走る意味を探していた少女が碧の女王と呼ばれるまでの物語 作:シャケサバ
「ふむ……」
『うぅ...ゆ、夢は…えーっと、特に無いです。も、目標は〜強い人とたくさん走ることです!』
あの自己紹介を聞いた時は少し驚いた。
中央トレセン学園に夢や具体的な目標を持ってない者がいるのかと思って、思わず目を向けた。
言葉の出処に目を向けると黒味がかった栗毛にアクアマリンの耳飾りをしているウマ娘がいた。
(アクアルミナスか…)
夢の有無、目標の有無で別段何が変わるわけでも無いが、中央という場所を考えると珍しくもある。その証拠に周りも少しザワついていた。
かくいう私も小さく驚きの声が出てしまった…
『では、次の方自己紹介お願いします。』
色々考えていると、自分の順番が回ってきた。
「はい、エアグルーヴです。」
「私は自らの理想であり、憧れでもある母のようなウマ娘に近づくことが目標です。そして母が制したオークスを必ず取るつもりです」
私の目標はお母様の勝った『オークス』に勝つこと。
しかしそれはあくまでクラシック期の目標だ。それ以降はまた新たに考えればいい。
話していると、どこからか目線を感じる…自己紹介をしているのだから、それは当然なのかもしれないが…なんだ?
ふと右斜め前を目を向けると、1人のウマ娘と目が合った。
「ん?あれは…」
しかしすぐに目を逸らされてしまった。
(一体なんだったんだろうか?)
その後、つつがなくクラス全員の自己紹介が終了した。
さて、HRも終わったし、グラウンドに行くか…
「エアグルーヴさん、練習に向かうところ申し訳ないのだけど、ちょっといいかしら?」
グラウンドへ向かう廊下を歩いていると1人の教師に呼び止められる。
「はい、なんでしょうか?」
「あなたと同じクラスのアクアルミナスさんに職員室に来るように伝えてもらえるかしら」
「え?あ、はい。分かりました」
「それでは、よろしくお願いします」
(はぁ…教室へ逆戻りか。面倒だが頼み事であれば仕方あるまい)
溜息をつきながらエアグルーヴはアクアルミナスへ伝言を伝えるために来た道を引き返して教室へと歩く。
(アクアルミナス…)
まさかああいう奴だったとはな…
別に失望した訳ではなく、少し意外というか驚きだった。
初めて私が彼女を見たのは、中央トレセン学園へ入寮した日だった。
寮内の案内を受けた後、少し学園を散策していた。
「ここは第2トラックか…やはり中央というべきか」
練習施設や設備、環境含めて日本トップクラスであることは間違いない。
この第2トラックも校舎から少し離れているが練習には申し分ないものである。
タッ タッ タッ タッ
「ん?誰か走っているのか?」
トラックから聞こえる足音が気になり、少し覗いてみた。
すると、そこでは1人のウマ娘がトラックを走っていた。
「ーーっ!」
私はそのウマ娘の走る姿に目を奪われた。
「なんて綺麗な走りなんだ…」
驚きと同時にこれが中央かと改めて思い知らされた。
私も必ず…と思い、走りを見ていると…
「おや?ここにいたのかい」
「フジキセキ寮長」
「ハハ、ここは寮じゃないからフジ先輩でいいよ」
「分かりました、フジ先輩。ところであの方をご存知ですか?」
「ん?あぁ、今走ってる子かい?」
「はい」
「えーっと……黒っぽい髪に青い石…アクアマリンかな?だとしたらアクアルミナスだったかな」
「アクアルミナス……」
「気になる?」
「はい、とても美しいフォームで無駄の無い走りだと思って見ていました。先輩なのでしょうか?」
「先輩か……」
「どうかしましたか?」
なぜこちらを見て、笑っているのだろうか?
