水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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19. 魔法少女にあこがれて

 

「失礼します秋月先輩! おっぱい揉ませてくださいー!!」

 

「――?」

 

 両手を前に突き出して猛ダッシュする俺を見て、秋月先輩がホウキで花壇を叩き、バックステップする。

 多分俺が何を言っているのか分からないのだろうが、さらりと流されるのはドン引きされるよりも悲しかった。まだ蕾の状態だった植物が急速に花開き、そこから雄蕊の形をした粘り気のある触手が伸びて来る。

 

「きゃぁぁぁっ!?」

 

「炎夏さん!! ――って、おぁぁぁぁっ!!?」

 

 触手に足をからめとられた炎夏さんが逆さまに吊り上げられる。助けにいこうとした俺に巨大な影がさしこんだ。見上げるとそこにあったのは何本もの足が生えた虫の裏面。

 花壇の中にいたダンゴムシが巻き添えで怪物化したのだ。あやうく下敷きになりかけたのを俺は逃れる。

 

「――ひぇぇっ!?」←虫嫌い

 

「目隠しッ」

 

(都会っ子……)

 

(というかなんで慣れてんだ? 目隠し)

 

 校舎内から見下ろすレンさんが裏返った悲鳴を上げたのが聞こえた。

 巨大ダンゴムシを俺はキックの一撃で貫き、倒す。側面に動かないので不意打ちさえかわせばなんてことはなかった。

 問題は炎夏さんだ。――ただでさえ布を一枚かぶせただけという無防備さなのに、あんな宙づりでグラグラ揺らされたら、確実におっぱいがこぼれ出る――!! ほぼミニスカな袴もかなりのピンチ!!

 

「あぁぁぁ秋月先輩ちょっと加減して! いろいろ見えちゃいますから!!」

 

「んぅぅぅぅ……!! と、止めてぇ……!! けーちゃぁん……!!」

 

「――!」

 

 今にもめくれそうになる袴とズレかけの乳暖簾を、半泣きでガードしながら、炎夏さんが必死で訴える。

 すると――ピタリ、と巨大花の動きが止まった。「しめた!」と俺は、〝聖痕(スティグマータ)〟の浮き出た手を握りしめる。

 

「え――やぁぁんッ♡!?」

 

劈開光(クリーヴィングレイ)!」

 

 炎夏さんが派手に嬌声を挙げたのと同時に、チョップの切り上げで本体と触手を一気に焼き斬った。空中に放り出された炎夏さんを抱きとめる。

 

「うぅぅ……も、もう、何パターンの生き恥をかけばいいの……」

 

 炎夏さんは真っ赤になって俺の腕の中で顔を隠し、嘆いていた。親友と戦わなきゃいけないわ、敵にはいやらしい目で見られるわ、味方には屋外でおっぱいを揉まれて喘がされるわ、彼女からすれば今日は散々である。いつか絶対埋め合わせはしようと心に誓った。

 ――しかし、それはそれとして、今のはなんだ? なぜ攻撃をやめた? 巨大花が――否、本体である秋月先輩が、炎夏さんの懇願に応えたかのようだった。『けーちゃん』というのは昔のあだ名か?

 

(――考えている暇はねぇ! このまま決めるッ!)

 

「動かないでね! 螢視《ケージ》!!」

 

 秋月先輩が射程圏内に入った。周囲は空の駐車場で、怪物に変えられそうなものが手近にない。

 ――おっぱい揉んで魔力を入手したら、すかさず『(クランブル)』の直撃で失神させる! そうしたら急いでロイたちへの攻撃に移らなければ……! 

 

「――オオオオオオォォォォ!!」

 

「「!?」」

 

 元の声とも女子の声とも違う凄まじい咆哮を発し、秋月先輩がホウキを地面にたたきつける。

 衝撃で吹き飛ばされた俺たちが前を見返すと、そこに現れていたのは影のように輪郭が朧な巨体。5メートルはあるだろうか。

 秋月先輩本体は、胸の部分に磔にされて、手足の先を取り込まれている。こちらを見下ろす表情は相変わらず虚ろで、一切の感情が読み取れない。

 

「……! ま、まだ抵抗するのか……!?」

 

「いいわよ……! とことん付き合ってあげるわよ! 絶対、助けるからね……!」

 

「炎夏さん! ――くっ!?」

 

 熱くなって走り出す炎夏さんを当然追おうとしたが、何かに足をとられて動けなかった。

 ――泥? 秋月先輩の変化した怪物の体と同じ質感の、重く黒い液体が俺の足にまとわりついていた。

 

(炎夏さんは何事もない……? いや、そもそも泥が炎夏さんの方には出ていない?

