「おはようございます、あなた」
「ああ、おはよう」
私、轟冷の朝は、隣から感じる熱が無くなる事によって、目覚める所から始まる。
「では、行ってくる」
「はい、お気を付けて」
ジャージに着替え、日課である朝のランニングに行く夫を見送り、自分も寝巻きから着替えて台所に向かう。
「おはようございます、お義母さん」
「あー」
「おはよう、萌さん。緋衣も、おはよう」
朝食を作っていると、朝の授乳を終えた萌さんが、緋衣を抱いて現れる。首も座り始め、声も発する様になった緋衣。キャッキャッと手を合わせたり、振り回したりする様子を、家族全員が目尻を下げて見守っている。
そんな緋衣を、台所のベビーベッドに寝かせ、洗面台に向かう萌さん。
「くぁ~~、おはよ~お母さん」
「おはよう。もうすぐ出来るから、顔でも洗ってきなさい、冬美」
「ふぁ~い。あ、緋衣ちゃん、おはよ~」
「うー、あー!」
「おふぁよ~、冬美」
「義姉さんも、おはようございます」
次に起きてきたのは、八月に啓吾君との結婚式を控えた冬美。姓は轟から鷹見に変わるけど、職場とか保安上の理由とか色々で、嫁に行くけど生活はここでとの事。
夫曰く、「赤子が居ては、何かと気まずいだろう」との事で、敷地内に娘夫婦の別邸を建築中なのである。確かに、子供達に気付かれないよう営むというのは、何かと気を使いましたからね。自分の事ながら、よく四人もこさえたものです。
「行ってくる」
「行ってきます」
「行ってきま~す」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、皆気をつけて」
「行ってらっしゃい!ほら、緋衣も」
「あー!」
萌さんと緋衣と一緒に、仕事や学校に向かう皆の背中を見送る。もう何十年と見送ってきた、変わらぬあの人の背中。一歩、敷居を跨いで外に出れば、夫から、父親から、平和を守るヒーローの背中に。息子達も、少しはその背中に似てきたかしら。
「よっし、今日は良いお天気だから、お布団も干してしまいましょうか」
「はい、お義母さん」
「うー!」
「あら、緋衣も手伝ってくれるのかしら」
「よし、緋衣も一緒にやるか」
「あうー!!」
緋衣、貴女はどっちの道を行くのかしらね。背中を見送るのか、見送って貰うのか。どっちでも、私達は貴女を見守っているからね。
▼▼▼
「びええええん!」
「うわっ!え、えっと、ど、どうしたのかな~、緋衣ちゃ~ん、よしよ~し」
「びええええん!!」
「うあっ!!も、萌~」
家に響き渡る大号泣。
No.4ヒーローにして、現在妊娠で休業中の、ミルコこと志村ルミさんが、妊娠中の心構えとか気を付ける事とかを聞きに来たついでに、予行演習という事で緋衣を抱いてあやしていたのだけど、急に緋衣が大泣きして、必死にあやすが止まらず、狼狽え涙目になりながら萌さんに救援を乞う。
「あっはっはっはっ!天下のNo.4も、赤ちゃんには形無しだね」
「ふふ、落ち着いて、志村さん」
「乳はさっき飲んだし、多分、オムツを交換して欲しいんだよ。やってみるか?ルミ」
「お、おう」
萌さんに教わりながら、辿々しい手付きでオムツを変えていく志村さん。何とか、オムツを変え終え、また笑顔になっていく緋衣を見て、安堵の溜め息をついている。
「なんだか、少し前の萌さんを見ているようね」
「ちょっ!お義母さん、それは言わないで下さいよ」
「何だ、萌も人の事笑えねぇんじゃねぇかよ」
「くっ、初めては誰だってそうなるっての。あの竜子だって、お前と大差無かったし」
「そうね。私も、燈矢の時は色々大変だったわ。だから、安心して、志村さん。子供に泣かれた分だけ、母親になっていくものだから」
「···はい」
緋衣を抱っこしながら、そこまで膨らんでいない、自身のお腹に手をやる志村さん。
