『異世界という物は実在する。』
儂は使い慣れぬパソコンにそう入力した。
ある日突然異世界へと渡来し、帰還した時には何十年もの時間が過ぎていた。
そんな誰からも忘れられた浦島太郎の、これは思い出を記す物だ。
『帰還が遅れたのには理由がある。
異世界で、儂は家族を持っていた。
妻、息子、娘、孫が居た。』
けれど、妻が死に、息子と娘が独り立ちして、儂はこの世界に戻ってくる事を決めた。
己の世界に骨を埋めようと思ったのだ。
『とっくに儂は死亡扱いだった。』
国民としての記録は抹消されており、身分証を持てない人生を余儀なくされた。
『ただ、儂はそれでも構わなかった。
儂はこの世界でも、魔術を扱えたのだから。』
異世界で鍛えた魔術。
剣聖と呼ばれ、果てに名工と呼ばれた儂の魔術。
それは現代でも容易に儂を生存させてくれる物だった。
『儂は非戦闘魔術の中で最も得意な【鍛冶術式】を活かして鍛冶師を始めた。
人里離れた山奥でひっそりと。
脱税とか言われたらどうしよう……』
いや、身分が無いから税金を収めたくても収められないのだ。
儂のせいじゃない。世界が悪い。ふう。
「やはりパソコンは慣れんな」
ノートPCというそれを閉じる。
どうやら来客の様だ。
店頭に顔を出す。
その数瞬後、店の扉がノックされた。
「こんにちは……」
「いらっしゃい」
入って来たのは若い女だった。
黒髪は肩に少し髪がかかる程度の長さ。どちらかと言えば明るい雰囲気だが、姿勢等からは真面目さが伺える。
出で立ちから理解する。
この娘は
それは儂が居ない間にこの世界に発生した異空間の扉の内容の総称である『ダンジョン』に赴き、様々な物を回収する事を目的とした職業である。
ダンジョンには魔獣や財宝が存在し、一攫千金も夢では無いとか。
これのお陰で儂の武器にも多少の需要がある。
まぁ、人里離れた場所にあるから来客は多くは無いが。
彼女を
軽装なれど戦闘を想定した衣服。
それにレイピアに似た武器の携帯。
更に探索者の証とも言えるバッチを胸に付けていた。
律儀に迷宮外でもバッチを付ける探索者は多くないが、真面目な性格なのだろう。
そしてそのバッチは探索者としての力量も示す。
胸にあるのは灰色のバッチ。
それは最下級の探索者。
ニュービーランクを指す物だ。
「新米か?」
「はい」
「手を見せろ」
「えっ?」
娘が答える前に、その手を掴む。
「ちょっと?」
「そのレイピア。握って一月も経っていないな」
「え……なんで……」
「分かるに決まっとる。儂は武器屋だぞ」
手を見れば経験が分かる。
どれほどの経験をしたか。
どれだけの間、経験を積んだのか。
戦闘方法や今までの人生。才能。
それも、多少は察せる。
「戦闘など無縁の生活をしていた筈だ。それがなぜ探索者になった?」
「なんでも分かるんですね……」
暗い表情を浮かべ、彼女はそう言った。
「そんな事は無い。質問の答えを聞かせろ、お前さんの武器を選ぶ参考とする」
少し悩む素振りを見せて、しかし娘は儂を見て語り始めた。
「はい。私の父は有名な探索者でした。しかし父は私をダンジョンから遠退けました。それは多分、私に危険な事をさせたくなかったからだと思います」
「父親として当然の感情だな」
「でも、その父はダンジョンで死にました。母は精神を病み、宗教に興じました。でも、その集団の目的は家の財産で、私と母は全てを教団に奪われました」
「同情はせん。良くある話だ」
「生まれた時からあった父の財という幸運が無くなって普通の人生になっただけです。同情して欲しいとは思いません」
「それで、どうして探索者になる必要がある?」
「母の脳に悪性の腫瘍が見つかりました」
「癌か?」
「……はい。発見が遅れ過ぎて、医者からは手立てはないと言われています」
他人へ言いたくないであろう身の上話。
それは娘の人生を形成するのに、語らぬ訳にはいかぬ情報だ。
だからこそ、それを話すほどに切羽詰まって居て、本気だという事が分かる。
「母を回復させる方法はダンジョンにある秘宝だけです」
ダンジョンでは様々な宝が手に入る。
その中には、人智を超越した効果のある品もあるのだとか。
確かにそれがあれば治療も可能だろう。
だから、母親の為にダンジョンに赴くと。
「聞いていれば、お前さんに迷惑ばかりを掛けた母親だ。救うに値するのか? ダンジョンには危険な魔獣や罠等も存在するのだろう? お前さんの方が先に死ぬぞ?」
健気に生きる娘を見ずに、神へ逃げ、騙され、病魔に陥り。
娘にしてみれば嫌な思いもして来た……
いや、させられて来たと思っても不思議はない。
それを、自分の命を賭けてでも救いたい等と……
「当たり前です。母親なんですから」
睨む視線に覇気が宿る。
なるほど。覚悟はあるという訳か。
「母親はどれくらい持つ?」
「2年持てば良い方と……」
「そうか」
恐らく、儂の魔術ならば癌であっても治療は可能だ。
だが……それではちと勿体無い……
儂は武器を造る。
だが担い手は造れない。
この娘はきっと良い担い手になる。
それをむざむざ潰すのは、人としては悪であっても、職人としては見過ごせない。