「アハハ、じゃあそんなエアグルーヴにサプライズを教えてあげよう!」
「サ、サプライズ?」
「今走ってる子は…君の同期さ」
「えっ……」
「つまり君と同じ新入生ということさ!」
「ーーっ!!」
フジ先輩の言葉を聞いて、再び走っているウマ娘を見る。
先程の驚きは一瞬にして恐怖へと変わる。
まさか…同じ新入生だったのか……
改めて走りを見て感じる。
恐らく今の自分では勝てない…
「どう、驚いたかい?」
「え、えぇ」
「彼女も昨日入寮してきたばかりなんだけど、案内したらすぐに『ちょっと走ってきます』って言っちゃったよ」
「そうなんですか…」
「今年も楽しみなポニーちゃんが多くてなによりだよ!」
「フジ先輩は…彼女に期待してるんですね」
「そうだね、でも彼女だけじゃないよ。もちろん君もさ、エアグルーヴ」
「えっ?」
「私は皆に期待してるし、皆に可能性があると思ってるよ」
「私は……」
「それに相手が強いければ強いほど面白いじゃないか」
「ーーっ!」
「ここに入った事がゴールじゃないでしょ、エアグルーヴ」
そうだ、相手が強いからなんだ、それ以上に私は強くなれば良いだけのことだ!
「ありがとうございます、フジ先輩。では私も走ってきます!」
「うん、ほどほどね〜って言っちゃったか。いやー青春だね」
あの時の彼女を見て、かなりストイックな性格で目的のために突き進むように思っていたが、私の勝手な想像に過ぎなかった。
ただその後も練習している姿を見かけたりしたが、表情は真剣そのものだった。一切妥協せずにメニューをこなしていた。走りに関して言えば、ストイックと言える。
(一度共に練習する機会があればいいんだがな…)
考えながら歩いていると、もう教室の前まで来ていた。
とりあえず教室に来たが…ここにいなければどこを探すかとするか
教室の扉を開けると、そこには机に突っ伏しながら唸り声を上げている1人のウマ娘がいた。
(あれは……セミロングで黒味がかった栗毛にアクアマリンの耳飾り…間違いないな。というか何をしてるんだ?)
「アクアルミナス」
「…」
「アクアルミナス!」
「……」
「おい、アクアルミナス!!」
「っ!?」
3回呼んで、やっと彼女はこちらに気づいた。
「何度呼んでも反応が無かったが大丈夫か?もしかして体調でも悪いのか?」
「あっいや、大丈夫です。」
「大丈夫ならいいんだが...」
「私に何か用事ですか?えーっと…確か… 気の強そうな……えーっと……なんだっけ?う〜ん、あ!委員長だ」
(気の強そうなと言ったな…)
「……はぁ、自己紹介をしたばかりなのだがな。確かに学級委員ではあるが、私の名前はエアグルーヴだ」
「ありがとう、委員長」
(委員長呼びは変わらんのか…)
「…その様子だと他の子の名前も覚えてなさそうだな」
「えっと…それはーそのー」
「はぁ…」
こいつは大丈夫なのだろうか?
上手く集団生活を出来るようには見えんが…
「...はぁ、まぁいいアクアルミナス、先生から職員室に来いと言われてたぞ。」
「...えっ?なして?」
「知らん」
「理由は聞いてる?」
「知らん」
「本当に?」
「知らん、というか私が隠す意味が無いだろう。」
「それはそうだね」
「「・・・」」
(なんなんだ、こいつは…)
「教えてくれてありがとう、行ってくるよ。」
「すまない、少しだけ良いだろうか?」
「ん、なに?」
席を立とうとした彼女を止めて、気になったことを聞くことにした。
「先程の自己紹介のときなのだが…」
「うん」
「自己紹介の時に夢は無いと言っていたが…」
「う、うん」
「それは本当なのか?」
「一応本当…だけど…」
「そ、そうか」
「な、何か気になることでも?」
「いや、なんというかだな…」
やはり本当だったか…
まぁ私が勝手に期待してしまっていただけだが、少し残念だな…
「夢は特に無いんだけど、私はレースは好きだから…たくさん面白いレースが出来ると思ったからトレセンに来たの。ここだったら強い人達とたくさん走れるでしょ」
その言葉を聞いてわたしは驚いた。
てっきり夢や目標無く、走ることが好きなだけなのだろうと思っていたが、そうではないらしい。いや走ることは好きなのだろうが、これほどまでに好戦的だとは思っていなかった。
なるほど、少し安心した。
「そうか、それなら私も楽しみだ」
「もう行ってもいいかな?先生が呼んでるんでしょ?」
「あ、あぁすまない。時間を取らせてしまったな」
「いえいえ、それでは…」
走っていくアクアルミナスを見送る。
あの時に感じた恐怖はまだ覚えている。
だが、それで諦めて何がダイナカールの娘だ!そんなものは私が理想とすべき姿ではない!
私が必ず勝ってみせる!
「さて、練習へ向かうか」
己が理想の実現の為、私は歩みを止める訳にはいかない。