 なんで俺だけが足止めされてんだ……? 俺の方が弱いのに!?)

 

 上靴を切り離す力技で泥から抜ける。黒い怪物は闇色の飛沫のようなものを飛ばし、炎夏さんはそれを炎でなんなく振り払って、接近し続ける。

 妙なのは、いまだ校舎から出てこないロイたち四人。今なんか俺を撃つ絶好の機会だったはずなのに、まったく動きが無かった。いやそもそも、これまでも横槍を入れようと思えばいくらでも入れられるタイミングはあった。

 傀儡(パペット)を三、四も送られたら、それだけで多分負けだったはず――なのに、どうして敵は何もしなかった? 

 

 不自然なことが多すぎる。

 ――何か、何かがおかしい!

 

「……ふッ!」

 

 日差しで熱を帯びたアスファルトを靴下で蹴りつけ、アッパーカットを繰り出した。狙いは本体を狙わないように、黒い怪物の顎の部分。

 秋月先輩はその一撃を――のけぞって避ける。その図体からは不自然なほど機敏な動き。しかも、避けたのに反撃はしてこず、すぐに炎夏さんの方を向いた。

 

「――覇ァァァァァァ!!」

 

 太陽を背に飛び上がった炎夏さんが、気合とともに大槍を打ちつける。

 黒い巨体が叩き伏せられて伸びた。

 

「……グ……」

 

「うっ……つ、つらい……!!」

 

 すぐに追撃すべきところだが、罪悪感で炎夏さんが一時的に戦意喪失してしまう。

 どっちかというと攻撃した側の方がダメージを受けているように見えた。

 

 先輩を助けるためには一度倒さなければならないのだが、優しい炎夏さんにはやはり酷だ。

 ――とどめは俺が……!!

 

「『生本能の拳(リビドーナックル)』!」

 

「――ッ」

 

「!?」(避けた! また!?)

 

 拳の攻撃を、秋月先輩が転がって避ける。

 ――気のせいなのか? 心なしか、俺の攻撃だけ避けているような……。

 

 速さは炎夏さんより俺の方が勝る。見た目も徒手空拳の俺の方が地味だ。

 俺の攻撃をかわせる反応速度があって、なぜ炎夏さんの槍を避けない?

 

「ッ……大丈夫よ律季くん。私にやらせて。

 螢視(ケージ)を助けるためだもの、ためらっている場合じゃないわ」

 

 あおむけに寝転がったことで、秋月先輩の本体が露出している状態だ。

 無理やり跳ねたからか、ぐったりしたまま動かずにいる。――今なら当たるだろう。炎夏さんが槍を横に構えて、刃の炎と瞳の炎を同時に燃え盛らせた。

 

傀儡(パペット)の中にいる人を傷つけない力加減は、さっき覚えた。

 安心してね螢視(ケージ)――今、助けてあげるわ!」

 

(やっぱり動かない。避けない。あのまま命中する――)

 

 だが、当たっても大けがには至らない。そのはずだ。

 なぜならあれはあくまで『ガワ』にすぎないからだ。本体を覆う『ガワ』を焼き尽くすことで、中身を解放することができる。今までの傀儡(パペット)がそうだったように、これで秋月先輩は助けられるはずだ。

 

 

 ――そう。『秋月先輩が傀儡(パペット)なのであれば』。

 もし今の先輩が傀儡(パペット)でなかったらどうだ? 炎魔法を撃ち込んで……どうなる? 

 

 

 

「――」(ニ……ッ)

 

 

 

 言いようのない不吉さが胸を満たした時、無表情だった秋月先輩が、穏やかな笑みを浮かべるのを見た。

 俺は反射的に拳をほどき――二本の指を、思い切り強く閉じた。

 

 

 

「『止まれ』ッッッ!!」

 

「――ん゛ぃぃぃぃぃぃッ♡♡♡!!??」

 

 

 

 乳首をつねられた炎夏さんが、痛みと快感の合わさった悲鳴を上げる。

 魔力が一気に俺へと流れ込み、槍そのものが炎夏さんの手の中から消え、代わりに俺の拳が強く燃え上がった。

 

「っっっ~~~……♡!! こっ、こんな時になにするのよっ!?」

 

 気持ちよさのあまり腰砕けになり、両胸を抑えて座り込んだ炎夏さんが、涙目で睨みつけて来る。

 だが俺はふざけたわけではない。むしろこれまでにないほど真剣だった。なぜなら――この考えが正しければ。

 

