イキったウマ娘がトレーナーに返り討ちにされるもトレーナーは最初から担当バにゾッコンなので最終的にドローに落ち着く話   作:ゆーりふり

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だいたいこんな話だと思っていただければ。


メジロラモーヌ

 ある晴れた日の午後。

 メジロラモーヌとそのトレーナーはトレーニングをひと段落させ、トレーナー室で休息をとっていた。

 ウマ娘の脚は消耗品であり、限界を見極めてトレーニング量を調整することも強くなるために欠かせない要素だ。トレーナーは一頻り走り込んだメジロラモーヌに声を掛け、レース映像を見てのイメージトレーニングに残りの時間を使うことを提案して今に至る。

 

「そう言えば、ダイイチルビーのトレーナーから紅茶の茶葉をいただいたんだ。丁度いいから淹れようか?」

「あら、それならお手並み拝見させていただこうかしら」

 

 メジロラモーヌは試すような物言いをしながらトレーナーの発言に頷いた。

 朗らかな休息を提供しようとしたはずが、一転して試練の時となる。高貴な家柄のウマ娘を担当していれば往々にして起きることである。

 

 緊張しながらも丁寧な手付きで紅茶を淹れるトレーナーを尻目に、メジロラモーヌは休憩時間の有意義な使い方を考えていた。

 茶葉の香りを楽しむ静かな時間も悪くないが、折角二人でいるのだ。

 四方山話に花を咲かせるのもよかろう――と。

 そう思い至ったメジロラモーヌは、はて何の話題を振ろうかと顎に人差し指を添えて紅茶を淹れ終えたトレーナーへと視線を向けた。

 その絵画の題材にもできそうな仕草に目を奪われているトレーナーは視線の意味に気付いておらず、些か呆けた表情を浮かべている彼に対してメジロラモーヌは悪戯心が芽生えた。

 ……魔が差したと言い換えてもよいかもしれない。

 

「最近のトゥインクル・シリーズ、盛り上がっているようですわね」

「ああ、君の後に続こうとティアラ三冠を目指す子も多い。それこそメジロドーベルなんて後一歩のところまで迫ったじゃないか!」

 

 呆けた表情はあっという間に消え去り、一度(ひとたび)レースを話題に出せば目を輝かせて矢継ぎ早に言葉の濁流が溢れてくる。その子供っぽくも尽きることのない情熱には愛らしさを感じずにはいられない。

 幾分、頬を緩めて口角を上げたラモーヌはトレーナーにこう問いかけた。

 

「ところで、あなたが最も好感を抱いているウマ娘はどなたなのかしら?」

「えっ……?」

「あなたが、最も好感を抱いているウマ娘は、どなたなのかしら?」

「いや聞こえなかった訳じゃないんだけど。それはトゥインクル・シリーズの現役でって話かな?」

「制限を設ける意味もないでしょう。あなたの知るウマ娘の中でお答えいただければ結構よ」

 

 ぶっちゃけた話、メジロラモーヌは自分以外の名前が出ることなんてあり得ないと考えていた。それを傲慢と言える者は居ないだろう。

 未だ他の達成者が存在しないティアラ三冠。

 魔性と謳われる美貌とカリスマ。

 名実共に彼女はウマ娘の頂点の一角に君臨している。ましてや、その才覚に惚れ込んでスカウトしてきた担当トレーナーが他のウマ娘の名前を挙げるだなんて微塵も思っていなかった。

 絶対の自信を以ってメジロラモーヌは優雅にティーカップを口元へと運び、口づける。

 ――それがいけなかった。

 

「うーん、やっぱりシンボリルドルフかな」

 

 自分以外の名が聞こえた瞬間、脳にビシリとガラスが罅割れるような音が走り、操作を誤ったティーカップから零れる紅茶が気管に入りこんだ。

 

「……………………そう。よろしいのではなくって」

 

 メジロラモーヌはレースのラストスパートでも経験がないほど渾身の力を全身へと込めて、咽返るのを抑えた。

 もっとも唇の端からはボタボタと紅茶が滴り、ソーサーへ置こうとしているティーカップは地震でも起きているのかと錯覚するほどカチャカチャと音を立てていたが。

 

