我輩は蕎麦屋である。
祖父から父へ、父から我輩へ受け継がれてきた、老舗蕎麦屋「そば丸」の店長である。
妻や子供達にも恵まれ、長男は店を継ぐ為に、我輩に弟子入りをしている。かつて、我輩が父に弟子入りした時を思い出す。父の代で、店を畳もうかという話にもなったこの店が、息子に継がせられるまでになったのは、一重に、かのヒーローとご家族のお陰である。
そう、今やNo.1にまで登り詰めた、あのヒーローの。
「冬美ちゃ~ん、ちくしょ~~~!!!」
「フンッ、だから我輩は言ったのだ。変に見栄を張らず、さっさと告白しろと。何が、"一端の蕎麦職人になってから"だ。あんな器量良しが、いつまでも独り身で居る訳なかろうが」
「冬美ちゃ~ん!!!」
かのヒーローの長女ちゃん夫妻宅に、引越蕎麦を出前して帰ってきて早々、自棄酒する息子を我輩は懐かしく思う。やはり、血は争えんという事か。
息子のコップに酒を注いでやりながら、そっと、店に飾られている、一番古い写真に目をやる。そこには、今亡き祖父と壮健だった頃の父、目の前で酒を呷る長男位の歳だった我輩。そして、かのヒーローと、我輩の初恋の相手が並んで写っておる。
あれから、もう25年も経ったのだなぁ。
▼▼▼
「開いたみたいですよ、姉さん」
「そうね、冬花」
その日は、いつもの如く、父にしごかれなから開店前の仕込みを終え、今日は五人位客が来てくれればいいなぁ、等と思っていた。
開店の証である暖簾を掛けようと、店の外に出た我輩は、いつもは無人の軒先に、二人の女性が立っているのを見つけた。姉妹の客のようだ。二人とも、見た事のない位別嬪で、特に姉と思われる女性に、我輩は目が離せなかった。
「···あの、入ってもよろしいですか?」
「あっ!!はい、どうぞ!!空いている席へお座りください」
扉から半歩出た状態で、その女性に見惚れていた我輩に、片割れの女性が苦笑いを浮かべながら声をかけてきた。我輩は、慌てて暖簾を掛け、二人を店の中へ誘った。目の前を通った際、とてもいい匂いがした。
逆上せてんじゃねぇ!!と、父に小突かれながら、お冷やとおしぼりを持っていき、注文を聞く。
話から、妹の方は"フユカ"と言うようだ。ああ、お姉さんのお名前を、然り気無く聞けないものかと思案しながら、お盆やら器の準備をした。"集中しやがれ!!"と鉄拳制裁もあったけど、我輩の頭は、どうやってあの女性とお近づきになるかしかなかった。
まぁ、そんな邪な思いを感じ取られ、それ以降の姉妹に対する接客は全て、父に行われてしまって、二人が蕎麦食って会計して出ていくのを指咥えて見ているしか無かったのだけど。
そして、その数日後。珍しく、出前の注文が入った。住所は、最近建った豪勢なお屋敷の場所だった。我輩は、自転車におかもちを積んで、そのお屋敷に向かった。
立派な大門の横にある、インターホンのボタンを押してお届けに来た事を告げると、最近とこかで聞いた様な女性の声が返ってきた。いや、多分分かっていたけど、理解したくなかっただけなのだろう。
受け取りに来たのは、一組の夫婦。すわヴィランかと思ってしまう、口髭部分に炎を揺めかす強面の大男と、この前姉妹で来店され、我輩が初めて恋をした姉の方。
その左手薬指に、キラッと光る指輪も発見してしまい、気付いた時には、我輩は閉店した店の中で、父に酒を注がれながら飲み散らかしていた。祖父や祖母、母にまで、この時の事は笑い話された。我輩の初恋は、何かをする前に、終わってしまったのだ。
まぁ、我輩の初恋はともかく、あれからあの夫婦は、ちょくちょく店に足を運んでくれた。あのNo.2ヒーロー"エンデヴァー"が贔屓にする店として、雑誌やテレビの取材を受ける事もしばしば。一日に10人客が入れば良い方だった店も、バイトやパートを雇わないと回らなくなる位大繁盛。お忍びで、エンデヴァーとアイスメイカーに連れられて、オールマイトが来た次の日にゃ、もう大荒わなんて事も。お陰で、当時バイトとして働いていた妻と出会えた。初恋の相手は、新たな恋を運んでくれたのだ。
