イキったウマ娘がトレーナーに返り討ちにされるもトレーナーは最初から担当バにゾッコンなので最終的にドローに落ち着く話   作:ゆーりふり

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二話目にしてイキってないウマ娘がでちゃったよ。


マンハッタンカフェ

 薄暗い空間に朧気な光源が浮かんでいる。

 それはまるで夜空を彩る星々のようで、どこか現実離れした幻想的な趣だ。

 

 落ち着く――。

 かつてはなんとか理解を深めようとしていた時期もあったのだが、何時からかそういうものだと腑に落ちた。

 理解できずとも、納得できることはある。

 これも、ある種の信頼なのだろうか。

 マンハッタンカフェが挽く珈琲豆の穏やかでほろ苦い香りに鼻腔をくすぐられながら、トレーナーはコーヒーブレイクを楽しんでいた。

 

「……なにを呑気に寛いでいるんですか?」

 

 対するマンハッタンカフェは常の彼女らしからぬ苛立ちを孕んだ声で少々乱暴にマグカップを置いた。

 

「カフェ、どうして怒っているんだ?」

「……あなたが、余りにも危機意識に欠けているから、です」

 

 二人の居る場所はトレセン学園のトレーナー室ではない。行きつけの喫茶店でもなければ、アグネスタキオンと折半して間借りしている教室でもない。

 マンハッタンカフェが生来有している不可思議な力によって構成された謎空間だ。

 トレーナー自身、過去に幾度も訪れたことのある場所であり、常識が通用しない場所であったとしてもマンハッタンカフェに由来しているのであれば怖れる必要はない。そういう認識の謂わば秘密基地のように思っていた。

 

「危機意識って、此処には何も危ないことなんてないだろう?」

 

 マンハッタンカフェの担当になって以降、怪奇現象・超常現象に巻き込まれることはしょっちゅうだ。その中には確かに怖気を催す事態や身の危険を感じることもあった。だが、この空間は主であるマンハッタンカフェの力が強いのか居るだけで心が安らいでいくとトレーナーは思っていた。

 

「……此処に来る前の話です。私たちは、此処に逃げ込んできたんですよ」

「あはは。いやぁ慣れてきたと思ってたんだけど、今日のアレ(・・)は中々刺激的だったね」

「……っ。刺激的ではありません。怪我では済まないかもしれないんですよ」

 

 二人はトレーニング後の休息や休日の憩いとして此処へ来たわけではない。

 マンハッタンカフェは"お友達"の存在もあって日が沈んだ後のトレーニングを好む。そのため、日中から夕方に掛けて資料や用具類の準備が行われる。その準備の一環で学園の外へ一歩踏み出した瞬間、トレーナーは摩訶不思議な空間に囚われた。

 どこまでも広がる極彩色の空間とそこに浮かぶステンドグラスの一本道。目がチカチカして足元の道とそれ以外の区別が付かなくなったトレーナーは足を踏み外し、底のない奈落へと落ちそうになった。その刹那、咄嗟に伸ばした手をマンハッタンカフェが掴んでくれていなければ、トレーナーはこの世界のどこにも居なくなってしまっていただろう。

 

「……私も学園内に居てすぐに気付けたから間に合いましたが、本当にあと一歩遅ければどうなっていたか」

「そう考えると、今になって体に震えが走りそうになるね」

 

 一切そんなことは思っていなさそうな緩い表情で返事をしながら、トレーナーはマンハッタンカフェの淹れたコーヒーを美味しそうに嚥下する。その、なんだか自分だけが必死になっているみたいな状況にマンハッタンカフェはイラッとしていた。

 だからというか、丁度良い機会だからというか、マンハッタンカフェはトレーナーの危機意識を煽って自戒させようと考えた。マンハッタンカフェと"お友達"であれば大抵の脅威に対抗できるが、それでも四六時中トレーナーの傍に居ることは難しい。なのに当人がこれでは万が一を避けられなくなってしまう。それは絶対に嫌だった。

 

「……はっきり言います。あのまま落ちてしまっていれば死んでいました。トレーナーさんはそれでいいんですか?」

「まさか。若い身空で訳も分からず死ぬなんて御免被るよ」

「……だったら、もう少し真剣に反省してください。私の『普通』を受け入れてくれたこと、感謝しています。ですが、そのせいかあなたは良くない怪異(モノ)に対しても寛容になってしまっています」

「そうは言っても対抗手段なんてないからなぁ」

「……」

 

