水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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17. ヒロインピンチ!

 

「拳に炎……? バカな、炎夏がいないのに……」

 

「これが俺の新たな技です。戦いの訓練とはまた別にやっていた、もう一つの鍛錬の成果」

 

「……なんだと?」

 

 戦闘態勢のまま首をかしげるレンさんに俺は続けた。

 炎夏さんから炎属性の魔力を供給してもらう〝聖痕(スティグマータ)〟その発動条件は俺が彼女のおっぱいを揉み、快楽を与えることだ。

 俺はここ一週間ほど、毎日のように炎夏さんと濃厚なスキンシップを行い、彼女のおっぱいの感触を隅から隅まで知り尽くした。今では思い浮かべるだけで、掌の中にその感触を再現することができる。

 

「――おい、まさかと思うがそれで……」

 

「はい。俺と炎夏さんの間に目に見えない繋がりが生じ、直接触れずとも彼女の魔力回路と接続できるようになったんです。

 ……まさか本当におっぱい揉んだら強くなるとは、自分でも思いませんでしたがね」(グイッ)

 

「グイッじゃねーよ!」

 

 掌を握りしめた瞬間、炎が一段と火力を増す。

 そう、今のも遠隔乳揉みだ。不思議なことに炎夏さんの側にも快感が行くらしい。俺がおっぱいの感触を味わい、炎夏さんが気持ちよくなっているなら、直接触れておっぱいを揉むのとまったく同じこと。

 これでいつでもどこでも炎夏さんにセクハラでき……もとい、魔力供給してもらえるようになったことになる。真実の恋愛は距離に阻まれないのだ。

 

「もういいよ生々しい話は! 要するに遠隔エンチャントだろ!?」

 

「そうですよ。しかしこれで、レンさんの有利の大部分が潰れました」

 

「――くっ……!!」

 

 言い返せず殴りかかって来る。……うん、やっぱ俺この人嫌いじゃないわ。

 しかし俺としてもこれ以上時間を喰うわけにはいかない。遅くともあと数撃で沈めなくては……。

 

(冷静に対処しろ。前回はどっちかというと、こいつのトークに翻弄されたせいで負けた部分が大きかったんだ。

 ――今度こそしくじってたまるか。この技だって、火力が増すだけで速度は同じはずだ。大した変化ではない……!)

 

「いいえ……変わりましたよ」

 

「お前、時々人のモノローグを読むのはなんなんだ!?」

 

 この新技の利点は、大きく分けて二つある。

 従来の〝聖痕(スティグマータ)〟は魔力回路を接続するために、発動するたびにいちいち炎夏さんをイカせなくてはならなかったため、大きな隙ができていた。前回はユウマさんが突然の乳揉みに困惑したおかげでなんとかなったが、あのタイミングで攻撃されていたら負けていたのだ。攻防の最中に性的絶頂をしてしまうというのも、単純に危ない。

 対して〝遠距離恋愛(アモール・プラトニクス)〟は最初から回路がつながっている。それを通してこまめに(遠隔で)おっぱいを触り、魔力を補給することで、戦闘中なら気にならないレベルの軽い快感しか炎夏さんには行かない。

 そして二つ目。俺にとって一番重要な利点は――

 

「炎夏さんのエロい顔を、他の人に見られなくて済むことッ!!」

 

「だからその話はもういい!!」

 

 拳に宿る二つの炎が空中に軌跡を描く。

 棍を横に捧げ持つようにしてレンさんはそれを防ぐ。だが明らかに怯み方がさっきまでと違う。――当然だ。この拳はただ燃えているだけではない。炎魔力をまとい、衝撃力が大幅に上がっているのだ。

 だがその分こちらにも反動がある。怒涛の連撃を繰り出すのは、今の俺の技術では難しい。

 

(! 火力を上げた代償か? 攻撃の間隔が空いたような……いや、空いている!!)

 

(かかれ……! 釣れろ!)

