水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~ 作:黄緑信号
――ボクらの役割は、三割が偵察で残り七割が威嚇だ。
コソコソ隠れていても、重要な秘密はそうそう覗き見られるものではない。なら、むしろ自分から姿を現してプレッシャーをかけることで、
「――ユウマ先輩。いっしょにご飯でもどうですか?」
「……なに?」
しかし現状、律季たちには委縮したような態度は見受けられない。
監視されることに重圧を感じているそぶりは、少なくとも表面上見せない。それどころか自らボクらのいる教室へやってきて、ニコニコしながらこんなことを申し出る始末だ。
「正気か、お前――」
「お、いいじゃん。そういや前から言ってたもんな」
「賛成。みんなで食堂行きましょうか」
「「!?」」
もう一人の標的である炎夏、その親友・秋月螢視が同時に立ち上がる。
螢視は他意がなさそうだが、炎夏の方は険しい視線をこちらに送ってきている――さてはこいつ、律季と口裏合わせてるのか?
(どうするんだユウマ?)
(行くしかないよ)
今のボクとレンは、「律季の先輩で炎夏と螢視の友人」という設定だ。頭ごなしに断って違和感を持たれたら困る。過去を捏造する形の複雑な暗示は、ほころびが生じると簡単に壊れるし、かけ直す時には初回と比にならない手間がかかるのだ。
何を企んでいるか知らないけど、ここは承諾するしかない――ボクは一瞬だけレンと視線を交わし、不本意ながら律季たちについていくことにした。
(――うわ、このかつ丼うまっ!?)
「へえ……ここの学食ってこんなレベル高いんだな」
「美味いか? ここ来てよかっただろ」
「……まあ、そうだね。うまいし安いし」
これはお世辞ではなく本心だ。
ボクたちは普段イギリスに駐在して任務についている。外国生活にも慣れたと思っていたが、自分でも気づかないうちに米に飢えていたようだ。気づけばボクら二人とも、大盛り二杯をあっという間に平らげてしまった。
「しかし、驚きましたよ。秋月先輩に、俺と天道先輩以外の友達がいたなんて」
「おい泣くぞ」
「なので、できれば
(……なるほど。そういうことか)
螢視が流れ弾で傷ついているが、今の律季の言葉はボクらに向けた皮肉だ。事実ボクらは螢視の友達なんかではないのだ。螢視を利用するか、害をなす。それだけの存在でしかない。
そしてボクらをここに呼んだ理由は――『尋問』である。
「昔の事だから、私もユウマちゃんと何したか覚えてないのよ。
「……そういやそうだな。なんで来なかったんだ? 誘った気がするけど」
当然だ。ボクたちは最初から「いなかった人間」なのだから。
記憶改変とは、あくまで偽物の情報を後付けで挿しこむものだ。炎夏と遊んだ時の
話が食い違っていたら――矛盾をつかれたら、それを糸口に螢視の暗示は解ける。
それが暗示の解除法であり、また律季たちの目的でもある。違和感を持たれたら終わりと言っていい。
仲良く話をしていると思っているのは螢視だけで、すでにこの場には戦の緊張感が漂っていた。
「まだ感染症が気になる時期だったからね。人が多い場所はあんまり行きたくなかったんだ。
……それに、『水族館とか歩き旅には一緒に行った』だろ?」
「……は?」
「ああ、そうだったな。あんときは炎夏もいたし」
だから、中途半端なことはしない。
矛盾が出ないようにする方法は、螢視たちの記憶にすり寄るのではなく――最初から作り話を語る事だ。
「なに言ってんのよ? 水族館なんて小学校の時から行ってないじゃない」
「忘れちゃったの? レンがイルカに水かけられた時に、炎夏が一番爆笑してたじゃないか」
「……え、マジで忘れたのか? おれハッキリ覚えてるのに……」
「う……!」
――理解したか炎夏? ボクは、そうほくそ笑んだ。
存在しない記憶を当たり前のように語れば、螢視の中で勝手にストーリーが補完される。そんなこと覚えてないと言えば、螢視に不審がられるのは
風魔法でも暗示術でもない――「作り話」こそがボクのオハコ。
なにせ今のボクは自分自身で、昔から螢視の友達だったというウソを信じている。名俳優が演じるキャラクターに憑依されて迫力ある演技をするように――自分自身で信じているウソは、人に伝えても信じさせることができる。それが創作という行為なのだ。
(ぐぬぬぅ~~~~~……!!)
