母親はいつも泣いていた……
俺が笑って抱き着こうとしても、急に腰を抜かして、震えて、叫んで。
物を投げてきたこともあった。ガキだった俺は、頭にケガをした。
その原因が、俺の『個性』のせいだってことに、成長して知った。
顔を見た人間を、意味もなく怖がらせる『個性』。
ON、OFFを身に着けた時には、母は、俺の顔を見なくなっていた。
父親も、最初に俺の顔を見た時は、震えて、動けなくなったそうだ。
けど、父親は怖がりな母親と違って、強い人だった。
強くて、キレやすくて、いつも母親や、俺のことを殴っていた。
二人が離婚した。当たり前だ。
俺は本当は、母親に付いてきたかった。父親の暴力から逃げたかった。
けど、最後まで母親は、俺の顔を見なかった。
毎日、父親に殴られた。
テストで100点を取らなかったから。
部屋が散らかっているから。
食事の食べ方が汚いから。
理由はまあ、挙げるだけキリが無い。
「これは暴力じゃない。躾だ」
それが、父親の口癖だった。
ガキだった俺には、それが正しいのか間違いなのかは分からなかった。
ただ、分かるのは……
父親は嫌いだ。
母親も嫌いだ。
全部全部、嫌いだ――
「それで、ケンカに明け暮れたってか?」
場地とかいうタメのガキに、その話をしたのは喧嘩に負けたからだ。
今までも、気に入らねぇヤツは全員ぶっ飛ばした。
『個性』を使えば、全員勝手にビビッて、動けなくなった。その後は殴り放題だった。
こいつも、最初は俺の個性で動けなくなって、何発もぶん殴った。
けど、何発ぶん殴っても倒れねーで、そのうち個性に慣れられて、アッサリやられた。
「……本当に殴りてぇ父親の代わりに、自分より弱ぇガキに八つ当たりか? クズだな」
「……」
事実だから、何も言い返せなかった。
けど、事実だから、頭にくる。
だから立ち上がって、また殴りかかった。
それからしばらく殴り合って、お互いに倒れて、動けなくなった。
「最悪の誕生日だ……」
父親は当然、覚えてねぇ。やることと言ったら、ケンカ。そのケンカでさえ、この始末。
本当、最悪の誕生日だ……
「だったらさぁ……今夜はとことん、暴れちまえよ」
「……?」
「付き合うぜ。殴り合ったよしみだ――なぁ、一虎?」
そう、ニカって笑って、伸ばしてきた場地の手を、俺は、掴んだ。
言われた通り、とことん暴れた。
気に入らねぇヤツの家に乗り込んでぶっ飛ばした。
気に入らねぇ大人の車に火ぃつけた。
気が済むまで暴れた後は、家に帰った。
「一虎……お前、父親に向かって、ゴァッ――」
「これは、暴力じゃねぇ。躾だ」
「やめろ! 一と、ラァッ――」
「今日から、一虎じゃなくて、一虎さんな?」
その日から、父親の暴力はピタリと止んだ。
代わりに、父親も、俺の顔を見なくなった。
まあ、それはどうでも良い。
家族はクソだけど、俺には仲間ができた。
中学入学と同時に、新しい仲間に出会った。
ドラケン。三ツ谷。
で、場地がいつも褒めてた、”無敵のデク”。
デクは見た目地味で弱そうなヤツだった。
おまけに、ことあるごとに我がままを言っちゃあ、ドラケンを振り回してた。
場地はそんな二人を見て笑うだけ。三ツ谷もだ。
三人とも、どうしてこんなヤツの子分みたいになってるのか理解できなかった。
だからある日、タイマンを挑んだ。
場地には止められたけど、三ツ谷やドラケンはむしろ煽って、デクは一言、「いいよ」。
別に、デクのことが嫌いなわけじゃねー。
嫌いでも好きでもねぇ。
ただ、ムカつく。見ていてイラつく。
何事も自分の思い通りになる。ならないなら暴れる。
それで上手くいくって思ってそうな態度が、クソ親父とかぶって見えた。
だからコイツにも、教えてやろうと思った。
テメェがいくら威張り散らしたところで、ボコっちまえばそれまでだってこと――
……負けた。
文句の付けようもねー。完敗だった。
ケンカで……まあ、ケンカに限らねーが、個性は使わねー。
場地に負けた後に決めた、そんな最低限のルールさえ破っちまうくらい、強かった。
けどデクは、俺の個性も無視して攻撃してきた。
後で聞いたが、個性が効いてなかったわけじゃねーらしかった。
実際、確かに一瞬、動きが止まったように見えたけど、それだけ。
それだけの後は、核弾頭みてーな蹴りを喰らってお終いだ。
そのことが悔しくて、負けた後は、伸ばされた手も無視して、帰った。
帰り道、色んなものに当たった。
空き缶。電柱。ゴミ。目に入ったもん、とにかく蹴とばした。
バイクも。
バイクの持ち主が絡んできた。だからソイツにも当たった。
そしたら、仲間がぞろぞろ出てきた。
十四、五人はいたかな? 構わねぇ――全員ボコボコだ!