 

 ――そんなことは当然レンさんなら読めるはず。

 だから俺は、立ち回りの上で罠を仕掛けた。限界まで攻撃に振り切った体勢をキープすると見せかけて、わざと攻撃に若干のスキをつくる。それで生まれた余力で、末脚を温存する。

 さっきまで俺が必死で攻めていたのは演技ではない分、猶更ひっかかりやすいはずだ。――もとより俺一人の手に余る相手、このぐらいのリスクを取らなければ勝ちきることは難しい……! 

 

「――そこだァッ!!」

 

(――!! かかった!)

 

 ヒートアップする攻防。互角だ。レンさんの顔つきが、冷静から熱中に変わる瞬間を見計らう。

 息を切らしながら放った攻撃を外し、俺はぐらりと体勢を揺らがせる。それを隙と見たレンさんがとどめを刺すため、大ぶりの一撃を振りかぶり――俺は最後の余力で、崩れかける体を踏ん張った。

 

 のれんを避けるように拳を静かにスライドさせる。レンさんの渾身の一閃が受け流された。

 視界のすべてがスローに見える。闘争心に染まった紅い目が、驚愕に見開かれるところも。

 

(パリィ!? いやそれよりもこいつ、今までオレを誘って……ッ!!)

 

(息まずに、力の流れるまま突く……!)「発勁・(クランブル)ッ!!」

 

 二重らせんの衝撃波が、銀髪の敵手の腹を貫通した。

 一拍遅れて瞳孔をぐらつかせ、歯の間から血を滴らせたレンさんを倒し、またがって顔面を掴んで、その掌に魔力を溜める。

 

「――サンライト・フィンガー」

 

「――!!!」

 

 レンさんの顔を握った手の中から、カッと熱閃がほとばしった。

 さらに身体強化(スフォルツァート)をかけ、肝臓のあたりを狙って拳を叩き込み続ける。

 

「がァ……ッ! ……あぁっ!! や、やめ――グゥッ!!」(やめろ……! やめてくれ! ここで俺が負けたら、ユウマが今後困るんだ……!!)

 

「痛いですよね。本当にごめんなさい。……でも、こうするしかないんです。

 レンさんとユウマさん……お二人をしがらみから救ってあげる方法は、これしか思いつきませんでした」

 

「!?」

 

 ――そう。この任務が失敗すれば、二人は殺されるか苦境に立たされる。かといって成功したとしても、そんなブラックな職場にいつづけることが、レンさんたちの幸せとは思えない。

 ここで二人を完膚なきまでに叩きのめし、戦いにも勝てば、二人の身柄をこちらが掌握することができる。そしてフリーメイガスに入れて、その庇護のもとで生活してもらうのだ。

 

 この学校に通い続けるかどうかは二人の気持ち次第だが、俺はそうしてほしいと思う。

 出会った過程はどうあれこの二人は、俺にとっても炎夏さんにとっても、魔法使いとしての顔を見せられる相手。俺にとってすでに、『離したくない』存在になっていた。

 

『救える人間の多さは力に比例する。自分を守り、炎夏を守り、他の生徒を守り……本来守るべきものをすべて守れるだけの力があって、はじめて〝敵を救う〟という選択肢は入ってくるじゃろう。

 おぬしの優しさは紛れもなく〝強さ〟じゃが……優先順位を違えるでないぞ。神瀬ユウマと朝霧レンは、今はあくまでおぬしの敵じゃ』

 

(ちゃんとできてますよね? レイン先生……)

 

 今後の戦いのため、どっちみちレンさんにはここで脱落してもらわねばならないのだ。戦術的にも最善の選択をしている自信はある。

 赤い目の焦点が合わなくなっていている彼に、意識を奪う最後の一撃を見舞おうとした――その時。

 

 

 

「おいおい、えげつねーな。本当に素人なのかよ?」

 

 

 

「――!! しィッ!!」

 

 

 

 知らない男の声が聞こえた。反射的に、炎をまとった貫手をその喉に見舞っていた。

 ――誰の首だこれは? 攻撃に防御姿勢をとるでもなく、反応すらしていない。全力の突きは彼の体に触れた瞬間ピタリと止められ、なのに反動すら俺の手には伝わってこなかった。