(――やはり、そう簡単にはいかない……か)
トンカツとご飯で頬を膨らませた律季も、焦りを隠せていない。
露骨に悔しがっている炎夏と違って、表情こそポーカーフェイスだが――首の辺りに、一筋だけ汗をかいている。
――しかしこいつら、なぜ『暗示』の解き方まで知っている?
律季は勘の鋭い奴だが、勘だけでそんな具体的なことを突き止められるはずがない。何者かに――おそらく
こいつらの裏に誰がいるのか、実はずっと探っている。基本的に機関の魔法使いは遠隔で連絡を取り合うので、携帯会社の通話記録や郵便物まで調査しているのだが、いまだに二人の上司についての手掛かりはつかめていなかった。
今回に限ったことではない。律季たちは一体、どうやって指令を受け取っているのだ?
まさか、
「ところで、螢視はさっきからスマホで何見てんだ?」
「……そうよ。お行儀よくないわよ」
「ああ、ちょっとな……」
(ナイス、レン!)
レンが自然に話題をそらした。ボロを出した炎夏もまた、これ以上の追及を諦めて乗る。
昔の写真なんかを見られるとちょっと困るので、ボクも確認しておきたかった。
「東大受験の対策ノートだよ。合格した先輩から写真を送ってもらった」
「……と、とーだいッ!?」
「ウソ! 受けんの!?」
「あ、ああ……そうだよ。てか言ってなかったか? 中学の時には決めてたはずだけど」
(げ、ヤバッ……!)
完全に素に戻ってしまった。
故あってボクとレンは、最終学歴で言うと中卒にもなっていない。東大を受ける受験生なんて雲の上の存在だ。それこそ魔法使いよりも凄いと感じてしまう。
「すまん。で、学部どこだっけ?」
「医」
「……よりによってかよ。なんのRTA走ってんだって感じだぞ」
「――ふうん? もしかして、キミも親に強制されてるとか……?」
「人聞き悪いこと言うなよ!? ちゃんと自分の志望だって」
「……そっか」
(……『キミも』……?)
注意深くこちらに視線を投げていた律季が、はじめて怪訝そうな表情になった。
ボクの機嫌は悪くなる。少しだけ期待していたのだ。――相手が、自分と同じであることを。だがやはり、こいつも「恵まれた人間」に過ぎないようだ。
「でも、強制されてるわけじゃないなら、なんでそんな根詰めて勉強してるのさ。クマはすごいし、顔色もよくないし……医者ってか患者にしか見えないよ」
「勉強だけでこんな寝不足になってるわけじゃねーよ。家庭教師のバイトが忙しくてな。さすがに両立させるのはキツイが、学費稼がなきゃいけないし」
「――は? え、自分で稼いでんの? 大学の学費を……?」
「ああ……国立とはいえ医学部は高いからな。ウチの家計だとけっこうな圧迫なんだ。ま、両親は気にしなくていいって言ってるけど、全部負担させるのはやっぱり気が引けるから、ちょっとでも足しになればって思って」
「な、なんでそこまですんのさ!?」
「別にいいでしょ?
親友の人生設計に口出しされた不快感か、炎夏の声と視線が尖った。
「ユウマは進路どうする?」――それは、ボクが本来高校生などではないことと、現在教国のエージェントを生業にしていることを突いた問いだ。
嘘八百を語らせて、矛盾を見出そうとしているのだろうが――しかし、その質問に対してなら、ボクは答えを持っているのだ。
「…………………………マンガ家……」
「!?」
「「……え?」」
「へえ、そうなの? 知らなかったな」
もじもじと手を合わせ、視線をそらしながらそう言ったボクに、炎夏と律季は顔を見合わせた。
ボクも演技ではない。本心を言ったからこそ恥ずかしいのだ。レンも意外そうな顔をしている。
(……どういうことなんでしょう? 嘘じゃなさそうですよ)
(そういや、自己紹介の時にそんな事言ってたけど……じゃあなんで教国に?)
