走る意味を探していた少女が碧の女王と呼ばれるまでの物語 作:シャケサバ
「はぁ、どうしてこうなったんだ……」
トレセン学園近くの河川敷にあるベンチに座り大きくため息をつく。
札幌でのデビュー戦を勝利で終えた翌日、レース後ということやそれまでのオフもあまり休んでいなかったこともあり、トレーナーから一切走ること禁止の完全休養が与えられた。
体を動かすことが出来ないならと、昨日のレースの振り返りをトレーナーとするつもりだったが、取材後に話して以降、トレーナーと話すことが出来なかった。私がトレーナーを避けてしまっているからである…
原因は、取材後に話したことで間違いないだろう。これについては私の方が過敏に反応しすぎているのかもしれない。
なるべく早くトレーナーに謝りに行くべきだと分かっているが、休みの日に行かない方いいのでは?など色々考えてしまい、結局行動に移すことは出来なかった。
全くなにやってんだろうか私は…
あの時にちゃんと話をしていたら、こんなことにはならなかったのかもしれないというのに…
少なくともここまで悩むことは無かったかもしれない。
何もやる気が起きずベットに寝ころんでいたが、このまま部屋にずっといると憂鬱になってしまう。
だからと思い気分転換に外に出てみたものの、暑いだけで気分が晴れることは無かった。
歩くにしても、もう少し風があったらよかったんだけど…やっぱり帰って寝てようかな。
「あっ!ルーちゃん!」
学園へ帰るためベンチから立ち上がると、横から聞いたことのある声が聞こえる。
私のことをルーちゃんと呼ぶ人は、知り合いの中では今のところ1人だけだ。
「チヨさん、お久しぶりです」
「久しぶりだけど、こんなところでどうしたの?」
現れたのはジャージ姿のチヨさんだった。
ジャージを着てるということは、ロードトレーニング中だろうか?
「今日はオフでしたので、気分転換に少し歩こうと思いまして」
「今日って散歩するような気温じゃないと思うけど…」
「あはは…チヨさんは、トレーニングですか?」
「私もオフですよ。ただ少しだけ走ろうと思って、同室のアルダンさんと……ってアルダンさんがいません!」
アルダンさん?がいないことに気づいて慌てているチヨさん。
するとチヨさんの来た道の方から水色の髪のウマ娘が長い髪をたなびかせて走ってくる。
「ふぅ、チヨノオーさん、突然スピードを上げると危ないですよ」
「ご、ごめんなさい!アルダンさん…」
この方がチヨさんと同室の人か。
なんというか品のあるというか、お淑やかという言葉が合いそうだ。
「おや?こちらの方は…」
「あっ、この子はルー…じゃなくて、アクアルミナスさんです」
「まぁ、あなたが…」
何かチヨさんの紹介が少し詰まったのは気になるけど、この方は私のことを知っているのかな?
でも同室だったら何かの時に話したりしたことはあるか、とりあえず名乗っておいた方がいいかな。
「あなたがルーちゃんですね!」
「へぇっ!?」
「はぅ!?い、いやここここれは、ち、違うんですよルミナスさん!」
「何がでしょうか、そもそも私は何も言ってませんよ」
「あら?違うのですか?」
「そ、それはー、そのー、間違ってはないですけど、えーっと…そのですね…」
なにやらチヨさんかなりパニックを起こしてしまっている。
恐らく2人で話してる時は、私のことをルーちゃんって呼んでいて、それが私にバレてしまったから焦っているのだろう。
それはまぁいいとして、隣にいる人が「あらあら」と言いながら、慌てているチヨさんを見てめっちゃ微笑んでるのが気になる…
チヨさんからは紹介してもらえそうにないから、とりあえず名乗っておいた方がいいかな。
「はじめまして、今年中央トレセン学園に入りましたアクアルミナスです。チヨさ…こほん、チヨノオーさんとは、一緒のクラブ所属しておりまして、大変お世話になった先輩なんです」
「これはご丁寧にありがとうございます。私はチヨノオーさんのルームメイト、メジロアルダンと申します」
メジロアルダンさんはそう名乗ると、とても丁寧で綺麗なお辞儀をする。一つ一つの所作のお淑やかさが凄い。確かメジロ家ってすごい名門だったはず、さすがはメジロ家のご令嬢って感じだ。
「よろしくおねがいします、アクアルミナスさん。それともルーちゃんとお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「ア、アルダンさん!?」
「え、えーっと…」
慌てるチヨさんの横で、ふふふと楽しそうな笑みを浮かべている。
この人、結構イタズラが好きだったりするのかなぁ…
「アクアルミナスさんは、ルーちゃんと呼ばれるのは嫌なのですか?」
「嫌というよりは、恥ずかしかったりするので、その…ルーちゃんと呼ばれるのはちょっと…」
「なるほど、そうですか。ではチヨノオーさんといる時やあなたと2人の時は、私もそう呼んでもよろしいでしょうか?」
「えっ?えっとそれは…」
なんでこの人、そんなに私を『ルーちゃん』と呼びたいんだろう?
