砂糖堕ちハナエちゃんのお話   作:砂糖堕ちハナエちゃんの人

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第二話「甘い茶会」(前編)

いつ頃からだろうか、ティーパーティーの会合に甘い香りが漂うようになったのは。

 

いつ頃からだろうか、ナギサ様とセイア様が酷く甘い香りを纏うようになったのは。

 

いつ頃からだろうか、二人の瞳がまるで腐敗した廃糖蜜のような黒く澱んだ瞳でこちらを絡めとらんとばかりに見つめるようになってきたのは。

 

 

 

 

「…ネ……、……ミネ……、ミネ団長」

 

「っ、あっ、サクラコさん」

 

 少し考え事を深くしていたようで、顔を上げれば、旧友でシスターフッドを率いてる、歌住サクラコさんが私の顔を覗き込んでいました。

 

「随分お疲れの様ですね。やはり事態は芳しくない状態でしょうか?」

 

「ええ、私達の想像以上に学園内部へと浸透しています」

 

 私はそう言うと胸元から1本のメモリーカードを取り出して彼女に差し出します。

 

「これはここ数週間、件の暴動や騒乱で救護した人命のリストとカルテのデータを氏名など個人を特定するすべての箇所を除去したうえで収録してます」

 

 メモリーカードを受け取ると彼女も同じように胸元からメモリーカードを取り出し私へと差し出す。

 

「こちらはシスターフッド独自の情報網と捜査網で集めた情報が記録されています。是非一読を……」

 

「ありがとうございます」

 

「これで、あとはハスミさんからの情報待ちなんですが……」

 

「ええ、来るの遅いですね。ハスミ副委員長……」

 

 今のトリニティを覆いつくそうとしている不穏な空気にいち早く気づいた正義実現委員会副委員長の羽川ハスミさんからの提案でティーパーティーの会合のある日、予定よりも早く直参してこの控え室で落ち合い情報交換や相談をすると決めていたのでしたが、今日はいつになってもハスミさんが現れようとしません。

 

「きっと緊急の出動依頼が掛かったのでは?」

 

「その可能性は少ないかと思います。それなら救護騎士団にも同じように出動依頼がかかるはずです」

 

エデン条約会場襲撃事件以降、正義実現委員会と救護騎士団はほぼ同時に動くようになることが多くなり、より迅速に被害と事件の拡大防止と収束につとめるよう連携体制を取ることになりました。「ツルギとミネが壊し、救護騎士団が癒して、正義実現委員会が後片付けをする」などと言う輩も居るみたいですが……。

 

「では何かあったのでしょうか……?」

 

 サクラコさんの呟きに私の中のある記憶が浮き上がってきました。

 

 

"大変な事になりそうです。もしかしたらこの事件の真の黒幕に近づけるかもしれない"

 

 

 数日前、ティーパーティーの依頼でトリニティ自治区郊外のダウンタウン内部に極秘に作られたヘルメット団のアジトへの強襲作戦。今トリニティで多発している暴動事件に深く関与してる疑いのあると言うその秘密工場への突入作戦が無事終了し、補給のためいったん後退して来たハスミ副委員長がすれ違いざまに私に耳打ちします。その内容はとても衝撃的な内容でした。

 

 

"ティーパーティー上層部は劇物で既に汚染されきっています。そしてこの案件の黒幕はティーパーティーではなく、ナギサ様もセイア様も騙し討ちされた被害者なのかもしれません。真の黒幕は別にいます"

 

 

 その時、もっと、少しでも詳しく聞き出せばよかったのかもしれないけれど、正実の子らとともに前線支援に出ていた準戦闘員クラスの救護団員の迎え入れと、交代で作戦現場へ救護活動へ入る団員たちへの指示で忙しく、また、彼女も珍しく現場視察へ訪れたナギサ様に声を掛けられていたため、「次回の会合の時、お話します」と言う言葉を信じてしまい、その場別れをしてしまったのでした。

 

「もしかしたら……」

 

 私の中で浮かんだ、物語だとあまりにも陳腐なそして現実なら最悪な展開が頭を過ぎった瞬間……。

 

コンコン

 

 部屋をノックする音が聞こえ、私は待ちきれずドアへと駆け寄ります。

 

「ずいぶん遅かったじゃないですか。何かあったのですか?ハスミさ……」

 

 少し開いたドアの向こうへ思わず声をかけてしまい……

 

「あ、あの……お時間が来ましたのでお迎えに参りましたのですが……」

 

 そこにはあの黒い大きな翼と赤のラインの黒セーラーではなく、控えめの白い羽と純白のベレー帽と制服姿の生徒の姿だけがありました。

 

 

 

 世話役の生徒の案内で向かったティーパーティーの大広間へのドアが開かれ、その先の視界に広がった光景に私は思わず瞠目してしまいました。

 

 何時にも増して濃く漂う甘い香り。

 

 テーブルに並べられた色とりどりの茶菓子とティーセット。

 

 そして……。

 

「どうして……」

 