 糠に釘。暖簾に腕押し。そんな言葉がマンハッタンカフェの脳裏を過った。

 だが、それも仕方のないことではある。マンハッタンカフェの『普通』をありのままに受け入れたトレーナーは一種の霊媒体質になっており、見えない存在(モノ)に好かれるようになってしまった。そんな困った状態ではあるものの、彼の現状を否定することはマンハッタンカフェ自身の否定にもなってしまう。

 そして彼には対抗する術がない。物理的な防御や逃走ではどうにもならないからこその怪異だ。だからと言ってマンハッタンカフェが意見を引っ込めるかと言えば、そういう訳にもいかない。なにせ今のマンハッタンカフェにとって彼を失うことは"お友達"の喪失とさえ天秤にかけられるほど重大な事項なのだから。

 

「……それでも抵抗の意志はしっかりと持ってください。トレーナーさんはウマ娘のように肉体的に強くもなければ、私のように見えないモノが見える訳でもないのですから」

 

 まるで彼が自分に比べて大きく劣っているかのような言い方にマンハッタンカフェは意地悪が過ぎただろうかと思った。事実であったとしても成人している男性に対して暗に頼りないという評価をしてしまったのだから。

 

「うーん。けれどね、本当に最悪の事態になってしまったとしても大丈夫なんじゃないかなって思っているんだよ」

「……? それは、どういう意味でしょうか」

 

 先ほど死にたいだなんて思っていないと言っていたが、ここで言う最悪の事態は死と同義ではないかと訝しむマンハッタンカフェをトレーナーは薄い笑みを浮かべて見ていた。

 

「だって俺はまだまだカフェの走る姿を見たいし、支えていきたいと思っているからね。例え死んでしまったとしても、未練があると意志が世界にこびりつくって言っていたじゃないか」

 

 それはかつて、マンハッタンカフェがトレーナーと契約を結んだ後に起きた"お友達"とは異なる"アレ"と遭遇した時に話した内容だった。

 

「一般的には死別してしまうとそこまでだけど、カフェなら俺が見えない存在(モノ)になったとしても見つけてくれるだろう?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、マンハッタンカフェは自分の中で何かが切れる音を聞いた気がした。

 堪忍袋の緒――ではない。

 ならばこれは理性の糸だろうか。

 どこか他人事のようにマンハッタンカフェは自分の身に起きた不可逆の変化を受け入れた。

 

「見えて、声が聞こえて、触れられて……カフェのトレーナーをするって観点からだとあんまり不都合ないなーって」

 

 この人は、本気で言っているのだろうか。

 確かめない方がお互いのためだと訴える理性を殴り飛ばしてマンハッタンカフェは会話を続けた。

 

「……なにを言っているんですか。私以外の誰にも見えなくなってしまうんですよ」

「あー、そうかそれだと対面する必要がある手続きとかで不便か。でも、人から見えなくなる代わりに俺も幽霊になればカフェの見えているモノが見えるようになるかもしれないね」

 

 また数本、マンハッタンカフェは自分の中でなにかが切れる音を聞いた。

 

「死がふたりを分かつまで、なんて言うけれどカフェとなら死が二人を分かった後も一緒に居られるね」

 

 そこでトレーナーに対してアクションを起こさずコーヒーを飲むに留めた自分を褒めてやりたい、とマンハッタンカフェは思った。もっとも、唇を超え舌に乗り喉を通っていったコーヒーの味も温度も一切分かりはしなかったが。

 

「……いいんですか?」

「なにがだい?」

「……死んだ後も一緒でいいんですか?」

「ん? 少なくとも全然嫌ではないよ」

 

 どこからともなく『あーあー』と呆れたような声ならぬ声が響いた。

 マンハッタンカフェは無意識に小さなガッツポーズをして『……言質取りました』と呟いた。そして彼の危機意識の低さに今だけは感謝した。

 

「まあカフェが守ってくれるのに甘えるのは良くないからね。俺もできるだけ気を付けるようにするよ」

「……ええ、それがいいです。特に今後は一人の夜道に気を付けてくださいね。……どうなっても知りませんから」

「あはは、カフェにそう言われるとなんだか恐いね」

 

 一部始終を傍で見ていた"お友達"はコイツ(トレーナー)、バカすぎるだろと思いながら一つの言葉を思い浮かべた。

 

 ――割れ鍋に綴じ蓋、と。

 

「……うふふ」

「あはは」

 

 その後しばらく、謎空間にはどこか妖艶な雰囲気を纏ったマンハッタンカフェと終身雇用どころではない契約を結んでしまったトレーナーの笑い声が響き続けた。 




マンハッタンカフェの理性は粉々に破壊されて完敗しましたが、トレーナーの死後の所有権を勝ち取ったので裁定は一勝一敗のドローといたします。
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