イキったウマ娘がトレーナーに返り討ちにされるもトレーナーは最初から担当バにゾッコンなので最終的にドローに落ち着く話 作:ゆーりふり
ドリームジャーニーは鼻孔をくすぐる香りに気付き顔を上げた。
知っている……とてもよく知っている重厚な香り。
なにせ、それは彼女自身が愛用する香水の匂いだ。
香りを辿って視線を向けた先に居るのはドリームジャーニーのトレーナー。
此処はトレーナー室であり、彼とその担当ウマ娘であるドリームジャーニーはトレーニング後のリラックスタイムをのんびりと過ごしていた。
シャワーを浴びて制服に着替え、コーヒーを飲みながら本のページをめくるドリームジャーニーと、トレーニング結果をまとめるためパソコンにデータを打ち込むトレーナー。
これだけならば、二人の間ではありふれた至って日常的な光景が広がっているにすぎない。
それでもドリームジャーニーの目は珍しい細められ方をしていて、口角は徐々に吊り上がっていくのが見て取れた。
己のトレーナーには滅多に見せることのない
(ある種のマーキング、ですからね。目立たねば意味がない)
ドリームジャーニーがトレーナーと共に歩んだトゥインクル・シリーズという"旅路"。
その道のりに一旦の区切りが付いた時、彼女は愛用する香水をトレーナーへとプレゼントした。
それは三度目となる契約の証だ。
千切れず、侵せぬ固い固い鉄の契り。
彼は私の旅路に同行すると自分から意志表明したのだぞと周囲に示すためのもの。
贈った香水の香りは過去にトレーナーと初めて出会った時に付けていたものだ。
あの時の"アネゴ"――ステイゴールドのレースはドリームジャーニーの夢の重要な起点であり、トレーナーとの縁を結ぶ切欠となった特別な思い出でもある。
だが、香水を渡した当人であるドリームジャーニーがトレーナーからその香りを感じることは、ほぼ無かった。彼女自身が同じ香水を使い同じ香りを発しているのだから当然と言えるだろう。鼻孔に届く香りの出処が自分とトレーナーのどちらであるかをはっきりと区別することは難しい。
(こうして嗅いでみると素直で善良な人柄の彼には些か似つかわしくない香りですね)
その香りが、今は明確にトレーナーから漂ってくる。それはつまり、ドリームジャーニーは香水を付けておらず同じ香りを発してはいないということだ。
(この状況自体は意図した訳ではない。だからだろうか。これはどうにも……)
――面映ゆい。
そんな珍しい感情をドリームジャーニーは抱いた。
彼女が浮かべている他人が見れば後退りそうな笑みを構成していたのは、実際のところ満足感と微かな照れだ。
ドリームジャーニーが今日、愛用の香水を付けていないことに大した理由はない。手持ちの分が切れたタイミングで折悪く贔屓にしている店で品切れが起きていただけだ。
それだけなら店側の怠慢に気分を損ねたかもしれないが、品切れが起きてしまった理由がドリームジャーニーのファンから同じ香水を求める声が増え、一時的に市場の需要に供給が追い付かなくなってしまったとあっては原因である自身が文句を言う訳にもいかなくなった。
(匂いという記憶は五感の中でも特に強く残る。あまりポピュラーとは言えない種類の香水だ。当然、この学園で同じ香りを漂わせているのは私と彼のみ)
トゥインクル・シリーズを走る中でファンの気持ちに応えることは吝かではないという変化を得たドリームジャーニーだが、それが回り回って愛用品を欠く事態になるとは何事も負の側面はあるものだと嘆息していた。
それがここにきて望外の機会を得た。
トレーナーから自分と同じ匂いがしているという確かな実感を得る機会が訪れたのだ。
普段は覆い隠している彼女の独占欲も満たされるというものだろう。
(はてさて、神聖な学び舎で同じ匂いを振り撒く私と彼は周囲から一体どのように見られているのでしょうね)
これが制汗剤の爽やかな香りであれば、レースに挑むウマ娘たちの学び舎であるトレセン学園で嗅ぐことがいくらでもあるだろう。ウマ娘のトレーニングに立ち会うトレーナーが使用していたとしてもおかしくはない。
だがドリームジャーニーの香水は違う。
スモーキーな独特の香りはドリームジャーニーと交友がある者であればすぐに思い至るし、そうでない者も二人の男女が同じ特徴的な匂いを発していれば気にせずにはいられないだろう。
(……さて、このまま彼からの届く香りを楽しむのも悪くはないが、どうせならばこの機会を最大限に活かすとしようか)
もう少し具体的に言うと、素直さが美徳のトレーナーを揶揄って遊んでみよう。
そんなことをドリームジャーニーは思った。
彼女の向ける視線に気付き、目の合ったトレーナーに対して優しい笑みを浮かべてからドリームジャーニーは傍へと歩み寄っていく。
「物凄く見られていた気がしたんだけど、どうかしたのかジャーニー」
「実はいま香水を切らしていまして。アレがないと調子が狂ってしまいそうなんです。よろしければトレーナーさんがお持ちの物を私に付けていただけないでしょうか」
貸してほしい、ではなく付けてほしい。
そう言ってドリームジャーニーはトレーナーへと己の手首を差し出す。
香水をプレゼントしたあの日、トレーナーの手首に付けてあげたのとは逆のことをしてほしい。