「うちのが産まれたら、一緒に遊んでくれよな、緋衣」
「キャッキャッ!!」
「いでっ!!耳引っ張んな!!おい!しゃぶるな!!」
「あっはっはっはっ!!!」
「ふふ」
「おい、笑ってないで助けろ!!!」
▼▼▼
「ただいま」
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、焦凍、百さん」
「おかえり~」
「だーうー!」
夕方、明日から土日という事で、焦凍が百さんを連れて帰ってくる。花嫁修行という名目で、土日は家で生活している百さんだけど、正直、もう教える事は何もない。今では、夫達に鍛えて貰っている時間の方が長い。
後は、将来の為にと、積極的に緋衣のお世話を手伝ってくれている位。
「焦凍、今日の晩御飯、お蕎麦にしようと思うのだけど、温かいのと冷たいの、どっちがいいかしら」
「···冷たいの」
「お義母様、お手伝い致しますわ!」
「じゃあ、天ぷらも作る予定だから、萌さんと野菜を切って貰えるかしら」
「はい!お任せ下さい!!」
「私はかき揚げ用のをやるから、百は茄子とかの単品物をお願いね」
「はい!萌お義姉様!!」
エプロンをして、並んで包丁を振るう義娘と義娘(予定)。冬美がこの光景を知ったら、「ズルい!私も混ざりたかった!!」とでも言うかしら。まぁ、冬美は啓吾君とご飯を食べてくると言っていたから、どうしようもないわね。
「今帰った」
「ただいま」
「あ、おかえりなさいませ、お義父様、燈矢お義兄様」
「おかえり。ほら、パパが帰ってきたぞ、緋衣」
「おかえりなさい。早かったですね」
「···今日は比較的何もなかったからな。帰れと追い出された」
「同じく。緋衣、良い子にしてたか?」
「だーうー」
気を遣ってなのか、緋衣が産まれてからは、定時かちょっと過ぎる辺りで、ちょくちょく帰らされる夫と長男。
そのお陰か、緋衣も目にする時間が増え、夫を怖がらなくなったのは、夫にとっては良かったのでしょう。
「ご飯までもう少しありますから、待っていてください」
「うむ。燈矢、焦凍、少し鍛練に付き合え」
「···はいよ」
「分かった」
「程々にしておいて下さいね」
▼▼▼
「あら、珍しいですね」
「たまには、良いだろう」
「ふふ、ええ、そうですね」
お風呂上がり、月明かりに照らされる縁側に座る夫を見つけた。その横には、お酒とコップ二つ。いつ何が起こってもいい様に、基本的には飲酒をしない夫ではあるけれど、何か私に話したい事があると、この人は、こうしてお酒を用意して待っている。素面で話すのは、恥ずかしいらしい。
「では、今日も一日お疲れ様でした」
「うむ」
お酒を注ぎあい、軽く触れ合わせてお酒を口にする。
「···今日、初めて焦凍に一本取られた。燈矢と協力してではなく、焦凍単独で」
「あら、油断でもしていました?」
「そんなものはせん。ただ···」
「ただ?」
「俺の予測を上回られた。まさか、アイツがあんな手を使ってくるとは、小癪な」
「ふふ」
「何が可笑しい」
「だって、そんな顔で"小癪な"なんて言うんですもの」
「そんな顔とはどんな顔だ」
「とても、嬉しそうでしたよ。全然悔しそうじゃありませんでした」
「むぅ」
「お互い、歳を取りましたね。見てください、私の手。もう、こんなにシワが目立つ様になりました。あなたも、ほら、こんな所に白髪が」
「···あぁ、そうだな」
「皆大きくなって、孫まで産まれて、実家に居た時は、こんな未来が待っているなんて、思ってもいませんでした」
「···そう、だな」
「ねぇ、あなた」
「···なんだ」
「月が綺麗ですね」
「···ああ、本当に綺麗だ」
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