 

「……いきなり喉を突くかよ。おっかねぇな」

 

 そう毒づく男は、パワードスーツに似たスタイリッシュな装甲をまとっていた。顔以外は一切がそれに覆われている。――源形(アーキタイプ)だ。左目は、濃い藍に染まっている。

 俺が今突いた首の部分からは、なにやらキラキラした光の粒がいくつも出てきて、スーツの表面を滑っていく。

 

「はっ!!」(物理攻撃が通じないのか!?)

 

「――! こ、今度は目つぶしかよ……」

 

「く……っ!」(顔もダメ……ってことは、ただの装甲じゃないな……概念的な防御か?)

 

(……! 悔しがりながら退いた? 考えより行動が先行してやがるのか……)

 

「……お前、怖すぎるだろ」

 

 ドン引かれるのも仕方がない。だが判断自体は間違っていなかった。

 今この校舎で動く人間は、俺と炎夏さんと、あとは敵だけだ。(レイン先生はどこかで戦いを監視しているとか)

 そして俺の体は無意識に、明確に殺しにいく動きを――『殺せるかどうか試す動き』を選択した。この新たな敵、身のこなしは俺でも分かるほど隙だらけだが、感じたことのないプレッシャーを放っているのだ。

 

 外見は二十代半ばから後半。眼鏡をかけた見るからに頭のよさそうな顔つきで、どことなく官僚っぽい印象を受ける。

 見た目だけで言えば正直レンさんの方がずっと強そうだ。パワードスーツをまとっていても迫力は感じられない。――ただ、そういう部分とは全く別の本能的な感覚が、目の前の相手は脅威だと告げていた。

 

悪の爪(マーレブランケ)第十席、マルス・アーヴァインだ。

 ……どうする? 今ので俺の能力はだいたいわかっただろうが、まだ試してみるか?」

 

「――遠慮します!」

 

 レンさんを仕留めきれなかった。振り出しに戻ったとは言わないが、明確に成果が上がったとも言い難い。

 しかし――これ以上は一秒たりとも炎夏さんを独りにできない。もうここは退くべきだ。そう決めて、吹き抜けから上階にジャンプした。

 

「あ……ま、待てッ!」

 

「ち、賢いな……!」

 

 そう言ってマルスは、俺に向けて拳銃を発砲した。

 あまり狙いはついていない。三発撃たれたが、避けるまでもなく当たらなかった。

 

「……ま、急所に当たっても困るんだけどな。ほら、立てよアサギリ。勝負はこれからだぜ」

 

「……はい。面目有りません……」(失敗した……! 悪の爪(マーレブランケ)の手は借りたくなかった。『離間工作』が失敗した以上、なんとしてもオレ自身で律季を倒さねばならなかったのに……)

 

 四階へジャンプするために一旦三階へ飛び移る。

 その時、筆舌に尽くしがたいほど悔いる表情をしながら、よろよろと立ち上がるレンさんの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 寝静まった校舎の中で一角だけ騒がしい場所がある。炎夏さんがいるのは確実にそこだ。

 だが焦るな。ここは、事前にレイン先生から注意された通りに――

 

解析(ライブラ)

 

 指でキツネの窓を作る。その中の風景は、物体や壁がワイヤーフレームで形作られて透明になり、生命だけが点になる。

 動く生体反応はこの階に六つ。階段を上がって来るのが二つ。炎夏さん以外全部敵か? だとしたら――

 

(この階だけで敵数5! レンさん達も上がって来る……)

 

 待ち伏せしている敵はいないようだが、思った以上にまずい状況だ。全力疾走で現場に向かう。

 ――いた。シルクハットを被ったマジシャン風の男、ユウマさん、三体のおもちゃの姿をした怪物。実に五対一の状況だ。炎夏さんは怪物の巨体にのしかかられて締められ、呼吸困難で苦しんでいた。

 

「――炎夏さんッ!」

 

(――律季くん! あ……で、でも……!!)

