魔法使いになりたかった。
理不尽なんてなんのその。バッドエンドの物語なんかたちまちにひっくり返してハッピーエンドに変えてしまう。
そういう存在に、なりたかったんだ。
だって、このままだと私は私を許容出来ない。
生きていて良いのかもわからない。だから。
でも、私には無理だった。学園都市に来ても、吸血鬼を殺すこと以外に何もできるようにはならなかった。
そして
魔法使いになるという夢はいつのまにか惰性と諦観に食い尽くされていた。残っているのは伽藍堂。今にも倒壊しそうな伽藍堂。
三沢塾に囚われたのはそんな時だった。彼らは私の能力を酷く気に入ったようだった。監禁され、自由を失った。衣食住は与えられたが、人として見られてはいなかった。
結局彼らは自分が他者より優れていると思い込みたいだけなのだ。だから私というトロフィーは、所有しているしているだけで彼らのステータスとなる。それだけのこと。
なんてつまらない人たちなんだろう。思ったことは、それだけだった。でも私だって変わらない。伽藍堂となった夢の跡。それにいつまでもしがみついている、つまらない人間だ。
そんな状況は、ある時ひっくり返された。魔法のような力を使って理不尽を打破する。そんな人間によって。彼の目は本物だった。一度は絶望に沈んだその男は、再び希望を背負って立ち上がったのだ。
――だから私も、もう一度夢を見たいと思ったんだ。
「
黒子は右腕の腕章を見せる。
場所は5階の食堂を抜けた先にあった大教室。夕暮れの教室で、端の席に座る少女は窓の外を眺めながら物思いに耽っているようだった。
少女はどこか神聖な雰囲気を醸し出していた。黒い艶のある髪と巫女装束を着た姿は、この街の雰囲気からは酷く浮いている。
「……どうして?私は誰かに助けられる覚えがない」
少女こと姫神秋沙は黒子たちのほうに顔を向け、無表情のまま、心底不思議であるといったふうに答える。
黒子が「やはりこうなりますのね」とひとりごちる。
信じられないといった様子で上条がステイルに尋ねる。
「おいどういうことだよ。姫神はアウレオルスに監禁されてるって話じゃなかったのか?」
「ふむ……」
「私を監禁したのは三沢塾の人たち。アウレオルスは私を監禁なんてしていない」
姫神は無表情のまま告げる。
「なるほどね。情報が混線したってわけかい」
実際、極めて閉鎖的な空間での出来事であるため、その実態が外部に漏れることは殆どなかった。ゆえに、情報が捻じ曲がって伝わったのだろう。
「待ってくれよ。お前、昼間食い倒れてたろうが。あれってアウレオルスから逃げてたんじゃないのか?」
「違う。あれは。吸血鬼をおびき寄せるための行動」
「吸血鬼をおびき寄せる?どういう意味だ?」
「アウレオルスは吸血鬼を求めている。私はその手伝い。私の血は吸血鬼を殺すけれど。集めることにも使える」
それを聞き、ステイルは納得する。
「なるほど。やはりアウレオルスは吸血鬼を集めることを目的にしてたってわけかい。しかし、なぜ君は奴に協力する?そこまでするメリットが見えてこないが」
「……私はこれ以上吸血鬼を殺したくない。彼は、協力の対価として私の能力を封印する道具を作ることを約束してくれた」
「つまりは、君は別に監禁されているわけでなく、アウレオルスと組んでいたというわけか。厄介だね。救出という任務は達成不可能ということになる」
ステイルは心底面倒といったふうに頭を掻く。なにしろ今回はアレイスターからの依頼だ。しくじるわけにはいかない。いっそ無理やり連れ帰るという手もあるが、できれば使いたくない。
「そもそも、なぜ姫神さんはアウレオルスに協力しておりますの?ここまで近くにいたのですから、あなたも見てきた筈ですわよね。人の命をなんとも思わないようなやり方を。今回は運良くなんとかなりましたが、下手をしていたら三沢塾の生徒たち2000人全員が死んでたかもしれませんのよ?」
黒子は姫神に問う。あなたは、本当にアレを許容していいのか、と。
