異世界帰りの武器屋ジジイ   作:水色の山葵

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第8話 精神力

 

「それで、どうしてこのような事になっているのだ。ラディア」

「いやー、思ったより気合十分でこっちもヒートアップしちゃってさ。何か、気が付いたら本気出しちゃってたんだよね……」

 

 頭を掻きながら視線を逸らし、やっちまったという表情を浮かべる勇者。

 儂は、溜息を吐きながらベッドの上に横たわり眠っている迅へ視線を向ける。

 

 全く、勇者に本気を出させるなど、大した奴じゃ。

 

 短刀が、静けさと共に迅の横にある。

 その様は、儂が直した時より少し、強力になっている様に感じられた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 短刀、レスタを構える。

 そうすれば、レスタの声が頭に流れ込んでくる。

 

『ジン様、あれはただの殺気ではありません』

「あぁ、分かってる。異能でも何でもない殺意だけで、俺が気圧される訳がねぇ」

『魔力による圧力。私の使う力と恐らく同種の物かと』

「なるほどな。まぁお前を作ったあの爺さんが使えるんだから、他に使える奴が居ても不思議はねぇ。問題は、あれをどうにかする方法だ」

 

 心を蝕み、体を硬直させる。

 そんな技は初めてじゃない。

 しかし、今までのどれよりも純粋な強さを感じさせる。

 

 あれが、小手先じゃねぇってのは、分かる。

 

『私の魔力でジン様の全身を覆います。そうすれば、魔力を防ぐバリアとなるでしょう』

「あぁ、頼むぜ。レスタ」

 

 レスタは俺の力を何倍にも強化できる。

 レスタに備わった性能は、一言で表すなら【身体強化】だ。

 この女が使う力と同じ魔力を制御し、体に循環させる事で運動能力を向上させる。

 

 速度しか取り柄が無く、ある一定以上の装甲を持つ存在に対して無力だった俺は、レスタの力によって飛躍的に強くなった。

 

『魔力装甲』

 

 唱える言葉と同時に、俺に掛かって居た圧力が和らいだ。

 

「これなら行ける!」

 

 足に力を込め、グッと一歩を踏み出す。

 ラディアに近づく程に圧力は増す。

 だがレスタと一緒なら、乗り越えられない訳がねぇ。

 

「身体強化か。でも君が上げた防御力の分だけ、僕も攻撃力を上げれば済む話だ」

「っく……!」

 

 あれで、まだ本気じゃねぇのか。

 

『ジン様……申し訳ありません。私の最大出力でも……』

「お前は悪くねぇよ。なぁ、あんたってランクは何処なんだよ?」

『僕はミスリル級だよ』

 

 これでミスリル。

 これでも、最高ランクじゃないのか。

 正直、自分の力量を見誤ってたな。

 

 俺もまだまだ井の中の蛙だったって訳だ。

 

 けど、だからって、この程度の試験で落ちれるかよ。

 

「レスタ」

『はい』

「身体強化を全部足に回してくれ」

『しかし、それでは他の場所が……』

「いい、やってくれ」

 

 恐怖はある。前に進むのは億劫極まる。

 でも、それでも前に進まなきゃなんねぇ時はある。

 これは多分、それを試す物だ。

 

『……分かりました。ご武運を』

 

 身体強化が足へ集中する。

 それはつまり、他の部位への防御が無くなる事を意味する。

 

 

 人を殺すと、殺して来た善人の最後の顔を思い出す様になる。

 

 夢に見初めて、ふとした時に恨み言が聞こえて来る様になる。

 

 それは、打ち勝つ事を許さない俺の罪で。

 

 

 それに比べりゃ、ただ目の前に化物が居るくらい生温ぃ。

 

「クイックアーツ、加速(アクセル)!」

「嘘でしょ……普通の人間ならとっくに気絶してる筈なんだけど……」

 

 進む。ゆっくりと。けれど確実に。

 進めば進むほど、不快感と恐怖の嵐が俺に当たる。

 けど、進める!

