水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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第一章:少年よ、大志を抱け
1. 水鏡律季は二人の爆乳魔女に出会う


 

 

 

 高校入学を機に、田舎から市内へ引っ越してきた。

 今日はめでたい独り暮らし初日。同じアパートに住む同級生の高田くんと青山くんが、引っ越し作業を手伝ってくれた。

 今、俺は二人に連れられて、町に連れ出されている。

 

「あれ? でもお前、昔は市内に住んでたって言ってたよな?」

 

「一応。でもかなり外れの方だったから、このあたりはほとんど来た事もないよ」

 

「ふーん。……あ、じゃあアレも初めてじゃないか?」

 

「――なるほどな。なぁ律季(りつき)、案内ついでにいいもの見せてやろうか」

 

「……いいもの?」

 

 それまでは親切にゴミの出し方や学校への近道などを教えてくれていた二人が、なにやら突然悪い顔になる。

 連れていかれたのは大きな神社の鳥居だ。『天道神社』と石板に書いてある。俺も名前だけは知っている所だ。地元民に厚く信仰され、全国的にも有名な大神社である。

 今日はなにかの祭りのようで、境内から雅楽の音が響いていた。大盛況だ。駐車場はギッチリであり、テレビ局の車まである。

 

「屋台? 俺そんなに金ないよ」

 

「バッカお前、ここのメインは食い気じゃねえだろ。色っ気だろうが色っ気」

 

「色気?」

 

「そうそう――ほら、あれだよ。ここの巫女さま。天道(てんどう)炎夏(ほのか)さんだ」

 

「――!!??」

 

 その時、俺の頭頂部のアホ毛が直立した。

 見物人に囲まれた中央に祭壇があり、その前で巫女さんが舞っている。黒髪ロングで、まさに大和撫子なとんでもない美女だった。神に奉納する舞いなだけあって動きは退屈なぐらいゆっくりだが、彼女がそれをやると途端に神々しくなる。

 

 ――だが、この光景に俺が感じていたものは、神聖さでも厳粛さでもなかった。

 

 

 

(なんっっっっだ、あの爆乳ッッッ!?)

 

 

 

 ぶるんっ……♡ ぷるん……っ♡ ゆさぁっ……♡

 

 パッツンパッツンの巫女衣装の中で、爆乳が暴れ回っていた。お年寄り連中は素直にありがたがっているようだが、中年以下の男たちは別の意味でありがたがっている。女性陣もあまりの迫力に、ひたすら唖然としていた。

 

 ――巫女さんのおっぱい目当て。だからこんなに人が集まっているのだ。

 その証拠に、舞を撮影している男たちは、妙にキョロキョロとうしろめたそうにしている。神事だと思っているなら一切やましいことはないはず――つまり、いやらしい目的があるのだ。

 

「この神社は全国でも特殊な信仰体系だ。神主は入り婿で来るだけ。巫女こそが代々の当主になり、神にかわって魔を祓い清める『お役目』を務める。

 ――いわゆる普通の、バイトで雇われたような巫女とはものが違うってわけさ。千年前から脈々と続く女系の末裔。生粋の神職……人よりも神に近い人。それが彼女だ」

 

「しかもあの容姿! 二年前にあの人が『お役目』になってから、祭りがあるたびに客が押し掛けるようになったからな。もともと経営には困ってなかったけど、さらにウハウハ。いまや全国でも一番の金持ち神社かもしれん」

 

「ふつうに仕事してるだけでそんな事に!?」

 

 そういえば、あの巫女さん――天道炎夏さんは、鈴だの枝だのではなく、『槍』を持って舞っている。動き自体も激しくて、踊りというよりもむしろ武術の型を連想する。きっとこの神社独特の流儀なのだろう。

 『退魔の巫女』……伝奇もの以外ではまず聞かない単語だが、そんなのが現実にいたとは。しかもそれが超爆乳の美少女。まさに事実は小説よりも奇なりだ。

 

「天に二物を与えられてるよな」

 

「ああ。主にお胸にな――おちゑすとにな。二物っていうか、文字通り二つだけど。カップ数的には2どころか1ダースぐらい貰ってそうだけど」

 