それに悪気の全くない純な目でこっちを見てくるから、何か断りずらい。
こうなったらチヨさんに助けを求めて……ダメそうだ、使いもんにならねぇ…
「わ、分かりました。そういう時であれば、呼んでもらっても構いません」
「ふふ、ありがとうございます。でしたら私のこともチヨノオーさんのように呼んでもらっても構いませんよ?」
「いや、さすがにそれは恐れ多いです」
「そうですか…それは残念ですね」
さすがにメジロ家の人に馴れ馴れしく呼ぶことは出来ない…
本人が許していたとしても、いざ呼んでみた時の周りの目とかが怖い…
「ふむ」
「メジロアルダンさん?どうかしましたか」
「アルダンで構いませんよ」
「えーっと、アルダンさん…」
「さんも悪くないですが、まだ距離を感じますね…」
「…ア、アルダン……せ、先輩…?」
何が正解なのか全くわからないというか、これはいったいどういう状況なんだろう。
初対面の人に呼び方を指導されるって何?
「き、聞きましたか!?チヨノオーさん!先輩と呼んでくれましたよ!先輩…中々に良い響きです。他の方達が呼ばれているのを見て、少し憧れがあったのですが、確かにこれは良いですね」
私が苦肉の策で出た先輩呼びは当たりだったようで、アルダンさんは目をとても輝かせた。
これってそんなに嬉しいものなのかな?
そう疑問を抱いていると、パニックから落ち着きを取り戻したチヨさんがそっと耳打ちをしてくる。
「アルダンさんは、メジロの家柄もあって他の方からするとちょっと恐れ多いのか、話していても少し距離を感じてしまうみたいなんです。だからルーちゃんが先輩と呼んでくれたのが、思ったよりも嬉しかったみたいです」
「半ば無理やりでしたけどね…」
なるほど…そういうものか
名家故の悩みって感じなのかな?
確かにお嬢様感がすごいから、近寄りがたい気はした。
私もチヨさんの知り合いでは無かったら、自分から話しかけることは無いかもしれない。
「ちなみに今のアルダンさんは、かなりテンションが高いほうです。普段に比べると2倍くらいテンション高めです」
普段を知らないから何とも言えないけど、とりあえずめっちゃテンション高いってことは分かった。
「そういえばルーちゃん!!デビュー戦、勝利おめでとう!」
「そうだったのですか!それはおめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。知っていたんですね」
「それはそうだよ!レースもしっかり観たけど、思ったよりも緊張してた感じだったね。でもその後はしっかり立て直して良いレースだったね」
「やっぱり緊張してたのバレてましたか…」
「そうだね、ルーちゃんがスタートをミスするのって珍しいから緊張してるなぁって思ったかな、最初は作戦なのかなって思ったんだけど、それにしては少し焦ってる感じがしたから」
さすがはチヨさんだなと思った。
自分のレースを見てくれたことも嬉しいけど、本当に細かいところまで見てるというか気付いてくれてるのはとてもありがたいことだ。
「見てくれて、ありがとうございます」
「ルーちゃんの晴れ舞台だからね。最初はローレルさんとバクシンオーさんの三人で見るつもりでチーム部屋で見てたら、トレーナーさん含めてチームメンバーもみんな来て、全員で観てたよ」
アルケスのみんなで見てたってことは…
