「おい女、戦うのはいいが表に行こうぜ? ここをぶっ壊すのは本意じゃねぇだろ?」
不気味な表情を浮かべながら、男は私の後ろにある扉を指す。
確かに、ここを壊すのは久我さんに面目ない。
それに、私の魔力感知には確かに「生きている久我さん」が感じられている。
寧ろいつもより昂っているような感じ。
こいつに命令されて、何かさせられてる?
けど、直ぐにどうにかなる様子じゃない。
こいつを倒して、その後に助ければいい。
「いいですよ」
男に視線を合わせたまま、後ろ歩きでドアまで寄って外に出る。
男も私を追う様に外に出た。
「これで邪魔にはなんねぇな」
「? なんですか?」
「なんでもねぇよ。さっさと始めようぜ」
「……はい」
レインコートを脱ぎ棄てて、杖を構え直す。
宝玉が3つ輝く。
赤。青。緑。
それが、今の私が扱える属性の全て。
けれど今は大雨の嵐の中、炎は超近距離でもなければ使い辛い。
使える属性は実質、水と風だけ。
けれど、それだけあれば十分だ。
この杖の強さは、私が一番知っている。
相手をよく見る。
それが、この半年で私が学んだ事。
敵を知り己を知れば百戦錬磨とはよく言った物だと思う。
杖を使い熟すため、魔力を感じ取る修練を幾度も重ねた。
瞑想し、杖を知ろうと努力した。
だからだろう。情報収集に余念は無くなったし、戦闘中でも景色が広く見えている気がする。
コツは違和感を見つけ出すこと。
まず、藤堂迅は武器を持っていない。
戦闘スタイルなんて知りもしないけれど、武器を持たない探索者というのは珍しい。
無論、彼は探索者ではなく犯罪者だ。
けれど、元探索者であり迷宮由来の能力を扱えるという。
択はそこまで多くは無い。
素手で戦うタイプか。
もしくは、何らかの理由で武器を失ったか。
装備はかなり軽装だ。
私とも似ているが、何処か違う。
守っている部位が違う。
私の場合、心臓等の致命傷部分を多めに守っている。
しかし、彼の装備は手足を硬くする物だ。
それは、接近戦闘中の傷を想定した物。
遠距離系じゃない。
という事はやはり、素手での戦闘を想定している?
「考え事か? 来ねぇなら、こっちから行くぜ」
言葉を発したその瞬間。
藤堂の身体がブレる。
消える。
全く見えない。
脚力と速度が尋常じゃない。
加速の異能。
スピードタイプのアタッカーか。
「でも、」
風属性術式――
大気を流れる風を読み、自然では無い生物が起こす異流を把握し、敵の動きを予見する。
藤堂はその速度を持って、私の後ろに回り込んでいる事が分かった。
私は身体を半回転させる。
視線の先に藤堂は居た。
「へぇ、やるな」
けれど、その距離は私の想定より近い。
私の感知速度を彼のスピードが越えている。
水を操って迎撃……
いや、この距離なら私の操る水より彼の攻撃の方が先に届く。
だったら。
――火属性術式・
これは私の体の一部に炎を付与する術式。
しかし、この術式の真価は物理的な衝撃力の強化にある。
この距離なら、掌底で迎撃した方が速い!
炎が宿る右手を藤堂へ向けて突き出す。
しかし、それをガードする様に藤堂は自身の左腕を上げた。
それだけじゃない。
右拳が私の顔を狙ってる。
けどこの交換は私の有利だ。
ダメージは絶対にあっちの方が上。
こっちは魔術を用いた打撃だ。
藤堂の右腕は使い物にならなくなる。
対して、藤堂の攻撃には異能も込められて無い。
速度だけの単純な攻撃。重さは無い。
それなら、貰っても多少腫れる程度。
なのになんで、自分の腕をそんな簡単に捨てられるの?
「くっ」
目が合った。
彼は本気だ。
真剣な眼差しが……私を見据える。
けど、でも!
私だって――探索者なんだ――振り抜く!
頬が痛い。
腫れてる。
目が少しチカチカする。
男の人に思い切り殴られたの何て、人生初だ。
でも、彼の腕は奪った。
ダメージは絶対向こうが上。
「動き出しで勝てっ……?」
身体が重い。
人影が差す。
「悪いな。この程度の痛みで今の俺は止まらねぇ」
私に馬乗りになった藤堂が、拳を振り上げる。
恐怖はない。
魔獣に比べれば、人間なんて。
杖はまだ手にある。
水属性術式――
周囲に存在する水を操る。
けれど、直ぐには動かさない。
待機させる。
一気に動かして物量で捕縛する為。
「悪ぃが少し、寝てろ」
魔力浸透。必要量まで後3秒。
「久我さんは私の恩人。手を出したら許さない」
2。
「久我……ってのか、あのジジイ。教えてくれありがとな」
1。
ゼ――――
ドッッッッッッカァァァァアアアアアアアンンン!