姫神は少しバツが悪そうに目線を下げる。
「アレと同じようなことが。前にもあった。私はアウレオルスに何度もやめるように言った。でも。それが『ある人』を助けるために必要なことなのだと言われて引き下がった。実際に彼はとても大きな力を手に入れた。生徒たちも何も覚えていないし。後で元通りに回復したから。ひとまずはそれで良しとした。でも今回のことは彼本人が直接手を下したわけではないけど……許容できない」
「とても大きな力?」
「そう。あなたたち。いや他の誰であっても勝つことができない。そんな力」
黒子はふむ、と顎を手に乗せ思案する。
だがステイルは、そんなことよりも姫神の言葉の中のある単語が引っかかっていた。
「『ある人』を助ける?おい、まさかアウレオルスがこんな事件を起こした目的は……」
「そう、全ては『ある人』を助けるため。ずっと。そういってた」
ステイルは一瞬驚いたような顔を見せると、すぐに目を伏せる。そして、一言だけ姫神に返す。
「そうかい」
その声には、どこか哀れみの感情が含まれていた。
「さてどうしましょう。どうも当初の想定とは、ずれてきているように思えますが」
「……アウレオルスとは一度話をする必要があるね。この事件は最初から意味のないものだったんだ」
「?」
「……その時になったら話すさ。――さて」
カツンカツンと靴音が廊下から響く。橙に染まる教室に足を踏み入れたのは、長身の男。緑に染めた髪をオールバックにしており、白色のスーツを着たその男は、薄く笑みを浮かべている。
「瞭然、貴様らが侵入者か。人数は3人。全員揃っているようでなによりだ」
「あなたが、アウレオルス=イザード……!」
ついに遭遇した「敵」に対し、黒子は緊張を滲ませる。
一方のステイルは見た瞬間に何かに気付いたようで、興味を失ったような面持ちとなる。
「……何の用かな?僕は君には興味はないんだけど」
「厳然、侵入者には罰を与えねばなるまい!」
すると、鎖のついた鏃のようなものを勢い良く射出する。それは恐ろしい速度で迫り。
ステイルがそれに貫かれる。
「ステイル!」
上条が思わず叫ぶ。
だが。
「……声が大きい。僕がこんなものでやられる訳がないだろう」
「えっ!?」
ステイルは貫かれておらず、全く違う場所に立っていた。
ステイルは炎を扱う魔術師であり、温度差による光の屈折率の変化を利用して虚像を見せていたのである。
「間然、その程度の「もういいだろう」……なんだと?」
ステイルはどこか呆れたような様子で、
「今さらこんなものを使って何になる。……僕は少し
「憮然、何を言っている?意味のわかる言葉で話せ」
ステイルはふぅ、とため息を吐くと、
「偽物とごっこ遊びをしている暇はないんだ。それに、そろそろ本物がお出ましのようだぞ」
「貴様!本当に何を、」
「惨然、ダミーなりに少しは見せ場を与えようとしたが、本場の魔術師にとっては形無しといったところか。我が写し身よ。少し早いが出番は終わりだ」
いつのまにか、大教室の中心に
「わ、私……?」
最初に出てきた方のアウレオルスは全く状況が理解できていないようで、ドッペルゲンガーにでも遭遇したかのような表情をしている。だが、この場合はさらに悲惨である。
――なにせ、偽物はこちらなのだから。
「
その一言で、ダミーの体に無数の亀裂が走り、灰となって砕け散った。
「なっ!」
人体が灰となって砕け散るという光景に、多少は魔術的なモノに慣れてきたと思っていた黒子も動揺する。
「……少し煙たいな。
真のアウレオルス=イザードが告げると、アウレオルス=ダミーの残滓は今度こそ塵も残さず消え去った。
明らかに異質であった。目の前にいる男は、先ほどの姿かたちはそっくりな偽物とは格が違う。存在感が違う。
「それで?私とどういう話をしたいというのだ?ステイル=マグヌス。まあ、おおかたの見当はついているが聞いてやろう」
