廊下をダッシュで駆け抜けて指定の部屋の前に着く。普段は静かにノックをする扉を勢いよく開いた。大きな音があたりに響きわたる。中には車椅子に腰掛けた生徒が1人、窓辺の席から外を眺めている。
白雪の様な透き通った白い肌を夕日が焼いている。彼女がこちらに気づくと車椅子をこちらに向けてぺこりとお辞儀する。
「お待ちしておりました先生。来てくださってありがとうございます」
***
「改めまして先生、来ていただいて感謝します」
「そりゃ、こんなッ、モモトーク貰ったら 飛んでくるよ!」
息を切らして膝に手をつく先生。その方はぜいぜいと呼吸するたびに大きく上下する。
「ヒマリにっ 何かあったんじゃ ないかってーーーー」
右手に持った端末からモモトークを起動しこちらに見せてくる
“先生、助けてください”
“火急的速やかにシャーレの制服でお越しください”
“出ないと間に合わなくなってしまいます…!”
***
「こちらをご覧になってください先生」
呼吸を整え終わる頃を見計らってヒマリが空中のディスプレイを撫でるように手を動かす。そうすると目の前に広がる画面いっぱいに雑誌が現れた。隣に椅子を用意して覗き込む。
「これは…週刊誌かな?」
「ええ、その通りです。現在キヴォトスで発刊しているものになります。」
まぁこれでもほんの一部なのですが と画面をスワイプするヒマリ。横から覗くだけでも相当な冊数があることが窺える。画面に映し出されたのはクロノススクールをはじめ、トリニティ、レッドウィンター、ゲヘナ、ミレニアム、百鬼夜行などの規模の大きいものから〇〇女学園、◻︎▫︎高校、××音楽学園などの中小規模まで具に揃えられている。よく見れば学生新聞の類も含まれているのに気づいた。
「これはすごい数だね。色々見てるんだ?」
「各校の特色が出ていてなかなか興味深いですよ。たとえばこちらなんて〜」
ヒマリが雑誌ひとつを取って流れるように喋り出す。普段の静かに佇む彼女は大人びたイメージ、それこそ彼女のいう“高嶺の花” “病弱美少女”という言葉がぴったりだ。しかし好きなものに対して夢中になって話をする姿は年相応の少女である。そんな姿を見せてくれるくらいには仲良くなれたのかと思うと嬉しい。彼女の話に耳を傾け、時に相槌を入れながら私はそう思った。それから数分後、話し疲れて水分補給をしている彼女に話を切り出す
「話の途中でごめんね。ヒマリ、今日私を呼んだ理由はなんだったのかな?」
「あらそうでした。すみません私ったら。」
飲みかけのコップを机の上に置き、再びディスプレイを撫でる彼女。
「本日先生をおよびした理由がこちらです。」
いくつか見開かれたページが画面に表示され、それらを眺める。
“直感で掴め!シチュエーションあみだくじ”
“外れない!あなたの運気を上げる10のアイテム“
”よく当たる!今週の占い特集!“
「占いの特集かな」
「上から読んでいってくださいますか」
言われた通りに上から順繰りに目を通す
12月生まれのあなたには…
「“あなたのパフォーマンスを最も上げるシチュエーションはお昼寝!たまには全てを忘れて惰眠を貪るのも一興かも?!“…」
「お昼寝。確かに遍く全てを完璧にこなす超天才清楚系完璧美少女ハッカーである私といえど一時の休憩は必要ですね。」
「”x曜日のラッキーアイテムは白のコート!大きければ大きいほど運気はアップ!“…」
「雲の上に咲く一輪の花のように軽く儚い私ではさして大きなコートを羽織れません。その点シャーレの制服は白く、先生のお身体は私よりも大きいですね。」
「”今週は2人で行動すると全てが思い通りに!狙いの人とも急接近!“…つまり」
「本日はチーちゃんは外回りで留守にしていますし、ミレニアムが誇る『全知』の学位を持つ超天才ハッカーである私と肩を並べて仕事をこなせる方なんて限られてしまいますわね」
一通りひまりの口から説明を受けて合点がいく。
「というわけですので」
「協力していただけますよね、先生?」
