走る意味を探していた少女が碧の女王と呼ばれるまでの物語 作:シャケサバ
僕は走ることが好きだった。
好きだけじゃなく、実際に足も速かったみたいで、小学生の時に地域の大会で優勝するほどだった。
自分で言うのも恥ずかしいが、地元じゃ負け無しというやつだ。
そして中学でも変わらず走っていた僕にある転機が訪れる。
ある日、ある女の子が転校してきた。
その子は『ウマ娘』だった。
僕はその時初めて生でウマ娘を見た。
テレビで走っているウマ娘は見た事はあるが、実際にそれも同級生としてウマ娘が自分の前に現れるとは思ってもみなかった。
そして僕は子供ながらにとある疑問を抱いた。
ウマ娘はヒトである自分と比べて、どれくらい速いのだろうかと…もちろんウマ娘が人と比べてる必要もないくらい速い事は知っている。
だけど目の前にウマ娘がいるのだから、試してみたくなるというのが走る者の本能なのだろう。
その日から何度も一緒に走って欲しいとお願いしても「競走はちょっと…」と毎回断られてしまったが、それでもめげずに頼み込んでようやく承諾してくれた。
初めてウマ娘と走ることが出来ると、幼い僕の心はとても興奮していた。
結果は……ボロ負けだった。
競うというレベルでは無いくらいに差をつけられて負けた。
僕より先にゴールした彼女を見ると、勝ったのに悲しそうな顔していた…
理由を聞いてみると、以前いた学校でも男子から走ろうと言われて走ったら、今以上の差をつけて勝ってしまったらしい。それ以降その男の子は走ることを辞めてしまったみたいで、走る事を嫌いになる瞬間を見てしまったと、彼女自身もかなり落ち込んでしまったらしい。
しかし僕は走る事を辞めなかった。
むしろ今まで以上に自分の走り、ウマ娘の走りについて勉強した。
その後も何度も彼女に挑んで負けては、どうやって走っているのか、どんなイメージを持っているのかを根掘り葉掘り聞いていた。そんな僕に対して彼女は少し引いた表情を浮かべながらもちゃんと答えてくれた。
この時くらいから僕は自分の走りよりもウマ娘の走りの方に興味を抱いていた。
そんなある日、走り終えた僕がいつものように彼女に色々と尋ねていると、突然「なんかトレーナーみたいだね」と言われた。
ウマ娘のトレーナー…もちろん職業してはあるんだろうけど、ウマ娘のトレーナーはウマ娘がやるもんじゃないのと言うと彼女はそんなことないよと答えた。
調べてみると確かにウマ娘のトレーナーはヒトが多かった。なんでもヒト族とウマ娘の間に生まれる絆が不思議な力を持つと信じられており、ヒトがトレーナーを務めることが多いという。
あと単純にウマ娘のトレーナーだと、自分と比べたりして難しいらしい。
この時、僕は初めてウマ娘のトレーナーを知った。
それからというもの時間があればトレーナーについて調べたり、トゥインクル・シリーズで活躍するウマ娘のトレーナーのインタビューや手記を読み漁っていった。
そして自ずと自分もトレーナーをやってみたいと思うようになるのは時間の問題だった。
そこからの僕はトレーナーになるために猛勉強を開始した。ウマ娘のトレーナー試験の難易度が日本で一番と言われる大学より難しいと聞いて絶句したが、それで諦めることは無かった。高校、大学と勉強を続けて、ようやくトレーナー試験を合格することが出来た。
「へぇー色々あったんですね。人に歴史ありと言うやつですかー」
少し殺風景でこじんまりとしている部屋の中で、書類と格闘しながら、俺の話に相槌を打っているウマ娘が一人。
先日の選抜レースで僕と担当契約をしたアクアルミナスである。
「君が聞きたいというから、話してるんだけど…」
「ちゃんと聞いてますよ。生返事っぽくなってしまったのは申し訳ないですが、この書類がややこしいんですよ…てか書くこと多くすぎませんか?」