「あの、ラモーヌ……大丈夫?」

「そう、よろしいのではなくって」

「いや、だから聞こえてはいるよ?」

 

 レースとは勝ち負けが全てではない。例え敗北したとしても、次の機会にさらなる完璧な愛を注ぐため何度でも立ち上がる。その覚悟がメジロラモーヌにはあった。だが、そんな彼女をして立ち上がれないかもしれないほどの衝撃が全身を襲っていた。

 

 シンボリルドルフ。

 ルドルフか――。

 

「話を戻すけど、やはりミスターシービーに続いてほしいという多くの期待を背負いながらもクラシック三冠を成し遂げた彼女の心身の強さには感服するよ。以降の戦績、引退後の後進育成に傾ける熱意。トレーナーという一人の指導者としても頭が下がる思いだ」

 

 一々説明されずともよく知っている、とメジロラモーヌは思った。

 中央トレセン学園のトレーナーは日本におけるウマ娘育成者の最高峰であり、優れた頭脳と豊富な知識を有するメジロラモーヌであっても見識という面で簡単に優位に立てる相手ではない。

 だが、ことシンボリルドルフについては家同士の繋がりもあって幼少の頃から見知っている相手だ。彼女の才能も意志も努力も承知している。成し遂げた実績も客観的に見て己を上回っているだろう。

 否定しづらい。胸倉を掴んで『専属トレーナーなのだから、そこは私の名前を挙げるべきでしょう』と言いたいが、相手がシンボリルドルフだと自信過剰みたいで微妙に言いづらい。

 

 だが、このままにもしておけない。

 メンタルに負った著しいダメージを少しでも解消しなければ、今後のレースに差し障る。

 メジロラモーヌは未だにシンボリルドルフの素晴らしさをマシンガントークしているトレーナーの言葉を遮って質問を重ねた。

 

「ルドルフのことは分かったわ。では、次点を挙げるとすれば、どなたかしら」

 

 まあシンボリルドルフは仕方ない。

 メジロラモーヌはそこそこに高い自尊心を持っているが、その彼女であってもギリギリのギリで自分より上であると許容できるウマ娘だ。

 

「次点か……」

 

 同じくクラシック三冠を達成しているミスターシービーとナリタブライアンの名を挙げたらどうしてくれようか。担当ウマ娘にティアラ三冠を獲らせておいて自分はクラシック至上主義を掲げるだなんて犯罪であろう。

 あれだけ己と熱くレース愛を語っていた男がそんなことをする訳がない。メジロラモーヌは深い信頼と絶対の自信を以って優雅にティーカップを口元へと運び、口づけた。

 

「悩ましいけれど、オグリキャップかなぁ」

 

 メジロラモーヌはティーカップごと机に突っ伏す寸前のところで耐えた。

 脳内にはバキッとガラスが砕けるような音が鳴り、一瞬意識が遠のいたが、それでも全霊の力を込めて耐えた。

 

 オグリキャップ。

 オグリキャップか――。

 

「葦毛の怪物とも呼ばれる実力。地方トレセン出身でクラシック三冠に出走できなかったにも関わらず歴代トゥインクル・シリーズ出走者でも並ぶものがないほどの人気。シンボリルドルフの引退以降、トゥインクル・シリーズが盛り下がるんじゃないかなんて声もあったけれど、それを払拭したことは興行という観点からも偉大な功績だよね」

 

 得意気に語らなくても知っている、とメジロラモーヌは思った。

 クラシック三冠、ティアラ三冠、天皇賞春秋制覇、同一GⅠ連覇といった栄えある記録は持っていない。だが、彼女は強大なライバルたちとの幾多の激闘の末に『怪物』と『アイドル』という相反する二つ名を同時に冠したウマ娘だ。彼女の現役時代こそがトゥインクル・シリーズ最盛期だと言う者も多い。

 否定しづらい。首根っこ掴んで『専属トレーナーなのだから、そこは担当するウマ娘の名前を挙げるべきでしょう』と怒鳴りたいが、相手がオグリキャップだと自意識過剰みたいで言いづらい。

 