「まあ、あと数年は無理だけどね。今やってるバイトに、ボクは少し深くかかわりすぎてしまった。そこを抜けるまでは創作なんかしてるヒマはない。
……でも、いつかはレンと一緒にマンガを描いて暮らしたいって思ってる。専業になれなくてもいい。二人で作った作品を世の中に出したいんだ。……それは、本当だよ」
だから、こんなところでつまずくわけにはいかないんだ。さっさと捕まってくれよ――とは、言わなかった。視線だけで律季たちにそう告げた。
「……というか、正直やってられないんだよ。ボクには、その夢がないと……。
ま、医者になるだの、実家の神社を継ぐだの、堅実な進路を考えてるキミらには、ボクらのことがバカバカしく思えるだろうけど」
「そんな訳ねえだろ」
螢視が、スマホから顔を上げた。
太眉で三白眼ぎみな目が、鋭くこちらを射貫く。
「おれや
――友達の夢を、バカバカしいなんて言うわけないだろ。応援するに決まってる」
「「……!」」
魔法使いでもない人間。利用対象でしかない相手の目に、ボクは心からひるんだ。
暗示で「友達」に仕立て上げられた人間が、その犯人に言う台詞としては滑稽かもしれない。しかし――笑い飛ばすには、真剣さがこもりすぎていた。
螢視は怒っていた。ボクのことを本気で友達と思っているからこそ、誤解される不本意さに傷ついたのだ。
「……だよな? 律季」
「え、ええ」
「……」
螢視が見せた気迫に、律季も軽く動揺していた。
レンにいたっては完全に罪悪感を表情に出してしまっている。――任務のためとはいえ、こんないい奴を利用するなんて――という、深刻な悩み。手が圧迫されて白くなるほど、テーブルの支柱を握りしめていた。
あいかわらず真面目過ぎる。もう三年目になるんだから、仕事と割り切ってほしいものだ。
「……ねえ、『バイト』やめる気ないの? 誰にも迷惑をかけない夢なら、私たちも応援してあげられるわよ? 善かれ悪しかれ、もうあなたたちは他人じゃないし……」
「俺まだ高一なので、進路とかよく考えてませんけど……他にやりたいことがあるのなら、そうした方がいいと思いますよ。……誰も不幸にならない、そんな道があるのなら……」
「な、なんだよ二人とも? その、奥歯に物が挟まったみたいな言い方……?」
「――ふんっ。余計なお世話だよ」
「あっ!? お、おい……?」
「ごちそうさまでした! また来ます!」
つかつかと返却口に行き、食器を帰しながら食堂のおばちゃんに礼を言った。
なぜこんなにムカつくかわからないが――とにかくムカつく。少しひとりになりたかった。なお、ボクにとってひとりになるとは、レンと一緒にいるという意味だ。
「――堅実な職業を選ぶ奴が、みんな真剣に人生考えてるわけじゃねぇよ。
おれの志望動機なんて、それこそバカバカしいことさ……」
後ろで螢視がそう言ったのは、誰に向けてか分からなかった。
◆
あの最後の言葉が気になったが、ボクらが探るのは螢視のことではない。
ターゲットである炎夏と律季が、どれだけ強いのかという事であり――その裏にいると思しきフリーメイガスの魔法使いが、いったい何者なのかという事だ。
「「――悪夢よ。我を招きたまえ」」
ここ数日の調査で成果が得られなかったボクらは、発想を変えることにした。
――現世で律季たちが動きを起こさないのは、『夢』の中で何かをしているからだ、と。
今までそれに気づけなかったボクらも間抜けだが、『夢』の中で鍛錬しても、技術面はともかく肉体面が鍛えられない。最大効率である「現世での鍛錬」を控えさせただけでも、ボクらの監視には意味があったと言えるのだ。
「やー。さっきぶりだね」
「げっ! ユウマさん」
「おい。げはねーだろ。こんな美少女捕まえて」
「自分で言うな」
そしてその考えは、正しかった。
今夜の夢は無人のビル街。見通しのいい地形だったこともあって、夢の中に入ってほんの数分で、マンツーマン特訓を行う律季たちが見つかった。
「事実だろ?」
「事実だからこそだ。自分で言ったら安っぽくなるだろ」