……その日、二度目の負け。
頭に血が上ってたせいで、個性を使うのも忘れちまってた。
相手は好き放題に個性使ってきて、気づいたら土手に寝転がされてきた。
来週までに慰謝料100万持ってこい!
そんな声だけは聞こえた。
……誰が渡すかクソ野郎ども!
全員一人ずつ、寝込み襲ってぶっ殺してやる!!
「おっかねぇ顔」
そんな時に、声が聞こえてきた。
「そんな顔してっから、友達できねーんだよ」
「場地……なんで、ここに?」
「俺らは放っておけって言ったんだが、負けて余裕がねぇヤツは何しでかすかわからねーってデクが言うもんでな? で、後つけてみりゃあ、このザマだってこった」
デクは、ケンカが強えーだけじゃなくて、頭もメチャクチャキレるヤツだってのか?
「で、かけつけたら、アレ」
と、場地が指さした先には……
デクが、立ってた。学ランのボタンを、ホックまで全部閉めた、地味なヤツ。
そんなヤツが、個性を使うのも平気なクソ野郎どもが倒れてる、中心に立ってた。
デクが。
全員、たった一人で。
「一虎ぁ……俺らは別に群れてるわけじゃねぇ。デクの子分てわけでもねぇ。ただ、仲間がやられてりゃあ全力で守る。それだけなんだよ」
「……お? 気がついたか? 一虎!」
「デク……勝手なことすんなよ! 俺は、俺の問題くらい、俺だけの力で……!」
「気にすんな、一虎」
デクは、また手を伸ばしてきた。
「お前は俺のもんだ」
「……!」
「だからお前の辛ぇのとか苦しいのとか、全部俺のもんなんだ」
「~~~~……」
流れそうになった涙を必死にこらえて――
伸ばされた手を、今度は取った――
それ以来、デクたちとつるむようになった。
相変わらずデクは何かと我がままばっかり。そんなデクに振り回されるドラケンのことも、笑って見られるようになった。
仲間がまた一人増えた。三ツ谷と同じ中学に通ってるヤツ。
デクに何度もケンカを売っちゃあ、ボコボコにされてた。
けど、また挑んで、んでまたボコボコ。
俺は一度挑んで個性まで使って、なのに負けちまって、それで諦めたのに。
そいつは一度も個性を使わずに、デクに挑んで、負けてもまた挑んで。
そんなことしてるうちに、気づいたら、パーちんも仲間入りしてた。
一度、パーちんの親友だってヤツも来た。ペーやんて呼ばれてた。
そいつもやられたけど、やったのはその一度だけ。それで満足したらしい。
ソイツとも仲良くはなったが、パーちんと違ってあんまり関わりはしなかった。
部活が理由だったかな? 不良のクセに……。
いずれにせよ、全員、俺にとっては最高の仲間だ。
気が置けて、安心できて、信じられる……
そんな仲間たちだから、巻き込むわけにはいかねぇ……
――分かってんだろうがよぉ……このこと誰かに話してみろ。テメェの家族にダチに学校に、全部オレが殺してやる。テメェ自身の手でなぁ? 分かったか? 隠れ蓑コラァ?