そんなお願い事を聞いたトレーナーはドギマギした様子でドリームジャーニーの細い手首と細められた目に交互に視線を行き来させている。
その想像した通りの姿がなんだかおかしくて、彼女の浮かべる笑みはより深みを増していく。
「あ、ああ。分かったよ」
内心でどのような思考と葛藤があったのか。
トレーナーは慌ただしく鞄の中を漁って香水の瓶を取り出した。
(ふふっ、本当に
まだ高校生で小柄であるが故に容貌だけなら小学生と言われても納得してしまいそうなドリームジャーニー。
そんな彼女に翻弄される成人男性であるはずのトレーナー。
見た目に反した両者の上下関係は傍目にも明らかだった。
初心な反応を見せるトレーナーとの穏やかな時間を心底から楽しんでいるドリームジャーニーはさらに言葉を紡ぐ。
「今さらかもしれませんが、こうしてあなたから私と同じ香りがするというのはなんとも不思議な感覚ですね」
トレーナーの手が己の手首に添えられ、香水が降り掛かるのを眺めながらドリームジャーニーは呟いた。
「はは、確かにまるで恋人同士みたいだな」
「……――」
言葉を紡いで――楽しいだけの時間は唐突に終わりを告げた。
ドリームジャーニーの思考にボディブローでも打たれたかのような重く鈍い衝撃が走る。
(…‥なにか思惑がある訳ではなく、思ったことを素直に口に出しただけなのでしょうけどね)
まさかこのトレーナーが己に対して意趣返しをしてくるとも思えず、ドリームジャーニーは動揺を表に出さないよう笑みを消して表情筋を固めた。
「あっ、ご、ごめんジャーニー! 思った感想をそのまま言っちゃったけど不快だったよね」
笑顔が真顔に変わったことを誤解したのか慌てたように謝罪してくるトレーナーを見て、やはり裏のある発言ではなかったことを確信する。だが、全幅の信頼を置くトレーナーが自分を下げるような物言いをするのは見過ごせない。ドリームジャーニーとしては、その点だけは否定しておかなければならない。
「そのようなことを仰らないでください。話を向けたのは私ですし、不快と感じる相手なら最初から贈り物として渡したりしませんよ」
「えっ、それって?」
「それに、私はあまり男性受けの良い体型ではありませんからね」
トレーナーからの疑問には答えず、なだらかと表現するのも憚られる己の
敬愛する両親から授かった身体に不満などあろう筈もないが、客観的に見て自分の小柄で肉付きの薄い体躯を好むのは特殊性癖の持ち主だろう。妹であるオルフェーヴルの光輝を放つ肢体や年下の同期でもあるダイワスカーレットなどと比較すると男性からすれば物足りない。
そう考えながらドリームジャーニーは目線を伏せ、少しだけ寂しそうに言う。
無論、そう言って卑下する己をトレーナーに慰めてもらう魂胆あっての言動だが。
「いいや、そんなことはない。君はとても美しいよジャーニー。少なくとも俺にとっては君という女性は黄金そのものだ」
「……――そう、ですか」
思ったより強烈な言葉のカウンターでぶん殴られ、再びドリームジャーニーは思考が乱れた。
先ほどがジワジワと響く打撃だったのに対して、今度は顎を打ち抜かれて脳震盪でも起きたかのように視界が揺れ思考が定まらない。
(確かにトレーナーさんは私を"旅"の先に見つけた"一筋の黄金"と言ってくれましたが……ウマ娘として以外の意味も込められていたのでしょうかね?)
コチラが逆に
これが女心を弄ばれているのでないのなら、それはもう愛の告白であろう。
「将来、君と家族になれる男は間違いなく幸せ者だよ」
「……――ふふ」
強張っていたドリームジャーニーの表情が開き直ったかのようにほぐれる。
蕩けるように甘く、見惚れてしまうほど華やかに。
……ノコノコと無防備に近寄って来た獲物を捕らえて離さない食虫植物を彷彿とさせる笑み。
「ではトレーナーさん、契約を交わしましょう」
「えっ、まだ契約更新の時期じゃないよ?」
「深い深い血の契約。"旅の果て"を共に見届ける永遠の誓い」
「ジャーニー……?」
旅というものは一文字で書き表せるが、多様に分類することもできる。
慰労や娯楽を目的とした旅行。
商いを目的とした出張や出稼ぎ。
未知を求める冒険。
(旅にも色々ありますが生き物である以上、その終着点は決まっている)
それは死であり、墓である。
そして『結婚は人生の墓場』というのは有名な言葉である。
「入るお墓の種類はどんなものがいいですか?」
「えっ、契約ってお墓の売買契約のことなの? さっきのセクハラ発言だった? もしかしてジャーニー、怒ってて俺のこと処分しようとしてる?」
トレーナーはかつてないほど濃い香りがドリームジャーニーから漂ってくるのを感じた。
重い――圧し潰されそうなほどに重たい垂れるような匂い。
「ふふふ、怒ってなんていませんよ。むしろ、これ以上ないほど上機嫌です」
「嘘だ、これは裏があるときの匂いだよ!」
「永い道のりになりますが……――よい旅路にしましょうね、トレーナーさん」
そう言ってから、ドリームジャーニーはトレーナーのパソコンを操作して役所に出す書類の印刷を始めた。
この後、ドリジャが笑顔で対等()の契約を結べましたと言っていたので多分ドローです。
オルフェーヴルがお茶漬け好きなのビジュアルとの齟齬が強すぎる。
いきなり食べたくなった時のために部屋に永谷園とか常備してるんだろうか。