走る意味を探していた少女が碧の女王と呼ばれるまでの物語 作:シャケサバ
【東京レース場 第9レース アイビーステークス】
『東京レース場 アイビーステークスも最終局面へとやって来ました!各ウマ娘、第4コーナーから最後の直線へと向かっていきます!』
『さぁ最後の直線に入って、各ウマ娘スパートを掛けていきます。大外から8番アクアルミナス!アクアルミナスが大外から上がって来た!大外から一気に抜き去っていく!後続も必死に追いかけていますが届かない!届かない!ゴーーール!アクアルミナス、デビューから無傷の3連勝!』
『素晴らしい末脚ですね。速さはもちろん、タイミングの見極めも抜群です』
『無敗をどこまで続けることが出来るのか、彼女の今後の走りにも大注目です』
「はぁ、はぁ、ふぅ…よし!勝った。今日も良いレースが出来た」
これで3勝目、デビュー戦以外は思い通りのレースも出来てるし、調子もかなり良い。
「とりあえず、この調子を維持していかないと…」
トゥインクル・シリーズは始まったばかり、これからまだまだレースが待っている。
「ん?」
(あれっ?)
息を整え、歩き出した瞬間、右足首に少し違和感を覚える。
しかし痛みがある訳では無い。だが、いつもとは違う脚の感覚に戸惑いを隠せない。
レース中に捻ったのか?
でもそんな感じはなかったし、捻挫なら少しは痛みがあると思うけど…
ただ違和感がある以上、変に動かすのはやめといた方が良いだろう…
『おや?アクアルミナスですが、立ち止まって何やら脚を気にしているように見えます』
…幸いにも歩くことは出来そうだ。
『………、………か?』
…あまり動かさず、踏み込みも浅くして、右足に体重が掛かりすぎないようにして…
『………ス?』
…さて、トレーナーにどう説明しようか
『ルミナス!!』
「っ!?」
耳元で名前を呼ばれて、ハッと顔を上げる。すると目の前には、心配そうにこちらを見つめるトレーナーの姿があった。
「ルミナス、何があった!?…脚が痛むのか?」
「痛みは無いのですが、右脚首に少し違和感があります…」
「…そうか、ゴールした後、ずっと立ち止まって脚を気にしていたから、急いで駆け寄って名前を何度も呼んだんだけど反応が無かったから…」
「すみません…」
「とりあえず控え室へ戻ろう。脚の状態も心配だ」
トレーナーに寄り添ってもらいながら、ゆっくりと控え室に向かう。
『ゴール後、立ち止まっていたアクアルミナスですが、今トレーナーに寄り添われながら退場していきます』
『何事も無ければ良いのですが、心配ですね』
『今年のジュニア戦線、そして来年のクラシック戦線の中心になりうるウマ娘ですから、無事を願いましょう』
「トレーナーさん、すいません。戻る前に応援してくれた方々に挨拶だけでもさせて下さい」
そう言うと、トレーナーから少し離れ、観客席に向かって深く頭を下げる。
観客席からは拍手と一緒に心配する声が聞こえてくる。
「足首の状態はどうだ?」
控え室に戻ると、椅子に座って脚の状態を確かめる。
「痛みはないのですが、何かしっくりこない感じがします。はっきり言えるのは、通常の状態ではないということです」
痛みの無い違和感。
これをどう伝えたら良いものか…
とにかく自分が感じたことを一つでも多くトレーナーに伝えよう。
「レース中に捻ったり、変な足の着き方はしてないか?」
「思い出す限りは無いです」
私自身、怪我自体は初めてじゃない。
しかし今回のように、痛みが無いのは初めてだ。以前怪我をした時は、すぐに痛みを感じて走れなくなる程だった。
「ルミナス、その…調べるために脚を触っても大丈夫かい?」
「はい、分かりました。ソックスを脱ぐので、少し待っていてください。」
「えっ!?あ、うん…」
私はすぐに靴を脱ぎ、ソックスも脱いだ。そして改めてトレーナーの方を向き直すと、トレーナーは何やら顔を逸らしていた。
脚を触るなら、直に触る方が良いと思って脱いだんだけど、何故顔を逸らしているのだろう?
