異世界帰りの武器屋ジジイ   作:水色の山葵

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第13話 森の赤地

 

「大丈夫……だと思う?」

 

 私は迅君へ恐る恐るそう聞いた。

 不安だからだ。久我さんをあの山に置いて来た事が。

 

 私の問いに、迅君は難しそうな表情で応える。

 

「爺さんの事か?」

「うん」

「大丈夫……な訳ねぇよ。戦えるのは四人。幾らでも武器があるとしても、相手は百人近い。勝てる戦力差じゃねぇし、何時間も持ち堪えられる訳がねぇ」

 

 迅君は私なんかより、よっぽど戦いに詳しい。

 幼い時から戦闘をして来た彼と私では、経験に差があって当然だ。

 だからきっとその意見は正当な物なのだろう。

 

「じゃあ、どうして?」

「分からねぇ……。100%爺さんは死ぬって頭じゃ分かってた筈なのに、あの爺さんと目が合って、気が付いたら頷いてた。お前も同じだろ?」

 

 そうだ。普段の私なら、あの状況で久我さんを置いて行く訳が無い。

 なのに、何故か、大丈夫な気がした。

 そう思わせる何かが、意思が、久我さんの瞳にあった。

 

「つっても、もう来ちまったんだ。後戻りはできねぇ。だから俺達がやるべき事は、一秒でも早く敵の親玉を殺す事だ」

「そうだね。分かってる」

 

 殺す。迅君がその言葉を使うのは、私にとっては珍しい。

 ダンジョンで魔獣が相手でも、彼は普段『倒す』と言う。

 それが、今は殺すと言った。

 

 戻っている?

 いや、本気になっている。私と一緒に居る時では、おそらく初めての本気。

 多分、そういう事だ。

 

 会話をしている内に森林エリアの上空へ到達した。

 

「居る?」

「分かんねぇ。レスタ、俺の知覚能力を上げてくれ」

 

 私にはレスタという彼の愛刀の声は聞こえない。

 けれど、レスタが迅君の言う事を聴かなかった事は無い。

 

「大量の動物が同じ場所に集中してる」

「それだね。魔獣がゾンビと一緒に戦ってるんだ」

「あぁ、方角は11時。行くぞ」

 

 ライドクラウドの方向を転換する。

 言われた方向に全速力で向かえば、それは直ぐに見えて来た。

 

「なんだ、ありゃ……!?」

「赤っ……」

 

 私より少し年上に見える女性。

 黄金に輝くサラサラの髪を、シャンプーの広告で見たのを憶えている。

 けれど、今の彼女にその様相は欠片も無い。

 

 全身を真っ赤に染めている。

 返り血じゃない。

 あれは、彼女自身の血だ。

 

 草と花と木の化物。

 確かにそう形容して良いだろう。

 ラフレシアの様な大口を開け、根ざした大地より出た数十本の触手を操る、巨大な緑を基色とした魔獣。

 

 それに彼女は、無抵抗で殴られていた。

 

「パラフレシア」

「なんだそりゃ……?」

「森林エリアに出る、花粉を吸わせる事で人間の身体を麻痺させる魔獣。でも、似てるってだけでそれじゃない。多分、進化種だ」

 

 魔獣は稀に進化する。

 その条件は人を多く殺す事。

 しかし、ここは迷宮都市でも初級の階層だ。

 その実態は殆ど暴かれていると言っていい。

 ここに来る探索者(トラベラー)が、あの程度の魔獣の個体に何人も殺されるとは考えにくい。

 

 でも、目の前の光景は事実だ。

 

「なんであいつ、反撃しねぇんだ?」

「触手の先。探索者が捕まってる」

「人質だぁ? ダンジョンの魔獣ってのはそこまで賢かったのかよ」

「いや、深層なら兎も角、こんな浅い階層でそれは無いよ。進化してなければの話だけど……」

「なるほどな、じゃあどうする?」

「さっきと同じ。一瞬で全部の触手を斬り落とす」

 

 でも一つ疑問が残っている。

 

「なんで、あの人は操られないんだろう?」

 

 触手に掴まれている探索者は全員操られてる。

 なのに、無抵抗の彼女が何故か無事。

 

 その差異はなんだ?

 

「気合じゃね」

「違うでしょ」

「へぇ……そういう事か」

「え、なに?」

「レスタが気が付いた。あの女、毒を魔力操作で無効化してる」

「何その力技、ほぼ気合じゃん」

「でも、良い事を知れたな。要するに、俺等もあいつと同じ事をすれば毒を無効化できる」

 

 確かにアーツもアーティファクトも、源流は魔力による物だ。ならば、あの魔獣が使う毒も魔力に関係する物でも不思議は無い。

 

 迅君に言われて、私も彼女の魔力を解析してみた。

 そうすると、確かにその身体は強い魔力で覆われている。

 

 アーツ……いや、アーツは名の通り『技』だ。

 なんのアクションも無く、持続的に効果を維持させる事は無い。

 

 それに私達とは違って、特殊な武器を使ってるって訳でもない。

 

 と言う事は、オリジン。

 ダンジョンが現れる前からの、異能者。

 

「作戦は決まった。敵もじっくり見た。あの女が気絶する前に、やるぞ」

「待って、相手は進化した魔獣。さっきのは初級の探索者だから上手く行っただけで、一瞬で全部の触手を斬るなんて無理だよ」

 

 それに人を掴んでいる触手の数は14本。

 さっきより多い。

 幾ら迅君の速度でも、それは難しいだろう。

 

「おい、お前が言った作戦だろ」

「まだ途中。普通にやったら無理だけど、やり方次第」

「やり方?」

「私の炎纏で迅君の短刀を強化する。それをレスタさんの魔力集中で増幅させて、刀身を拡張する……」

 

 私だけでは駄目だ。

 私と迅君の双方に高い魔力操作の練度が求められる。

 

 でも、彼の短刀なら……

 その制御能力があれば、私と合わせて魔術を使用できる。

 

「拗ねんなよレスタ。頼む」

 

 拗ねる……?