「すいませんチヨさん、エトワールは何か言ってましたか?」
「エトワールさんですか?そうですね、気になりますか?」
「それはまぁ」
「うーん、さすがに本人の許可なく喋るのは辞めておきます。ごめんね」
「そうですか」
「エトワールさんはルーちゃんのライバルですから、エトワールさんはチームメンバーですから、そう簡単にルーちゃんには話せません。ああでも勘違いしないでください、悪口とかそういうのではないのでありませんから」
「わかりました」
そうか、私とエトワールは同期だから今後同じレースを走ることもある。チヨさんはエトワールと同じチームのだから、相手に情報を渡さないようにしてるのか。
チームに入るとそういうことにも気を付けないといけないんだな。
「ところでルーちゃん」
「はい、なんですか」
「何か悩んでる様子だったけど、何かあったの?」
「えっ、えっと…それは…」
「何か悩みがあるなら、相談に乗るよ」
「それなら私も何か力になれるかもしれません」
チヨさんとアルダン先輩は、話を聞いてくれると言ってくれているが、言ってしまっていいのだろうか。
親切心で言ってくれているが、自分のことに時間を使わせてしまう。迷惑ではないだろうかとそういった考えが頭に浮かんでしまう。
そう思うと何も話せなくなってしまう。
そんな私の姿を見た先輩方は、語り掛けるような優しい声で私に話しかける。
「ルーちゃん、言いづらいことだったら、無理して言わなくても大丈夫だからね」
「す、すいません。そういうことでは無いのですが…」
「落ち着いてください、ルミナスさん。私たちは無理に話を聞くことは致しません。ですが何か悩みがあるのでした私たちが力になれるかもしれません」
「私のことで先輩方の時間を潰すのは…」
「ルミナスさんは優しいですね。それは気にしなくて構いません」
2人の言葉を聞いて、私は悩みを打ち明けることにした。
少し歩いたところあった休憩スペースのベンチに座る。
そして私は昨日レース後にあった事と私の感じたことを素直に伝える。
チヨさんとアルダン先輩は途中に口を挟むこともせずに、話を聞いてくれた。
「なるほど…そんなことがあったんだね」
「はい…私はどうすればいいんでしょうか」
話を聞いたチヨさんとアルダン先輩は少し難しい顔しながら、何かを考えている様子だった。
いざ話してみたが、私の不安は先ほどよりも大きくなっているような気がする。
そんな不安に押しつぶされそうになる中で、アルダン先輩が口を開く。
「ルミナスさん、一つ確認をしておきたいことがあるのですが、いくつか質問してもよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。ではルミナスさんが、トレーナーさんと担当契約をされたのはいつ頃ですか?」
「えっと、2ヶ月半前くらいです」
「ではトレーナーさんと出会われてどのくらいですか?」
「3ヶ月程です」
「ありがとうございます」
質問を聞いたアルダン先輩は、再び何かを考え始めた。一体今の質問の意図は何だろうか?
私にはいまいち理解できなかった。
そして考えがまとまったのかアルダン先輩は、一度ふぅと息を吐くと、こちらをまっすぐと見つめる。
「これは私の個人的な考えではありますが…」
「は、はい」
「ルミナスさんは少し焦りすぎなのではないでしょうか」
「えっ?」
……焦りすぎ?
