わたくしの自慢の商品の数々と共に、お客様のご来店を、心よりお待ち申し上げておりました。
お茶もお茶菓子も、取り揃えておりますので、どうぞ、ごゆっくりお寛ぎ下さい。
ああ、ようこそ、いらっしゃいました!
おやおや、ずぶ濡れでは、ごさいませんか!
大変、寒かったでごさいましょう!
ストーブを点けますので、どうぞ、こちらへ!
温かい紅茶など、如何でしょう?
先日、近所のマダムから頂いた、スリランカ産の茶葉でございます。
ええ、もちろん、スコーンやフィナンシェもございますので!
わたくしの手作りではございますが、マダム達からは、好評を得ております!
それなりの味は、保証致しますよ。
ああ、どうぞ、遠慮なさらず!
ちょうど、お茶にしようと思っておりましたので。
ええ、ええ、一人のティータイムより、二人の方が楽しいに決まっております!
ああ!
わたくしとした事が!
何たる失態!
砂糖とミルクを、お出ししておりませんでした!
すぐに、ご用意致しますので、少々、お待ち下さい!
はて?
そうではない?
ああ!
申し訳ございません!
大変、失礼致しました!
何せ、久しぶりのお客様でしたので!
わたくし、当店『ドリームトリガー』のオーナーを務めております『夢野刹那』と申します。
お客様の『夢』を叶える『きっかけ』となるよう、尽力している次第でございます。
え?
こんな店があるなんて、今まで気付かなかった?
いえいえ、父が気まぐれで開店してから、十年程、経っております。
ああ、父は、やはり店舗は性に合わないと言って、わたくしに任せて、さっさと出て行きました。
まあ、小さな店舗ですし、看板も出しておりませんので、気付かれ難いでしょう。
ああ、そう恐縮されないで下さい!
皮肉で言ってる訳では、ごさいません!
本当に小さい店舗ですし!
わたくしも、道楽でやっておりますし、気まぐれにしか、店を開けておりませんので!
まあ、何かの『きっかけ』で、気付くなんてことは、よくあります。
はて?
ぴんと来ませんか?
例えば、いつもバスで通っている道も、歩いて通ると公園や知らない店、もっと言えば、駅のような大きな施設があることに気付く…なんて事は、ございませんか?
そんな馬鹿な話が、と思われるかも知れませんが、案外、人の認識力なんて、そんな物でございますよ?
いつもと違う道、いつも違う行動、いつもと違う視点、たったそれだけで、世界が一変してしまう事もございます。
ですが、これは、良い事も、悪い事も含めて、でございます。
例えば、人為らざるモノの店に気付くとか…
…
…
…
申し訳ございません!
どうも、血筋と言いますか、わたくし共の家系は、ユーモアのセンスが皆無でございまして!
ああ!
そんなに怯えないで下さい!
あ、そうだ!
免許証を!
あ、いえ、土地の権利書の方が!
ああ、先日、必要になったので、住民票の写しもありますので、ご覧頂ければ、きっと、安心されるかと!
あ、紅茶のおかわりは!
ケ、ケーキもございますので、ご遠慮なく!
…そう言って頂けると、安心致しました。
大変、お見苦しいところをお見せして…
いえ、久しぶりのお客様で、我ながら、興奮していたようでして。
え?
ええ、そうです!
大変、久しぶりのお客様なんですよ!
先程も申し上げましたが、道楽なので売上げは気にしませんが、お客様と会話がしたいのです!
え?
会話なら、マダム達と出来る?
それは、そうでございますが、やはり、当店自慢の商品のお話がしたいのです!
ですが、どうもリピートして下さるお客様が、いらっしゃらなくて…
出来る事ならば、もう一度、ご来店頂いて、商品の感想を聞かせて頂ければ、大変嬉しいのですが。
そう言えば、まだ商品の紹介をしておりませんでしたね!
当店の商品は、一見、何の変哲もない物ですが、ほとんどが、この世に二つと無い一点物でございます!
こちらは、『何でも消せる消しゴム』!
こちらは、『何でも切れるハサミ』!
あちらは、『何でも写す鏡』でございます!
ああ、やはり、疑わしいですね?
いえいえ、わたくしも、父が仕入れて来た時、同じ顔を致しました。
とうとう、親父も耄碌したのか、と。
ですが、百聞は一見に如かず!
『ドリームトリガー』の店名に恥じない、『夢』を叶える『きっかけ』を与えてくれる商品達ばかりでございます!
おや?
そちらの商品が、気になりますか?
そちらは、『何処にでも行ける靴』でございます。
一見、普通のスニーカーではございますが、行きたかったあの場所へ、夢で見たあの場所へ、更には!
…もう逢えなくなってしまったあの方の元へ。
連れて行ってくれる靴でございます。
どうされました?
ああ、どうぞ、このハンカチをお使い下さい。
遠慮なさらず。
男のハンカチというのは、女性の涙を拭く為の物でございます。
良ければ、涙の理由を聞かせて頂けますか?