どこで俺の個性を知ったのか。それは分からねぇが、ソイツの目的は、俺の個性だった。
メチャクチャ強ぇ個性じゃねぇ。けど上手く使えば、いくらでも稼げる。
街でたむろしてやがるチンピラども脅かして金巻き上げたり、道行く弱そうな金持ち捕まえりゃあ、顔を見せるだけで金を置いて逃げていった。
当然、俺に分け前なんかあるわけがねぇ。まあ、渡してきても突っぱねるけどよ。
ソイツは、俺の体の中に入って、俺のことを操れる敵だった。もちろん、俺も反撃しようとしたが、普段は人間の形したソイツはヘドロみてーな異形型で、殴っても蹴っても効きゃしねぇ。
こんなヤツの言いなりになるくらいならいっそ……
そう思ったけど、そんなことしたって、今度は俺以外の誰かがコイツに使われる。それがもしかしたら、場地やデクたちかも知れねぇ。
そう考えたら、コイツの言いなりになるしかなかった。
幸い、マスクやグラサンしてても、素顔ほどの効果はねぇけど個性は発動できる。
コイツも、簡単に俺が捕まったら金づるがいなくなるってんで、顔を隠して犯罪してる。
おかげで今のところは逮捕はされねーが……
それだって、時間の問題だ。
その時が来たら、コイツは、俺なんかアッサリ捨てて逃げ出すだろう。
逮捕されるのは、不良のガキ一人。完全犯罪成立ってわけだ。
バカな俺でも、今ならそうなってたってのが分かる。
それでも、その時の俺は、俺がガマンしていれば、いつか解決する。
そんなクソみてーな考えにすがって、耐えるしかなかった……
「最近よぉ――ここいらでよぉ、カツアゲ事件が頻発してるらしいんだわ」
いつも通りつるんでた場地から、そんな声を掛けられた。
「んでなぁ、そいつは、マスクかサングラスで顔隠してんだがよぉ、髪型はどうにもパンチっぽいんだってよ?」
「……」
「んでな? 逃げてったヤツの話じゃよぉ、首にチラッと、虎のタトゥーが見えたって話でよぉ?」
「……」
「それでなぁ、何でもソイツの顔見た途端、メチャメチャ怖くなって、金渡す以外考えられなくなるんだってよぉ?」
「……」
「オメーだろ? 一虎?」
「――」
そりゃあ、バレるわ……
巻き込むわけにはいかねぇ。そう決めてたのに……
言い逃れするのも、言い訳すんのも面倒くさかった……
「なんで相談しねーんだよ? 一虎」
別の日だ。
いつもの六人で神社に集まった時、デクに言われた。
デクの口から、俺の身に振りかかってること、みんなに説明された。
「一虎……
「バーカ。警察に言ったって、そのヘドロ野郎がやらせたって証拠はねぇ。証拠がねーんじゃあ、警察は動けねぇ。現行犯以外は相手にできねーヒーローはなお更な」
「……つまり、どーいうことだ?」
「ヒーローも警察も頼りにできねぇってことだ。だろ? デク」
「ああ。仮に訴えたところで、それこそ、適当に言い逃れされて、一虎一人逮捕されて終わりだ」
三ツ谷の発言にデクが反論して、パーちんが説明求めて、ドラケンが分かりやすくまとめてくれる。
相変わらず、デクの言うことは難しくて俺もよく分からねー。
けど、まあつまりはそう言うことだ。
警察もヒーローもアテにならねぇ。
「それで、相手は個性が『ヘドロ』で、一虎の体に入って個性と体を操れるって?」
「お、おお……」
「てことは、ただ攻撃が効かねー上に、狭い隙間や穴があれば逃げ出すのも楽勝ってわけか。異形型だって話だが普段は人間体の姿してるってことは、形の自由もある程度以上効く。つっても当然自分自身の体積以上の人間にはなれねーんだろうな。とはいえヘドロで流動体なんだから広がればデカさだって変えられる。
