水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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20. 愛をとりもどせ

 

 

 ……秋月先輩は、ロイの『傀儡(パペット)』ではない。彼の支配下に置かれてはいるようだが、少なくとも意識を完全に殺されたわけではなく、ある程度本人の意思が残っている――俺がそう断定した理由は大きく分けて二つだ。

 

 まず、敵がこの状況にずっと手出しせずにいること。

 ロイは傀儡(パペット)を補充するために人口密度の高い学校を戦場に選んだはずなのに、俺たちをこんな誰もいない校庭に出しておくのは不自然だ。先輩がロイの指令を受けて動いているなら、まずは校舎の中に戻ろうとするはず。そうしないという事は、ロイは秋月先輩のやることに干渉できないか、あえて放任している事になる。

 しかも今まさに倒されそうになっている先輩のことを、誰も助けないのもおかしい。もともと向こうの人数は余っているのだ。

 

 次に、秋月先輩自身だ。

 そもそも姿や能力からして他の傀儡(パペット)と全然違う。他の個体は本当に使い捨てという印象だったが、この人だけはなぜかレンさんに匹敵するほど強い。しかも仲間を増やす特殊能力まで持っている。

 なのに避けるのは俺の攻撃だけで、炎夏さんの攻撃にはほぼほぼ無抵抗だった。最後の一撃なんて防ぐポーズすら見せなかった。自分から喰らいにいったとしか思えない。本人の行動も不自然だ。

 

 秋月先輩の意思はわからないが、ロイの意図はなんとなくつかめる。

 それは――

 

「……罠だっていうの?」

 

「そうとしか思えません。狙いは分かりませんが……」

 

 ロイの傀儡(パペット)ではないという前提で考えれば、秋月先輩の今の姿は、魔法使いとしての本来の姿ということになる。それをロイがマインドコントロールで操ることで、傀儡(パペット)に見せかけているのだ。

 だとすれば、今の先輩は生身。魔法を直接ブチ当てたらそのままダメージを受けてしまうだろう。他にも気になることはいっぱいあるが、それだけはほぼ間違いない。

 秋月先輩の正体を誤認させることで、俺たちに彼を殺させようとしているのだ。

 

「――じ、じゃあどうするの? 神瀬さんたちだってそろそろ……」

 

「どっちみちこれ以上不利な状況にはなりません。だからこそ焦っちゃダメです。

 先輩は炎夏さんには無抵抗――なら攻撃するフリだけして、無傷で捕まえる方向で考えたほうが良いでしょう。ちょっとでも意識があるならなんとかして正気に戻せれば――」

 

「戻せねえよ」

 

「「!!」」

 

 背後から聞きたくない声が聞こえた時、俺も炎夏さんも同じ行動をとった。秋月先輩の前についてかばったのだ。

 冷たい緑色に光るロイの左目を、火を宿す左目が見返す。炎夏さんは視線を切ることなくおっぱいの谷間に手を突っ込み、燃えるお札を取り出す。

 

「――答えなさい。律季くんが言った事は本当? 私に、けーちゃんを殺させようとしたの?」

 

「ああ、そうさ……失敗したがな」

 

「……だったらもういいだろ。今すぐ先輩を解放しろ。アンタの好き勝手には、俺がさせない」

 

「強がるな小僧。いくらいきがったところで、お前はしょせん借り物の力しか振るえぬ半端者にすぎない。おとなしくホノカのスカートに隠れてるんだな」

 

「耳が痛いな」

 

(……りっ、律季くんのことまで……う゛ぅぅぅぅ……!!)