私はその言葉を理解することが出来なかった。意味が分からなかった。
すぐにどういう意味なのかを尋ねると、真剣な表情のチヨさんが答える。
その声は先ほどの明るいものではなくなっていた。
「ルーちゃん、相手との信頼関係っていうのは、そんなすぐに出来るものではないってことだよ。例えばルーちゃんが相手を信頼していても、相手がルーちゃんと同じように自分を信頼してくれるとは限らない。当然逆もまた然りだけどね。ルーちゃんは『なぜ自分は信頼されていないのか』って言ったけど、それはルーちゃんが相手に自分の思いを一方的に押し付けているだけじゃないかな?」
チヨさんの言葉に愕然とする。ただ言われてみるとその通りだと思わざるを得なかった。
相手の事を何も考えていなかった。
私の気持ちはただのワガママで自分勝手な考えだったことに気付かされる。
「でもそれは”今は”ってこと」
「…どういう意味ですか?」
「短期間で相手との信頼関係を築くことは難しくて、そう簡単に出来ることじゃない。それはルーちゃんだってよく分かっているでしょ?」
それは…それは私も知っている。
「そう知っているはず。そう知っているはずなんですよ。…というか!!」
落ち着いて話していたチヨさんだったが、怒気を含んだ声のトーンが段々と上がっていく。
そしてチヨさんは机を強く叩いて私を指差す。その音に私とアルダン先輩は驚き、ピンと耳が立つ。
「ルーちゃんが、、ルーちゃんが、、、ルーちゃんが!私たちと普通に話をするようになるまで、どれだけ時間が掛かったと思ってるんですか!!」
「ほ、本当にすみませんでした!」
チヨさんの突然の激昂という名の告白にただただ謝るしかなかった。
「お、落ち着いて下さい、チヨノオーさん。その…何やら私怨のようなものが出てしまっていますので…」
「落ち着いてなんていられませんよ!だって聞いてくださいよ、アルダンさん。あの時どれほど私やローレルさん達が苦労したと…えぇホントに、本当に大変だったんですから!」
「とても反省しています…」
「身に覚えがあるんですね…」
「もちろん事情があったことも知っていましたから、ルーちゃんが悪いとは思ってはいませんけど、色々思っていたことはあるでしょうから」
「…そうですね」
「はぁ…でもルーちゃんがトレーナーさんを信じたい気持ちは分かりますし、トレーナーにもそうであってほしいという気持ちも分かります。別に榊さんもあなたを信じてない訳ではないと思いますよ。ただ自分の中の想定とルーちゃんの実力とか、その辺りが上手く嚙み合わなかったと言いますか、榊さんが自分に自信を持ててないだけだと私は思います」
もしそれが理由だとするならば、今の私に出来ることは無い…のかもしれない。
「信じて待つことも相手への信頼なのではないでしょうか」
「待つこと…」
私の不安を読み取ったかのように、アルダン先輩が答える。
「自らが動いて解決に向かうことが功を奏することもあります。しかし自身が動くことで事態をより難しくしてしまうこともあります。今回の件であれば、私はルミナスさんは動かない方がよろしいのかと思います」
「そうなのでしょうか…」
「私もそう思うよ。多分榊さん側に原因があると思うから、少し待ってみても良いんじゃない?色々動くのはそれからでも遅くないと思うよ」
「…分かりました。お二人の言う通り、少し待ってみます」
つまりこの件は、トレーナーを信じて待てば良いということらしい…
先輩方が言うには、私が解決に向けて色々動いてしまうと、事態がややこしくなってしまう可能性があるというだ。
待つしかないという答えには正直不安を感じている。
だからと言って、より良い答えが出ているわけでもない現状を考えると素直に待つしかないのだろう。
「ところでルーちゃん、一つ気になったんだけど…」
話もある程度まとまったと思えたところで、チヨさんが聞きたいことがあるようだ。
「ルーちゃんは、どうしてそこまで榊さんのことを信頼してるの?」
「確かにそうですね。そこは私も気になっておりました」
「な、なんですかいきなり…」
「聞いていた中で、少々不思議に思いまして…私がルミナスさんにトレーナーさんと出会った時期を確認をしましたら、まだ会って2、3ヶ月と仰っていましたので」
「そうだよ、ルーちゃん!トレセン学園のトレーナーとはいえ、見ず知らずの人を信じるには、さすがにそれは早すぎるんじゃないかと思うよ!大丈夫?何か騙されたりしてない!?それとも、もしかして弱みか何か握られたりしてるとかじゃないよね!?もしそうだったらすぐに言ってください、バクシンオーさんとローレルさんと一緒に何とかしてあげますから」
「ととと、とりあえず、とりあえず落ち着いてくださいチヨさん」
一気にヒートアップしたチヨさんをなだめる。
「別に私は何もされてませんし、もちろん騙されたりもしていません。むしろ自分からトレーナーさんに声を掛けたくらいですから」
思い返せば、最初に話しかけてきたのは、トレーナーの方だったような気がするけど…
その事をキャラ先輩に話したら『多少なり警戒しとかないとダメ』って言われたなぁ…
「というかトレーナーとの付き合いはチヨさんの方が長いですよね?」
「そ、そうだけど」
「チヨさんから見てトレーナーさんは、そういう事をしそうな人なのですか?」
「い、いや…そんなことは無い……と思うけど」
「では、大丈夫ですね」
「い、いやそういう事を言ってるんじゃなくてね、その…もう少しね、警戒心を持った方が…」
「でもチヨさんもトレーナーさんは大丈夫って言ってくれたじゃないですか」
「その、えっと、そうじゃなく、うぅ〜助けてください、アルダンさん〜」
そう言って、アルダン先輩に泣きつくチヨさんとそれを優しい受け止めるアルダン先輩。
何故だろう?私は悪くないはずなのに何故か悪者になっている気がする…
でもトレーナーを信頼する理由か…確かに先輩方からすると不思議に見えるのも仕方ないのかもしれない。
説明をしようかと2人の方に顔を向けると、何やらコソコソと話をしている。
「ふむ、チヨノオーさん。これはもしかするとそういうことでは無いでしょうか?」
「や、やっぱり、そういうことなんでしょうか」
…なにが?