 

「身体強化で足の震えを止めてるんだね。頭の強化も外して……発狂してもおかしくない筈なんだけどなぁ……でも、これ以上威力上げたら死んじゃうし、そうだな……」

 

 眩暈も頭痛も、体調不良全部乗せだ。

 酩酊の様な感覚の中で、ラディアは不気味な笑顔を向けているのが見えた。

 

「やっぱり、沢山人を殺すとこういうのに耐えられる様になるの?」

 

 進む。俺と奴の間はもう後10歩も無い。

 もう少しだ。

 

「酷いよね。人から命令されて、何も悪くない人たちを沢山殺したんでしょ? お金の為とか、ご飯の為とか。そんなチンケな理由で、一杯殺して、罪悪感とか無いのかな?」

 

 分かってる。

 こいつは俺を揺さぶってるだけだ。

 精神を弱らせて、魔力の影響を受け易くしようとしてる。

 

 分かってる。

 

 でも。口は勝手に動いた。

 

「そうだぜ。俺は善人なんかじゃねぇし、一生そうはなれねぇ」

「じゃあなんで、前に歩くの? これ以上誰にも迷惑を掛けない様に、逃げながら、何処かでひっそり生きて行けばいいのに」

「だから歩いてんだよ、前に。このままじゃ、俺に武器をくれて救ってくれた爺さんに、俺に期待してくれるレスタに、面目ねぇ……!」

 

 進む。もう、手を伸ばせば試験官に届く距離だ。

 

「だから悪ぃが、ルール変更だ。触るだけじゃ満足行かねぇ、俺はテメェを打っ倒す!」

 

 俺に出せる最高の殺気を出して、短刀で女の首を狙う。

 

「そう」

 

 小さく言葉を吐きながら、ラディアは後ろに跳んで回避した。

 

「じゃあ、僕も見せないと失礼って物だよね。こっちでは初めて使う、僕の本気を君に見せよう」

 

 虚空より顕れたのは星の剣。

 銀河の様な模様を持つ、その剣をラディアは詠ぶ。

 

「星剣アヌリント」

 

 今までの比では無い魔力の奔流が、俺の体に激突する。吹き飛ばされそうだぜ。

 

『申し訳ございませんジン様。お申し付けを破り、一時身体全体を保護しています』

「あぁ、助かった。多分、お前が居なかったら、今俺死んでるわ」

「君の短刀。彼の逸品だろう? その彼が鍛冶師を志した理由こそが、この剣だ。どの様な剣術、どれほどの腕を持とうが、武器の差こそが勝敗を別つ。これはその事実を彼に認めさせた(つるぎ)

「ハハッ……ふざけろよ……」

 

 剣が振り上げられる。

 

 両の手に支えられ、その解放を今か今かと待ちわびている。

 あの一閃に抵抗の余地は無い。回避も防御も、無意味だろう。

 

 それを察した事よりも、渇いた笑みが出た事よりも…………

 

 何よりも、俺自身が負けを悟っちまった事が、悔しくてたまらない。

 

歴然(ぜつぼう)を知りなさい、それだけが人が歩みを進める原動力だから」

 

 銀河を宿す剣が降ちる。

 

「くそが」

 

 壁を抉り抜く巨大な斬跡を眺めながら、俺は気を失った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「でもこの子、実際凄いよ。気を失う寸前まで笑ってたんだから」

 

 亜空間にある屋敷。

 その一室で寝ている迅を、ラディアは優しそうな目で見ていた。

 

「多分、この子が今までの人生で経験した最大の絶望を、私の力が更新できていなかったって事なんだと思う。それと同時にその絶望から解放された体験があるから、彼はまだ諦めて居なかった」

「そうか……」

 

 尽くした存在に見限られ、復讐を願って。

 しかして、友の喪失が此奴を不より引き上げた。

 恐らくは、その経験こそが此奴の精神を強くしたのだろう。

 