 だが、ここで退く訳にはいかない。

 すでにメンタルには修復不可能かもしれないレベルのダメージを負っているのだ。なんとかして回復させないとマジでヤバい。

 メジロラモーヌは未だにオグリキャップの素晴らしさを捲し立てているトレーナーの言葉を遮って質問を絞り出した。

 

「オグリキャップのことも存じているわ。そうね……区切りよく三番目まで聞かせていただきましょうか」

 

 まあオグリキャップは分からなくもない。

 メジロラモーヌはそこそこに自信に溢れているが、その彼女であってもキワキワの際で譲歩できるウマ娘だ。

 正直、もうここで戦略的撤退を図るべきだと理性が告げていた。この流れで次に自分の名前が挙がる可能性ってなくない?と薄々思ってもいた。

 だがそれでも。

 たとえそうであったとしても。

 退けぬ戦いがあるのだとメジロラモーヌは腹を括った。

 

「三番目か」

「――っ」

 

 ごくり、とメジロラモーヌは無意識に唾を呑み込んだ。嫌な予感がしたのでティーカップには口をつけなかった。トレーニング後の癒しのひと時であった筈のティータイムはいつの間にか修羅場と化していた。

 

「うん、オグリキャップと悩んでいたんだけどハルウララだね」

 

 メジロラモーヌはすっと無言で立ち上がり、トレーナー室のソファで横になった。

 

「どうしたのラモーヌ!?」

「そう、よろしいのではなくって」

「声色がもの凄く投げやりなんだけど……」

 

 ハルウララ。

 ウララちゃんかぁ――。

 

「レースの戦績は振るわないけれど、どんな時でもレースを全身全霊で楽しんで笑顔を浮かべる。その笑顔は自然と周囲にも伝播していって、競争の中で忘れてしまっていたレースを楽しむという本質を他者に思い出させる。ラモーヌとはまた異なるレース愛が彼女にはあるよ」

 

 比較対象に出されなくても知っている、とメジロラモーヌは思った。

 いくつものレースに出走し、勝ちは一つもない。しかしそれはレースを舐めている訳でも不真面目な訳でもない。彼女は真剣にレースに臨み、誰かと走れる時間を心底から楽しんでいる。幾多の敗北を重ねても、その姿勢が変わることはない。そんな彼女の在り方に異議を唱える存在も居る。だが、勝てない現実から学園を去る者も多い中、レースの場に立ち続けることを選べるのもまた強さだろう。華々しい戦績を誇るウマ娘たちとて勝てない時間を重ねれば折れていたかもしれないのだから。

 否定しづらい。足蹴にしながら『専属トレーナーなのだから、そこは愛バの名前を挙げるべきでしょう』とわからせたいが、相手がハルウララでは何だかレース愛で負けたみたいで言いづらい。

 

 というか、彼はなぜ横になった自分を放ってハルウララの評を述べ始めているのだろうか。心配の言葉は最初だけか。

 

「って、あれ? 聞いてるラモーヌ?」

 

 別に構わないのだけれど。

 私が愛を注ぐのはレースだけなのだし。

 他の誰のために走っている訳でもないのだし。

 ええ、別に気にしてなんてないのだけれど。

 

「……私」

「えっ?」

「私は何番目なのかしら」

 

 それは最早、敗戦処理であった。

 だが、このまま終わらせ悶々としたものを抱えていてはトレーニングも儘ならない。こんな下手に出るような真似をして十本の指にさえ入っていないなんて事になれば、どうにかなってしまいそうだが背に腹は代えられない。

 私は無敗でティアラ三冠を成し遂げた最初のウマ娘。メジロの名に懸けて負けっぱなしではいられないのだ。

 メジロラモーヌは不退転の覚悟を決めた。

 

「いや、こういう時は自分の担当ウマ娘って選択肢から外すものじゃない? 入れちゃうと一番に決まってるし……」

「……はぁ?」

「もしかしてラモーヌ、自分の名前が出てこないから変な挙動をしていたのかい?」

「……トレーニングに戻ります」

「いや、今日はもう走っちゃダメだよ!?」

「……では実家に帰らせていただきます」

「なんで痴話喧嘩した夫婦みたいになってるの!?」

「……覚えておきなさい」

「なにを!? 心配しなくても俺の一番は生涯ラモーヌだよ!!」

「……ッ」




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