 セイア様とナギサ様と一緒に優雅にお茶を楽しむハスミさんの姿があったのです。

 

「ハスミさん……」

 

 私とサクラコさんが呆然としているとその様子に気づいたセイア様が声を掛けてきます。

 

 

「やぁ、サクラコにミネ。どうしたんだい、そんな唖然とした表情を浮かべて?……ああ、もしかして遅刻したか時間を間違えたと思ったのかい?それなら心配ないよ。予定通りの時間だ」

 

「うふふ、ごきげんようサクラコさんミネさん。驚かせて申し訳ありません。定例会の前に私達のお茶会仲間に " 新しく加わった " ハスミさんの歓迎パーティーをしていたんです。ふふっ、ちょっと盛り上がり過ぎて予定オーバーしてしまったみたいですね」

 

 セイア様に続きナギサ様が挨拶をして……。

 

「ごきげんよう、サクラコさんミネさん。黙っていてすみません、セイア様とナギサ様の私的なお茶会に正式なメンバーとして加入させて頂きました。私は今とても幸せです。お二人もどうです?お茶もお菓子も " とっても甘くて " 美味しいですよ?」

 

 微笑みながら優雅に紅茶を嗜むハスミさん。その漆黒の翼とセーラー服に似合わぬ甘い香りを纏わせ、トリニティの秩序と平和を守る正義の静かな闘志に揺れていた暗赤色の瞳は底の見えない廃糖蜜のような澱みを帯びていて、彼女が悪魔に囚われ堕ちてしまったと言う現実を嫌と言うほど見せつけられた瞬間でした。

 

 

 

 その日からトリニティの空気はさらに変わっていきました。正義実現委員会の委員長を務めていた剣先ツルギさんが突然の"急病"のため休学し、その間ハスミさんが委員長代行に就任した事。その頃くらいから正実の生徒達が暴徒相手に過剰な武力を揮い問題になる件が目立ちだした事。

 

 私も実際にその現場を何度か目撃し、ハスミさんへそれと無く注意を促してみたのですが、彼女は少し困った表情を浮かべ「ええ、善処いたします」と答えるのみであまり良い反応がありません。私がついカッとなり少し強い言葉で返したところ、ハスミさんは突然激昂し、私もいつもの悪い癖でヒートアップしてしまい、騒ぎを聞き慌てて駆け付けてきたサクラコさんが来た時にはお互い銃を突きつけ合い睨み合いへと発展していました。

 

 

 

「いけませんね……これでは」

 

「冷静に。怒りに振り回されてはいけません」

 

 ハスミさんとの武力衝突未遂になったあと、私は聖堂で頭を冷やしていました。

 

「サクラコさん。私……どうすれば良いのでしょうか」

 

 疲れ果てた私の口から弱音が零れてきます。

 

「目の前に確かに大きな危機があり、何かが暗躍しているのが確かに見える。なのに、なのにあと一歩手が届かないっ……掴みかけても何もかも手から零れ落ちて行くの!!」

 

 まるで己が無力で矮小な存在だと言わんばかりに見せ付けられる現実。姿見えない巨大な悪魔は必死に奔走する私達をあざ笑うかのようにゆっくり優雅にナイフとフォークで学園と生徒達を少しずつ丁寧に切り取り分断し、口へと運び飲み込んで行く。気が付けばティーパーティーのお二人は堕とされた。頼みだったハスミさんも沈められた。もう自分とサクラコさんしかいない。

 

「ミネ団長。あなたは少し抱え込み過ぎです。ここは暫く休まれては?」

 

「しかしっ」

 

「このままではあなたまで壊れてしまいます。それでは意味がありません」

 

「では…どうしろと?まさかこのまま学園が沈んでいくのを見てろとでも言うのですかっ!」

 

「そうではありません。ミネ団長、あなたには救護騎士団の活動にのみ集中していてください。諜査活動は我々シスターフッドに一任していただきたいのです」

 

「しかし……それでは……」

 

「ふふっ、ご安心ください。私達の心はいつも主の御心の元に。その信心から来る団結力と結束力は決して揺るがず悪魔が入り込む隙などありません。正実の様にはなりませんでしょう」

 

 こんな事言うとハスミさんに怒られますね、そう少し意地悪そうに微笑む彼女に私は少し肩の強張りが緩む感覚を覚えました。ああ、そうですね、エデン条約の時にも先生から言われてましたね。だから信じましょう、この大切な旧友を。

その後、「救護活動中に何か見つけたら隠さず報告するから、シスターフッドも手に入れた情報は教えて欲しい。救護騎士団としても蒼森ミネ個人としても余計な手出しはしない。そう約束を交わして、私達は別れたのでした。

 

 

 

 

 

 

 ……主よ、おゆるしください。

 

 何度もこちらを心配そうに振り返る旧友に手を振りながら私は心の中で懺悔をします。

 

 ……私は、主の教えに背き、大切な友人に嘘をつきました。

 