「……え……あ……う、うん」
「用事がないなら続けていいですか?」
思いのほか辛辣なツッコミをする律季である。
だがそれこそこちらの望みだ。別に襲撃をしに来たわけではないのだから。(というか、人質がおらず魔物も出る夢の中で戦っても不利なだけである)
「いいよ、そのまま訓練してて。こっちで勝手に見てるから」
「やりにくい事この上ないわね!?」
「せっかく炎夏さんと二人きりなのに……」
「いいからやれって」
「は、はあ……」
「――おい待て。キミ、『素』でやる気か? ちゃんと炎夏から魔力を借りろよ」
「うえぇっ!?」
バッと炎夏が胸をかばった。ボクの言葉に従うことは、すなわちまた人前でおっぱいを揉ませることだからだ。
炎魔力を使った律季がどれだけ動けるか――それが一番知りたいこと。恥ずかしくてもやってもらわねばいけない。
「いや……ボクだって見たくないけど、こっちも仕事なんだ。レンはちゃんとボクが耳栓と目隠ししといてやる。さっさとしてくれ」
「……またふざけた報告書書かなきゃいけなくって、今のユウマは機嫌が悪いんだ。オレを助けると思って……頼むわ」
「……わかったわよ。ほら、手早く済ませましょ……っ♡」
「り、了解です……では」
――ンぅ♡ くぁっ♡♡ ふぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~んっ♡♡♡
――ほう、なるほど。ああやって触るのか……。
――おい、まだなのか……?
片や、ボクがレンの目をふさぎながら炎夏たちを眺め、片や、炎夏がチラチラボクらのことを気にしながらおっぱいを揉まれる。
そんなシュールな絵面が一分半ほど続いた末、ようやくボクはレンから手を離すことができた。
「……えー……『水鏡律季は人差し指の指先を使い、天道炎夏の乳頭を回すようにして』――」
「やめろーッ! 人の痴態を克明に記すなぁー!!」
「ここで問題です。サイコキネシスとは念力、クレアボヤンスとは透視のことを指しますが……炎夏のように熱を操る能力は、なんと言うでしょうか?」
「……あなたまさか、『
「どうしてわかったの!?」
(ついさっきレイン先生におんなじことを言われたからよッ……!! つーかそこの二人笑うな!!)
まあ、レンと律季にはウケたからいいけど……。
特に律季はなぜか腹を抱えて爆笑している。――あ、炎夏につねられた。
「さ、存分にやってくれ。ボクらに流れ弾を飛ばすなよ――デカパイロマンサーちゃん?」
「次それ言ったら燃やすわ! ――『
「『
律季が、『
炎魔力で推進力を高めた律季と、持ち前の熱で上昇気流を作った炎夏が飛び上がり、高速で殴り合う。敵のボクが見ても息を呑むほど美しいが、魔力を借りている側と貸している側が真剣な顔で戦っているという状況は、考えてみると奇妙だった。
――しかし、『上司』を見つけるアテははずれたらしい。
通信でやりとりしてないのであれば、ひょっとして夢の中で会ってるのかと思ったのだが。これでいよいよ打つ手がなくなってしまった。
「……レイン先生を連れてこなくてよかったですね」
「……本当ね。昨日来られてたらアウトだったわ……」
二人の口が動いているのが見えるが、話の内容まではわからない。
レンは腕を組みながら、律季と炎夏の攻防を見上げていた。魔法使いの特性を見抜いたり分析するのは、ボクではなくレンの方が得意分野である。
「やはり天道炎夏は脳筋だな。破壊力とスピードは一級品だが、直線的すぎる。火力とひきかえの小回りのきかなさは、炎使いの宿命だが――ヤツはその極め付きだ」
「同感。前も力に振り回されてたからね。根本的に対人戦に向いてないって感じ」
「――聞こえてるわよ!!」
「聞かせてんだよ」
「……しかも、『手加減』しすぎだよな」
「……うん」
これは炎夏には聞こえなかった。最大の弱点をわざわざ本人に教えてやる義理もない。ボクらだけが把握していればいいことだ。