 

(――ん? なんだ?)

 

 炎夏さんが一瞬だけこっちを見て笑ったが、慌ててこちらへ向けて手を突き出す。

 ――来るなと? いや違う。なにか攻撃したらまずい事情があるんだ。怪物を殴って助け出そうと思ったが、それではいけないらしい。なら――

 

「サイコキネシス!」

 

(――! 隙間が……!)

 

 幸いにも『聖槍』が炎夏さんと一緒に怪物に挟まれている。その柄に瞬間的に強い力を送り、てこの原理で怪物の身体を押し上げた。

 炎夏さんが自力で脱出すると同時に、俺がその手を掴んで遠くへ飛ぶ。

 

「こほ、こほ……あ、その」

 

「お礼はいりません。で、一番やばいのは誰ですか?」

 

「あ、あいつ! ロイ!」

 

 いくつか切り傷を作った炎夏さんが、迷わずシルクハットの男を指さした。

 ――なるほど。確かにユウマさんやマルスと比べても、ずっと嫌な感じがする。なんというか、人を人とも思ってない目をしていた。『加害者』って印象だ。

 

「くっつけた人を怪物に変える糸の能力者! ここにいる怪物はみんな変化させられたうちの生徒だから、強く攻撃できないし倒しても意味がない! 術者をたたくしかないわ!」

 

 ああ――なるほど。

 道理でこいつらから人間の反応がするわけだ。炎夏さんの優しさを利用して強く出られなくする気だな。

 

 だが、もう好きにはさせない。

 

「オーケーです。では、二人で一気に!」

 

「――ん゛……っ♡ そ、そうね……!」

 

 空中でマッチを擦るように手を振る。乳首をこすられる感触に炎夏さんが小さくうめいた。炎魔力を追加した俺は、二つの拳を交差させ――

 

残響鑽火(セイクリッドスパーク)!」

 

 火打石のごとく拳同士を打ち合わせた。さらに炎が勢いを増し、黄色味の強い高温の火となる。

 この自己強化を用いた攻撃が、今の俺が使える最大技だった。

 

劈開光(クリーヴィングレイ)!!」

 

裂空紅炎波(れっくうこうえんは)!!」

 

 飛び込んでの全力の手刀と、聖槍の衝撃波が、上と下から同時にロイへ迫る。

 だがロイはおろか、矢面に立つユウマさんすら眉一つ動かさなかった。

 

「食い荒らせ、『グラトニー・スーツ』」

 

 どこからともなく現れたマルス・アーヴァインが、攻撃を遮るように立ちはだかり、両腕を天と地へ伸ばした。それはまるで開かれた巨大な顎のように見えた。

 ――爆風が起きる。埃が晴れた先には、一切無傷のロイ達の姿があった。マルスのスーツの上をあの光の粒が滑り、表面へと吸い込まれていく。

 

「……えっ!?」

 

「――拳も炎も通じない。俺に触れたすべての攻撃力は、この装甲に喰われて消える。それが俺の能力、『グラトニー・スーツ』だ。

 俺は、悪の爪(マーレブランケ)でも一番の凡夫。一切の攻撃手段を持たない、防御専門の魔術師だ」

 

「逆に言えばこいつは、防御性能一本で教国の最高戦力を任される男だということ……マルスがいる限り、お前らはこの俺に傷一つつけられんぞ」

 

 藍の左目と緑の左目が同時にこちらを見る――この息のぴったり具合からして、急造コンビじゃない。この二人はバディだ。

 しかし、絶対防御の能力だと……? そんな物ありえるのか? いや、たとえブラフだとしても、こっちの最大火力をぶつけて無傷ということは同じ事だ。現段階でマルスを傷つける手段はない。

 

 無限に戦力を増やせる能力者とその盾。相性のいいコンビだ。

 マルスをロイからなんとか引きはがさない限り、俺たちに勝利はない……。

 