アウレオルスは細い鍼を取り出し、それを首筋に刺す。まるで、何かの儀式のように。
「北棟の最上階」
アウレオルスがそう言った瞬間、部屋にいた全員が北棟の最上階の一室に移動していた。
「なっ!」
ステイルは突然の移動に驚愕する。
「お、おい!白井が能力を使ったのか?」
「いえ……」
黒子も驚きを隠せない。何しろ、学園都市の空間移動系能力者でここまでのことができる人物を自分以外に知らないのだから。
「5つの椅子と1つの円卓をこの部屋に」
アウレオルスがそう言うと部屋の中心に円卓と5つの洒脱な椅子が現れそれぞれ座ることなる。よく見ると部屋も広く煌びやかだ。窓からは学園都市の景色を一望出来る。三沢塾のかつての支配者が持っていたものなのだろう。
「まあゆっくりしていくといい。座りたまえ」
そう言われると、真っ先にステイルが腰を下ろし、円卓に足をのせ、煙草に火を点ける。アウレオルスもゆったりとした動作で座るが、後の面々は警戒しているのか立ったままである。
会話はステイルから切り出す。
「久しいね。アウレオルス=イザード。随分と人相が悪くなっているようで何よりだよ」
アウレオルスはその言葉にククッと笑う。
「それはお互い様だろう、ステイル=マグヌス。2年前の貴様とは別人のような目をする。まあ、あんなことがあったのだから当然ではあるか」
まるで久しぶりに再会した旧友との挨拶のような様子に黒子たちは戸惑う。
(古いよしみと言っていましたが、本当でしたのね……)
「さっきから妙な術を使うね。まさか金色のアルス=マグナじゃあるまいし……」
ステイルが煙を吐きながら愚痴をこぼすように言う。先ほどから続く、まるでアウレオルスの言葉が現実を歪めているかのような光景。それを可能にするなど錬金術の究極の目的たる
黄金錬成《アルス=マグナ》。簡単に言えば、自分の頭の中で思い描いたモノを現実にする錬金術。呪文自体は完成しているが、語り尽くすには人間の寿命では足りないという極限の魔術。それができるのならば、間違いなくアウレオルスは無敵ということになる。
「慧眼だな、ステイル=マグヌス。私は
「馬鹿な。そんなはずはない。あれは……」
「そこまでだステイル=マグヌス。……そろそろ頃合いだろう。本題を話せ」
アウレオルスが鋭利な目を突き付けて告げる。ステイルはそこで一瞬何かを堪えるような顔をする。だが次の瞬間には魔術師らしい冷徹な顔に戻っていた。
「……そうだね本題に入るとしようか」
そこでステイルは席を立ち、アウレオルスを正面に見据えると、そもそもの自分の目的を告げる。
「僕はね。たった一つの命令を帯びて来たんだ。姫神秋沙を救出しろ、とね」
「それは無理な相談だ。私は私の目的のために姫神を必要としている」
「わかっているさ。君の目的もね。あの子を吸血鬼に噛ませると言うんだろう。一つの解としては相応しいだろう。思いついていたら最後の手段として僕も試していたかもね」
「わかっているなら話は早い。どうする?無理矢理奪い返すために私を殺すか?」
「その必要は、ない。いや、君の目的にも意味なんてないんだよ」
そこで一息つくと、ステイルは死刑執行人の如き目つきでアウレオルスを見て。
「あの子はもう救われている。これ以上の救いなんて、要らないんだ」
――引き金を、引いた。
「は?今、何と言った?」
アウレオルスは、何を言われたのかわからないといった様子で思わず聞き返す。
「禁書目録はすでに救われている。そう言ったんだ」
突然インデックスの名前が出てきたことで、上条はアウレオルスを警戒することも忘れステイルを見る。
「これまで禁書目録は膨大すぎる脳の情報量のため、一年ごとに記憶のリセットをする必要があった。そのたびにあの子は親しい人たちのことを忘れ、忘れられたものたちは絶望に打ちひしがれた。……僕や、君のようにね。そして君はそれを覆そうと立ち上がり、世界中を敵に回して解決法を探し、どうやら一つの解を見つけたようだ。しかし。しかしだ。つい1週間ほど前、あの子の