「まぁすごい量があるからな…あとそこ間違ってるぞ」
「……はぁ、ちょっとくらい良くないですか?」
「トゥインクル・シリーズ出れないぞ。ほれ予備の紙だ」
「…………はい」
不貞腐れながらも書類を受け取る。
正式に担当契約を結ぶためにたづなさんの所へ行くと、この大量の書類を渡された。なんでもトゥインクル・シリーズに出る為に必要な書類らしく、普段データやらを見ているであろう彼女でもへばっているくらい、学生にはしんどい文字量だが、まぁ頑張れ…
束となった書類に苦戦する彼女を見ていると、耳が前に行ったり後ろに行ったり、絞ったりとかなり動いていることに目が向く。
少し見すぎていたのか、不満そうに耳を後ろに絞りながら、こちらに顔を向ける。
「何か私の顔に付いてますか?」
「いや、ウマ娘の耳って本当によく動くなぁと思ってな」
「ん?…あぁ、意識して動かすことも出来ますが、耳や尻尾は大体無意識で動いてることが多いですからね」
ウマ娘の耳や尻尾は、そのウマ娘が何を思っているのか、感情を理解するのによく観察しなければならない。ウマ娘は無意識下に耳や尻尾で感情を表すことが多い、なので建川さんもそこを注視して近づき方や話し方を変えてたみたいだし、自分も気をつけないとな…
「ところで続きは無いんですか?」
「ん?なんの?」
書類とにらめっこしながら、僕に話しかけてくる。耳だけ器用にこちらを向いている…やっぱり興味深いなぁ…
「先程の話の続きです。今聞いた感じだと、割と順風満帆にトレーナーになったように聞こえましたが、その後はどうだったんですか?」
「トレセン学園に来てからの話か、あんまり聞いて面白いものでも無いよ?というか、なんでそんなに聞きたいの?」
「この分厚い書類を書いてる間、何も無いのは寂しいじゃないですか。人の昔話でしたら私は何も話さずに軽く相槌打つだけでいいじゃないですか」
「お前なぁ…最後の部分は言わない方が良いんじゃないのか?」
「ふふ、何の事でしょう」
「まぁいいよ、俺の話が終わったらお前の話も聞くからな」
「…私の話は面白くないですよ」
「関係無いよ、今日はお互いを知ることが目的だからね」
年下の学生にからかわれた事にすこしモヤモヤしながら、僕は再び話し始めた。
トレーナー試験に合格した僕は、中央トレセン学園に就職をした。
地方のトレセン学園に行くという選択肢もあったが、せっかく難しい試験を突破したのだから、仕事をするなら中央だ!と受けたら、なんと内定を貰うことが出来た。
そして僕は希望を胸に中央トレセン学園に就職した。
しかしそこは中央トレセン学園。
右も左も分からない希望と期待と勢いだけの若者がそんな上手くいくほど、甘い場所ではなかった。
トレセンに来てすぐ、選抜レースが行われた。ツテもコネも無い僕はとりあえず走った子に声を掛けまくった。
『君ならクラシック三冠も夢じゃない!』
『グランプリを勝てる素質だ!』
『一緒にトゥインクル・シリーズを駆け抜けよう』
歯の浮くようなセリフじみた言葉を掛けては、全部断られた。
それでも僕は『今回は残念だったけど、次がある』と思っていた。
残り三回の選抜レース、全てでスカウトしたけど、一度も成功しなかった。それどころか大体は話すら聞いて貰えなかった。
最後の一人にも断られて肩を落としていると、さっき声を掛けた子が別のトレーナーと話している所を見た。
そこには、自分と話した時と明らかに目の色が違うウマ娘の姿があった。
話をしているトレーナーは、自分より先輩でチームを持っているトレーナーだった。
それを見てやっと理解したんだ。
僕は彼女達からトレーナーとして見られていないことにね……
「なるほど、それがトレーナーさんの挫折と言う訳ですか」
相変わらず書面と格闘している…
すげーめっちゃ器用に耳だけこっち向いてる!