「やめろデク。そのブツブツ、不気味だぞ」
たまに出る、デクの
「……とにかく、だ。その、ヘドロ野郎とやり合おうってわけか? デク?」
「そう……相手は『ヘドロ』だ。さすがに俺一人じゃ勝てねぇー。けど六人集まりゃあ、勝てるかもな」
「俺に案がある。どーせなら楽しくやろうぜ!」
そんなデクに対して、場地が声を上げた。
「俺らでチームを創るんだ」
「チーム? ヒーローチームを? 俺らで?」
「おう!」
この六人のヒーローチーム……
ドラケンの『逆鱗』。
場地の『磁場』。
三ツ谷の『透視眼』。
パーちんの『頭がパー』。
俺の『虎の威』。
デクは『無個性』。
なんつーか……バえねーチームだな。
「役割も決めてある」
「総長は、天上天下唯我独尊男、無敵のデク!!」
「褒めんなよ」
「副総長は、頼れる兄貴肌、ドラケン」
「……副総長?」
「みんなのまとめ役、三ツ谷は親衛隊を任せる」
「親衛隊って……」
「旗持ちは、力持ちのパーちん!」
「おぉ!」
「で、俺と一虎は特攻隊だ」
「……ちょっと待て。それ、ヒーローチームじゃなくて、暴走族だろ?」
「別にいーじゃん。ヒーロー気取るより俺らに似合う。チーム名も決めた」
「おお? 早ぇなデク、なんてチーム名だよ?」
「東京緑谷出久會!!」
「ダサッ」
「ダッセ」
「ダサいな」
「ダセェ」
「ダサい」
「お前らー!!?」
……とまぁ、悶着もあったりしたけど、こうして、俺たちのヒーローごっこチームが完成した。
たった一度の戦い。たった一度のヒーローごっこ。
警察も、ヒーローも相手にしねぇ敵を倒して、それで終わり。
そのはずだったのに。
この日から二年以上に渡って、俺たちのヒーローごっこは続いていく。
そして、日本一のヴィジランテチームが君臨することになる――
ヘドロ敵
個性:『ヘドロ』
「おい、Mサイズの隠れ蓑コラァ……テメェ、チクったら殺すって言っておいたよなぁ? テメェの家族もダチも学校も全部! テメェに乗り移って殺させる覚悟できてんだろーなぁ!!?」
「東京卍會 特攻 場地圭介!!」
「同じく、羽宮一虎!!」
「東京卍會 親衛隊 三ツ谷隆!!」
「同じく、林田春樹!!」
「東京卍會 副総長 龍宮寺堅!!」
「東京卍會 総長 緑谷出久!!」
「東京卍會――戦闘開始だぁああああああ!!」
「いぃ……!?」
――オラァァアアアアアア!!!
この六人でどうやって『ヘドロ』を倒したか?
聞くな。
『斑目 獅音』
ヘドロ敵
見た目、性格ともに元ネタ通り。
自身の個性を利用して、使える個性を持った子供たちを脅迫して犯罪の実行犯とし、自身はいつでも逃げられる立場を決め込んでいた。
その過程で出久らの仲間である一虎を利用して悪事を働いていたことで、東京卍會結成のキッカケとなった。
出久らに敗れた後は逃げるように行方をくらましたが、くらました先で同じようなことをした結果、呆気なく逮捕されてしまう。
結果、原作における『ヘドロ事件』は起こっていない。
個性:『ヘドロ』
ヘドロの肉体。人の体に入り込み、個性もろとも操ることができる。
この小説内では、隠れ蓑抜きで自由に体の形を変化、形成、固定ができ、普段は人間の形でいることも可能となった。
そのため普段は元ネタの姿で生活している。
・やり残したこと
イザナが出久を狙う理由、最後まで思いつかんかった……