「性懲りもなく毎年毎年デカくなってるしな。肩の方はこって(・・・)そうだけど」

 

「悪ノリがひどすぎる! 聞こえたらどうするんだ!?」

 

「聞こえねーって。この人込みだぞ」

 

 基本、男子高校生はアホなので、だいたいこういう日常会話をしている。

 だが、なぜか俺は二人のセクハラ発言に謎のムカつきを感じ、二人を無理やり引っ張って立ち去った。なにがおちゑすとだよ。

 

 ――しかし、確かにこの二人が俺を連れてきたがるわけだ。

 あれは……なんというか、凄かった。

 

「凄かったろ? あの人、俺たちの先輩なんだぜ。学年も二個しか違わない」

 

「え? マジ!? 同じ学校なの!?」

 

「そうそう。なんならここ二年の受験倍率上がってたのも、天道さん効果って話だし。あの人に会いたい男子が県外からも群がって来るとか」

 

「各方面に影響出すぎだろ!? ……まあでも、無理もないか。

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ――バヂイッ!!!!

 

 

 

 

 

「うっ!?」

 

「「え……?」」

 

 石段を降りようとした瞬間、頭の中が『感電』した。

 普通の頭痛とは訳が違う、体ごとマヒさせるような奇妙な痛み。俺は完全に階段から足を踏み外し――

 

 

 

 

「わあああ――!?」

 

 

「むおぉぉっ!?」

 

 

 

 

 

 ――むんにゅう~~~~……っ♡♡♡

 

 落っこちたあげく、階段の下にいた女性に突っ込んでしまった。

 だが痛みはない。なぜか目の前が真っ暗だ。そして顔面に広がるこの豊かな柔らかさ――ま、まさか?

 

「……うーむ……なのじゃ」

 

(……『なのじゃ』? ――いや、それよりも――!!)

 

「ずいぶんコッテコテなラッキースケベじゃの。狙ってやったなら大したものじゃ」

 

 恐れた通りの事態が起きていた。

 俺は彼女にぶつかって歩道に押し倒したあげく、その胸をわしづかみにして、顔面を埋めていたのだ。

 

「あ、あわわわわ!? す、すみませんッ!?」

 

「ケガはないか少年?」

 

「いやいやいや! あ、あなたこそ大丈夫ですか?」

 

「大丈夫なはずがなかろー。見ず知らずの男に胸を揉まれてしもうたのじゃぞ。うえーんじゃ。貞操を穢された以上は、娶ってもらわねばおさまらんぞ」

 

「はあ……?」

 

「――冗談じゃよ。なに期待しとるんじゃ、マセガキ」

 

 ……な……なんなんだ? このキャラの濃い女の人は……。

 しかし、人を食ったようなトンチキな言動とは裏腹に――外見は、ものすごくクールビューティーな美人だ。水色のロングヘアと、片目のモノクルも特徴的だが、なんといっても一番目に付くのは――

 

 

 

(お……おっぱい、でっっっっっかぁ!?)

 

 

 スーツ越しでも強烈に主張する、むっちむちの水風船みたいな爆乳。

 距離が近いせいか、さっきの天道さんと比べてもひとまわり大きく見えた。

 

 ――しかし、状況が不自然である。俺はまだ彼女の爆乳がエアバッグになったとしても、この人が無事なのは明らかにおかしかった。

 どうしてなんともないんだ? 2メートル落っこちた人間の下敷きになったんだぞ……?

 

「……ふむ、なるほどな。その様子から考えると、今のは本当に事故だったらしいのう。訴訟は勘弁してやろうではないか」

 

「は、はい。ありがとうございます……すみません」

 

「得したの少年。こんな美女のおっぱい触って、なーんにもお咎めなしとは♡ もし裁判になっていたら、弁護士にも嫉妬されて勝ち目がなかったところじゃぞ?」

 

 返答に困ることを言う彼女は、ケガどころか泥汚れすらついた様子が無かった。

 思い返すと、ぶつかった時の感覚も妙だった気がする。地面に激突した感じがしなかった――彼女に当たった時の「むんにゅ~っ♡」だけだった。

 

「ほれ、こっちに来るといい。一応ケガがないか診てやろう」

 

「……そ、それはいいですけど。……えっと、その」

 

「ど、どちらさまですか!?」

 

「できたらLINE交換してもらえませんかね!?」

 

「わしは、真序高校の養護教諭を務めておる者じゃ。名前は雹冬(ひょうどう)冷音(レイン)。レイン先生と呼ぶがいい。

 ――で、おぬしの名前はなんというのじゃ?」

 

(わし!? おぬし!? ――つーか、距離感おかしい……!!)