ふふっと微笑む彼女の前で頭を抱えて大きく深呼吸する。
(あぶない目にあっていないし、それならいいか…)
心中で胸を撫で下ろし、目の前の生徒へと返答する。
「もちろん、生徒のお願いには力を貸すのが先生だからね。」
***
「ね、ねぇヒマリ。せめてクッションしかない?私の足硬いでしょ?」
「あら、そんなことありませんよ先生。体が安定して寝やすいというものです」
ここも落ち着きませんねぇ なんて言いながら彼女は車椅子に座っている私の膝上に着座している。
ヒマリは病弱を自称するだけあって体は羽の様に軽く、腕も腰も私の一回りは細い。(しかしこれでいて腕力では私は敵わないのだから、本当にキヴォトスの生徒は見た目によらない)
だが臀部、こと臀部に限りはそうではない。オブラートに包んで表現するのであれば…大変健康的である。
私にも覚えがあるが、デスクワークを続けているとどうしても下半身周りに肉が付きやすくなる。ヒマリも車椅子での生活が主軸となると当然そうなる可能性は高い。華奢な身体に暴力的な張りと柔らかさを備えた彼女は、まさに奇跡の産物と言えるだろう。
そんなものが膝上で暴威を振るっている。猫がベッドの上でお気に入りの場所を探すように、柔らかなお尻がグイグイと私の膝上の隙間を擦る。苦笑を貼り付けて悟られないようにしている私をよそに、お気に入りを手に入れたヒマリはシャーレのコートを羽織り、襟元に顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らしている。
「あのヒマリ、一体何を…」
「走ってきただけあって少し汗の香りがしますね。」
「…新しいのを卸してこようか。少し待ってくれれば新品を持ってくるよ。」
「いいえ結構です。急いたのは私なのですし。」
「何よりこれは私を思っての行動による結果なのですから。そういう意味では“これがよい”とも言えるかもしれません。」
両手でコートを掴み、顔の半分まで埋めてしまうヒマリ。そういえばここに来る途中でやけに信号や交通整理ドローンに捕まった。そのせいでかなり急ぐことになったのだが、もしかして彼女の仕業だろうか。偶然ということもあるだろうが、もしそうだとしたら…
(これはまたお説教が必要かな?)
目の前で満足げに自分のコートに包まっている生徒を、今度こそ本当の苦笑で眺めた。
***
(中々寝つけませんね)
全知アイマスクを装着し先生の膝上に着座してシャーレのコートを羽織った状態。これほどの環境を用意したというのに私の体はいまだに眠気の“ね”の字すら感じていません。
「寝れないのかい?」
「え、えぇ。どうやら天才の脳細胞は休息を求めていないようですね。困りました。」
「うーん…」
私の腰に回された手の指をとんとんと鳴らす先生。がっしりとした腕で体を固定されていると安心感というか、先生に守られているような感覚がして存外悪くありません。
「ヒマリ、少し提案があるんだけど」
「はい?」
指の運動をやめた先生からの提案。それは①喋らないこと②先生の“言うこと”を“しっかり”と聞くこと でした。1つ目はともかく、気になったのは2つ目。随分と含みのある言い方でしたし、何かあるのでしょうか。暗闇で思索に耽っているとますます眠気なんてやってきません。
・・・・
「それじゃ、寝ようか」
こくりと首を落として反応する。先生の提案があったので首より上はコートの外に出した状態で待機する。コチコチという時計の無機質な音が頭の中でぐるぐると響く。そうやってしばらくの間闇中に意識を放浪させる。日差しが程よく体を温めてくれるのは心地がいいが、やはり寝付けない。
(ダメですか…)
先生——— 中断を提案しようと体を起こそうとした時
「…ヒマリ」
「ひぅ」
びくりと耳が跳ねる。時計が奏でる無機質な音とは全く違う、優しくて、温かくて、それでいてドロリとした粘液のような、耳に纏わりつく甘い蜜のような音色。耳元へのソレは突然のことで、思わずすっぽ抜けた声を上げてしまう。