「ダメです……」

 

「え?」

 

「――攻撃しちゃダメです! 秋月先輩は、傀儡(パペット)じゃありません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――物心ついた時から、魔法少女のそばにいた。

 彼女の名前は天道(てんどう)炎夏。それはおれにとって、自分の名前より先に知った名前だ。

 

 おれの家庭環境は少し特殊だった。

 両親は共働きで、一週間に一回ぐらいしか家に帰ってこない。生活に困っているからではなく、父も母もその職を天職だと思っていて離れたがらないからだ。昔からそれが当たり前だったから寂しいと思った事はないし、家族の仲も良好だ。ただ、他の家庭の子供に比べて、肉親のつながりが希薄な環境で育ったことは事実だろう。今も親と話す時はたいてい電話越しだ。

 一人っ子のおれにとって、最も関係性が深かったのは、お隣の天道家の長女――炎夏だった。家族同士でお付き合いがあったので、言葉を覚える前から一緒に遊んでいたし、幼稚園も同じところに行っていた。

 三歳や四歳のおれにとって、二階建ての一軒家は一人で使うには狭すぎた。両親が帰って来る休日を除いて、ほとんどの時間を天道家に居候するように過ごした。一時期は炎夏と隣同士のベッドで寝ていたこともある。

 

「ね、けーちゃん。またマジプリごっこしない?」

 

「……え、なんで?」

 

「だって、けーちゃんしか一緒にできる子いないもん」

 

 なんで、とは「なんでわざわざ聞く?」という意味だったが、言葉足らずだった。

 そして炎夏の方もちょっと言葉が足りていない。――「一緒にできる子」とはつまり、「魔法を見せても大丈夫な相手」のことなのだ。

 

「へんっしん!!」

 

「えい」

 

 当時おれたちが好きだった、魔法少女もののニチアサ。

 アニメに出て来るアイテムを模したおもちゃのボタンを押すと、ちゃちなスピーカーから変身バンクの曲が流れる。その曲に合わせて魔法の炎を操り、アニメの変身シーンを再現する。そして怪人役のおれと好きなだけ戦闘ごっこをする。

 この「魔法少女ごっこ」が炎夏は大好きだった。

 

「やぁーっ!」

 

「――うおっ!?」

 

「ああっ!? ごめんけーちゃん! 大丈夫!?」

 

「いててて……もう、手加減してよー」

 

 誰にも魔法を見せてはいけない。炎夏はずっとその戒律に従っていた。

 なぜおれだけが、彼女が魔法使いだと知っているのか――それは、今ではおれにも炎夏にも分からない事だ。記憶にも残っていない古い過去に見たのだろう。

 とにかく、炎夏が魔法を使えることをおれは当然のように受け入れ、炎夏もおれにだけは遠慮なく魔法を見せてくれた。それだけが確かな事実だ。

 

 炎夏はごっこ遊びの時、よく力加減を間違えて怪人役のおれを吹き飛ばした。結構痛かったこともあるが――それが嫌だと思った事は、正直なところ一度もない。

 

 なぜなら……

 

(あれ……青くなってる。『ない出血』してるかな?)

 

「ん? ま、まだ痛い……?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 何よりも他のみんなにはひた隠しにする「魔法の力」を、おれにだけは向けてくれる――その事実に対する、湿った喜び。それに「怪人役」としては、魔法少女にケガを負わされるのはむしろ本懐でもある。

 一度軽い火傷を負わされた時など、痛みが嬉しくて風呂に浸かり続けたせいで悪化させたことまであった。一体どんなガキだと自分でも思うが、根っこは変わってないのだろう。その火傷の位置を今でもはっきり覚えているからだ。

 

 そして――八歳の夏、「あの日」が訪れた。

 いつものように炎夏と神社の境内で遊んでいたら、いきなりガラの悪い外国人観光客のグループが現れて、ご神木の柵の中に入ろうとしたのだ。

 

「――!! おい! 立ち入り禁止だってわからないのか!」

 

 柵なんかどうでもよかった。おれが炎夏と二人だけで遊ぶ時間は、誰も邪魔できないのだ。

 ――それなのにこんな、酒臭い息を吐く奴らが、泥足で踏み入って来た。はらわたが煮えくり返る怒り。見るからに荒くれ者の外人たちは恐ろしかったが、我慢できずに怒鳴ってしまった。

 

 ――その瞬間、酒瓶がおれの額に投げつけられる。

 視界がぐらつき、倒れ込んだ先の土に出血が垂れた。

 

 

 

「許さない」

 

 

 