「何してるんですか?トレーナー」
「君はもう少し恥じらいというものを…」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
ハテナを浮かべる私を見て、トレーナーは小さくため息をつく。でもすぐに私の脚を慎重に触れていく。
(少しくすぐったい…)
「痛いかい?」
「いえ、少しくすぐったいだけです」
「そうか…ふくらはぎの方は、走った後だからか熱を持って、筋肉が張ってはいるが問題は無さそうだね。次は足首を少し動かすぞ」
トレーナーはゆっくりと足首を左右上下と動かしていく。
「どうだ?痛みはあるかい?」
「…無いですね」
「そうか…分かった。もう履いてもいいよ」
トレーナーは、また難しい顔をして考え込む。痛みが無いといって、全く安心は出来ないので、当然と言えば当然である。
「ルミナス、以前に怪我をしたことがあると言っていたが、いつだ?」
「大体2年前くらいです」
「怪我をした箇所は?」
「右足首です」
「どんな怪我だった?」
「骨折です…ですがその怪我ならもう完治しているはずです」
あの時の骨折が原因なのだろうか…
病院で先生から許可を得てそれ以降、今まで問題無かったから可能性は低いと思うけど…
「それが起因しているかは分からない。ただ大怪我をした箇所に違和感を感じているのは事実だ。これ以上は医者に診てもらうしかない」
「…はい」
ウマ娘の脚は『ガラスの脚』と称される程、脆く壊れやすい。
およそ時速70kmで走る負荷をこの脚2本で全部受け止めることになる為、常に怪我のリスクと隣り合わせである。
どれだけケアを欠かさずに行っていても、怪我をするリスクは必ずある。
「とりあえず病院に電話してくる。連絡が取れ次第、すぐに病院へ向かう」
すぐに病院…すぐに…?
「待ってください、トレーナーさん!それではウイニングライヴはどうなるんですか!?」
「当然、運営に話してルミナス抜きでやってもらう。ライブよりも君の脚の方が大事だ」
「それは……っ…トレーナーさん…ウイニングライヴに出るのはダメでしょうか?」
観てくれた方たちの為に、ライヴは出たいと無理を承知で言ってみる。
「そんなのダメに決まっているだろう!脚に違和感があるのに、出させる訳にはいかない」
「確かに違和感はあります。ですが痛みがある訳では無いですし…」
「ダメだ。今痛みが無いと言っているが、レース後はアドレナリンが出て、痛みを感じづらくなっているだけの可能性だってある。ライブはただ歌うだけじゃなく、ダンスもある。そんな状態で出す訳にはいかないよ」
正論だ。トレーナーの言うことに間違いは何一つも無い。恐らくほぼ全てのトレーナーが同様の意見を口にするだろう。
でも…それでも私はウイニングライヴに出たい。
私たち競走ウマ娘は、いつもたくさんの声援や応援を貰っている。
G1レースはもちろん、今日みたいなオープンレースにも多くの人が見に来て、応援してくれている。私たちはその応援に対して応える必要がある。
走りは勿論、ウイニングライヴもそんな応援してくれる人たちに感謝を伝える方法である。
母さんにも「ウイニングライヴは一切手を抜いたらダメ」と口酸っぱく言われてきた。
地元の小さなレースでのお遊戯会のようなウイニングライヴですら目を光らせるくらいだった。
「ルミナスの気持ちも分かるが、これは許可できない」
「右脚…」
「ん?」
「……右脚を使ったフリは極力動きを小さく、左脚を使って体重が右脚に掛かりすぎなように動きます。少しフリを変えて対応すれば…」
「ルミナス…」
「お願いです!ウイニングライヴに出させてください!」
必死に頭を下げる。
トレーナーからすれば、何故こんなにライヴに出たがってるのか分からないかもしれない。だけど私は応援してくれる人の為にもライヴはやりたい。
「………痛みや違和感を感じたら、すぐにライヴは中止すると約束出来るか?」
「トレーナーさん!」
「約束出来るなら許可する。だがライヴ後はこっちの指示に従ってもらうよ」
「はっ、はい!分かりました」
「……」
ステージ袖で軽くフリの確認を行う。右脚に負担が掛からないように気を付けないといけない。
ステージに立つと私が出ないと思っていた人が多かったのか、ライヴが始まる時に歓声と共に驚きの声が上がる。
(なんとか無事に終えることが出来た…)
「アクアルミナス、少し良いだろうか?」
ライヴが終わり、ホッと一安心して控え室に戻ろうしたところ、突然後ろから名前を呼ばれる。
「はい、なんでしょうか?って、えっ!?」
振り向いた先にいたのは…
「シンボリルドルフ…副会長」
何故この人がここに?