 

 高田くんたちが彼女――レイン先生の美貌に鼻息を荒げている。

 だが先生の方は質問した二人には一瞥もくれず、なぜか俺だけを見て言った。アイスブルーの髪で左目が隠れており、右目だけで深海のような碧い眼差しを放ってくる。

 いかん――心臓がバクバクいってる。天道さんは遠目に見るだけだったが、レイン先生はこの至近距離だ。美しさの暴力が直に来る。

 

「おい? 聞いとるのか」

 

「あ……みっ、水鏡(みかがみ)律季(りつき)です。真序高校の新入生で……」

 

「俺たちもそうなんですよ! いやー奇遇ですねー」

 

「ふむ、そうか。よろしく頼む」

 

 そして、やっぱり二人の時だけ妙に冷たい。

 背中を向けてスタスタと去っていく彼女のそっけなさに心折られたか、二人はついに追跡を諦めた。

 

「さ、行くぞ律季。じっくり見れる所を探す」

 

(名前呼び!?)

 

「なんだかわかんねぇけど……いいなぁ、あいつ」

 

(なんかごめん!)

 

 ……そう思う反面、妙な優越感も覚えてしまう。なんでこんなに贔屓してくれるのかわけがわからないが、美女に気に入られて不快なはずもない。

 「――うっわ。胸もすごいけどこっちはこっちで……」などと、レイン先生のお尻を眺めてつぶやく青山くんには、同情の余地がないけれど。

 

(うお、デッカ……!?)

 

(プリプリ揺れてる……)

 

 通行人の視線を集めるレイン先生のナイスバディ。普通に歩くだけでもおっぱいが弾むし、お尻が左右にフリフリ突き出る。教師らしくスーツとタイトスカートをピッチリ着こなしているので、余計に体のラインが浮き出ていた。

 そんな彼女に手を引かれているという事実。悶々としながら連れてこられたのは、神社の駐車場だった。レイン先生は一番はじっこの木陰に停まった、黒塗りの車を指さす。

 

「わしの車じゃ。さ、乗るがよい」

 

「あなたやっぱ不審者でしょ! なんすかこの高そうな車!?」

 

「美人に誘拐されるのはいやか?」

 

「いいえどこへなりと!」

 

 迷わず助手席に乗りこんだ。

 車内は広く、ドアを閉めた揺れも少ない。素人の俺でも高級車だとわかる。

 

「おい……ケガ見るっつってんのにドア閉めてどうする? なにをホントに誘拐されにいっとるんじゃ」

 

「……それもそうですね」

 

「――むう。おぬし、やはり只者ではないの。このわしがツッコミに回ってしまうとは」

 

「どこにびっくりしてるんですか」

 

 言いながら、素直にドアの外に体を向けてズボンの裾をめくった。……我ながら今の行動はおかしかった。相当舞い上がっているらしい。

 赤面していると、レイン先生が俺のひざに顔を近づけてしゃがむ。

 

「え、本当に見るんですか」

 

「養護教諭じゃからな。万が一にもケガは見落とせん。今年からウチの生徒になるのなら特にな」

 

「その生徒をさっきめちゃくちゃ邪険にしてましたよね」

 

「あやつらは転んでおらんもの。教師のわしに対して、露骨に色目使っとったし」

 

 ――その瞬間、俺はとんでもない事実に気づいた。

 レイン先生は地面でひざまずいて俺の足を見て、俺はそれを見下ろしている。つまり、俺の眼に映るのは。

 

 

 

(――!!! ……た、谷間……なっっっっが!!??)

