令呪をもって命ずる。アウラ自害しろ。 作:アウラが死んだ!この人でなし!
聖杯戦争。
奇跡の願望器『聖杯』をめぐる、人智を超えた争い。
聖杯を求めて集うのは、令呪を宿した七人の『マスター』たち。彼らは神話や伝説、伝承上の英雄たちを『サーヴァント』として召喚し、令呪を通じて使役する。『マスター』と、それに従う『サーヴァント』。七組の主従が生き残りを賭けて殺し合い、最後に残った一組のみが聖杯によって己が願望を叶えることができる、という――――凄惨極まる魔術儀式のことである。
故に。
聖杯戦争に参加すれば、必然的に他の主従との殺し合いは避けられない。しかも,どんな強大な英霊が『サーヴァント』として参加するかもわからない戦争だ。アウラのマスターである今代のグラナト伯爵とて、激しい争いになることは覚悟の上だった。
(とはいえ……こうまで早くここを嗅ぎつけられるのとはな)
決して警戒を怠っていたわけではない。いや、むしろ彼は過剰なまでの警戒をしてきていた。召喚の前後はことさら無防備になりやすい。そのため、彼は狙われやすい自領から離れ、人知れず奥地に仮の工房を構えた。小屋の周辺には念入りに結界を施し、魔力探知も常に行っていた。だというのに――――。
「……チッ、なんて有様だよ」
鎧袖一触。彼が全身全霊を込めて作成した結界は、たった一撃で小屋もろとも打ち砕かれていた。大魔法使いフランメの結界とは比べ物にならないとしても、それなりの強度はあったはずの結界を、である。
(決して侮っていたつもりはないが……これがサーヴァントの力)
魔力探知とて、機能していなかったわけではない。彼は敵の接近を正確に察知できていた。ただ、単純に敵の移動速度が速すぎた。そのため、察知した時には既に逃げる時間が残されていなかったのだ。
(桁違いの威力と速さ。なるほど、サーヴァントにはサーヴァントでしか対抗できないと言われるわけだ)
この化け物揃いの聖杯戦争を勝ち抜くためには、やはりアウラの力を頼らざるを得ない。そんな不本意な事実を、改めて突きつけられた形だ。
その時、彼に呼びかけるアウラの声がした。
「マスター、まさかこの程度で死んでないわよね?」
「……ああ、死んではいない」
「なら良かったわ」
防御魔法の展開が完全には間に合わず、彼は腕に傷を負っていた。しかし、なんとか致命傷は免れた。一瞬令呪を防御に使うことも考えたが、彼はギリギリでやめた。それは、アウラの思惑通りだと気がついたからだ。
アウラは最優先でマスターを守る動きを取らなかった。早く令呪を消費させたがっているアウラは、彼が令呪を使って防御を命じるのを待っていたのだろう。マスターを失うかもしれないリスクを冒してでも、彼女は一刻も早くこの主従契約から逃れようとしている。全くもって油断ならない。
降りかかるのを防いだ小屋の瓦礫を吹き飛ばし、視界を確保する。彼と少し離れたところには――あの強撃をどうやって防いだのか――無傷のアウラが立っている。そして、更に離れたところに立っている人影が……どうやら今回の襲撃者だ。
「あれ、しつこいね。今のでマスターの方は殺したつもりだったんだけど」
案に反して、襲撃者は可愛らしい声で言った。恐ろしい攻撃の威力からは想像もつかない、小さな少女の姿をしている。
(……いや、魔族か)
よく見れば、頭部には二本のツノが生えているし、手には大型の斧を握っている。彼女が襲撃者であることに間違いは無さそうだ。魔族であれば、見た目と力の強さが乖離していても、何ら不思議はない。
「あら、誰かと思えば。こんなところで奇遇じゃない、リーニエ」
「……アウラ様」
アウラが余裕を持って微笑みかけると、呼びかけられた襲撃者――リーニエは目を伏せた。
「リーニエ? ってその名前はまさか……」
「そう。あれは私の配下、リーニエ。まさか貴女もサーヴァントとして現界していたとはね」
「あれが……!」
彼もその名前はよく知っていた。リュグナーと並んでグラナト領を苦しめた恐ろしい首切り役人のひとり、リーニエ。伝承によれば、彼女は自身の魔法によって古今東西あらゆる武技を再現してみせたという。
「さっきのは戦士アイゼンの技かしら。不意を突いたつもりかもしれないけど……貴女が私に勝てるわけないじゃない」
アウラの口元には酷薄な笑みが浮かんでいる。まんまと奇襲をかけられたこの状況すら、ちょっとした余興に過ぎない、とでも言うかのように。
「リーニエ、今引くなら追撃はしないでおいてあげる。どうして私の配下に下ったのか、まさか忘れたわけじゃないわよね?それとも――――」
アウラの放つプレッシャーが圧力を増す。一目見ただけでわかる。リーニエの強大な魔力比べても、なお桁違いの魔力量。魔力が、強さが全ての基準である魔族では、逆らう気すら起こらないほどの圧倒的な力。加えて――――。
「――――私の操り人形になりたいのかしら?」
アウラの手元に、禍々しいオーラを放つ天秤が出現した。
対人宝具ランクEX、『服従の天秤』。自身と発動対象、双方の魂を天秤に乗せ、より魔力の大きい方が相手を強制的に絶対服従させる効果を持つ。アウラの圧倒的な魔力量と合わせれば、その脅威度はほとんど反則級と言っていい。この宝具を前にして、震え上がらない相手はそうはいない。
――――はずだった。
「……あーあ。アウラ様、勘違いしているよ」
「……なに?」
リーニエの声に怯んだ様子はない。いや、それどころか喜色すら滲んでいるように聞こえる。
「わかってるよ。アウラ様は召喚されたばかりで、まだマスターとの魔力パスが十分に繋がっていない。それに、アウラ様のその天秤は脅威だけど、対処法はよく知ってる。そしてなにより……」
(なんだ? リーニエの様子が……)
なにか異変が起きている。そうグラナトが気がついた時には、既に事態は取り返しのつかない段階まで進んでいた。
「……今の私なら、アウラ様にも勝てちゃうんだよね」
そう言って、小さく微笑むのと同時。
「『
「…………っ!!!」
リーニエは一瞬で距離を詰め、アウラに肉薄した。
「…………ッ! アウラ、避け――――」
「させないよ。『
その時。刹那の攻防の中、彼は見た。
リーニエの獲物が、いつの間にか竿の様に長い刀に変わっているのを。
そして……決して起きるはずの無い事象が、目の前で起きる様を。
「――――”秘剣・燕返し”」
原作:ハーメルン