それからも、轟家と店の付き合いは続いた。
特に、長男の燈坊は頻繁に食べに来ていた。学校帰りに一人で、冷やの掛け蕎麦を一杯。高校生の頃は、流石に頻度が下がりはしたが、弟妹や当時まだ恋人だって奥さんを連れてくる事が多くなった。因みに、奥さんは肉蕎麦をよく注文していた。
プロデビューしてからも、同じヒーロー仲間を連れてきてくれて、ご贔屓をどんどん増やしてくれてありがてぇ限りだ。
焦坊もよく食いに来てくれるが、あの別嬪さんを連れて来た日にゃ、席半分も埋まってねぇのにフル稼働だ。あの別嬪な嬢ちゃんも、全部旨そうに食ってくれるのは嬉しいんだがな。
後、夏坊がいつ彼女紹介しに来るか待ってんだが、中々連れてきやがらねぇ。図体だけ父親に似て、シャイな野郎だまったく。まぁ、ちゃんと意中の子を掴まえた分、家の馬鹿息子共よりゃマシだがな。
ま、これからも轟家の人らにゃ、末永くご贔屓にしてくれる事を願っとるよ。そんな思いを抱きながら、一番新しい写真に目をやる。
あの蕎麦大食い大会の後に、父を中心にして撮った轟一家との記念写真に。
小話「燈矢の蕎麦屋」
「お、今日は息子と一緒か、珍しいな」
「···海老天蕎麦を。燈矢には、お子さま蕎麦セットを」
「お父さんと同じのが良い!!」
「···食いきれんだろ」
「食べれる!!お父さんと同じの!!」
「はっはっはっ!!坊主、もし残したら、罰として店の掃除のお手伝いしてもらうぞ。それでも、同じので良いんだな?」
「うん!!お父さんと一緒が良い!!」
「···はぁ、頼む」
「あいよ!!」
「冬花との特訓はどう?燈矢」
「順調だよ、お母さん」
「そう」
「しっかり鍛えて貰って、お父さんをギャフンて言わせるんだ!!」
「ふふ、頑張ってね。でも、無理だけはしちゃダメよ」
「うん!!」
「じゃあ、頑張る燈矢には、はい、私の海老天をあげるわ」
「いいの!!?ありがと、お母さん!!」
「えっ!!彼女出来たの?!?お兄ちゃんに!!?」
「おい、どういう意味だ、冬美」
「いや、だって、今まで女っ気一つ無かったお兄ちゃんが、高校入学から半年で彼女が出来たって、俄に信じがたい」
「今までは、下らねぇ女しか回りに居なかっただけだ」
「お、おまちどう様です、冷やしの掛けとえ、海老天蕎麦です」
「あ、来た!美味しそ~」
「ご、ごゆっくりー」
「?店員さん、慌ててたけどどうしたんだろ」
「···俺の視線にひびってるようじゃ、妹はやれねぇな」
「なぁ、燈矢兄」
「ズズー···ゴクン、何だ?夏雄」
「は、初デートって、どんな格好で行けばいいかな」
「······」
「···何だよ、その目は」
「いや、お前も遂にかと思って。相手はどんな子だ?」
「同じゼミの···この子。まだ、付き合ってるとかじゃないけど、今度二人で遊びに行く事になって」
「···(prrr)······あ、母さん、今すぐうちのデザイナー呼んで」
「兄貴!!?!」
「ズズー」
「ズズー」
「······」
「······」
「学校、どうだ?焦凍」
「まぁ、それなりに」
「···お前、食堂で蕎麦ばっか頼んでないだろうな」
「······ズズー」
「おい」
「ズズー」
「お、今日はお嬢ちゃんと二人か」
「ああ、俺はいつもの。娘には、お子様蕎麦セットを」
「私、お父さんと一緒のがいい!!」
「···食いきれるのか?」
「うん!!大丈夫!!」
「じゃあ、もし残したら、罰として店の掃除の手伝いだな」
「···いいのか?緋衣」
「う、うん、お父さんと一緒のがいい」
「大将、頼む」
「あいよ。あ、嬢ちゃん、一個教えとくな。嬢ちゃんのお父さんが嬢ちゃん位の頃、おんなじ様な事言って、悔し涙流しながら店の掃除をしたんだ」
「大将!!」
今日の本誌。
地獄の轟家、一応の決着がついて良かった。やっぱ、エンデヴァーは引退か。てか、ホークスも前線退くという事は、繰り上がりのNo.1はジーニスト?
後、夏雄君の彼女は登場しないまま終わるのか?待ってたのに。
評価と感想をよろしくお願いします。