 いや、武器を与えた身として、そう思いたいだけなのかもしれぬがな。

 

「全く、だから最難関は受けないでって言ったのに」

 

 扉を開けて部屋に入って来た巳夜が、ぼやきながら迅の額のタオルを取り換える。

 気絶した迅をラディアが連れて来おったから、儂が巳夜をホテルから呼んできた。

 

 ラディアの熱に当てられ、かなり衰弱して発熱までして居ったからな。

 

「まぁまぁ、ジン君を焚きつけたのは僕なんだし、あんまり怒らないで上げてよ」

「という事は、代わりに儂がお主に怒るのが筋かのう?」

「ちょっと! 君は直ぐそうやって僕を揶揄う!」

「いいえ、ラディアさんもこれは流石にやり過ぎだと思いますよ?」

「え、巳夜ちゃんまで……いやほらでも、この子は合格だよ? 僕に攻撃を回避させたんだから」

「んー、私が最速だったのに迅君に更新されるのも癪なんですよね……」

「もー、それじゃあどうしろって言うのさ!」

 

 その叫び声が切っ掛けになったらしい。

 思ったよりも早かったな。

 

「それじゃあまた、俺と戦ってくれよ?」

 

 身体を起こした迅が、真っ直ぐとラディアに視線を送りながらそう言った。

 

「へぇ」

「ほう」

「迅君、起きてたんだ」

「あぁ、ついさっきな」

「僕に勝てるつもり?」

「いや今は無理だ。だからもっと強くなった時に再戦してくれ」

「はは、勿論いいよ」

 

 両者両雄の笑みを浮かべ、武人として約束が交わされる。

 この空気、懐かしい物がある。

 

「ってか、なんで爺さんが居るんだよ? ここ迷宮都市だろ?」

「あぁ、儂もこの都市に武器屋を開く事にしたのじゃ。手入れに態々戻って来る手間も省けて良いじゃろう?」

「そうだったのか……でも、元の店はいいのか?」

「亜空間で繋がっとるから店自体は同じじゃ。ただ出入口が一つ増えるだけの事」

「なるほどな。じゃあ改めて世話になる。この女を打っ倒すために力を貸してくれ」

「うむ、そういう事ならば喜んで儂も協力しようではないか」

「なんかいつの間にか僕が魔王みたいな立場になってるよぉ~」

 

 さてと、儂も迷宮都市で武器屋を開くに当たり、開店準備でも始めるとするか。

 客が増えるなら必要な武器も増える。

 最近はあまり作って居らんかったし、その間に閃いた妙案もある。

 

 色々と武器を造ってみるとしよう。

 

「そんじゃあな爺さん。世話になりっぱなしだし、俺にできる事があったらなんでも言ってくれ」

「私も、久我さんの頼みなら喜んで引き受けますから!」

 

 そう言って、二人は自分たちの宿へと戻って行った。

 亜空間にある屋敷には、儂とラディアだけが残る。

 

「それで、ラディアよ。そろそろ聞かせて貰っても良いのではないか?」

「何をかな?」

「お前程の者が迷宮都市で何をやっている。本当にただの暇潰しとは、儂にはどうにも思えんのじゃがなぁ?」

 

 儂に問いに、ラディアは貼り付けた様な不敵な笑みで応えた。

 

「次の勇者を探してるんだよ」

「巳夜がそうだと?」

「そのつもりだったけど…… ま、誰でもいいんだ。要するに、世界を救える力を持っているかどうか、なんだから」

「勇者など必要か? こちらの世界は、あちらよりずっと平和では無いか」

「それは、どうかな……」

 

 ラディアが部屋の取手に手を掛ける。

 

「まだ話は終わっとらんぞ」

「悪いけど、これ以上君に話す事は無いよ」

 

 そう言ってラディアは逃げる様に自室へ戻って行った。

 その場には、不穏さだけが残された。

 

 隠居、した筈なんじゃがなぁ……

 一応、儂の武器も手入れしておくか……


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