 その一言と共に、横倒しになった世界が白く染まった。

 さっきまであれほど大きく、恐ろしく見えた男たちは、黒焦げになって俺と同じ高さに転がっている。

 

 見上げた先にあったのは――不死鳥のごとき炎の翼を生やした、幼馴染の神々しい姿だった。

 

 

 

 

(――きれいだ)

 

 

 

 神様を見たと思った。

 額から流れる血が目に入りそうになるのも気にならず、おれはただ瞳孔を開いてその光景を目に焼き付けた。

 

 テレビの中で見た通りの『魔法少女』の――『正義』の姿がそこにはあったのだ。

 魂まで焼き尽くされるような感動だった。

 

 

 

 それからどうなったかは、あまり覚えていない。

 男たちは病院に搬送され、おれも傷の手当てを受けた気がする。もちろん魔法のことはしゃべらなかったはずだ。

 あの日以来、炎夏は自分の炎が嫌いになり、おれにも魔法の力を見せなくなった。人に向けて力を振るい、ケガをさせてしまった経験がトラウマになってしまったようだった。

 

 中学で炎夏は『機関』の仕事をはじめ、家業の神社を継ぐ準備を始めた。高校に行き出した時には告白されることがずいぶん増えた。そして今月に入って律季のバディになり、魔法使いとしての事情を話してくれなくなった。おれの知らないあいつがどんどん増えていく。

 

 仕方ない。

 いつまでもお互い子供ではいられないのだ。一緒にいられる時間が少なくなるのも、二人きりで遊んでくれなくなるのも当たり前のことだ。

 大学に行く頃には、炎夏もおれもお互いに別々の道を歩むことになるだろう。炎夏とお隣同士でいられるのも高校までだ。

 

 でも――おれは寂しいのだ。いつまでも子供のままでいたかった。

 炎夏には両親もいるし、友達もいるし、未来もある。支えてくれるものが山ほどある。大人になっても幸せに生きていけるだろう。

 でもおれは、本気で好きな相手なんて炎夏以外は一人もいない。いや、それ以外の何事にも興味を持てないのだ。金も、恋愛も、社会も、将来も、医者になる夢だって、本当のところは何もかもどうでもいいのだ。だから年をとってもいいことなんて何もない。

 

 炎夏と二人っきりで遊んでいるのが一番の幸せだった。それ以上の望みはない。

 でも、どんどん大人になっていく炎夏は、そんな事に付き合ってはくれない。

 

 ユウマは、律季がおれと炎夏との仲を引き裂こうとしていると言った。実際はユウマが炎夏の敵で、炎夏がおれと話してくれなくなった遠因でもあるようだ。

 だがおれは実のところ誰も恨んではいない――なぜなら、「いつかはこうなると覚悟していた」からだ。大人になればいずれ炎夏とは一緒にいられなくなる。いつか来るその日が早く来た、ただそれだけのことだ。恨むべきが何かといえば、それは時間の流れ――ひいては、炎夏に依存する生き方しかできない自分自身の弱さだろう。

 そういう壊れた自分を隠すために精一杯取り繕ってきた。賢いふりをして、余裕のあるふりをして、炎夏が友達でいてくれる時間を少しでも伸ばしたかった。

 

 

 

「お前はこいつの親友らしいな……ホノカ・テンドウ。

 親友が最高の男の奴隷になる、その手助けをできるんだ。こいつにとっても本望だろう」

 

 

 

 だが――それも終わりの時が来たようだ。

 今のおれは人質にされたり、操られて炎夏たちの敵になったりして、どっちにしろ炎夏たちの足を引っ張ることしかできない立場だ。

 おれに魔法は使えない。いても邪魔になるだけだ。それに律季というバディを見つけた以上、炎夏におれはもう必要ない。

 

 今ここで死ぬのがいいとこだろう。

 できる限り友達に罪悪感を与えない死に方をしないといけないな。炎夏も律季も、良い奴だ。自分のせいで螢視(おれ)が死んだ、なんて考えてほしくない。悲しまれるほどの価値などないのだから。

 それにもし死ぬなら、まだ炎夏が友達でいてくれる間が……愛想つかされる前がいいと思っていた。そういう意味でもいい頃合いだ。一番の幸せは過去にしかない以上、死ねるタイミングで死んでおく方がこの先苦しまずに済む。

 敵に操られ、助けようとした末の事故で死んでしまう――死に方としては、まあそのへんが落としどころだろう。

 

「『生本能の拳(リビドーナックル)』!」

 

(……この声、律季だな。おぼろげな意識だが、こんなおれを本気で助けようと頑張ってくれているのが分かる。炎夏のバディがお前でよかったよ)

