令呪をもって命ずる。アウラ自害しろ。 作:アウラが死んだ!この人でなし!
寂れた小屋の中に、男の声が響いていた。
「――――告げる」
小屋の中には、声の主を除けば、他に人はいなかった。しかし、この場に聞く者がいれば、その声にまだ幼さを残していることにすぐに気が付いただろう。青年、あるいはまだ少年と呼んだ方がいい年齢かもしれない。そんな年齢にも関わらず、彼の声色には尋常ではない響きがあった。
「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
詠唱が終わると同時に床の魔法陣が激しく輝き出し、少年は堪らず目を閉じた。時は夜半過ぎ、外からわずかに差す月光と、ささやかなランタンの明かりだけを頼りに長時間の作業をこなした直後だ。闇に慣れ過ぎた目には、明るい光は刺激が強過ぎた。
だから、彼は目の前に彼女が現れる瞬間を見ることは叶わなかった。もっとも、彼としてはそんなものはどうでもよかったのだが。
「サーヴァント・キャスター。召喚に従い参上したじゃない。あなたが私のマスターかしら?」
「……断頭台のアウラだな」
目の前に突如現れた人物に向けて、少年は低く告げた。それは質問ではなかった。確認、あるいは独り言に近い。少年は魔族と『話す』という行為の持つ意味を、よく理解していた。彼らと真の意味で理解しあうことは出来ない。だから、これから行う会話はただの情報交換に過ぎない。この穢れた聖杯戦争を勝ち抜くための、最低限必要な手続きに過ぎない。
「……あら、よく知ってるじゃない」
アウラは眼前のマスターをそれとなく観察する。彼女があえて告げなかった真名を、彼は一目で看破した。その意味を、彼女は正確に理解する必要があった。
一見、魔力量は大したことがないように見える。年の割には多い気もするが、そもそもがまだ子供だ。この小屋も一応は工房なのだろうが、なんとか召喚の準備を整えるのでやっとという有様。長年研究を続けた大魔法使いの立派な工房とは、似ても似つかない。
「別に驚くことでもないだろう。アウラ、俺はお前を狙って召喚したんだから」
こうも上手くいくとは思わなかったけどな、と自嘲的に続けながら、少年は手に持っているペンダントを示した。大きな赤い宝石があしらわれた特徴的な意匠。
「それは……」
「そりゃあ見覚えがあるよな。お前と縁の深かったグラナト家の紋章だ。まあ、この触媒ではリュグナーあたりが来てもおかしくはなかったんだが……まず最初の賭けには勝ったらしい」
数多の英霊が覇を競う聖杯戦争に、絶対の勝利などあり得ない。それでも、狙い通りの英霊を引き当てたことは大きい。
「これで、勝利に大きく近づいたよ」
しかし、そう告げる少年の口調にはまったく嬉しそうな響きはなかった。むしろ、なにか大きな痛みに耐えているような、悲痛な響きすらあった。
「ええ、そうね。七崩賢がひとり、大魔族である私を召喚したからには必ずやあなたも……」
「アウラ、少し黙れ」
刺すような冷たい声色で遮られ、アウラは驚いて口を噤んだ。アウラには人間の感情は理解できない。しかし、今向けられているものには大いに覚えがあった。それは、人間が『殺気』と呼ぶもののはずだ。
「……わからないわ。どうしてマスターが、自分のサーヴァントに殺気を向けるのかしら?」
「ああ、そうだろうな。お前ら魔族にはわからないだろ。たとえ俺が、お前に散々苦しめられた領主の子孫で……今代のグラナト領主だと知ったとしても」
いまや、少年の目には明確に憎しみの色が浮かんでいた。伝えられている悪行の数々を思いかえせば、アウラを目の前にして一瞬たりとも平静ではいられなかった。それでも、少年には彼女を召喚しなければいけない理由があった。悪魔に魂を売り渡してでも叶えなければならない、呪いにも似た願いが。
「それがどうしたの? その先祖は、もういないじゃない」
「……アウラ。やっぱりお前は、この世にいるべきではない化け物だ。だけど、召喚に応じた以上役目は果たしてもらう」
「役目?」
「アウラ、お前には絶対にこの聖杯戦争を勝ち抜いてもらう。それが化け物のお前に与える、唯一の役目だ」
アウラにはマスターの言っていることの大半は理解できなかった。人間の感情に起因する言葉は、ほとんどが意味がわからない。しかし、結論だけはわかりやすかった。それは、彼女自身の望みでもある。
「わかってるわよ、マスター。とにかく勝てばいいだけじゃない」
別に理解する必要もない。このマスターの望みなんて、アウラにとってはどうでも良い。問題は、いつ彼に『
「わかっているならいい。……アウラ」
「ええ、来たみたいね。さっそく一匹……獲物が」
アウラが舌なめずりをした、その時。
「――――閃天撃」
小屋が砕け散った。