 

 

 

 重力に従ってわずかに垂れた、レイン先生のなっがいふっかい谷間。

 きっちり襟は止めてあるので素肌は見えないが、服の上からでもやわらかい質感がモロ伝わって来る。

 

(お……俺の行く学校に、こんな爆乳美女が二人もいるなんてっ! 俺は夢でも見てるのか!?)

 

 だが現に目の前に『それ』はある。レイン先生のおっぱいの圧倒的なサイズと質感は、到底俺なんかの想像力の及ぶところではなかった。事実(爆乳)は小説よりも奇なり。

 

 ――天道炎夏さんが先輩で、雹冬レインさんが保健室の先生。

 俺は生まれて初めて、心から神に感謝した。

 

「ふむ、膝のあたりにケガはないようじゃな……もう少し上も診ておくか?」

 

「……いえ、そんな……」

 

 断りかけた瞬間、本能がささやいた。

 ――ここで引き伸ばせばまだ谷間が見れるぞ!! 

 

「――お、お願いします。まだケガがあるかもしれないです」

 

「りょうかーい、なのじゃ」

 

(あざとっ!? でも……めっちゃ可愛い!!)

 

 悪魔の誘惑に負け、ついつい延長してしまった。

 俺のズボンの裾をまくるレイン先生の腕がおっぱいに当たり、いやらしく形をゆがませる。わざとではないのだろうが抗えないほどの吸引力を発揮していた。俺は目を血走らせて、先生の乳を凝視してしまう。

 

(うおおおおおっ! すっげ~~……!!)

 

「……」(にやっ♡)

 

「――う!?」

 

 じろっ、とレイン先生の視線が上を向いた。目が合う。

 ――まずい、見つかった。

 

「ケガは全くないようじゃが……どうやらおぬし、なかなかに重症の病を抱えておるようじゃの♡」

 

「……なにがですか?」

 

「おっぱいフェチの病……あるいは、悲しい男のサガってところじゃ。――わしの乳に物欲しそうな視線を向けおって、気づいてないとでも思ったか?」

 

「…………す、すみません」

 

「くくく……正直者じゃのー。ごまかそうともせんのか? まばたきも忘れてガン見しとったし、申し開きのしようもないってところか……♡ 

 そりゃ見てしまうよな―♡ 目の前にこーんなでっかいのがぶらさがっておるんじゃから……♡」

 

 にしても、自分から延長した点は言い訳の余地がない……。

 相手の善意につけこんでおっぱいを盗み見るなど、人としては最低の行為だが――先生はニヤニヤと笑っている。この人にとっては多分『よくあること』なんだろう。

 そりゃあそうだろうな――ちょっとした診察だけでコレだ。男子生徒の視線を引かないはずがない。

 

「しかし……さっきのラッキースケベとの合わせ技で、これはさすがにギルティじゃのう♡ 新入生にして性犯罪者とは、とんだ高校デビューじゃなぁ♪」

 

「う……! か、勘弁してもらえませんか……!」

 

「……ふむ。許してほしいのか? ならば代わりに、ひとつ頼みを聞いてはもらえんかの」

 

「は、はい、なんですか? できることならしますよ」

 

「――よし、少し待て。人に聞かれては困る話じゃ」

 

 いよいよ怪しい話題になってきた。

 さてはこの人――最初からその話が本命だったのか? 介抱なんて建前。俺がケガなんかしてないのはとっくに分かっていて、二人きりになるためにわざわざ……。そんなことを考えている間に、レイン先生は周囲に人がいないのを確認して運転席に座った。そのまま内鍵を閉められてしまう。

 

 

 

 

 

 

「天道炎夏は知っとるな? ここの巫女で真序高校の三年生じゃ。

 ――あやつを、おぬしの彼女(コレ)にせよ」

 

「…………は……?」

 

 

 

 

 

 ぴーんと小指を立てて、レイン先生はそう言った。

 俺はあんぐりするしかない。――あまりにも明後日の方向すぎた。ヤバイ薬の運び屋をやれと言われる方が、まだ理解しやすいぐらいだった。

 

 

 

「学校に入ったら、すぐに炎夏に言い寄れ。遅くとも半年以内にはモノにするのじゃ。

 ――それと……この小指立てるハンドサインって日本しか通じないらしいぞ。知ってた?」

 