「なっ!」
「久我さん……!」
小屋が爆発した。
私の目は。
私の
上空に人影を捉えた。
久我さんが、空中に吹き飛ばされてる。
私は咄嗟に杖を空へ向けた。
「水操――スパイダーネット!」
「クイックアーツ――
藤堂の足が稲妻のように発光した。
その瞬間、藤堂の体が消える。
瞬きよりも速く、久我さんに追いついていた。
嘘。まだ全速力じゃ無かったの……?
私が展開した水の網に、久我さんを抱えた藤堂が着地する。
二人とも無事だ。
というかなんで、あの男が久我さんを助けてるの……?
「爺さん、失敗……したのか?」
ネットを滑り降りて来た藤堂は、久我さんを寝かせながらそう質問する。
「馬鹿者。儂を誰じゃと思っとる。キッチリ直した。しかし、契約は切れて居る。もう一度契約し直すがよい」
「なに……あれ……」
小屋より何かが現れる。
巨大な黒い影の様な。
闇色の。生物? 魔獣? 何?
それは巨大で、塔のように細長い。
腕の様な、二本の触手を持っている。
体毛は無く、身体は闇で覆われていた。
見るだけで恐怖が湧き上がる。
多分、今まで私が見たどんな魔獣よりも恐ろしい何かだ。
「女、爺さんを頼む」
「
「はいはい。爺……久我さん、ありがとな」
「良い。付喪神はお前さんの覚悟を問う。じゃから、しっかり向き合い、想いを伝えろ」
「分かった」
そう言って藤堂は立ち上がる。
そのまま怪物の方へ歩いていく。
私は藤堂と入れ替わる様に久我さんの傍へ寄った。
「久我さん、あれ何なんですか?」
「付喪神じゃよ。儂があの青年に与えた武器に宿っていた存在。まさか、あそこまで成長しているとは思わんじゃったがな」
「武器を与えた……それじゃあ彼はお客さんなんですか?」
「何ぞ、不服そうな顔じゃな」
「犯罪者ですよ。大量殺人鬼です」
「じゃが、客じゃ。儂は客を選ぶ気はない。犯罪者にも、戦った事のない小娘にも、武器は与える」
「ですか……」
話している内に藤堂は、既に怪物の近くに居た。
声も、手も、届く距離に。
「よぉ、随分恰好の良い姿になったじゃねぇか。レスタ」
「ジ……ン……サマ……?」
「あぁ、そうだぜ」
「ブジ……で……ヨかっ……た……」
「お前のお陰だ。お前が俺を守ってくれたお陰で俺は生きてる」
表情は私の方からは見えない。
けれど、藤堂の声は酷く切なく感じる。
「なぁ、憶えてるか? 初めて喋った時、俺が暗殺者だって事を知って。俺が組織に反抗しようと思ってるって事を聞いて。お前はこう言ったんだ。『手伝いますよ』って。正直、嬉しかったよ」
影の巨人の目の下に、まるで涙の様にも見える亀裂が走った。
「誰にも認められないと思ってた。誰からも嫌われて生きてくんだと思ってた」
「…………」
「それでも良かったし、命なんて惜しく無かったし、怒りのまま全部をぶっ壊してやろうと思ってた」
「…………」
「でも、お前と一緒に旅をして、組織の施設を襲撃したり、追って来る探索者や賞金稼ぎ相手に大立ち回りでバカやって、思ったんだ」
亀裂が広がって行く。
全身へと。
「もうちょっと、生きてぇって」
「ワタシも、ワタシもウレしかった……ヒツヨウとされたコトが。ワタシもタノしかった……ジンサマとイッショにしたタビが。だから、カナしそうに……しないで?」
「ごめん。謝りたかった。俺はお前に助けて貰ってばっかりで、弱ぇ」
「そんな……」
「でも、俺はもっと強くなる。もうお前が壊れなくても済むくらい強くなる。だから頼む……もう一回、俺の武器に、俺の相棒になってくれねぇか? レスタ」
広がる亀裂は留まりを知らず。
闇を割り、光を溢れさせ。
「トウ前です。私は貴方の付喪神なのですから」
巨人が割れた。
破片は散らばり、一つへ纏まって行く。
同時に色は白く変色して、一つのナイフへと収束していく。
「見苦しい所をお見せいたしました。ジン様」
「そんな事ねぇよ」
ゆっくりと、空より降って来る白い短刀を受け取って、藤堂迅は呟いた。
「おかえり、レスタ」