないのだ。その輪郭さえ掴めれば、『核』にたどり着くことができる。
魔力を知らず、知覚できずとも、それ以外の全てを知覚できるのならば、魔力を知覚できることと同義なのだ。
彼女の能力が、それを可能とする。
そして見える。細い、無数の線が一箇所に集まるのを。あれが、『核』。
左手を伸ばし、掴む。
目を開けると、左手に歪んだ石が握られていた。
一度大きく左手を開けると、感情のこもらない声とともに、思い切り握りしめる。
「消えろ」
パキンッという音とともに、石の存在が
生徒たちがバタバタと倒れるのを聞き、黒子は安堵のため息を吐く。
「生徒たちは無事、ですわね」
へたり込みそうになるのを堪える。
「お前、その左手……」
一方、上条は驚愕のあまり思わず呟く。あの左手の異質さが、まるで自分の持っている右手のようで――。
「……そのことは後で話しましょう。それより、今はするべきことがあるはずですわ」
露骨な話題逸らし。だが、事実ではある。どうせ後で訊けばいい話だ。
「……ああ、そうだな、その通りだ」
ステイルもまた、その左手の異質さに驚愕していた。
(『核』であった石の破片は僅かとも残存していない。魔力の痕跡すら。
そして何よりステイルを戦慄かせたのは、その力を使った時に幻視したイメージだった。
(あれはまるで――)
そこでステイルは自分の思考を中断する。
(いや、
ステイルの疑問に答える者はいないまま、一行は姫神のもとに辿り着く。