「そういえば、アウレオルスを殴ったとき、俺は確かに転移したと思ったんだけど。よく考えたら俺の右手があるのになんで転移できたんだ?」
日も落ち、暗くなった三沢塾の近く、黒子と上条は噴水前のベンチに腰を落ち着けていた。
アウレオルスがいなくなり、庇護者をなくした姫神はステイルが一旦保護することとなった。姫神は上条と黒子にまた会うことを約束し、ステイルとともに去っていった。
「……空間ごと切り取っただけですわ。上条さんに絞って転移させようとすると
「へえ。なるほどなあ」
上条は感心したようにつぶやく。
それを見た黒子は一度息を吐き、呼吸を整える。
「そういえば上条さん。さっきから聞きたいことがありましたの」
「なんだ?」
上条は世間話が来るだろうと甘い想定をして、
「上条さんって記憶喪失なんですの?」
思わぬ話題に背筋が凍る。
「どう……して……?」
上条は声を震わせて尋ねる。気付かれてはいけないことなのに……!
「やっぱりそうでしたのね。別に誰かに言おうだなんて思ってませんわ。違和感はずっとありましたけど、確信したのは先ほどのあなたの質問ですわね。だってこの方法で上条さんと事件を解決したことが何度かありましたもの」
「あ……!」
「別に一度言ったことを忘れるならよくあることで済ませられますが、一度体験したことを忘れるのは少し考えづらい、ということですわね」
黒子は淡々と、何でもないことのように言う。
上条は顔を伏せると絞り出すように言う。
「……ああ、白井の言う通り、俺は記憶喪失なんだ。一週間くらい前から」
黒子はいつになく真剣な面持ちで上条を見る。
「ステイルは俺がインデックスを救ったって言ってたけど……本当は正確じゃないんだ。だって
黒子は無言で続きを促す。
「そんな俺が、偽物の俺が、どうしてインデックスと一緒にいれるっていうんだ……。正直俺はアウレオルスの話を聞いてアウレオルスの方がインデックスと一緒にいる資格があると思った。だってそうだろう!?あんなひたむきに、3年間もインデックスのためを想って生きてきたってのに報われないなんて間違ってる!今インデックスと一緒にいるのは上条当麻のまがい物なのに!」
それは慟哭だった。上条当麻の、今まで隠してきた魂の叫び。
黒子はそれを冷静に聞きつつ、上条の言葉に対してゆっくりとした口調で聞き返す。
「それで?あなたはインデックスさんがアウレオルスのところへ行っても良いと?」
「……いや、行ってほしくは、ない……」
「じゃあそれでいいんじゃありません?別に言わなければオールオッケーですわ」
黒子は冗談ぽく言う。
「……でもそれでいいのか?正しいことなのか?自分勝手に偽物の俺がインデックスを独り占めして、それがインデックスのためになるってのか?」
「そうですわね……でもインデックスさんは言いましたの?記憶を失った上条当麻は偽物だと」
上条は強く拳を握る。何かに耐えるように。
「……そんなことは、言ってない。でも怖いんだ。もし俺が記憶喪失だとバレて、インデックスに拒絶されたらって思うと……」
そう。上条当麻は恐れていた。本物の上条当麻が死んでいることを知ってインデックスを悲しませたくないという気持ちももちろんある。しかし、それ以上に、インデックスに失望されたくないという気持ちが、今回の事件を通じて大きくなっていた。
「……ねえ、上条さん」
黒子は椅子から立つと、上条と正面から向き合う。
「私は、目の前にいる上条当麻は偽物じゃないと思っていますわ」
上条の目をしっかりと見つめて、言う。
「で、でもさっき違和感があったって……」
「それはあくまで会話のかみ合わせの話ですわ。記憶喪失だと知ってしまえばなんてことありません。私があなたを、目の前の上条当麻を偽物だなんて思えません。今日一日過ごして確信していますわ」
そう。黒子は今日の上条を見て、その心を見て、上条当麻だと思った。そこで感じたものは、決して偽物なんかじゃない。
少女は自分の想いを率直に伝える。
「あなたはあなたです。上条当麻です。今まで見てきた上条当麻です。私の
自信たっぷりの少女の声に、
「……ああ!」
少年は、顔を上げた。
上条は椅子から立ち、右手を差し出す。
「今日は本当に助かったよ、白井。思えばずっと助けられてばっかだったな。お前がいなけりゃどうなっていたことやら」
黒子は右手を握り返す。
「案外なんとかなったんじゃないかと思いますよ。なんとなく、ですが」
「そんな日が来るかわかんねえけど、お前がどうしようもなくなったとき、今度は俺が力になるよ。約束する」
「――ええ。助けに来てください」
月明かりの下で、少年と少女は誓い合う。
黒子から分かれて数分、自宅への道を歩いていた上条は黒子から大事なことを聞き忘れていることに気が付いた。
(そういやあの左手のこと。結局なんだったんだ?あとで説明するって言ってたけど)
アウレオルス戦でも、『偽・聖歌隊』の核を一瞬で破壊した
(……まあいいか。本人も言いたくなさそうだったし)
上条はあまり詮索しないことに決め、家路を急ぐ。しかしそこに大魔王が立っていた!