 

 それにこの速さ。敵としてではあるが強さがしっかり伝わって来る。

 自分という邪魔者がいなくなれば、この律季が必ず勝ってくれるだろう。こんな下衆野郎どもに負けはしない。なにしろおれが唯一、炎夏以外で少しだけ好きになれた相手だ。

 

 律季の頼もしさを己の手で確かめて、しかも炎夏の魔法を再び見ながら終われる。

 思い残すことは何もない。

 

 

 

「安心してね螢視(ケージ)――今、助けてあげるわ!」

 

 

 

(――ああ、やっぱり、きれいだな)

 

 

 

 魔法少女に倒されるのは怪人役の本懐だ。 

 最期に見る景色がこれでよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

「――チィッ。気づいたか」

 

 ――螢視は、第九席(ナインス)に操られた手下ではない?

 そんなことはありえないはずだ。だが本人がそれを否定しない。

 

「どういう事です? 一向に手を出さない事も含めて、さっきから分からない点が多すぎます。

 これも律季を捕まえるための作戦なのですか?」

 

「いいや、違うね。リツキ・ミカガミには興味などない。いくら珍しいからって、たかが一魔法使いのために悪の爪(マーレブランケ)が来るものか。

 この俺の目的は最初からホノカ・テンドウだ。あの女を手中におさめるために来た」

 

「……? はあ。では、螢視を戦わせる意味は……?」

 

「演出だよ。この俺をもっと憎ませるためのな」

 

 説明が要領を得ない。

 だが――入れ墨のある髭面の、ニタニタとした下世話な笑みに、ボクは正体不明の蟻走感を覚えた。第九席(ナインス)ロイ・ストリンガー、女を何人もはべらせる好色家という噂だけは聞いている。

 

「この俺が『マスター・オブ・パペッツ』で一番気に入っている部分はな、直接糸をつければどんな相手でも絶対服従という点さ。むろん戦いでも便利だが……気に入った女をモノにする用途に、とても役に立つんだ。

 自分で言うのもなんだが、この俺は難儀な性質でね。俺のことを嫌っている女を無理やりモノにすることと、他人の女を奪うことに、たまらなく充実感を覚える。

 

 これはな、料理なんだよ。あの女に糸をつけて服従させる前の、下準備だ。

 ――ホノカをミスリードし、自らの手で親友を殺させる。この俺にとびっきりの憎しみを向けさせ、その上で人形に変える。

 激情を内に保たせたまま、その肉体を辱める――想像しただけでも、涎が出る愉悦だ」

 

「……!!!!」

 

 ……なんだと?

 螢視を炎夏に殺させる? 炎夏から人格を奪って凌辱する?

 

 そんな事のために、この男は教国からわざわざ来たというのか……?

 ――ボクらに、そんな汚らわしい暴行の片棒を担がせようと言うのか!?

 

「で、では……今までお付き合いした方も、それで?」

 

「まあな。まともに恋愛したのはハイスクールまでだ。なにせ誰だろうが思いのままだから、そこいらの女と付き合うのはバカらしくなってくるんだよ。それに結婚だのは何かとしち面倒くさい。だから飽きては捨てるを三十人あまり繰り返してきた。半分ぐらいは妊娠がきっかけで、残り半分は発覚する前に捨てた。

 もっとも、あれはそうそう飽きがこなさそうだがな……来てよかったよ。お前らが送ってくれた写真を一目見た時、次はコイツだと思ったんだ」

 

 理解の域を超えている。

 恐怖を表情にあらわさないのが精いっぱいだった。不快感は隠しようもない。閉じた口の中で、震えの止まらない歯が小刻みに鳴っていた。

 

「なんだよ、その顔は? せっかく手に入れた力だ、私利私欲に使うのは当たり前だろ。奪われるよりも奪う側に回りたいと思ったから、日本人の身で教国についたんだろうが?」

 

「相変わらずあけすけに言いますね。反感を買いますよ」

 

「ハハハ……いいだろマルス。そんときはこいつらも傀儡(パペット)にすりゃいい。それに――いくらガキでも、悪の爪(マーレブランケ)に楯突く程バカじゃあるまいよ」

 

(ッ……目が笑ってない。脅迫だ)

 

「だが、その作戦は失敗した。リツキという奴はお前らの言う通り、恐ろしく勘がいいな。どうやって知られたものやら。

 ――しかし……ふむ、おかげでもっといい事を思いついたぞ。コウノセ、アサギリ、一緒に下りろ」

 

 

 





 
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