「もう出し惜しみする必要もねぇ。こっちからも攻めるぞッ!」

 

「! ――お願い律季くん、守って……!」

 

「ええ!」

 

 もちろん最初からそのつもりだ。しかし何かがひっかかる。

 ――今の声色、炎夏さんが怯えている? いや、あんな光景を見せつけられたらビビるのは当然だが……なにか怖がり方が普通じゃないような。

 

 

 

「進め! 傀儡(パペット)共!」

 

妖精の足(シルフィーズステップ)!」

 

 

 

「『生本能の拳(リビドーナックル)』!」

 

「聖炎符・赫翼の陣!」

 

 

 

 三体の怪物とユウマさんが突撃してきた。

 やみくもに突撃したとしてもマルスが後ろに控えている。――人数的にも圧倒的に不利。

 

「破ァァァァァァ――ッ!!」

 

 気合とともにロイの傀儡を叩きのめす。中の人が多少傷つくことも、いまは構っていられない。

 風に乗ったユウマさんの嵐の刃(ストームブレード)をかわし、拳を握って――その風圧に煽られてか、空中でなにかキラリと光るものがあった。

 

「ぐっ!?」

 

「! ――なっ何!?」

 

 糸だ。極細の糸が鋭利な切れ味を発揮して、俺の額や耳を斬り裂いた。

 とっさに避けなかったら目をやられていた――冷や汗がにじむ。

 

「気にしないで攻撃準備を! 守りに入ったら負けます!!」

 

「ハハ……賢明だな。格上の相手なんだから、守ったらジリ貧一直線になる」

 

「――!?」

 

 いつのまにか守りの中から出ていたロイが、俺に向けて手を伸ばしてきていた。

 攻撃する絶好の機会――だが俺は言いようのない恐怖を感じ、思い切り後ろに飛んでしまった。

 

「あ――!」(しまった、射程内だったのに……!)

 

「いや、正解だよ律季。今の、触られたら詰んでたから」

 

「……は?」

 

「『マスター・オブ・パペッツ』はまさにチート能力だ。第九席(ナインス)に直接触られた人間は、たとえ魔法使いであろうとも即傀儡(パペット)化し、支配下に置かれるんだよ」

 

 ……いやいやいや、なんだそれ……!? バディ共々反則レベルじゃないか!

 さすがにもうちょっと段階を踏めよ! なんでユウマさんの次にこんなのと戦わなきゃいけないんだ……! ぼやいても仕方ないけど!

 

「ハハハ、そういうことだ。自分で言うのもなんだが最高の能力だよ。

 なにせ、どんな相手でもワンタッチで絶対服従だもんなぁ。どんな女も好き放題だぜ」

 

「……ッ……おい。まさかあんた」

 

「わからないか? 今日からお前のバディも、この俺の肉人形になるんだよ」

 

「――!!!」

 

 炎夏さんが、心の底から震えあがった顔をした。

 俺は怒りすら湧いてこず、ただ頭の中が極限まで冷たくなる。――なるほど、これが彼女の怯えの理由。前々からのレイン先生の危惧が、最悪の形で実現したわけだ。

 

 

 

 殺すしかない。

 

 

 

身体強化(スフォルツァート)

 

「な……」

 

 

 

 俺たちを挑発する為か、まだロイはマルスの後ろに隠れていない。好機だ。

 振り上げた手刀が空気を斬り裂きながら、ロイの手首へと迫った。

 

 『マスター・オブ・パペッツ』は俺の源形(アーキタイプ)に似て、手に発現している。

 人を斬れる強度の糸をちぎるのは難しそうだ。糸がついている手の方を切り落とし、狙えればそのまま首を狙う。

 

「――く……っ!」

 

第九席(ナインス)!」

 

「うるさいッ!! 邪魔するな!!」

 

「――がはっ!?」

 

 間一髪チョップをかわしたロイが、糸のついた指を曲げて怪物を一斉に俺に差し向けた。

 それらを踏み台にして天井と頭をぶつけるスレスレになりながら跳び、間に入ったユウマさんの腹に容赦ない一撃を見舞う。

 