このレースを見に来てた?いやそんな偶然があるか?たまたま近くに寄ったから?いや暇人じゃあるまいし…
「お、お疲れ様です…」
「そう畏まる必要は無い。同じトレセン学園の生徒なのだから」
「は、はぁ…えっと、何故副会長がここに?」
「ん?あぁこの近くで用事があってね、用事がは早く終わってね、学園に戻るまでに少し時間があったからレース場の寄ったんだ」
本当に偶然だったのか…
「勝利おめでとう、素晴らしい走りだったよ」
「ありがとうございます」
表情や言葉遣いは柔らかく感じるが、得も言えない圧を感じる。
「デビューから良い走りをしていると聞いていたが、こうして実際レースを見れば明々白々、3連勝は当然の結果とも言えるだろう」
「ありがとうございます。それはトレーナーあってこその結果です」
「なるほど、トレーナーあってこそか…良い関係を築けているみたいだな。ところで一つ気になることがあるのだが、聞いてもいいかい?」
先程までの柔らかさが消えていき、鋭い眼差しが私に向けられる。
「なぜウイニングライヴに出たんだい?」
「……」
やっぱりその事だったか…
嫌な予感はしていたけど、予想が当たってしまった。
「君のトレーナーは、止めなかったのか?」
「トレーナーさんは、止めていました。でも私が出たいと言ったんです。責任があるとすれば、トレーナーさんではなく私にあります」
…なぜわざわざ副会長が出てくるのか?
少し疑問に思いながらも、答えを続ける。
「トレーナーの制止を振り切った。ただそれだけです」
「なるほど…君は今回の件をトレーナーの責任にしたくないみたいだが、残念ながら他者はそう思わないし、そう見てはくれない」
「…どういう意味ですか?」
「皆は君のトレーナーのことを担当が怪我と知りながらライブを強行させた。または怪我を軽んじたトレーナーとして非難するだろう」
「えっ…」
なんだそれ…
私が悪いで済む話じゃないか
なぜトレーナーが責められなきゃいけない?
「意味が分かりません。今回の事は私一人の責任です。トレーナーは関係無い」
「そういう訳にはいかないのだよ。特に外から見ている人たちにとってはね…事情があるなんて知るよしのない」
意味が分からないと思っている私をよそにシンボリルドルフ副会長は言葉を続ける。
「君は自らのことをどう思っているかは分からないが、世間から見たら君は子どもだ。だから君の行動における責任は君ではなく、監督責任のあるトレーナーが負うことになる。それが社会一般の常識だよ」
「……」
「そしてこれは君とトレーナーだけの問題ではないのだよ」
「それはどういう…」
「今回の件は、中央トレセン学園にも関係する問題になりうるということだ」
「えっ?」
「何故だか分からないという顔をしているな、だが少し考えれば理解できる簡単な話だ」
シンボリルドルフ副会長は、表情を変えること無く、淡々と話す。
その様子が私の中に恐怖を産み、不安を掻き立てる。
「怪我を見過ごす、見逃すトレーナーに批判が向くことは当然だが、そのトレーナーを雇用している学園にも批判の声が上がることも想像に難くない」
「…」
「君自身は分からないが、トレーナーには何らかの処分が下される可能性があるだろう」
トレーナーに処分が下される…
その言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。
にわかには信じられなかった。しかしその話しているのが、シンボリルドルフ副会長であることが信憑性を増してくる。
彼女の表情、話し方、声のトーン
私はようやく自身の行動の愚かさに気がついた。
自分のした事は、トレーナーの首を絞める行動だった?