 私は、ミネ団長がまだ知らない情報を既に知っている事、このトリニティを飲み込もうとする悪魔の正体に手が届いてる事。そしてそれらを彼女に告げず、私一人で決着着ける事を。

 ミネ団長、あなたは美しく真っすぐで硬いトリニティの正義の心を体現している人です。きっとこの事件の真相を知れば、あなたは怒りに狂い、その美しい信念を歪め、もしくは残酷な真実に耐えきれずその硬い心と共に砕け散ってしまうでしょう。それだけは何としても防がねば。

 

 

 まさか、今回の事件はアビドス自治区からやってきた砂糖が原因で、それをトリニティに広め手引きした生徒が居る。あの補習授業部に――。そんな情報を今の彼女に教えるわけにはいかない。

 

 

 ハスミさんが最後に私に極秘で送ってきたデータ。ゲヘナ学園で猛威を振るう砂漠の砂糖と呼ばれるアビドス自治区でしか作れない特殊な砂糖。絶大な香味と引き換えに代わりに恐ろしい依存性と禁断症状を齎し、あのゲヘナ自治区を暴走自滅寸前へと追いやろうとしている悪魔の結晶。

 万魔殿・羽沼マコト、ゲヘナ風紀委員会・銀鏡イオリ、便利屋68・陸八魔アル。三名、平時なら決して手を結ぶことのないであろう3つの集団からそれぞれから上げられた、調査の深度やテーマの角度、結果の詳細など細かい所に違いはあるもののほぼ同じ内容のレポート。

 アビドス高校3年小鳥遊ホシノよりゲヘナ学園3年生空崎ヒナの手引きにより爆発的に広まっていき、その過程で障害になるであろう集団や組織とその関係者達がが続々と飲み込まれ無力化している事を。

 

 その内容に激しく既視感を抱き、文末に同じことがトリニティでも起きているはず、そう書き締めくくられていたレポートを元に私は動き始めます。すると直に有力な情報が集まってきました。ハスミさんが最後まで集めていた正実の調査資料には小鳥遊ホシノと接触しているトリニティ生徒らしき人物を捉えた証言や監視カメラの資料が未整理の状態でありました。残念ながらその生徒を特定するまでには至りませんでしたがそれが有力な証拠となりシスターフッドを動かすのがとても楽になりました。

 直ぐに情報は来ました。小鳥遊ホシノが接触しているトリニティ生徒は補習授業部の生徒である、と。これで私の中で一人、有力候補の生徒が浮かびました。

 

 

阿慈谷ヒフミ

 

 

 彼女はトリニティの枠を超えてアビドス高校の生徒と個人的にかなり深く付き合いがあり、彼女個人の通信端末には小鳥遊ホシノの番号が登録され、何度か通話をしている形跡も確認済み。またブラックマーケットへ度々出入し、『覆面水着団』なる犯罪集団とも繋がりがあるとの事から砂漠の砂糖へ誰にも知られず接触出来き自由自在に扱う事が出来る人物なのです。恐らく彼女は一番クロだと思うのですが……。

 

(証拠が無さ過ぎるんですよね)

 

 調べれば調べるほど、砂糖を使用した形跡どころか関わった痕跡すらも出て来ないのです。試しに彼女を聖堂に誘き出し…招待しメンタルチェックと称して何度か直にお話をしてみたのですが……。

 

(砂糖中毒者の特有の衝動や言動の気配すら見えないんですよね)

 

 大好きなペロロ様と言うゲテ…"独創的な意匠"のぬいぐるみについて病的に語るとき姿はソレに近いのですがこれは以前からなので関係なし。あとは全く怪しい所が見えないのです。瘦せ我慢しているのかと1日教会の奉仕活動をさせてみましたが変化は無く、ヒナタやマリー達と汗を流しながら楽しそうに清掃活動に励む彼女の姿に良心が痛まされたくらいでした。

 

(砂糖の危険性を知っていて自身は摂取していない?)

 

知的な彼女ならやりかねないのですがそれにしてもただ横に流すだけではあまりにも旨みが無いのです。金銭目的も口座や購買記録に大きな変化は無し、彼女の私室に隠し金庫なども見当たらなかった。

 

(やはり、少々危険覚悟で行かなければならないようですね)

 

 不入虎穴不得虎子、何か大きな物を得ようとすれば危険へ飛び込まないといけない。補習授業部が怪しいのなら補習授業部へ近づき入るしかない。懐から通信端末を出すと素早くタップし、通話を始めます。

 

 繋がるコール音の先には、私が補習授業部へ怪しまれずに近づく事が出来る心強い仲間がいます。

 

『もしもし?何か御用でしょうかサクラコさん?』

 

「……もしもし、夜分遅くに失礼します」

 

 阿慈谷ヒフミと同じ補習授業部のメンバーで、普段から色々と助けて頂いてる――。

 

「実は大切な相談事があるのですが、よろしいでしょうか?浦和ハナコさん」

 

 あの悪魔の砂糖とは無縁の心優しい生徒が――。

 

 

(つづく)

 

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