「まぁ、そうだね」
「ウマ娘側の気持ちも理解出来ますね。指導経験の薄いトレーナーに一生に一度しかない短い競技生活を預けるのは相当の覚悟がいりますから」
「そう考えるのが妥当だね」
「そこからアルケスのサブトレーナーになったという訳ですか」
「いや、違うよ。アルケスに入る前に、違うトレーナーから指導を受けてたんだ」
「そうなんですか、ではその辺りも聞いてもいいですか?まだ書き終わらないので…」
「気になるというよりは、なんか書類作成のBGMとして聞いてない?」
「そんなことないですよ、お互いを知るのが今日の目的なんですよね?」
少ししてやったりの顔してる彼女を横目に溜息をつきながら、僕は続きを話し始める。
自分には経験が圧倒的に足りていないと分かり、僕はすぐに学園にサブトレーナーの募集がないか問い合わせた。
ん?なぜ学園に問い合わせたかって?そりゃその方が効率が良いからね。
そして学園から紹介されたのは、大ベテランのトレーナーだった。
僕は先生って呼んでたかな…
そこで僕はトレーナーとは何たるかを一から叩き込まれた。
知識と実践の違い、各練習の意味、実際のウマ娘との接し方等、机に向かうだけでは決して得られない知識を彼は惜しみなく教えてくれた。
一年だけだったけど、僕にとっては何物にも代えがたい貴重な時間だった。
一年だった理由?あぁ先生はその年を最後にトレーナーを引退されたんだよ。
そして先生からの紹介でチームアルケスを率いてた建川トレーナーを紹介してもらった。そこから3年アルケスでサブトレーナーをしていたという訳だ。
僕が話し終えると、ちょうど書き終わったのか、体を大きく伸ばしているルミナスの姿があった。
「ようやく書き終わりました…」
「お疲れさん、じゃあたづなさんに出してくるから、ゆっくりしときな」
「分かりました〜」
重いな…
彼女から受け取った書類の束に目を通しながら、その重さを感じる。
書類を提出するためにたづなさんの元へ向かうと、そこには自分と同じように分厚い紙の束を持った建川トレーナーの姿があった。
挨拶を交わし、お互いたづなさんに書類を手渡した。
「提出ありがとうございます。ミスがないか等確認しますので、少々お待ちください」
待ち時間が出来た僕は、改めて建川さんに挨拶へと向かう。
「お疲れ様です。建川トレーナー」
「お疲れ様、榊トレーナー」
少し前まで直属の上司であった人からトレーナーと呼ばれることに気恥ずかしさを感じる。
「調子はどうだい?」
「まだ慣れませんね」
少し苦笑をしながら、答える。
サブトレーナーからトレーナーになったとはいえ、まだ実感が湧いていない。
こんなんじゃダメなんだろうなぁとは思うけど…
「嫌でも慣れるようになるよ。こればっかりは時間がいるものだからね。私だって最初はそんなものだったよ」
「そうだったんですか?」
「そりゃもちろん、最初から慣れてるなんて、余程の大物か何も考えてないかだよ」
ハハッと笑う建川さんを見て、どこか緊張して硬くなっていた体がほぐれる感じがした。
「少し肩に入っていた力が抜けたようだね」
バレていたらしい…流石だなぁ…
「今からそんなに力入ってたらもたないよ」
「はは…そうですね」
「お互い新しく担当を持った者同士、頑張ろうね」
「…はい、よろしくお願いします」
新しく担当を持った者同士……建川さんの担当ってそういえば…
「建川トレーナー、榊トレーナー」
書類を確認し終えたであろう、たづなさんから呼ばれる。
「まず建川トレーナー、不備はありませんでした。ありがとうございます。」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと榊トレーナー」
「はい」
「…いくつかお伝えしたいことがありますので、この後少しお時間宜しいでしょうか?」