私には何一つとして分からないけど、この2人には共通認識があるようだ。
なんだろうか、何かとてもろくでもないもののような気がするのは、私の思い違いだろうか?
それなら是非とも思い違いであって欲しいものだ。
「やはりそういう事でしたか!ルミナスさん!」
「やっぱりそういうことなんだね!ルーちゃん!」
「いや、な、なにがですか?仰ってる意味が分からないのですが…」
「つまりですね…」
「「トレーナーさんに一目惚れしたのではないですか?」」
・・・
・・・・・・ん?
・・・・・・・・・一目惚れ?
「…えっ?私がトレーナーさんにですか?」
「「はい!」」
「いえ、違います」
あまりに予想外の言葉に、一瞬頭が真っ白になり言葉が出なかった。
「「そ、そうですか……」」
「なんでそんなに残念そうなんですか?」
それよりも一言一句揃うのは、驚きを通り越してもはや恐怖なんだよな…
「ルーちゃんの話を聞く感じ、てっきりそうかと思ったのに…」
「これは私達の早とちりだったようですね」
「なぜそう思ったんですか?話をした中でそんな感じは無かったと思いますが…」
そう言った途端、背筋が冷たくなるのを感じた。
恐る恐る前を見ると、先程まで楽しく話していたとは思えないくらいにジトっとした目で私を見る2人がいる。
「「……えっ?」」
怖っ…
この2人そんなに低く冷たい声出るんだ…
「ルーちゃん…それ本気で言ってるの?」
「ほ、本気も何も…私が嘘をつく理由がありませんよ…」
「チヨノオーさん、どうやら本当に何もないようですね」
先輩方は、私が会って間もないトレーナーをそこまで信じているのは何故かという答えとして、”私がトレーナーに一目惚れをした”といういわゆる恋愛感情からなるものだと考えたようだ。
勿論、恋愛感情は全く無いので、これは的外れの推察と言える。
「んーだとしたら、ルーちゃんがそこまで榊さんを信じている理由が分からないんです」
「そうですね。ですから私達はルミナスさんにそういった感情があるのでは?と思ったのです。そ、その…と、年頃の女の子でしたらありえない話というものでもありませんので」
「なんか私達が『年頃の女の子』って言うと変な感じがしますね……」
自分たちの言った言葉で、照れるのはやめて欲しい…
でもそうか、そういった見られ方をされてしまう可能性もあるのか…
その考え自分には全く無かった。
「とりあえず私がトレーナーを信じる理由ですか?」
「聞いても大丈夫なの?」
「全く問題ありませんよ。隠すようなものでも無いので」
「ではお聞かせ願えますでしょうか」
「直感です」
「「えっ?」」
あれ?聞こえなかったのかな?
「自分の直感です」
「「・・・」」
あれ?反応が無い。
もしかしてまた聞こえてない?
いやさすがにそれは無いと思うけど…
「ほ、本当に…そ、そのような理由なのでしょうか?」
「はい」
アルダン先輩、めっちゃくちゃ声が震えてるけど、大丈夫かな?