「ようやく理解したようだな。君のわがままがトレーナーの未来を閉ざすことになるかもしれないということだ」
わがまま…
母さんの言うことはわがままだった?
いや、それは違う!私が馬鹿な解釈をしただけだ…私が自分のしたい事に都合良く使っただけだ…
「トレーナーや君については、後日学園から話があるだろう」
「ど、どうにもならないのでしょうか?」
藁にもすがる思いで聞いてみる。生徒会副会長なら決定権は無くとも、一言くらい意見は言えるのではと思った。
しかしシンボリルドルフ副会長から帰ってきた言葉は、私の予想とは違うものだった。
「それは学園長に聞いてみてくれ。君が私に何を期待しているのかは知らないが、私には何も出来ないし、何もするつもりは無い」
副会長は、突き放すように答えた。
「…そうですか」
「思ったよりも時間が経っていたみたいだ。私は次の予定があるので先に失礼させてもらうよ」
そう私に告げると、彼女はこちらを見ること無く、立ち去ろうとしていた。
「それと最後にだが…」
角を曲がる直前、副会長は立ち止まる。
「これは私からの個人的なアドバイスだが…」
「確かに君には才能がある。その才能を活かす為にもトレーナーを変えることをお勧めするよ。彼では君の才能を活かすことは出来ない。それどころか、その才能を埋もれさせてしまうだろう」
「…………はぁ?」
「聞こえなかったかい?トレーナを変えた方が…っ!?」
頭よりも先に身体が動いていた。
私はシンボリルドルフとの間にあった距離を一気に詰めて、自分の顔を相手の眼前まで持っていく。身長差の分、少し見上げる形になるが気にしにない。
「残念です。貴女ほどの方が、彼の素晴らしさを理解出来ないなんて思いませんでした。少し失望しました」
「…なんだと?」
彼女を怒りを滲ませるが、私には関係ない。私にだって怒りの感情はある。
「………では、証明して見せましょう」
「なに?」
「聞こえませんでしたか?証明すると言ったんです」
「私の走りでもって、あなたの目がいかに節穴であるかを、ご覧にいれましょう」
シンボリルドルフ副会長と別れた後、私はすぐに控え室へと急いだ
走って行きたいと急く気持ちを抑えながら、それでも少し早歩きをしながら、脚に影響がないように急ぐ。
「お前は自分がやった事が分かっているのか!」
「トレーナーとして、担当を守るべきではないのですか?」
控え室へ向かい、角を曲がろうとした時、その方向から声が聞こえた。
1人は語気が荒く、もう1人は声色は冷静に感じるが、言葉の端々に怒り…というよりは呆れを感じる声に思える。
誰かが言い争いをしているようだ。
(どうしよう…他に道はあったかな?)