「えっ?分かりました…」
「それじゃ、榊くん。お先に失礼するよ」
「あ、はい!お疲れ様です」
「ここではあれですので、少し場所を変えましょう」
そう言われ、大人しくたづなさんの後ろに付いていく。
確認したい事って一体なんだろうか…
そして案内された部屋に入る。
「お時間を頂きありがとうございます」
「あ、いえ大丈夫です。それより伝えたい事というのはなんでしょうか」
「アクアルミナスさんの事なのですが…」
「彼女がどうかしましたか?まさか書類に不備があったとかですか!?」
「いえ、書類に不備はありませんでした。それに彼女に何か問題があったという訳ではありません」
大丈夫ですよとたづなさんの言葉を聞いてひと安心するが、だとしたら呼び出した訳はなんだろうか…
「彼女がというよりは、彼女の為にトレーナーさんに知っておいて欲しい事です」
知っておいて欲しい事…
この言葉を聞いて、僕は一抹の不安を覚える。
このようなことを言われるのは、大概トラブルメーカーや諸事情を抱えてる子に対してだからだ。
ルミナスを見る限りトラブルを起こすとはあまり思えないから、何かしら事情を抱えているのだろうか…
色々と考えを巡らせながらたづなさんからの言葉を待つ。
「まずはこちらの資料を見てください」
「これは…」
たづなさんから一枚の紙を渡される。
中を確認すると、名前や住所、身長・体重といったかなり詳しいプライベートな情報が書かれていた。
「これはトレセン学園に入学する際に提出して頂いた物です」
これがどうしたのだろうと思いながら、項目を上から目を通す。
名前……
生年月日……
年齢……
住所……
家族構成………?
「たづなさん、これは脱字という訳では無いですよね?」
「はい、間違いではありません。トレーナーさんも気づかれた通り、ご両親の記載がありません」
家族構成を記入する所が空白だった。
これは…
「彼女は、トレセン学園に入る以前にご両親を亡くされています。その後はお祖母様が身元引受人となり、入学までは一緒に住まわれていました」
空白欄の下を見ると、身元保証人として彼女のお祖母様と見られる名前が記入されていた。
「個人のプライベートな情報ではありますが、彼女と接する機会の多い教員や指導官、私や理事長もこの事は把握しています。当然彼女を担当するトレーナーさんにも知っていて欲しい事として、共有させてもらいました」
「…分かりました」
そんなことは関係ない、彼女自身を見てやればいい!……と言うほどこの話は簡単な話ではない。
知ってると知らないでは、彼女とのコミュ二ケーションも大きく変わってくる。
どんな言葉がトリガーになってくるか、慎重にいかないとダメだな…
「榊トレーナーでしたら大丈夫だと思いますが、彼女…アクアルミナスさんにしっかりと寄り添ってあげてくださいね」
「はい!」
たづなさんの言葉を聞き、より一層の気を引き締める。
「では、頑張ってくださいね」
そう送り出され、僕はルミナスの待つトレーナー室へと急いで戻る。
「すまない、ルミナス。遅くなった」
急いで戻ると、そこにはパソコンを広げながらなにやら作業をしていた。
「ん?随分と時間が掛かってましたね。何かやらかしたんですか?」
やらかしてないよ…
そのニヤニヤ顔を今すぐやめろ…
「はぁ…何でもないよ。少したづなさんと話をしていただけさ」
「たづなさん……あぁ!あの緑の方ですか」
「なんつー覚え方してんだよ…今後もお世話になる人だからちゃんと覚えとけよ」
「分かりました。というかあの人理事長秘書とかじゃなかったですか?そんな人のお世話になることってあるんですか?」
「確かにたづなさんは理事長秘書だが、行ってる業務は多岐にわたるからな。さっき君が書いてたやつも提出先はたづなさんだったからな」