「な、なるほど…そうなのですね。チ、チヨノオーさん、これはどういたしましょうか?………?チヨノオーさん?チヨノオーさん!?」
隣で何故か放心状態のチヨさんを心配してアルダン先輩が体を揺すると、チヨさんは机に倒れる。
「チ、チヨさん!?大丈夫ですか!?」
「………んて…」
「なんですか?」
「ま、まさかそんな理由だったなんて…」
あっ、これ心配しなくて良いやつだ。
「むしろ心配するほど損します!」ってバクさんが昔言ってたやつだ
「チヨノオーさん、さすがにそれは失礼ですよ…」
「す、すいません…ただなんでしょう、予想外と言いますか、自分の中にあったルーちゃん像とあまりに合わない答えでしたので…」
………それも失礼では?
「あの何事にも難癖を付けて、よく分からない理論を展開しながら一緒に練習することを避けてたルーちゃんとは思えない回答だったので…」
「さらっと人が忘れたいと思っている過去を話すのやめてくれませんか…」
早々に止めないと、ヤバそうだな…主に私のイメージが!
この場にいるのが、サクラ組だけなら問題ないけど、その事を知らないアルダン先輩がいる以上、これ以上の話は阻止しなければいけない。私のちっぽけなプライドに賭けて!
「え、えーっと、確かにトレーナーを決めたのは直感ではありますが、100%それだけじゃないですよ。そうですね、初めて会った時にトレーナーさんは。私とは違う考えを持っていて、私が気づけていなかった改善点も出してきました。その時はやっぱり中央のトレーナーのレベルは高いんだなと思っただけでした」
実際トレーナーがくれた改善点を見た時は驚いた。自分のデータ収集が完璧だとは全く思ってはいないけど、ちょっと見ていただけであれ程の差を見せられると素直にレベルの高さを感じざるを得なかった。
「では、トレーナーさんの能力が決め手の一つだったということですか?」
「決め手の一つであったことは否定しません。私としては個人の担当が理想でしたので、サブトレーナーと聞いた時に『もしや…』と思い声を掛けました。まぁ別に誰かを担当してたとしても声を掛けたと思います」
賭けとも言える行動だったが、今となっては最適であったと思っている。
他の人たちにトレーナーのことがバレれば、争奪戦になっていた可能性だってあった。それほど私はトレーナーの能力は高いと思っている。
後にアルケスのサブトレーナーと聞いて驚いたが、逆スカウトをしたことに後悔は全く無い。
ただトレーナーの方は、チーム所属のサブトレーナーから、今年入学したばかりの私の担当になったことを後悔してないといいんだけど…
「榊さんの能力が決め手の一つということは分かったけど、それで担当トレーナーに決めたの?」
「そこは先程言いましたが、自分の直感です」
「そう…」
「チヨノオーさん、ルミナスさんにはルミナスさんなりに考えた上での判断であると思いますよ」
「アルダンさん…」
…どういうことだろ?チヨさんは何をそんなに気にしているのだろう。
疑問に思っていると、アルダン先輩は少し苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「チヨノオーさんは、あなたの事がとても心配なんですよ。だからこそ、ルミナスさんの選択が本当に正しいのかチヨノオーさんなりに考えているのです」
「ア、アルダンさん!そ、それ以上は…その…」
慌てた様子でアルダン先輩の言葉を遮る。
その言葉を聞いて、私はとても嬉しかった。
チヨさんはいつも私の事を心配して見守ってくれている。それが分かって嬉しくなってしまう。
「私は今日初めてあなたとお会いして、とても真っ直ぐで芯のある方だと感じました。しかしそれと同時にその真っ直ぐさに不安を感じたことも事実です」
「不安ですか…」
「ええ、ですがそれを治そうであったり、変えようとする必要は無いと思います。それがあなたの美点であり個性と言えますから……っと初対面ですのに、分かったようなことを申してしまいましたね、申し訳ありません」
「い、いえ、そこまで見てくださりありがとうございます」
アルダン先輩はすごく達観してるというか、よく相手を見ている方なんだろうな。