「良かろう。ついて来い」
「あの、その前に予算についてなんですが……余り手持ちが、ってちょっと待って」
娘の言葉を無視して工房に入ると、娘も焦った様に儂を追って来た。
「予算? そんな物は関係無い。この店では、どの客にどの武器を渡すかは儂が決める」
「しかし、払えない物は払えないですよ……」
「ツケで良い」
「そんな事!」
「黙れ!」
儂が上げた大声に気圧される様に娘が黙る。
「工房では静かにしろ」
「ご、ごめんなさい……」
「お前が死んでツケが回収できないなら、それは渡す武器を間違えた儂のミスじゃ」
考える。
相手は小娘。膂力は少ない。
戦闘経験なし。武術の習得も無し。
特別運動神経が良い訳でも無い。
観察眼は並み。思考速度は多少見るところアリ。
胆力は上々。
死地へ赴く覚悟在り。
母を憂う優しさを持つ。
解決は自己に任せ、依存の気質は無し。
欠点は、優しさの余り他者を頼れぬ自己完結性か。
「決まった」
儂はあらゆる武器を造る。
それは担わせる為だ。
己の人生と目的と意思を刃に乗せる為。
その感情が最も乗り易い武器を造る。
それが武器屋の仕事だ。
魔剣。妖刀。聖剣。槍。斧。槌。銃。
いや、この娘に似合うのは――魔術杖だ。
「これは……?」
「
「……魔術? ってなんですか?」
「理解せんでも良い。武器の使い方を説明しよう」
「はい」
訝し気な娘の目を無視し、儂は説明に入った。
七球の杖殿。
七つの宝玉があしらわれた木製の杖だ。
宝玉は杖の様々な場所に埋め込まれ、七色の輝きを覗かせている。
その宝玉一つにつき、一つの属性が込められている。
つまり、持つだけで7属性の術式を習得できる。
それが、この杖の効果だ。
しかし、誰にでも使えるという程甘い物では無い。
本来魔術とは遺伝と才能によってのみ所有できる物だ。
後天的に得ようとする場合、神や悪魔、精霊など上位存在との取引や加護によってのみ得られる。
それを無理矢理使わせる品。
無論当然、使用難易度は高い。
宝玉に込められた術式を理解するのは勿論。
それを発動させるには、極めて高い集中力を要する『魔力操作』の技術が必要となる。
それに、どんな術式が覚醒するかは本人の資質次第でもあり、内容によってはゴミになる。
「以上だ」
「魔力操作って何ですか?」
「杖を使っていればおのずと分かる」
「あの、もっと真面目に……」
「儂は真面目だ。その七つの魔術の中に、お前さんの母を治せる物もあるかもしれぬぞ?」
「本当ですか!?」
打って変わって態度で、娘は儂に近寄って来る。
そして、儂が持っていた杖をまじまじと見た。
「あぁ、可能性はある。持っていくか?」
「代金は……?」
「そうだな、40万ほどと言った所か」
「必ず、払いに来ます」
「うむ。では持って行け。あぁそれとな、魔力操作のやり方は杖に聞け。静かな部屋で杖と共に瞑想し、この杖を渦巻く魔力を感じる訓練をしろ。そうすれば自己の魔力を感知し、操る事も次第にできる様になって行くはずだ」
無論、それには才能が必要だ。
並み以上の努力も要する。
それでも、この娘ならできる。
そう、儂は感じ取った。
「分かりました。貴方を信じます」
「そう簡単に人を信じる物では無い。儂もお前さんの事情を話半分でしか聞いとらんしな」
「でも、私がそうしたいと決めた事なので」
強固な意思だ。
異世界で出会ったある女に良く似ている。
勇者等と呼ばれていた女に。
「勝手にしろ」
「
「儂か? 儂は久我……
「久我さん…… 皆から、私には探索者なんて無理だって言われてて、だからこうして背中を押して貰ったのは初めてで」
「当然の反応だな。誰だって知人には死んで欲しく無い物だ。人の忠告は聞いた方が良いぞ」
「考えたんですよ。ちゃんと。ずっと。それで決めたんです。止めてくれた皆には悪いけど、一人で行こうって」
この武器を儂が選んだ理由。
七つの魔術を使い熟す事は難しい。
使える数が増えて行けば、自身の能力の選択肢が増えれば、組み合わせられる様になれば……
自分の力に振り回される事になるだろう。
ただ、それを乗り熟せば至上の強さが手に入る。
そして、同時に理解していく筈だ。
自分一人で戦うよりも、多くの力を合わせた方がずっと強いのだという真実に。
今は孤独で良い。
他人にとって自分の目標が呪いであると思い、巻き込みたくは無いのなら、そう行動しても良い。
けれど、先を見据え、強さを願うなら。
友柄もきっと必要だ。
「また来い。武器の手入れくらいはタダでしてやる」
「はい、ありがとうございます」
「母親……大事にしてやれ」
「当然です。それでは」
娘は店を出て行った。
「悪魔だな。儂は。あんな小娘に武器を渡すのだから……」
それでも見たくなったのだ。
武器を握ったあの娘の未来を。
屍になるか。
それとも英雄と呼ばれるか。
成功者だけが記憶に残る。
精神が強いというだけで英雄と呼ばれる訳じゃない。
遂げた成果、その事実だけが英雄を英雄たら占める。
死ぬ可能性は極めて高いだろう。
それでも可能性があるのならば。
武器を売る。それが武器屋の仕事だ。
「はぁ。手入れのついでに、多少の心得程度は教えてやるか」