「いろんな意味で知ったこっちゃないです!! なに言ってんですかいきなり!?」

 

「!? 律季おぬし! まさか、あやつが好みではないのか!?」

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 「バカな……!」という顔で仰天しているレイン先生。

 天道さんと付き合いたいかどうかの話ではない。――ただ、好みか好みじゃないかなら、もちろん前者である。ストライクだ。ストライクすぎてピンが粉砕される。なんならボールの回転でレーンがちょっと焦げる。

 

「ならよいではないか」

 

「いやだから、そうじゃなくて。なんでレイン先生が、俺にそんなこと指図するのかって話を……いくら許してもらうためとはいえそれは」

 

「まあ、そう言うな。炎夏を彼女にする事自体は、イヤではないのであろう?」

 

「……それはまあ、そうなんですけど……でも、まだ面識もありませんし。つーかレイン先生はあの人のなんなんですか」

 

「なーに。大人はみんな、若い衆の色恋に首を突っ込むのが好きなものじゃ」

 

「答えになってないですよ……」

 

「ああ、もちろんタダでとは言わんぞ。難しい話じゃからな、うまくいけば罪を許すだけでなく、報酬もちゃんと支払うぞ」

 

「人の話を聞けー!?」

 

 レイン先生は腕を組み、おっぱいを強調したポーズをとりながら、真面目な顔で言う。

 正しいのは明らかにこっちなのに、なんだかペースを奪われてしまっていた。とはいえ押し切られるつもりもない。

 

「――そもそも報酬って……そんなのが出るならそれこそ受けられませんよ」

 

「何故ぞ?」

 

「……なぜって。それじゃ、もらえるお金が目的で女の子と付き合うことになるでしょ。天道さんがどんな人か分かりませんけど、そんな可哀想なこと出来ません」

 

「!! ……ふうむ、それはそれは……なかなか殊勝な心掛けじゃのう」

 

「人として当たり前でしょ! まあ、そもそも前提がおかしいですけど……!」

 

「ああ、そう怒るな。……それにわしも最初から、金で報酬を払う気はない。まぁ、おぬしが金が良いと言うのならそれでもよかったがの。

 ――じゃから、かわりに別のものをやろうではないか。金よりもずっと良いものを。……きっとおぬしが世の中で、一番大好きなものをな……♡」

 

「……もらいませんけど……なんですか? 俺が一番大好きなものって」

 

 思えばこの時、無視して逃げればよかったのかもしれない。しかし俺は聞いてしまった。

 この人は俺の事をどんな人間だと思っているんだろう――そんな好奇心が、致命的になった。

 

 

 

「むろん、コレじゃろ♡」

 

 

 

 レイン先生が懐から、『杖』のようなものを取り出す。

 すると俺のシートがいきなり倒れた。スイッチには誰も触れていないのに――

 

 

 

「くらうがよいのじゃーっ♡」

 

「――ぐむぅ!!??」

 

 

 

 そして、また目の前が真っ暗になる。

 鼻と口が残らず塞がれ、空気の代わりに素晴らしい香りが気道へ入って来た。顔の両側からやわらかくてあったかいものが押し付けられ、体全体に幸せな重みがかかっている。この感覚は、身に覚えがある――

 

「堪能するんじゃぞ♡ ついでに、先のラッキースケベの仕返しもしてやる♡」

 

「れっ、レイン先生っ……まさか!?」

 

「そう――報酬とは、わしのカラダじゃ♡ おぬしが炎夏を彼女にできたら、『わしの胸や尻を好き放題にする権利』を進呈しようではないか♡ これは、その『前金分』じゃ……♡

 おぬしのために一肌ぬぐぞー♡ ――律季が望めば、文字通り脱いでやるがの♡」

 

 片方だけでも俺の頭よりデカいおっぱいで、顔面が押しつぶされる。胸やふとももだけでなく、全身ひんやりふわふわのレイン先生がぴったりと密着し、快感の逃げ場所がない。

 さらにはこの香り。座席のわずかなレザーの匂いをかき消す、年上美女の強烈なフェロモンで、頭の中がぐちゃぐちゃのバラ色になる。

 

「むふふ……おぬし、おっぱい好きなんじゃろ~?♡ わしや炎夏みたいに、かわいくておっぱいでっかーい女が……♡ 炎夏をカノジョにできたら、一気に四つのおっぱいがおぬしのものになるぞ……悪い話ではあるまい♡

 ――それっ♡ それっ♡ おっぱいで圧死しろ~♡ おっぱいで窒息しろ~♡ ここがおぬしの墓場じゃぁ~っ♡」

 

(あああああっ……! なんだこれなんだこれなんだこれ……!!)

