異世界帰りの武器屋ジジイ   作:水色の山葵

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第9話 武器職人

 

 儂は海の中で、筒を操縦していた。

 その筒は、敵の船に向かって真っすぐ進んで行く。

 次の瞬間には、自分の命が無くなる事を理解していた。

 けれど、もう後戻りは許されない。

 

 どうせ命尽きるなら、敵に損害を与えようと思った。

 祖国の為、その様な精神も確かにあった。

 しかし結局、儂は恐怖に手を震わせて、ただ舵を握っていただけだ。

 

 そうして、死を覚悟した瞬間の出来事であった。

 まばゆい光に包まれた後、儂の意識と肉体は地球とは全く違う場所に転移していたのだ。

 

 使用武装も戦略様式も、全く異なる異世界で儂の戦闘能力は高いとは言えなかった。

 

 使えたのは軍で最低限叩き込まれた武術と剣術程度。

 されど、異世界には敵が多く存在していた。

 魔獣や悪魔、人間でも敵なら殺した。

 もう、死ぬのは懲り懲りだった。

 

 勝てば死なない。

 そんな単純で浅はかな思考が頭を染め、儂は強さを求め続けた。

 魔術を始め、異世界には様々な戦闘技術が存在した。

 それらを求め、極める為の毎日だった。

 

 全ては恐怖と不安からの逃走なのだと、今にしてみれば思う。

 

 しかし儂には敵しか居なかった。

 周りが全員敵に見えたのは、それが異世界で、彼等が知らぬ世界の住人だったからだと思う。

 

 斬って、殺して、奪って……

 鬼神等と呼ばれ始めた頃。

 儂は勇者と出会い、星剣に敗北し、問いかけられた。

 

【どうして、殺すの?】

 

 その問いの答えは、やはり同じだった。

 死にたくない。死ぬのが怖い。だから殺す。

 そう答えた時、勇者は儂に手を差し伸べた。

 

 魔王を倒せば良いと、勇者は言った。

 魔王を倒せば、魔王に勝利した存在を殺そうと思う人は居なくなる。

 その存在を名を、抑止力と言う。

 それを勇者は儂へ教えた。

 

 勇者は抑止力を目指すのだという。

 魔王を打倒し、最強に座し、争う事が馬鹿らしく感じる世を作るのだと。

 

 確かに魔王は打倒した。

 世界は多少救われたのだろう。

 しかし、勇者が目指した物になれたのかは、儂は知らぬ。

 ただ、もしなれていたなら、こちらの世界に来てはいなかったのではないか。

 とも思う。

 

 儂を魔王を打倒した後、武器職人となった。

 勇者の言う抑止力。それはあの剣の事だ。

 実際魔王は勇者の星剣を相当に恐れて居たしな。

 魔王に対しては抑止となっていたのだろう。

 

 だから、そういう物が作りたくなった。

 まぁ、造りたいのはあくまで「星剣の様な物」であって、あれは造りたくはないがな。

 あのような、担い手の事など全く考えて居らぬ様な武器は……

 

 

 

 魔術。秘術。奇術。錬金術。

 あの世界には、体系化された数多の異能が存在した。

 

 鍛冶術式も付与術式も植物術式も錬金術式も精霊術式も魔法陣知識も魔装構造理解も薬品調合も製魔本も特殊宝石細工も。

 

 他にも、武器の作成に使えそうな力は片っ端から修行した。

 

 儂が知る技術の中で、必要そうな技術は粗方習得しただろう。

 それを使い、儂は武器を造る。

 

 カン。キン。コン。カン。キン。コン。

 

 耳心地の良いその音に身を任せ、思い描く武器へと形を整えていく。

 

 カン。キン。コン。カン。キン。コン。

 

 想い滾らせ槌を振るう。

 雑念は不要。目的は抑止する力。

 見据えるべきは、優しい世界。

 

 けれどそれは、きっと力だけではどうにもならない。

 如何にそれが強力な力でも、律する心と前に進む意思が無ければ、世界にとっては無用の長物以下だ。

 

 

「『勇者を探している』か。やはりお前は、己を勇者足りえないと思っているのだな」

 

 ならばこそ、儂も本気で武器を造ろう。

 

 魔法陣が浮き上がった傍から、弾けて砕けて消えていく。

 その瞬間の輝きの為に発生し、武器へ効果を付与し、消失していく。

 

 この魔法陣の様に儂は、枯れ果てる前に最高の武器を造る。

 

 儂の武器の担い手こそ次代の勇者とするために。

 

 そして。今なら。

 

「お前も打ち直せる」

 

 儂の造る武器には、全て名前が付けられている。

 名は武器自身が理解している。

 迅は既にその名を把握していた。

 巳夜はもう少しと言った所か。

 

 しかし、儂の有する武器の中で、一本だけ名を付けて居らぬ武器がある。

 