「もちろん、理解した上で許可をしました。全て私自身の判断です。もし何かあれば責任は取るつもりです」
3人目の声を聞いて、背筋に戦慄が走る。
その声は私のよく知る声である。
「何かあってからじゃ、遅せぇんだよ!」
「彼女の才能をあなたのエゴで潰すつもりですか?」
「…私はエゴを出しているつもりはありません。それに、あれは彼女の意志を最大限尊重した結果です」
「トレーナーってのは、担当の言うことばかり聞くお人好しのことじゃねぇんだよ!」
「ええ、理解してますよ」
1人はかなりヒートアップしており、言葉にかなりの怒りがこもっている。
「ステージでのあの動きは、どう説明するつもりだ?」
「あのフリは、彼女が右脚への負担を極力減らす為に考えた動きです。あのフリであれば大丈夫だと、そう判断しました」
「そもそもそのような状況であれば、ウイニングライブに出すこと自体、間違えています」
2人からの追及にトレーナーは淡々と答えていく。
しかしその答えに違和感を覚える。
まるで、今回の件の責任を自分自身に向けているような、そんな答え方に思える。
「やはり、あなたにあの子のトレーナーは荷が重いのではないですか?」
「…それはどういう意味ですか?」
「アクアルミナスは、今やこの世代の中でもかなり注目されています。それなのに、あなたがトレーナーですと、あの子の才能が埋もれてしまう可能性があります」
私の才能が埋もれる…さっきも聞いた話だ。
どうして赤の他人にそんなことを言われないといけないのだろう。
何もわかっていない、何も知らない人たちに…
トレーナーが私のわがままだと言えば…いや、それでもダメなのか…
どうあってもトレーナーの責任があることになってしまう。
一方的に糾弾されるトレーナーを見て、私は自分のした行動の愚かさを痛いほど理解する。
「では、どうしろと?」
「今すぐアクアルミナスとの契約を解除しろ」
「…っ!」
───契約解除
その言葉が私の頭の中で、強くこだまする。
今すぐにでもこの角から飛び出して、『私が全部悪い、トレーナーは悪くない』と言いたい。でもそれは却ってトレーナーの立場をより悪くしてしまうかもしれない。
「…う、うそ…なんで、そんなことに」
私はショックを受け、項垂れていると、笑い声が聞こえた。驚きながらもその声を聞くと、その声が自分のトレーナーから発せられているものだと分かった。
「何がおかしいっ!」
「いやっ…何を言い出すかと思えば、契約解除ですか…では、契約を解消したとして、トレーナーを失った彼女をどうされるおつもりですか?あなた方が契約でもするのですか?」
少し笑いを堪えながら、トレーナーは聞き返す。すると語気の荒い方が嬉々として答える。
「あいつには天賦の才がある。あの才能があれば、クラシック三冠も狙える。俺がダービートレーナーになるのも夢じゃない」
「なるほど…あなたはどうですか?」
「えっ、私は…その…」
「あなたもアクアルミナスを担当にしたいですか?」
「出来ればしたい気持ちはあるが、あれほど特異なウマ娘をコントロール出来る自信が私にはありません」
「特異ですか…」
「そうでしょう、インタビューや模擬レース、そして実際に今日のレースでも見ましたが、彼女はあまりにも冷静過ぎる。シニア級のウマ娘でもあそこまで冷静でいられる子は少ない。ましてデビューしたてでなんてまずありえない。恐らく私では扱いきれない」
色々と自分の事を好き放題言われているが、私にはそれが気にならない程に、自身のトレーナーの次の言葉が気になっていた。
「まずあなたには、彼女のトレーナーは無理ですね」
「なっ!」
(すごい煽ってるっ…!?)
「…んだとっ!」
「彼女に才能があるというのは、私も同感です。もしかしたら天賦の才もあるかもしれません。ですが今の彼女を形作るのは、彼女の努力と学習の賜物です」
トレーナーは、落ち着いた様子で淡々と話していく。しかしその声には少しの怒りを滲ませる。
「自分自身に対する要求は常に高く、常に前を向いている。現状維持を許さない 、常に進化を求めている。そんな彼女のトレーナーが、あの子の才能頼りにするようでは成り立つ訳が無い」
「…っ」
「血反吐を吐く思いで合格して、中央のトレーナーになりましたが、彼女の知識や立案、発想はそんな我々と同じ、あるいは超えているかもしれない」