「チヨノオーさんは、あなたのそのような部分をよく知っているからこそ、心配しているのではないでしょうか」
「そ、そりゃもちろん心配するに決まってるじゃないですか!ルーちゃんは、私にっ……私達にとっては妹みたいなものですから!」
「あ、ありがとうございます」
(そういえば、以前ローレルさんにも妹扱いをされたような気がしたけど、まさかチヨさんまでもか…ん?待って、今『達』って言った?まさかバクさんも…考えるのはやめよう)
ローレルさんは、よく私のことを「ルミちゃんは私の妹だから」といつになく真剣に言ってたことはあったけど、チヨさんからあまりそういう風な扱いは受けたこと無かったけど
…私みたいなの妹にしても楽しくないと思うんだけどなぁ
相談を終えた私は、その後も2人と様々なことを話した。
学園生活の事や練習、レースについてなど色んなことを話した。話の中でチヨさんは私に友人が出来たことにとても驚いていた。何度も「あのルーちゃんが……」と言っていたが、そんなに私はコミュニケーション能力が無いと言うのか…いや確かに無いけども…
「ではそろそろ学園へと戻ることにしましょう」
「はい、今日はありがとうございました。練習中だったにも関わらず…」
「気にしないでください。それに困っている方がいれば手を貸すのは当然のことですから」
「多分ルーちゃんに会ったのが、私やアルダンさんじゃなくても、同じように相談に乗っていたと思いますよ。それがトレセン学園の良いところですから」
2人は笑顔でそう話す。
しかし私は知っている。簡単そうに言っているが、それを当たり前に行えることはとても難しいことだ。
少なくとも今の私には出来そうにない。
「それでもありがとうございました。私だけでしたら、恐らくずっと悩んでいたと思います」
「お役に立てたのであれば、良かったです」
「私達は学園に戻りますが、どうしますか?」
「私は…もう少しここにいます」
「そう?じゃあ私達は行くけど、あんまり思い詰めすぎちゃダメだからね!あんまりし過ぎるようだったら、ローレルさんを向かわせますから」
「わ、分かりました…」
ローレルさんはちょっと…
あの人が冗談無しに理詰めなんてしてきたら、私は多分終わる……
相手を追い詰めてる時の笑った顔が……あっ、思い出しただけでも寒気が……
「じゃあね」
「では、失礼します」
そう言うと2人は学園に向けて走っていった。
そうして私は再び1人になった。しかし先程とは違って心は晴れやかである。
悩んでいた事が完全に無くなった訳では無いし、解決した訳でもない。
でも自分がどうするべきかが分かっただけでも前進したと言えるだろう。
そして私はベンチに座りながら考える。
トレーナーを決めた理由…
確かに傍から見たら奇妙な状況だろう。
奇妙よりは不可思議という感じだろうか?
今年入学式したばかりの普通のウマ娘が、トレーナーからスカウトされた訳でも無く、誰かからの推薦があった訳でも無く、面識があった訳でも無い、とあるチームのサブトレーナーを逆スカウトする。
いざ言葉にしてみると、そう思われてもおかしくないのかもしれない…
でも私としては、その行動に一切の後悔もない。
そう確信出来るくらい私にとってトレーナーはの能力は魅力的なものだった。
ただ能力だけで言えば、もしかしたら学園を探せばトレーナーより上の人もいるかもしれない。
だけど私はこの人が良いと思った。
すなわち『直感』である。
頭で考えるよりも先に「トレーナーはこの人が良い」と思ってしまったのだ。
思ってしまったものは仕方ない。
これを2人に言わなかった理由は簡単である。
言葉で説明することが難しいことと、恐らく理解してもらえないと思ったからだ。
思い返してみると…と言っても3ヶ月前くらいだが、トレーナーと初めて会った時にふと懐かしいと感じたことは覚えている。だけどなぜそう感じたのかは未だに謎のままである。
いつか分かる日が来れば良いとそう思っている。
そんな事考えていると、辺りが少し暗くなり始めてきた。遅くならないうちに帰らないとキャラ先輩に怒られてしまう…
私は急いでトレセン学園へと帰り始める。
その足取りは、河川敷に来た時の重たさは無く、軽くなっていた。