「とうまあああぁぁぁぁぁぁあああ」
地の底から響くような声。
「ひー!インデックスさんこんな時間になったのは深いわけが……」
するとインデックスはしゅんとした顔になる。
「わかってるんだよ。戦いにいったんでしょ?」
「お前、そのために……」
上条はバツが悪そうな顔になる。
「勘違いすんな。俺はあくまで俺のためにやってんだ」
「……」
なかなか機嫌が直らないインデックスに上条は秘策を思いつく。
「そうだ!実は取っておいた肉があるんだよ!お前が冷蔵庫の中空っぽにするから二段底にして隠してたんだ!それを食って気分転換と……」
「もう食べたんだよ」
「へ?」
「二段底程度で私の嗅覚をごまかせるとはなめられたものなんだよ。もう全部私のお腹の中なんだよ」
なぜか偉そうなインデックスに、上条は天に向かって叫ぶ。
「不幸だー!!」
黒子も帰り道をゆっくりと歩いていた。テレポートで一気に行っても良いが、それでは風情がない。夏の夜の風を浴びながら、黒子は家路を進む。
(ふう、今日は本当に色々なことがありましたわね。正直ここまで危ない橋を渡ることになるとは想像もしてませんでしたけど)
黒子は夕方前までのことを思い返す。いつもの支部で麻雀を打っていたときは、まさかここまでの大事件に関わることになるなど想像もしていなかった。
(まあなんとか丸く収まって幸いですわ。もし一歩間違えれば大惨事になりかねませんでしたし。……ん?あれは……)
黒子は少し離れた2つの建物の間に足のようなものが見えた。靴は脱げかけているように見える。
嫌な予感を感じた黒子であったが、何か見えないものに導かれるように。
その路地の前に。
立った。
「おねえ、さま…………?」
それはあまりに鮮明な死の具現。血の海に沈み、腹の中身を余すところなく見せつけるのは、御坂美琴そのものだった。
おもわずうずくまり、中のものを吐きだしそうになる。
(信じられない。信じたくない。こんな、こんな!)
が、次の瞬間。
「えっ?」
普通の路地裏の光景に戻っていた。血の水たまりもなく、死体もない。まるで先ほど見ていた光景が全て幻だったかのように。
「何が……?」
黒子は壁や床を触り、不審な点がないか確認する。匂いを嗅いでも、血の匂いはしない。能力を使っても近くに死体は見つけられない。
(気のせい、でしたの?)
今日は疲れすぎて幻覚でも見てしまったのか?そう思ってしまいそうになる。
(これしかない、ですわね)
黒子はポケットから携帯を取り出し、御坂美琴の番号にかける。
プルルルル、プルルルル。
美琴は中々電話に出ない。
(おねえさま……!)
プルルルル、プルル、ピッ。
『こんな遅くにどうしたの黒子』
美琴の声が、した。
その瞬間、おもわず黒子は安堵から全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
『ちょっ大丈夫!?ねえってば!』
「大丈夫ですわ、おねえさま。すぐに戻りますのでご安心を」
ピッと電話を切ると、一呼吸つく。
(きっとあれは何かの見間違いでしたのね。今日は色々あったから……)
一度だけ路地を振り返り、何もないことを確認すると、黒子はテレポートで急いで常盤台の寮まで向かうのだった。
路地。何もないはずのその場所がぐにゃりと歪む。
そこにあったのは御坂美琴の死体。血の海。そして。
路地の奥に存在する異形。表面を無数の吸盤で覆いつくした軟体性の
その表面に刻まれた文字は。
――Five_Over(Out_Sider).
Modelcase_"MENTAL_OUT".
アウレオルス編、完。
読み返して気付いたけど上条さんと話してる黒子、めちゃくちゃ次週で死にそうなキャラ感出してて笑う。
次回は現時点での黒子の能力解説です。