「「っ!?」」
「普通であれば心が折れているかもしれない」
「でもあなたは、彼女のトレーナーを辞めるつもりは無いのでしょう?」
「ええ、もちろん。辞めるつもりなんて毛頭ありません」
「…なぜですか?」
「………彼女が、アクアルミナスが私を選んでくれたからです」
「最初はただの気まぐれかと思っていましたし、正直半信半疑でした。でもあの子は俺の事を信頼すると言ってくれました。……ちょっと重たいくらいね」
重たいって思われてたんだ…
いや、まぁそう思われても仕方ないかもしれない…
「そこまで言われて投げ出す人なんて、トレーナーじゃないでしょう」
「そこまで彼女のトレーナーでありたいと思うなら、何故あなたは彼女を止めなかったのですか?」
「…」
今まで相手の質問に対してすぐに言葉を返していたトレーナーだったが、その問いにはすぐ答えなかった。
この質問は、私も気になるところだった。確かに、何故トレーナーは無理にでも止めなかったのか…
「…お二人はトゥインクル・シリーズで走る子達をどう見ていますか?」
「どう見ている…ですか?」
「アスリートだろ」
「その通りです。ですが、それはただの一面でしかない。あの子達は競技者であると同時に1人の学生です。アクアルミナスは、今年入ったばかりの中等部の子どもです」
2人のトレーナーは、何も言うことなく聞いていた。
「ただの年代の話というだけではありません、精神面や社会性も含めてです。あの子は大人びているように見えますが、それでも年端もいかない子どもです。それはお2人の担当している子もそうでしょう?」
「まぁ、それは…」
「その子たちを見守るのも我々の役目であり、あの子たちが間違った方向に行かないように教え、導くのもまた同じです」
「ますます意味が分からねぇ、そう思うならなぜ止めなかった。無理矢理にでも止めれたはずだ」
「…仰っていることは分かります。それこそ彼女に説明して止めることが出来たのではないですか?賢いのですから、理解出来るはずです」
…トレーナーはちゃんと説明をしてくれた。でもそれを私が断った…断ってしまった。
「意味が分かると理解するは、全然違うことなんです」
「あの子自身が自分の行動の意味を理解しなければ、今回は良くてもいずれまた同じことが起きてしまう。だからこそ自分で気づく必要があるんです」
「…」
私は子どもだ。
そんなことは分かってる。
でも少しは成長していると思っていた。
あの頃よりは、大人に近づいていると思っていた。
でもそんなことは無かった。勘違いだった。
私はとんだ思い違いをしていた。
私はまだ、ただの子どもだった…
自分の都合を押し付ける、我儘を言いたい放題言うバカな子どもだ…
…
……
………
…………情けない…
なんて…情けないんだ……私は…
一体どんな顔してトレーナーに会えば良いのだろう…
なんて言えば、許して貰えるのだろう…
わたしは…
「────ろそろ、担当が戻ると思いますので…」
話が終わったみたいだ…
私も戻らないと…
壁にもたれ掛かり、へたりこんでいる重たい体になんとか力を入れて立ち上がる。
…私、今どんな顔してるんだろう…
多分ヒドイ顔をしてるだろうな
「お疲れ様、ルミナス」
「トレーナーさん…」
控え室に向かっていると、トレーナーが前から歩いてきた。
「どうしてここに?」
「ルミナスの帰りが少し遅かったから、迎えに行こうと思ってね。脚のこともあるし」
あの後、その場に居たことがバレないようにゆっくり歩いていたが、それが却ってトレーナーを心配させてしまったようだ。
迎えに来てくれたトレーナーの姿を見て、先程聞いていた会話を思い出す。
「あ、あの…トレーナーさん…」
「ひとまず部屋に戻ろう。ルミナス、今すごく疲れた顔をしているよ」
「はい…」
話すタイミングを失った私は、そのままトレーナーの後ろをついて部屋に入る。
「じゃあ俺は外で待ってるよ」
控え室に着くとトレーナーは、中に入ろうとせずに外で待つと言う。恐らく私の着替えの為だろう。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいトレーナーさん!トレーナーさんに……言わないといけないことがあるんです…」
扉を閉めようとするトレーナーの手が止まる。そしてこちらを心配そうに見る。
「それは脚のことかい?」