「あ……あ……」
「禁書目録は救われているんだ。君の出る幕はもうない」
アウレオルスは円卓に両肘をのせて頭を抱え込む。まるで現実から逃避するかのように。
「……なぜだ。できるはずがないのだ。人の身で……そんな……」
「気持ちはわかるけどね。そこにいる上条当麻はただの人間には過ぎる力を持っているんだ。これで答えになっているかな」
そこで初めてアウレオルスは上条に目を向ける。その殺意すら宿した目に上条は身を竦ませる。
(なるほど。ようやく話が一つにつながりましたわ。アウレオルスのこれまでの行動はすべて禁書目録という人物を助けるためだった。そのためにアウレオルスは多くの犠牲を払ってきた。そして最終的な解決策として姫神さんと協力関係を構築し、吸血鬼を手に入れようとしていた。禁書目録という人物を吸血鬼にするために。それが唯一の救いであると信じて。しかし上条さんの、おそらくは
黒子は何をするかわからないアウレオルスへの警戒を強くする。
しかし、アウレオルスは再びステイルに視線を戻す。懐から細い鍼を取り出し、首筋に刺すと、一度深呼吸して、切り出す。
「……いいだろう。話はわかった。
「アウレオルス。それは、」
「黙っていろ姫神。……ステイル=マグヌスともう一人の女も帰るがいい。もうここに用はないだろう」
そこで一度アウレオルスは言葉を切り、告げる。
「だが上条当麻。貴様はここに残れ。私が殺す。邪魔する人間も殺す」
その言葉で、部屋に緊張が走る。
「待て、君はその意味がわかっているのか?あの子は、」
「
その一言で、炎の魔術師は、
ゆったりと。まるで人形の糸が切れたように、身体がゆったりと後ろから地面に着地する、寸前。
「ぐうおおおおぉぉぉ!!!」
上条当麻が走ると、着地ギリギリでその身体を支えることに成功する。そして、わずかに息があることを確認する。
「な、貴様!我が
一方の上条は怒りに打ち震えていた。
「てめえ!自分が何したかわかってんのか!!」
「わかっているとも!だがな、私があの子を救うためにどれだけの犠牲を払い!どれだけの罪を重ねていったかを貴様は知るまい!故にこそ!私は貴様を、あの子を救ってしまった貴様を殺さねばならない!それが私怨だとしても!私にはその責務が!責任があるのだ!」
「あの子を、救った……?」
そこで上条は目を伏せる。そして自分の
「そうだな、お前には言っておくべきかもしれない。確かに1週間前の俺がインデックスを救ったのは本当
「らしい、だと?」
上条は速くなる鼓動を抑え、
「だけど、本当は……」
「そこまでですわ上条さん。この方の相手は私がいたしましょう。今、その精神状態で戦えます?それとも大人しく殺される気ですの?」
黒子が突如会話に乱入する。
「待ってくれ!俺にはどうしても言わなきゃいけないことが……」
「それは
そして、何かを上条に耳打ちする。
(私が戦闘中合図をします。そうしたら……)
一方のアウレオルスは、黒子の発言にいら立ちをあらわにする。
「今、何か聞こえたが気のせいか?」
黒子はアウレオルスに向き直り、宣言する。
「
アウレオルス=ダミー
その名の通り偽物のアウレオルス=イザード。リメン=マグナという錬金術で鏃を武器にして戦う。鏃は1秒に10回射出できる。なお、鏃に当たった人間は黄金になって溶けて死ぬ。あれ?強すぎない?
アニメでは登場しない(そしてそもそも漫画版ではアウレオルス編がない)。本作では原作より活躍できなかったが登場はしただけ温情、か?なんか旧約にしてはコイツ周りの描写が無駄にグロテスクなのもメディアで出ない理由なのかな、と想像。
(補足)ここでステイルが原作より冷静というか紳士的なのはインデックスが囚われていないこと、道中の犠牲者が少なかったこと、そして黒子がいたからです。パーティに女の子がいるので少しだけ気を使ってます。
アウレオルスも今度はステイルの態度の変化を受けて少し態度を軟化させています。