 

「――むっちゅ♡ んっちゅ♡ んーっ、ちゅっ♡」

 

「ッッッ~~~~~~~~~!!!!」

 

 レイン先生のクールでキレイな顔面が、破壊力抜群の激かわキス顔と化して視界いっぱいに広がって、離れて、また襲って来る。

 みずみずしい唇が俺の顔中に降り注ぎ、離れるたびに淫靡な音を立てた。唇には決して触れないが、そのかわり他の全ての場所へ、肌を塗りつぶすようにキスのスタンプが押されていく。

 

 

 

 ――ぶちゅぅ~っ♡ ぶっちゅ~……っ♡ 

 

 ――むにむに♡ ぎゅ~っ♡ すりすりすり♡

 

 

 

 車全体がガタガタと揺れ、ハートマークの混じった擬音がその中から乱舞する。幸いにも通報はされなかった。その後もしばらくおっぱい天国……もとい地獄は続き、二分ほど経った後にようやく俺は解放された。体感では十五分ぐらいあった気がする。

 ドアが開くと、顔や首どころか鎖骨のあたりまでキスマークだらけにされ、目をぐるぐると回した俺がドサリと転がり出た。

 

 

 

「――ミャ゛ッ!?」

 

 

 

 草むらにいた野良猫と同じ高さで目が合った。めちゃめちゃビックリされている。

 近くに猛獣がいるとでも思ったのだろう――無理もない。この俺の、無惨に食い散らかされた姿を見れば。そんな俺をレイン先生は、口紅を拭きながら見下ろしていた。

 

「……くくく♡ もらわないもらわないと言いながら、もらってしまったのう……『前金』を♡ おぬしの意思がどうあれ、これで契約成立♡ おぬしは炎夏を落とすしかなくなったわけじゃ……♡」

 

「……う……うう……悪徳ブローカーよりひでえや……」

 

「でも楽しかったじゃろ?」

 

「――それは……はい。ありがとうございました……」

 

「……律儀に感謝するでないわ。逆に罪悪感があるじゃろうが……。

 まあよい――炎夏は学校では男子バスケ部のマネージャーをやっとる。入学式が終わったらすぐ入部するがいい。二つ上の先輩と距離を詰めるには、やはり部活が手っ取り早いじゃろう」

 

「……了解です」

 

「見事成功させた暁には、炎夏のココロに加えて、わしのカラダがおぬしのものじゃ♡ なにか困ったことがあったら、いつでも保健室に来るんじゃぞ♡ わしが全力で、炎夏を落とすサポートをしてやるからの……♡

 じゃ、そういうことでの~っ♡ ――ちゅっ♡」

 

 キュートな投げキッスをよこして、レイン先生は車を出し、どこかへ走り去っていく。

 一方的に契約成立を宣言されたが、精魂尽き果てた俺に抗議する力はなかった。後に残されたのは俺一人。とんでもない厄介ごとに巻き込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

「俺……この高校来て本当によかった……」

 

 

 

 

 

 入学式まであと三日。

 ――俺の新生活の始まりである。

 

 

 

 







 今月、水鏡律季が高校生になる。
 もともとは入学後に教師として自然に接触する手はずだったが、偶然彼に遭遇したためそのまま作戦を決行。多少強引ではあったが、なんとか天道炎夏と関係を深める約束をとりつけた。

 幸運なことに、律季は胸の大きな女性が好みらしい。恐らくこちらから誘導せずとも、自分から天道炎夏に恋をすることだろう。
 計画の滑り出しは上々と言える。


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