「……それはトレセン学園の業務形態が悪いのでは?」
中等部が真面目な顔して、トレセンの闇を言い当てないでよ…
「まぁそんなことだから、ちゃんと覚えておいた方が良いよ。君の事だから名前も覚えてないだろうしね」
「うぐっ…」
本当に覚えてなかったのか…
この子は頭は良いと思うけど、何か抜けてる事が多いというか…
『しっかりと寄り添ってあげてくださいね』
先程聞いたたづなさんの言葉が頭の中にリピートされる。
意識しすぎかもしれないが、初めはこれくらいが良いだろう。
彼女との関係はまだ始まったばかりなのだから
「まだ時間もあるし、今度はルミナスの話でも聞こうかな?」
「そうですね、私は…」
「ルミナスのその走り方は、昔からなのかい?」
「えっ?あ〜いえ、以前は逃げで走ることが多かったですが、トレセンに入る1年前くらいから後ろから…いわゆる『差し』に走り方を変えました」
1年前か…てことはローレルとかと会ってることだな。
「なんで突然変えたの?」
「勝つためです」
「勝つため…」
「逃げよりも勝率が高いと思ったからです。それで倶楽部のコーチから教えて貰いました。それに良い手本が近くに居ましたので」
「サクラローレル?」
「はい、そうです」
1年ちょっとであそこまでとは…思ったよりもすごい子だな…
「それじゃあ、トレセンに入ってから……」
「トレーナーさん」
「ん?」
「そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ」
「……なっ、なんのことかな?」
突然の指摘に少し声がうわずる。
「なんでトレーナーさんが幼少期から話したのに、私は走り方からなんですか?それに次はトレセンに入ってからと来ました。明らかに特定の話題を避けているように感じたので」
バ…バレてる…
「両親のことですよね?」
「……」
「学園側はもちろんこの事は知っていますし、指導教員も知っていましたから、担当となったトレーナーさんも知っていても不思議ではありません」
僕は両手を上げて、降参のポーズを取る。
ここまで言い当てられちゃ、誤魔化すのは意味無いだろう。
「ここに帰ってくるのが遅くなった理由は、たづなさんからその事を聞いていたからだよ。ごめんね、変に気を遣わせてしまったみたいで…」
「いえ、大丈夫です。それを知っているからと言って、私が困ることでは無いので。それにしてもトレーナーさんは案外分かりやすいですね」
少し笑いながら言ってくる彼女を見て、僕は少し恥ずかしい気持ちになる。
僕はそんなに分かりやすいんだろうか…
でも確かに建川さんやローレル辺りからもそれに近いことを指摘されてたような…
「ちょっと失礼」と言って、彼女は立ち上がると、電気ケトルの前に立つ。
「トレーナーさん、何か飲みます?」
「じゃあコーヒーで…確かそこの棚に何種類かお湯を入れるだけの物があったはずだよ」
それを聞いた彼女は、棚からコーヒーとココアを取り出した。
「これで良しっと、ミルクや砂糖はいりますか?」
「いや、無しでいいよ」
「お〜ブラックとはオトナですね〜。はいどうぞ」
「ありがとう」
「飲み物が欲しかったので、そのついでです」
そう言って彼女はココアを飲み、一息つく。そして静かに話し始める。
「母は中央トレセンにいて、父はトレーナーだったみたいです。だから私に取って走ること、レースは身近なものでした。
まぁ走ることが好きなのは、ウマ娘の本能的なものかもしれませんが……
父もトレーナーだったので、幼い頃から走り方とかを教えてくれました」
模擬レースや選抜レースで見せたレース勘のようなものは、その辺りで養われたものなのかもしれないな。