「く……うう……ッ」

 

「!?」

 

燐火獣(リンガーフォックス)!」

 

「おっと……!」

 

 だがその拳を、口から血を吐いたユウマさんが両手でつかんで止めていた。まるでいつかの再現のようだ。

 彼女が稼いだ一瞬の時間でマルスの救援が間に合い、炎夏さんの攻撃も防がれた。耐えかねた俺は怒鳴る。

 

「なんなんだよ……なんでそこまでして、こんな奴の味方をするんだ!!」

 

「……うるせぇ。キミらなんかにわかるもんかよ……バーカ……!!」

 

「わかってないのはユウマさんの方だ!! 同じ女の子なら、炎夏さんの怖さぐらい伝わるだろ!! ……俺はあなたのこと、悪い人とは思ってなかったんですよ……!!」

 

「――!!」(ギッ……)

 

(律季くん……)

 

 一度だけ歯ぎしりした後、ユウマさんは凄まじい形相でこちらを睨みつける。

 その時、物陰から飛び出す者がいた。棍で打ちかかって、ユウマさんから俺を遠ざけようとする。

 

「レンさんまで……そんなボロボロになってまでどうして?」

 

「いや、お前がボコボコにしたんだろうが。……どうしてって言われてもな、やるしかないってだけだよ。オレたちには、教国のほかに行ける所なんかない。

 決めた道なら進むしかないだろう。もう、帰る場所はとっくに無いしな」

 

「ハハハハ、泣かせるじゃないか! ああそうさ、こいつらには我が軍にいるほか生きていく方法がない。我々も事情は知っているよ、だから安心して使えるんだ!」

 

「……『使う』ですって?」

 

 とことん人を人と思わない言動に、炎夏さんの表情が恐怖から憤怒へ転じる。声は震えたままだが、その抑揚が微妙に変化していた。

 

「だが……この俺も少し調子に乗りすぎたようだ。反省する必要があるだろう。

 ――これは狩りにすぎない。狩る側が獲物に傷つけられるなどバカバカしい限りだ。最後まで無傷で終わるため、とっておきの手駒をここで打つとしよう……」

 

「……え?」

 

「さぁ、来い!」

 

 ロイが動かしたのは、今まで使っていなかった左手側の糸だ。

 それが繋がるのは向こう側の廊下。ドアが開く音と足音。緊張する俺たちの前に現れたのは――

 

「――ッ!?」

 

「けっ……螢視(ケージ)……!」

 

「お前はこいつの親友らしいな……ホノカ・テンドウ。

 親友が最高の男の奴隷になる、その手助けをできるんだ。こいつにとっても本望だろう」

 

 デジャヴだった。

 糸で腕をぐるぐる巻きにされて、引っ立てられてきたのは秋月先輩。目を閉じて眠ったまま立っている。

 

「神瀬さん! あなた……!!」

 

「――ち、違う! ボクらじゃないよ……!」

 

 だがなぜか、ユウマさん達もまた俺たちと同じぐらい困惑していた。

 ……そうだ。レンさんは、秋月先輩をここに連れてきていないと言った。そんな所で嘘をつく理由はないはず。相互の連絡がとれていないのか?

 

「……誘ったけど、断られたんだ……それに、こんな事にするつもりじゃ」

 

「変生しろ。『マスター・オブ・パペッツ』!!」

 

 もちろんロイは俺たちの会話など待たない。

 秋月先輩のクリーム色の頭をつかみ、手の中から闇色の霧を噴出させる。瘴気に視界が遮られ、思わず俺たちは口を覆った。

 

 

 

 霧が晴れた先には――セクシーな黒のボンテージを着た、褐色肌の美少女が立っていた。

 そのバストは、炎夏さんに負けず劣らず豊満だった。

 

 

 

「あ……秋月先輩が、おっぱいのでかい美少女になった……!」

 

(((――いや、でも……なんで!?)))

 

 

 

 

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