ああ…
なるほど…
ご婚約者様が…
まさか!
その様な!
ああ!
何と!
何と悲しい事でしょう!
話を聞いているだけでも、胸が張り裂けんばかりというのに、当事者の貴女にとっての悲しみは、如何ばかりか!
どうぞ!
こちらは、お受け取り下さい!
いえ!
貴女の悲しみが、少しでも和らぐならば!
もちろん、お代は、結構でございます!
この靴も、貴女の役に立てれば、本望でごさいましょう!
さあ、どうぞ、お受け取り下さい。
いえいえ、お礼など。
おや?
紅茶が、冷めてしまったようですね。
新しく淹れて来ましょう。
少々お待ち下さい。
ああ、そう言えば、一つご注意が…
…お帰りになられましたか。
それでは、またのご来店を、心よりお待ち申し上げております。
まさか…
まさか、本当に、彼に会えるなんて!
この靴、本物だったのね!
彼に会えるだけじゃなく、一緒に歩いて、一緒に食事して、一緒の時間を過ごせるなんて!
まるで夢のよう!
これで…
これで、彼は…
本当に…
本当に!
本当に、私のモノ!
ざまあみろ、ざまあみろ!
これで、あの女は、彼に会えない!
私だけ!
私だけだ!
彼に会えるのは、私だけだ!
彼は、私だけのモノだ!
誰も邪魔させない!
私だけのモノだ!
この靴さえあれば、彼と一緒にいられる!
ふふ…
はは…
ははははははははははははは!
ああ、嬉しい…
やっと分かってくれて、本当に嬉しい!
あの女に、騙されてたって。
だから、もう、許してあげる。
あなたは、私だけなんだから。
あなたには、私だけなんだから!
さあ、これから、二人で幸せになるのよ。
私だけのモノ、私だけのモノ私だけの…
あら?
何かしら?
救急車だ。
あれ?
私の家?
もしかして!
パパが!
ちょっと!
どいて!
なんで!
聞こえないの!
ちょっと!
え…?
私?
うそ?
なんで?
なんで、私が運ばれてるの?
なんで?
なに?
ちょっと!
何なのよ、あんた達!
放しなさい!
いや!
やめて!
何処に連れてく気!
や、やめて…
そっちは、いや…
私は、私は彼と幸せになるの!
いや!
そっちは、いや!
いやあああああああああああああああああ!
紅茶のおかわりは、如何ですか?
ええ、何も購入なさらなくても、大丈夫ですよ。
道楽の様なものでございますので、お気になさらず。
ですが、まさか、こうも短期間にお客様が来店されるのは、珍しいことでございます。
はい、先日は、ご婚約者様を亡くされた方が、来店されまして…
何と!
お客様も、最近、ご婚約者様を亡くされたと!
しかも?
ストーカーに殺された?
…何とも、痛ましい事でございますね。
それで?
そのストーカーも、死んだと?
それは、もしかしたら、ご婚約者様が、貴女を守ってくれたのかも知れませんね。
いえいえ、お恥ずかしい限りですが、来客もない店ですので、色んな本を読み漁っているせいでしょう、そういった妄想を仕勝ちで…
ロマンチック?
いえいえ、ロマンチストな中年男など、気持ちの良いものではありませんでしょう。
かわいいと?
まさか、この年で、そのように言われるとは、思いませんでした。
ええ、本当に楽しい時間です。
良ければ、こちらの商品を受け取って頂けませんか?
こちらは、この世に二つと無い一点物の靴でございます。
一見、普通のスニーカーでございますが、こちらは『何処にでも行ける靴』でございます。
もちろん、ご婚約者様の元へも。
ですが、その際には、ご注意がございます。
お客様は、『黄泉竈食』と言う言葉を、ご存知ですか?
おや?
ええ、そうです。
イザナミの。
お詳しいですね。
ははあ、ご婚約者様の影響で。
では、お節介かも知れませんが、ご婚約者様と逢われた際、『食事』等、口に含む事は、お控え下さい。
もしも、あちらの住人になられますと、その靴も役に立ちませんので。
では、どうぞ。
いえ、遠慮なさらず。
はい?
ああ、なるほど。
これは、一本とられました。
確かに、ご婚約者様が守ってくれたのならば、幸せに生きるよう仰ってるのかも知れませんね。
ええ、本当に、本当に楽しい時間でございました。
それでは、またのご来店を、心よりお待ち申し上げております。
本日は、ご来店頂き、誠にありがとうございました。
本日、ご紹介致しました商品は、十年程前、父が仕入れて来た商品を、わたくしが、少々、アレンジした物となっております。
おや?
父をご存知で?
そうですか。
今日も、何処ぞで露天を開いているのでしょうね。
まだ幾つか商品はございますが、皆様のご要望がございましたら、父に仕入れさせますので、遠慮なく仰って頂ければ、嬉しく思います。
本日は、ご来店頂き、誠にありがとうございました。
またのご来店を、心よりお待ち申し上げております。