炎夏は無意識に手加減している。具体的に言うと、律季が攻めている間は炎夏も真剣だが、ちょっと自分が優勢になるととたんに躊躇して、炎の勢いをにぶらせてしまうのだ。律季を傷つけてしまうのが怖いからだろう。
心配と言えば聞こえはいいが――この手加減はつまり、炎夏の『信頼』の欠如を表している。律季が己の攻撃をさばききれないのではないか。己の槍が勢い余ってしまうのではないか。ついそう考えてしまう。
仲間のことも自分自身のことも、信じられていないから。
「仲間に背中を預けるためには、相手への信頼が要る。しかし仲間に刃を向けるためには、それよりもっと深い信頼が要る――『こいつとは本気でやっても大丈夫だ』という確信。それでこそ本物の信頼と言えるんだ。
炎夏が本気で打ち込んで行けないのは、律季の能力を疑っているからに他ならない。まして、自分の手元が狂うことに怖気づくなんて論外だ」
「
「ああ……『自信がない』という、ひとりの人間としての欠陥だ」
自分を信用できない者は、本当の意味で他人を信用することもできない。だから鉾先に迷いが出てしまうのだ。
ボクたちのような敵と戦っている間は、炎夏も律季を信用して背中を預けるだろうが――それはあくまで「そうするしかないから」だ。条件付きの信頼が本物であるはずがない。
「あうっ!」
「……ッ!」
(ああもう、また止めた!)
そして炎夏と同じく、律季の方もバディに拳を向けるのを躊躇しているのだ。
お互いを本当に信じ合っているなら、躊躇なく刃を向けられるはずなのに。
『模擬戦』とは、殺意を抜きにしただけの『実戦』だ。紛れも弾みもある生の暴力に、裸の身をさらす――それでこそ意味がある。こんな、安全圏から一歩も出ない戦闘ごっこに、訓練の価値などありはしない。
見ていてもどかしい。だがそれでいい――敵の成長を促してやる理由などないのだから。
「おい、もっと殺す気でいけって!! 律季は律季で遠慮しすぎだぞ!?」
「余計なお世話よ!?」
「ホントだよ! なにマジになってんのさ!?」
「マジにやってもらわんと、データが取れんだろうが!」
……ズコーってなった。
いや、黙っていられない気持ちは分かるけど……そこは我慢してくれよ。ボクらはボクらで後がないんだから。
「しかも、律季はまだ、好きな女を殴りたくないってだけみたいだが……炎夏はどうも、そんな単純じゃなさそうだな。
本来はもっと出せるはずの力を、常に無意識レベルでしぼってやがる。それは手加減とすら呼べない。――怖がっていないか。自分の火を……あるいは、魔法の力そのものを」
「――ッ!」
「どうやらお前、
無意識に力をセーブするほどとは、それなりに根深いトラウマらしい」
「……あなたたちには、関係ないわよ」
それはレンの問いへの肯定だ。炎魔法にまつわる忌まわしい記憶があることを、炎夏は自らの口で認めた。
その間も模擬戦は続く。炎の生み出す気流の推進力で直線的にしか飛べない炎夏を、律季が空中を蹴りつけて、ジグザグ走行で追っていった。
「相方が脳筋なのに反して、律季は根っからの技巧派だな。魔力制御や体術の運びが完璧に近い。
オレを含め、普通の魔法使いならあの水準になるまでに二年は軽くかかる……技術面だけなら、まさに天才と言っていいだろう」
「――だけど、それだけだよね」
「ああ……敵ながら残念に思ってしまうよ」
「……!? どういうことよ?」
「非力すぎる。悲しいほどにな」
言われた律季は怒らなかった。血相を変えたのは炎夏のほうだった。
――どうあれ、バディへの愛情は本物らしい。魔女の左目の中で炎が燃えていた。
「当然でしょ。律季くんはまだ、魔法使いになったばかりなのよ? その彼に負けたあなたたちが言える事?」
「律季には将来がねぇ。悲しいって言ってるのはそのことだ」
「……?」
「……説明を求めます」
レンの言葉は、皮肉や負け惜しみではない。炎夏はその不吉さを感じ取ったのか、眉を寄せて黙った。かわって律季が静かに歩み出て来る。
「