「母はレースに対してとても情熱を持っている人でした。勝ち負けよりも、レースに対しての考え方や気持ちを優先する人でした。一方の父は常に冷静であることが必要だって考えの人でした。両極端に見える両親ですが、子どもながらに仲は良かったと思いますよ」
「なるほど、ご両親の考え方は、君にも多大な影響を与えたって感じなのかな?」
「そうですか?あまり意識した事は無いですけど…」
「君はレースに対して必ず勝つという強い気持ちを持っているけど、ただ勝ちたいという勢いだけじゃなく、その為にどう行動するべきか冷静に分析している。これはご両親から受け継いだモノじゃないか」
僕の言葉を聞いた彼女は、少し目を開いて驚いた後、ふふっと少し笑った。
「なるほど、そういう見方をするんですね。そう言われるとそうかもしれません。ですがあくまでそれは今の私を見ての言葉であって、幼い頃の私はただ前だけを見て走る暴走列車みたいなウマ娘でしたよ」
暴走列車…
まだ彼女と出会って、そこまで話をした訳ではないけど、話をしてきた彼女からは想像もつかないフレーズだな…
「イメージと合わないって感じですか?」
「ま、まぁね」
「でも子どもの走りなんてそんなもんじゃないですか?ある程度年齢がいくまでは、ただ足の速い奴が勝つ。作戦や戦術なんて存在しない……まぁ実際私は脚速かったんで何も考えずただ誰よりも速く、早くゴールすれば良いってことだけ考えてました」
子どもの頃の話で少し照れくさいのか、ばつが悪そうに彼女は頬を掻いていた。
「でも走りの指導は受けてたんだよね?」
「父は色々と教えてくれてましたよ、走法とかコーナリングとか…子どもには難しい話ですけどね」
やれやれと言った感じで、彼女は両手を広げる。
確かにそれを学ぶには少し早いような気もするが、英才教育というやつだな。
「母から技術的なものを教わった記憶はないですね。レースに対する考え方であったり、気持ちの作り方や高め方、走る相手への感謝、色々教えてくれました。この辺の考え方は今は大切にしています」
思い出を語る彼女を見て、彼女の中で両親は大事な存在だったのだろうと再認識するが、一つ自分としては気になる言葉があった。
「…”今は”?」
「……”今は”です。さっきも言いましたが、子どもの頃はそんなこと何も考えずにただ走りたいように走る、他人の事なんて何も考えない奴でしたよ」
「何か変わるキッカケがあったのか?」
「……3年前、ある大会の日に、勝ったレースの後は、いつも満面の笑みで褒めてくれてた母から初めて怒られたんです」
「怒られた…」
「はい、原因は私がレース中に勝ちを確信して、最後手を抜いて走ったんです。それでも余裕で勝って、両親の元に行ったら、今まで見たことも無いくらい怒った母が目の前にいました」
『…最後手を抜いたでしょ?』
『ルーはレースに、一緒に走る相手に対して、失礼なことをした自覚はある?』
『レースはルー1人でやるものじゃない。競走相手、それぞれのトレーナー、観客、レース運営スタッフの人達、他にも沢山の人たちによって一つのレースが作られてる。ルーはみんなで作り上げたものを最後の最後で壊そうとしたんだよ』
「後にも先にもあれ以上の恐怖は感じたことがありませんでした…」
耳が前に力無く倒れている所を見るに、本当に怖かったんだろうなぁ…
「その後はちゃんと反省して、考え方を改めました。まぁこんな感じの話ですよ」
「随分と昔はヤンチャだったんだな」
「やめてください…昔はワルだったみたいに言うのは、なんかすごくダサいじゃないですか…」
「確かローレルやチヨノオーも『以前はもっと自分本位な感じだったのに』って言ってたけど、そういう事だったのか」
「…そんなこと言ってたんですか」
「さて、ある程度お互いの話もしたし、最後に目標レースについて話そうか」