 それこそは儂の愛刀。

 儂が打った物では無いから名前が無かった。

 しかし、今、打ち直すとしよう。

 正真正銘、儂の武器へ。

 

「無名では恰好も付かんじゃろう」

 

 幾つもの武器を作り上げた、そのままの流れで、装飾の無い銀色の抜き身を泰床の上に置く。

 

「お前の名は実は、ずっと前から決めておったんじゃ……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「何だよ爺さん、その腰の」

「これか?」

 

 店頭に立つ儂の腰には、一本の刀が携えられている。

 

「一応、迷宮都市と言うからには荒くれ者も居りそうだしな。護身用という奴じゃよ」

「へぇ、そうなのか。中々サマになってるな」

「確かに、侍みたいです」

 

 おだてる二人の言葉を気恥しく流し、手入れを終えた品を渡す。

 

「それで、ダンジョンはどうだったんじゃ?」

 

 今日は初めて二人でのダンジョン探索を行ったらしい。

 それで、まだ手入れをして時間も経っていないにも関わらず、一応武器の点検をしに来たという訳だ。

 

「あぁ、それなんですけど……」

「あぁ……ちょっとな……」

 

 二人とも何処か後ろめたそうな顔をする。

 

「どうやら、上手く行って居らん様じゃな……」

 

 意外じゃ。

 巳夜の有する三つの魔術はバランスが良い。

 

 感知能力に優れる風域、攻守共に遠隔で使用できる水操、そして近接戦闘でも火力を出せる炎纏。

 ただ器用な反面、一発の突破力に欠けるのが巳夜の弱点だった。

 

 逆に迅は強引な突破しかできない。

 速度と武器の身体強化による突進。

 それは確かに強力だが、一芸しか無いというのは余り良くない。

 

 組めば最良。

 そう思って彼等に提案したのだが、儂の目も曇ったかの。

 

「めちゃくちゃ上手く行ってます……」

「不本意この上無いが、俺一人で戦うより間違いなく強ぇ……」

「思ったより迅君の速度があって、動きも良くて……」

「思ってたより、巳夜がなんでもできて……」

 

 スゥー。と二人が同時に息を吸う。

 気まずそうに、お互いと逆を向いた。

 なんで、結果が良いのに不満気なんじゃこいつら。

 

「まぁ、良い戦いをして居る事はお前さん等の武器の具合を見れば分かる。この調子で精進するが良い」

 

 まだまだ、儂の武器には進化の段階が存在する。

 二人が居るのは、まだまだその入り口だ。

 真に強さが欲しいのならば、この先も修練は必須じゃ。

 

「しかしこれで、巳夜の目的には大きく近づくのではないか?」

「目的? お前、なんか特別な理由があって探索者(トラベラー)やってるのかよ?」

「久我さん……」

「おっとすまぬな、言って居らんかったのか」

 

 迅が、儂と巳夜を交互を見る。

 しかし、いつもと変わらぬ飄々とした笑みで言った。

 

「まぁいいや。言いたくなったら言ってくれ」

「一緒に仕事をするなら言わないといけないのは分かってるんだけど……」

「俺だって金が要るから仕事してんだ。お前の事情がなんであれ、お前のお陰で今があるのは事実。だから気にすんな」

「中々、大人な事が言えるんじゃな」

「ま、別にガキって訳じゃねぇしな」

「ごめん、ちょっと待って欲しい。近い内にちゃんと話すから」

「あぁ、分かった」

 

 どうやら、多少はお互いを認め始めている様だ。

 

「ならば一つ、頼みをしても良いかの?」

「あぁ、勿論いいぜ」

「なんでも言って下さい」

「そろそろ儂の武器のアイデアも底を尽き始めてな、新たな武器の素材が欲しい。その依頼を二人に出したいのだが、できれば探索に同行したいと思って居る」

「護衛依頼……ですか……」

「うむ、そうなるじゃろうな」

 

 ラディアのコネで企業申請は滞りなく行えた。

 これで、少なくとも迷宮都市で脱税扱いされる事は無いだろう。

 

 更に企業からは、協会を通して探索者に依頼を出す事ができる。

 

 それを利用して、適切な探索者の護衛があれば探索者では無い人間でもダンジョンに入る事ができるのだ。

 儂の知らない素材がダンジョンに存在する可能性は高い。

 

 無名を打ち直せた事で、燃え尽き気味のやる気を出す為にも刺激は必要だしの。

 

 後は、迷宮都市で商売をするなら儂の武器の相手は当然ダンジョンだ。その内容、敵の能力や姿も知らずに武器を造るのは余りに荒唐無稽。

 敵を知る。さすれば良い武器が作れるだろう。

 

「どうかの?」

「俺はいいぜ」

「はい。私も大丈夫です!」

「決まりじゃな」


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