走る意味を探していた少女が碧の女王と呼ばれるまでの物語 作:シャケサバ
日本ウマ娘トレーニングセンター学園
通称"中央トレセン学園"
ここはトゥインクル・シリーズで走ること夢見るウマ娘達が通う学園。
トゥインクル・シリーズで走ることを目指す学園ではあるが、走る以外にもやることはたくさんある。
教育面では一般の中学・高校普通科と同程度の座学授業を必修としている。
それに加えてレース座学、レーストレーニング、スポーツ栄養学、ウイニングライブの為の声楽やダンスなどウマ娘ならではの授業も組まれている。
それにトレセン学園には、競技ウマ娘だけでなく、トレーナー志望やサポート科に入るウマ娘も在籍いており、総勢2000人弱の生徒はいる。
その中でもトレーナーを見つけ、トゥインクル・シリーズで走り、重賞・G1で勝利できるのはほんの一握りである。
トレーナーが付かずにデビュー出来ない子、デビュー出来ても1勝も出来ずに学園を去る子も決して少なくない。
『今年の春の天皇賞を制するのどのウマ娘なのか!?』
ストップウォッチ代わりにしているウマホの画面にニュースが映っている。
「G1かぁ...」
アクアマリンの付いた耳飾りを揺らしながら独り言を溢す一人のウマ娘がいる。
「私も走りたいなぁー」
せっかくトレセン学園に入れたんだし、たくさん走らないと勿体ないよね
「まぁでもレースに走れるなら、G1にこだわる必要は無いか」
競技ウマ娘なら誰もがG1の舞台に憧れるらしいけど、私はレースを走れてたらそれで良いから別に……
「でもそっちの方が強い子多そうだから、やっぱ私もG1目指すかな?」
何ともいい加減な感じだけど、私は本当にそう思っている。
たくさんレースで走りたいからトレセン学園に入ったまでは良いけど、周りの子たちは夢や目標といった大層な物を抱えて入ってきてる。
それに比べて私にはそういったものは微塵も無い。強いてあるとすれば『強い子と走りたい!』みたいな時代を間違えた戦闘狂のような考えだけである。
いや、私そんなに狂ってはないと思うけど…普通だよね?
でも先輩達は夢とか目標とかはあった方が良いよって言ってたし、私も真剣に考えないとダメかな〜
「う〜〜ん」
『はあああああぁぁぁ』
「ん?」
ターフから声が聞こえる。その声につられて顔を上げてその場を見る。
『テイクオーーーフ!!』
そこには勢いよく直線を駆け抜けるオレンジ髪のウマ娘が走っていた。
(テイクオフ…あれって掛け声?)
「あの人にも目標とか夢とかあんのかねぇ…」
ボーッと走ってる様子を眺めていると、
『ムムっ!? 目標が無ければ真にバクシンすることは出来ませんよ!!』
「わぁ!!」
後ろからの突然の声に耳や尻尾がピンと立つほど驚いた。
振り返ると月桂樹の耳飾りを揺らしながらいたずら成功と笑みを浮かべるウマ娘がいた。
「ふふふ、どう?似てたかな?私の渾身のモノマネ!」
「……かなり驚いたので次からはやめてください。あとモノマネとしては…そうですね45点くらいです」
「あ〜手厳しいなー」
「それで、何か用ですか?ローレルさん」
この方はサクラローレルさん。
私のことを手のかかる妹と勘違いしてる疑惑のある優しい先輩です。
ローレルさんとはトレセン以前からのお知り合いですが、ここでは割愛します。
「渾身のバクちゃんのモノマネを・・」
「…用がないなら失礼しますね。」
「冗談だよ〜、可愛い可愛いルミちゃんの表情が曇ってるように見えたからね」
微笑みながら答えた。
落ち込んでいるように見えていたらしく、それを見て声を掛けてくれたみたいだ。
「アンニュイな表情のルミちゃんも良かったよ」
いやそんな事言われても…あとサムズアップする意味分かんないです…
「ともあれご心配をお掛けして、すいませんでした」
「それでどうかしたの?」
「ん〜なんと言いますか…みんな何考えてんのかなって」
「そりゃ色々考えてるんじゃない?」
「あの子も夢や目標があるのかなぁとか考えてました」
「あの子?あーうんあるだろうね」
ローレルさんはあの子の姿を見ると、すぐに肯定した。
もしかして知ってる子なのかな?
「ルミちゃんはそういうの無いもんねぇー」
「無いですねー」
「あんなにレースは好きなのにね」
「『レース』が好きだからです」
「勝ちたいレースとかないの?」
「自分が走るレース全部です」
「ふふふ、変わんないね〜」
彼女は私の頭を撫でながら優しく言った。
ローレルさんは何かと私の頭を撫でてくる。流石に恥ずかしい気持ちもあるけど、悪い気はしないから止めるつもりもない。
「でも今は、それでもいいんじゃない?」
「夢を持つことは大事って言ったのローレルさんですよ」
「うん、確かに言ったよ。でもそれは無理やり作るものじゃなくて、自然に自分の中から出てくるものだよ」
「そういうものですか…」
自分の中から出てくるもの…言ってることは分からなくもないが、やっぱ少しわかんない。
「ルミちゃんはどうしてトレセン学園に入ったの?」
「強い人と走りたいからです」
「トゥインクルシリーズで走る目的は?」
「強い人たちがたくさんいるからです!」
「……戦闘狂だね」
「普通じゃないですか?」
苦笑いするローレルさんを見て、本当に自分は……と少し不安になってきそうだ。
「G1で勝ちたい!とかは思わないの?」
「そりゃ走るなら勝ちたいとは思ってますよ?」
「んーそうじゃなくてね…」
ローレルさんが、頭を抱えてる…
そんな変な事言ったかな?