最初の目標設定は大事だと建川さんも言ってたしな。初めに具体的にでも抽象的にでも目標を立てておくと今後に向けた指針を作ることが出来る。少しブレたと感じたらその指針にもう一度合わせることで修正することが可能になる。
なので早めに目標を決めておきたい。
ただまだ目標が定まっていない子に無理やり目標を作らせても意味は無い。その場合は『まず見つけることを目標にする』くらいにしないといけない。
「……トレーナーさん」
「どうした?」
「一つ確認したいことがあります」
彼女は、僕の目を真っ直ぐに見てくる。その真剣な表情に僕もちゃんと座り直してルミナスを見る。
「トレーナーさんにとってG1レースってなんですか?」
「G1…」
G1は競バ界において最高峰と格付けされるレースのことで、日本だと日本ダービーや天皇賞、有馬記念などが該当する。
「多くのウマ娘やそのトレーナーが勝利を欲してやまない栄誉あるレース…かな」
「……例えばG1に勝つ為に他のレースを負けてもいいという考えをトレーナーさんはどう思いますか?」
これは…どう答えるべきかな…
彼女の言いたいことは理解出来たけど、どうしようか…彼女を見るにこちらを試してるような感じはしない。
レースを大事にしていた母親の教えを大切にしている子だ。
自ずと答えは決まってくる。
………いや、本当にそれで良いのだろうか?
彼女がどういうつもりで聞いてきたのかを勝手に予想しているけど、それが正解である確証なんて無い。
「トレーナーさん?」
彼女から声を掛けられて、我に返る。
少し悩むのに時間を掛けすぎたようだ。
「大丈夫、ちゃんと答えるよ」
変に難しく考えず、彼女の…アクアルミナスのトレーナーとして答えよう。
「君のトレーナーである僕なら反対だ」
彼女は黙ってこちらの答えを聞いていた。
「どのレースも全力で勝ちに行く。G1でもG2でもPre-OPでもだ!」
「でもそうすると手の内全部バラすことにもなりますよ」
「それなら手を読まれても関係無いくらい強くする。それか新しい作戦でも何でも考えて君を勝たせる。それが僕の仕事だ!」
僕の言葉を聞いた彼女の目が大きく開かれ、耳もピンっと立っていた。
2人の間に沈黙が流れる。
次第に彼女の表情は落ち着いたものへと戻っていく。
そして少し悩むような動作をした後、彼女は少し笑いながらこちらへと話す。
「随分とズルい言い方をしますね、トレーナーさん」
「何の事かな?」
僕は悪びれることなく答える。
「いえ、予想していなかった答えだったので素直に驚きました。もう少し怪訝な顔をすると思っていたので…」
「僕の答えはお気に召さなかったかな?」
僕が彼女に聞くと、彼女はくるりと後ろを向いてしまった。
自分の答えに自信は持っている、だけどこれは彼女がどう思うかが一番重要である。少し緊張しながら、彼女からの言葉を待つ
「………です」
「えっ?」
「………悪くないです、その答えとても気に入りました」
抑揚なく淡々と話し、平静を装ってるが、忙しなく動いている耳や尻尾を見て、僕はつい吹き出してしまう。
「な、なんですか!」
「いや…答えに満足してもらえてなによりだよ」
「〜〜っ!と、とにかく!」
彼女は僕の方へ体を向き直す。
「一緒に頑張っていきましょう、トレーナーさん」
大人びていて、どこか達観している印象のあった彼女の年相応の反応を見ることが出来たのは良かった。
あんな約束もしたんだ、この先がどれだけ困難で険しい道であろうとも、彼女のトレーナーとして、僕はルミナスを支えていかないといけないな。
………いや彼女と共に乗り越えて行こうと決意新たに僕は突き進んでいく覚悟をした。
読んでいただきありがとうございました。
予定ではもう少し早く出すつもりだったのですが、1月は自分的にも様々なことがありまして、このタイミングでの投稿になりました。
またこれから頑張って参りますので、どうぞよろしくお願いします。