 

「良いってよ」

「拗ねるって何?」

「自分意外から俺がサポートされるのが、盗られたみたいで嫌なんだと」

「あのね、ほんとに全くそういう感情迅君にないから!」

「はいはい。さっさとやれよ」

「……全く。背中、こっちに向けて」

 

 私の指示に従って、迅君の背中が私へと向けられる。

 迅君の視線の先は敵を見据えて離さない。

 集中してるのが背中越しでも分かった。

 

 だから、私もその背中に手を添えて、魔力を送る。

 

「私のお母さん、病気なんだ」

「なんだ急に……」

「私は今から君に命を賭けさせる。だから言う」

 

 彼は短く息を吐き、黙る。

 

「母さんを助ける為に、ダンジョンで得られるアーティファクトの力が必要なの」

「そうか。なぁ巳夜」

「何?」

「俺は、今幸せだぜ。誰に命令される訳でも無く、自由に生きてる。レスタと一緒に馬鹿やれてる。この生活が長く続けば良いと思ってる。だから、お前が居て良かった」

「…………ハズ」

「俺もだ馬鹿」

 

 杖についた赤い宝玉が輝きを増し、私はより深く集中する。

 

 見つけた。掴んだ。炎纏は付与の術式、本来は自分にしか使えないけど魔力を繋げて制御すれば、他対象でも使用可能。

 

「行って、君を信じてる」

「俺もだ。行って来る」

 

 私と彼の声が重なる。

 

 

「「炎纏(クイックアーツ)――加速(ブレイド)!!」」

 

 

 魔術の発動の為、普段よりずっと集中していからだろう。

 

 その動きはいつもより速い筈なのに、ずっと鮮明に捉えられた。

 

 短刀が白い炎を宿し、振るわれるその瞬間に鞭のように大きく伸びた。

 

 一刀目、側面より放たれた炎が同時に8本の触手を切断。

 二刀目、敵の背後よりやや上空へ向けて放たれた斬撃は5本の触手を断ち切り。

 三撃目、背後より突き出された短刀を握った拳。炎の宿るそれが、敵の背骨を折る様に曲げ、魔獣はたまらずに最後の一人を放り投げた。

 

 まだだ。

 

「水操【ディープマスク】」

 

 放して終わりじゃない。

 まだ皆操られてるんだ。

 起きて来たらもう一度人質にされる。

 全員を瞬時に気絶させる為、私は全員の口の周りを水で覆う。

 

 溺死させるまでは行かないけど、気絶してもらう。

 

 新たに水を操る必要はない。

 乗って来た水を使う。

 その為、私も地面に着地した。

 

「誰……? 貴方達……」

「ジン・ウォード」

「白銀巳夜です」

「まだ感染してない探索者、居たんだ……。助かったよ」

 

 そんな挨拶も早々に、フラ付いた魔獣が姿勢を正しながら蔦を伸ばして攻撃してくる。

 

 再生。

 いや、増殖か。

 

 回避行動を始める私と迅君に、後ろより声が掛かった。

 

「大丈夫。動かないで。【シールド】」

 

 強く紡がれたその言葉と同時に、私たちの前に半透明の板が出現する。

 

 その壁が、全ての蔓を弾く。

 

 その間に全員溺れて気絶させられた。

 更に水を操り、気絶した人たちをこちら側に引きずる。

 これでもう一度人質にされる事は無いけど……

 

「ギャガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!」

 

 魔獣もそれを理解してる。

 そして、私が水で皆を引き寄せる速度は速くない。

 人質を取り戻そうと、今度はそちらへ触手を伸ばす。

 

「迅君!」

「あぁ、俺が守る!」

「ううん。君達は動かなくて良い」

「え?」

「はぁ?」

 

 私と迅君が彼女に視線を移すと、彼女は小さな拳銃を敵に構えていた。

 

 何してるのこの人。

 拳銃なんか、ダンジョンの魔獣に通用する訳が無い。

 

 しかし、有無を言う暇も無く銃弾は放たれる。

 その射線の先にあった半透明の板に小さな穴が開き、そこを通って触手が撃ち抜かれ――

 

 『青い炎』に着弾した触手が包まれた。

 

「何が起こってる?」

「武器効果? いや、違う。これも異能だ」

 

 驚いている間にも、幾つもの触手が撃ち抜かれ燃えて行く。

 

 そして結局、私が全員を結界の中に入れるまで触手は一度も人質に触れられなかった。

 

「助かった、君達。ありがと。もう大丈夫、倒す」

 

 鋭い瞳で彼女が魔物を睨んだ瞬間。

 

「ゴフッ」

 

 その人は、大量に吐血しながら倒れた。

 

「だい、じょぶ」

「いや、芋虫みてぇな体制で言われてもだな……」

「全然戦える様に見えないんですけど……」

「だいじょぶ……人質を連れて、離れて……グフッ……」

「はぁ」

「ふぅ」

「私たちが倒します」

「っつう事だ、任せて寝とけ」


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