「ルミちゃんは自分が走る意味を考えたことはある?」
「自分が走る意味?」
「うん。走る意味、トレセン学園に入った意味、トゥインクルシリーズで走る意味」
「……」
「意味というか理由だね」
「ただ走りたいとかそういうのでは無いですよね?」
「うん、そうだね」
「むぅ…考えた事ないかもしれないです」
「そっか…じゃあこれは私からの宿題ってことにしよっかな」
「宿題…ですか?」
「そう、走ることについてを真剣に考えてみる。そうすればもっと良くなると思うよ」
「走ることについて……」
「私に理解することが出来るでしょうか…」
「あなたなら必ず分かるようになるよ、ルミナス」
ローレルさんは私の頭をポンポンと優しく叩く。
走る理由…意味…
はたして私に見つけることが出来るのだろうか…
パチンッ
「ふぇ!?」
両頬を両手挟まれる。
「また暗い顔になってるよ」
「ふ、ふみまへん……」
「もう…せっかくトレセンに来たんだから、ゆっくり探していけばいいんだよ。」
「わ、わはりまひは…」
これ以上心配掛ける訳にはいかないなぁ…
「うりうり〜」
「…って、いつまでやってるんですか!」
「あーごめんごめん、つい……」
「うー」
「柔らかかったから!てへっ♪」
「てへっ、じゃないですよ」
「ルミちゃんが悪いんだよ!そんな触り心地の良いほっぺしてるから」
「そんな理不尽な……」
「それと今日はもう走らない方が良いよ、オーバーワーク気味だからね」
「えっ!?まだ少し走ろうと思ってたんですが…」
「ダメ」
「いや少し…」
「ダメ」
「ちょっとだけ……」
「ダーメ!」
「うぅ……」
「なんでそんなに走りたがるかな〜怪我しちゃうよ」
「それは困ります…走れなくなるので」
「じゃあ明日走る為に、今日はもう走らない、終わり!」
「……分かりました」
「全然納得してない顔してるけどね」
まぁ納得はしてないので……
でも怪我はしたくないので、今回は言う通りにします。
「全くもう…怪我するのは本当に辛いんだからね。それにルミちゃんは……」
まずい、これは長々とお説教されるやつだ…
ど、どうにかして話題を変えないと!
「次は天皇賞でしたよね、ローレルさん」
「それでね……って、うんそうだよ!」
「調子はどうですか?」
「良い感じだよ!」
「それは良かったです」
「エヘヘー」
よし、話題は逸らすことに成功した。
しかも機嫌も良くなりました!
「では、私は忠告通り上がります」
「うん、お疲れ様!」
「ローレルさんはまだ走るんですか?」
「私はあと少しだけ走って終わりかな」
「…何か手伝いましょうか?走るのは止められたのでタイム測定係や荷物持ちとか」
「大丈夫だよ、少し流すだけだから。ルミちゃんはシャワーの後にちゃんとストレッチしないとダメだよ、身体固いんだから」
「は、はい……」
失礼しますとローレルさんに別れを告げて、練習場を後にする。
ちゃんとストレッチしよ……
「ふぅー、ルミちゃん元気そうで良かった。オーバーワーク気味なのは相変わらずだけど…」
私も春の天皇賞に向けて頑張らないと!カッコイイところ見せてやるんだから!
「あーー!ルミちゃんに友達出来たか聞くの忘れてた!!チヨちゃん、バクちゃんごめんなさーい!!」
そこには頼りがいのある姉のようなウマ娘の姿は無く、情けない叫び声がトラックに響き渡った。
昨日ローレルさんから言われたけど…走る理由か〜
なんだろう…好きだからとかじゃないって言ってたし、もっと概念的な意味なのかな?
そもそも『概念的な意味』ってなに?
「………スさん」
レースが好きなだけじゃダメなのかな?
「……ルミナスさん!」
もっとこう…走る事じゃなくて、その為の理由ってこと?
「アクアルミナスさん!!」
「…はいっ!」
うわっ…ヤバい…呼ばれてるの全然気付かなかった…
「一応授業中ですので、ボーッとしてはダメですよ」
「はい…すいません」
「では、答えて貰えますか?」
「えっ…何をですか?」
「……まさか聞いていなかったのですか?」
「あーえーっと、春の天皇賞は3200mです」
「そんなことは聞いていません」
「では、開催場所は京都です」
「それも聞いていません。そもそも春の天皇賞の話はしてませんよ…」
「すいません…聞いてませんでした」
「はぁ…最初からそう言ってください。今皆さんに聞いていたのは、G1レースについてです」
「G1レース…」
「はい、あなた達がこれから目指していくトゥインクルシリーズにはPreOP、OP、G3、G2、G1があり、その中でもG1レースは最高峰になります。走るからにはG1で走ること、勝つことを目指すことになるでしょう。そこで現状あなた方がG1についてどのように考えているのかを聞いていました」
「一からの説明ありがとうございます」
「…あなたがちゃんと聞いていれば、1回で済んだのですが」
「それは申し訳ありません。えーっとG1についての私の考え…ですか」
「はい、全体的なことでも、各レースについてでも構いませんよ」
「私は…特にないですね」
「えっ?」
「特にないです。別にG1だからどうとかは」
先生やクラスの皆が唖然とする中、私は更に答える。
「私にとっては、どのレースも全て同じで違いなんてありません。自分の走るレースを勝つだけです。なのでG1もPreOPも同じようなものです」
答えた席に座り、私は再び思考を始めた。その時私は、自身の答えで教室がザワついていることに気づくことは無かった。
(はぁ〜走る意味ってなんだろう?)