「いえ、脚のことではなく…えっと…」
「ルミナス?」
「トレーナーさん、すいませんでした」
「ルミナス!?」
トレーナーの将来を傷つけるかもしれないことを考えると、私が頭を下げるだけでは足りないかもしれない。
「シンボリルドルフ副会長から聞きました。私がワガママを言ったせいで、トレーナーさんに多大な迷惑を掛けたと…」
「ルミナス、それは…」
「私のせいで、トレーナーさんの未来にも影響を及ぼすと…」
このまま話すと涙がこぼれそうになる。
でも私が泣いちゃいけない…迷惑を掛けた側が泣いていいはずがない。
「はぁ…そんなことまで言っていたのか…やっかいな皇帝様だな…」
トレーナーからため息となにやら愚痴が聞こえる。
「ルミナス、君が気にしなくても良いことだ」
「そんなことありません!私のせいです…私がライヴに出たいなんて言わなければ…」
「確かに…君が出たいと言わなきゃ、俺も出すつもりは無かった」
「でしたらっ!」
「でもルミナス、君はそれで納得出来たかい?」
「…っ!そ、それは…」
「恐らく納得は出来ないだろう。その場では飲み込めるかもしれないが、必ずしこりを残すことになる」
トレーナーの言葉に何も言い返すことが出来なかった。自分でもそうなる可能性が高いと思ってしまったからだ。
「そういったものは残さないのが一番だからね」
「それに君が大切にしていることを僕も尊重したいと思ったんだ。だからこの判断に僕は何の後悔も無い」
「ですが…」
「それにな、ルミナス」
俯く私と目を合わそうと、トレーナーは屈んで私の顔を覗き込む。
「僕の将来を心配してくれるのはありがたいけど、そもそも君がいなかったら、僕は担当を持つことすら出来なかったかもしれないんだ。そう考えるとこれくらいなんともないよ」
トレーナーは少し苦笑いをしながら、赤く腫れているであろう私の目を真っ直ぐ見ながら話を続ける。
「それとアクアルミナスのトレーナーなんだから、少しは型破りなくらいがちょうどいいだろう?」
「なんですか、それ…私が非常識みたいじゃないですか…」
悪戯っぽく笑うトレーナーを見て、私は少し頬を膨らませる。
「君は非常識というよりは、奇想天外かエキセントリックの方が似合うかな」
「それどちらも似たような意味です」
「とにかく君は君の思うように進んだらいい。後ろのことは僕に任せておけばいい。君が道を間違えそうになったら僕が止めてあげるから」
トレーナーの言葉を聞いて、我慢しているモノが我慢出来ずに溢れ出る。
「病院の予約時間まではまだ時間はあるから、ゆっくり準備してくれたらいい。ドリンク類もそこの冷蔵庫に置いてるから自由に飲んでくれ。あとタオルはそこに、それとあまり身体を冷やさないようにな」
「わ、分かりましたからっ!」
今の顔を見られたくない気持ちから、トレーナーを部屋から押し出すように背中を押していく。
部屋の外まで追いやることに成功し、一息ついていると、扉からカチャリと音がなりトレーナーが顔だけ覗かせている。
「まだ何か…?」
「これで最後だよ。3勝目おめでとう、ルミナス」
そう言うと、トレーナーは扉を閉める。
私は扉に耳を当てて、トレーナーがその場から去ったことを確認する。
そして扉を背にペタンと座り込む。
「おめでとう……か。でもトレーナーに迷惑掛けちゃったな…」
でも最後にトレーナーが笑ってる顔を見れて良かった。
トレーナーの笑顔を思い出し、ホッとする私は存外単純なのかもしれない。
他のトレーナー達に言っていたことは、私には言ってこなかった。あの時の言葉もトレーナーの本音であるとこに間違いは無い。
「…っ、はぁ…私はまだまだ弱いなぁ…あの時から少しは強くなれたと思ったのになぁ…」
重たい身体を何とか動かし、控え室に備え付けてあるシャワー室に入る。
頭から心地よい温度のシャワーを浴びる。
様々な疲れが少し流されていく気がする。
ふと先程までのことを思い返す。
思い返されるのは、自分の傲慢さ・無思慮さ・未熟さ…
自分の馬鹿さ加減に腸が煮えくり返りそうになる。
そしてトレーナーの行動・覚悟・優しさ…
自分の無力さに涙が出てくる。
本当に……
病院まではまだ時間があると言っていたので、もう少しだけこのままいよう。
汗と一緒に目から流れるものも流し切らないと…
トレーナーに心配掛けないように…
次会うときは何事もないように…