相手が『自分より格下の魔法使い』である場合に限り、魔力の量、属性、得意分野……そして、『成長限界』までも見通すことができる。炎夏の能力はオレには見通せないが、律季の情報なら最初からずっと見えていたんだ」
「……成長限界?」
「お前は、いわば早熟馬なんだよ。センスは極めて優秀だが、肉体の限界が低すぎる。特に、魔力の限界量が致命的に足りない」
「そ、そんなのわからないじゃない!? 努力すれば……」
「違うんだ。これはそういう話じゃない。現時点でどうかって事じゃなく、『努力してどこまで伸びるか』……伸びしろそのものの限界を言ってるんだ。
……律季はそれが異常に低い。悪口を言ってるわけじゃなくて、本当に不自然なぐらいに低いんだ。魔力回路をずいぶん拡張したみたいだけど、それでもボクの三分の一ぐらいにしかなってない」
「1000ccのバイクをボタン電池で走らせるようなものだ。……まあ、それで実際走れてるのが、訳のわからない点だが……そんなムチャ続けてたらいずれ体がもたなくなる。
天道炎夏の胸を揉んで魔力を借りるふざけた
――しかし、そんな小細工をいくら弄しようが、オレ程度の魔法使いが限界を見通せている時点で器が知れている」
「……で、その限界ってのはいつ来るんですか?」
「鍛え方次第だが、このペースなら一週間後か二週間後ってとこだな。そのぐらいで頭打ちになる」
「……じゃ、少なくとも今は止まるべきじゃないですね」
何秒か目を閉じて考え込んでいた律季は、恬淡とした態度でそう言った。
再び瞳に虹色の光を宿し、グローブをはめる。
「努力するにも限界はある……それが本当だとしても、行動しない理由にはなりません。まずは限界まで努力してみるしかないでしょ。どの道降参はできませんしね」
「ふん。運動部らしい精神論だね」
「体を動かすことだけが努力ではありません。成長できなくなった時、めげずに自分にできる事を探すことも、また努力なのだと思います。
それに、俺にしかそう言わないってことは、炎夏さんの方にはまだまだ伸びしろがあるってことでしょうし……彼女の成長の助けになれるだけでも、俺の価値はありますよ。たとえ炎夏さんみたいに強くなれなくてもね」
「……そうよ。仮に律季くんが戦えなくても、私がいるわ。そもそも、あなたたちの言う事になんの証拠もないじゃない」
ああ、物証がないと言うなら確かにそうだろう。しかし嘘であると言う保証もない。これは反論ではなく、信じたくないから意地を張っているだけに過ぎない。信じたくないということは、心の底でそれを信じてしまっているということなのだ。
だが律季はレンの話を最初から疑っていない。自分に伸びしろが無いという話を事実として受け止めた上で、微塵もくじけていない。読心術など使わずとも態度からそれがわかる。
――やはりこいつは『不自然』だ。素でこんなに精神の強い奴なら、なぜ魔力のキャパシティが低い?
「もう訓練に戻りたいんですけど、いいですかね? 聞きたいことがなければ……」
「……いいよ。これだけ聞けば報告書は埋まるさ。現世に帰って寝直すとしよう」
「ふん……単純バカめ。無駄なあがきをしたいと言うなら、するがいい」
「勝手に言ってなさいよ。かっこつけてあきらめるよりマシだわ――えいっ!」
「……ああ、そうだな。かっこいいよお前らは」
炎夏たちが再び飛び立った時、レンは背を向けてぽつりと言った。
花火のような轟音と閃光を後ろに受けながら、ボクらは離れていく。
「ツンデレ」
「誰が」
「律季も炎夏も諦めないみたいだね。これで戦闘は避けられないものとなったわけだ」
「もともと説得に来たわけじゃない。戦いたいと言うのなら構わねぇだろう。――もしやれば、勝つのはこっちだ。
オレ達には
「にしてはずいぶん長々と喋ってたね。数日後には捕まえる相手に。
――もしかしてちょっとだけ期待してる? あいつらが勝つの」
「……んなわけないだろ。第一オレ達だって戦うんだぞ。
『次は』油断しねー。必ず手柄をつかむ。――オレとお前の人生を勝ち取るんだ」
――決戦まで四日――