「せ、先生?!これは一体何の…!」
「こら、だめだよ喋っちゃ。約束したよね?」
「う…」
腰に回した手に力を入れる先生。動きを止められるような力ではないが先の提案のこともある。捩った身を正し、口を閉じる。大人しくなった様子を見て先生の腕は再び優しくなる。
「そう…そう。いうことを聞けてえらい子だねヒマリ」
むぅ。ミレニアムが誇る全知の称号をもつ超天才を褒めるにはあまりに子供扱いが過ぎるのではないのでしょうか。しかし、先ほどの一言で敏感になっていた体の緊張が和らいだのを感じる。
その後はまるで小さい子を褒めちぎるかのような言葉の数々。やれ頑張っていてえらい だの、いつもありがとう、だなんて。全く…超絶スーパーハッカーである私の能力をついに先生も理解されてきたようですね。
そんな甘い言葉を囁かれているうちに、だんだんと頭の中がふわふわと、まるで靄のかかったかのような感覚になる。体の節々は動かない、だけれど先生の体は感じている。そんな夢と現実の間を彷徨う一種の万能感。
「ふぁ…」
「ぁふ…ぁ!」
一呼吸おいて焦る。小さいとはいえ思わず欠伸が漏れ出てしまった。立てば芍薬座れば牡丹、佇む姿は百合の花と称される私の欠伸であれば花も恥じらいヴィーナスも目を合わせられないような芸術でしょう。しかし、いくら清楚系美少女で容姿端麗な高嶺の花である私でも、目の前の異性に至近距離であくびを見られてしまうのは…17歳の乙女として恥ずかしさが先立ってしまいます。思わず耳が赤くなるのがわかる。
こういう時アイマスクをしていてよかったと心の底から思いました。先生の顔を見上げる形で首をちらりと向けると、ふふっと笑っているのが声で分かった。
見られていた。何か言おうにも恥ずかしさのせいで持ち前の言葉を紡げず、せめて行動でと精一杯先生の胸へと頭を擦り付ける。
「ごめんごめん。あまりにも可愛いあくびでつい、ね」
謝罪の言葉を述べていても声は笑ったまま。
腰に回していた両手のうち、片手が開放される
「いいんだよ、私の大事な生徒だからね。」
「大丈夫、どんな姿でも私はヒマリを受け入れるよ」
「ここには私と君の2人だけ。存分に肩の力を抜いて甘えるといい」
肩を、頭を、顔を、耳を。触れるか触れないかのところで撫でる先生。その感覚がこそばゆくって、手先の感覚を追っているうちにだんだんと頭の中が再びとろんとしてくる。
首が船を漕ぎ、先生のコートへと顔が埋まっていく
「おやすみヒマリ、いい夢を。」
「ふぁ…」
もう一度軽いあくびをして、意識が朦朧とした。
そこからの記憶は私にはない。ただ分かっているのは、熟睡していたということだけ。
***
ヒマリを家まで送り届けたその足でシャーレまで帰る。途中でエンジェル24によってヒマリに見せてもらった雑誌を買った。彼女の話を聞いていて少し興味が湧いたからだ。レジ打ちするソラに労いの言葉をかけて店を後にする。
そのままシャーレの部室へと戻り、コーヒーを入れている間に買ってきた雑誌をぱらぱらとめくる。見た目は普通の週刊誌、しかし中身はヒマリが教えてくれたように学校の特色が出ていて中々に読み応えがある。
入れ終わったコーヒーを片手に持ちながら読み進んでいく。結局その場でコーヒーを飲み終わるまで、仕事の手を止めて読み込んでしまった。
「ふぅ、これはすごいな」
学生のレベルとは思えない出来上がりに、つい小学生程度の感想しか出てこなかった。
しかし違和感があった。そう、同じ雑誌を買ったはずなのに占いのページがない。一応全ページに目を通したはずだが…そう思って巻末の目次を見ても占いのページは掲載されていない。
もしかして買う雑誌を間違えたか?いやあの学校が今週発売した雑誌はこれしかないはずだ。
電子版と紙では特集に差があるのだろうか。
明日改めてヒマリに聞いてみよう。
そう考えて雑誌をバッグにしまい、椅子に座って溜まった書類に目を通す。
膝にはまだ彼女の温もりが残っている様な気がしていた。