 

(ステイです炎夏さん。気にしてませんから)

 

 炎夏さんはムカつきすぎて泣きそうになっている。

 俺は別に腹など立たない。「借り物の力しか振るえない」のは本当のことだし、尊敬する相手の力で戦えることはむしろ嬉しい事だ。

 

「それにわざわざ解放するまでもない。とっくにそいつは限界だ」

 

「?」

 

「――ハァ……ハァ……」

 

 振り向くと、秋月先輩の本体が黒い怪物の身体から剥がれ落ちた。

 地面に両手をついて滝のように汗を滴らせている。マラソンでもしたような疲れ方だ。

 

「はしゃぎすぎだ、バカめ。加減もわからぬうちに飛ばしやがって」

 

「……どういう事?」

 

「どんな格上の魔法使いでも『マスター・オブ・パペッツ』は問題なく発動する……だがケージ・アキヅキだけは、なぜか傀儡(パペット)にできなかった。

 しかし、それは俺にとって嬉しい誤算だった。ケージの正体を見誤らせることでホノカに親友を殺させれば、絶望する顔が見られると思ったからだ」

 

「な……!」

 

「……! ただそれだけ? ショックを与えて弱らせようとしたとかではなく?」

 

「自分よりはるかに弱い相手に、そんな小細工する必要がどこにある?

 ホノカを弄んで楽しみたいだけだよ。すごく反応がいいから余計に面白い」

 

「わかる」

 

「わかるな!」

 

「この俺がケージにやった事は、ただ心のブレーキを外してやっただけさ。そうするだけで命令を与えるまでもなく、この俺の思うままに動いた。理由は知らん。

 放っておけば勝手に死ぬかと思ったが――今は考えが変わった!」

 

 ロイが左手を振り上げ、乱暴に秋月先輩を跳ね上げて引き寄せる。

 俺と炎夏さんは取り戻そうと駆け出すが、立ちはだかる者がいた。

 

「――くっ……!」

 

「黙って通すと思うのかい? ボクらもいるんだぜ」

 

「そのままこの俺を護衛しろ。ケージは死なせるより生かしておいた方がよさそうだ。ホノカに屈辱を与えて遊ぶためにはな……」

 

 間近で不機嫌なユウマさんの顔が見えた。ロイを傍らで護るマルスは、横目でバディを見ている。また始まった、という目だ。

 

「この俺は源形(アーキタイプ)の力を使って、あらゆる立場の、そしてあらゆる階層の美女を手込めにしてきた。女優も、歌手も、令嬢も、人妻も、指一本で思いのままだ。

 しかしそれは、しょせん能力で人格を奪った人形にすぎない。そう思うと女遊び自体に冷めてきちまってな。何か新しい刺激が欲しかった。――人格を保ったままの女を、意のままにする方法はないかとな。

 

 そして今、いいことを思いついた。親友を人質にとられた女なら、この俺に逆らうことはできない」

 

 瞳孔を開き、歯をむきだしにして笑いながらそう語るロイの姿は、もはや人間に見えなかった。力に溺れ、餓鬼道に堕ちた獣だ。

 俺でさえ一瞬、憎しみを恐怖が上回ってしまったほどだ。炎夏さんはどれほど恐ろしく感じたことか。

 

「ケージ・アキヅキがこちらの手にある限り、ホノカ・テンドウはこの俺に逆らえない。生きているコイツは、可愛い山猫をつなぐ首輪として役に立つだろう。いつか親友を解放するという希望をぶら下げ続けることでな。

 ――お前の乳も、尻も、そして憎しみも、すべて俺の玩具にしてやるぞ。ホノカよ」

 

「――させるものか……!」

 

「ハハハ、止めてみろ! 止められるものならな!! 

 所詮この世は弱肉強食――魔法使いなら猶更だ!!」

 

 欲望を叫び続けるロイが、俺の攻撃をなんなくかわし、今は誰もくくっていない右手の糸を振るってきた。

 直接触られなければ支配下に置かれることはないが、武器としても見えづらい射程無限の刃物だ。――悔しいが、ただの下衆野郎ではない。こいつ一人でも手に余る強さだ。

 

「今すぐにけーちゃんを返しなさい。あなたのものになるぐらいなら、舌を噛み切って死んでやるわ」

 

「ハハハハ! そうだ、その顔がいいんだ!

 やはりお前は、この俺がいただくべき景品! 貴様などには分不相応な佳い女だぞ、リツキ!!」

 

「ああ、百も承知だよ――だからこそ、渡せない!!」

 

「――ひゃぁんッ♡!!」

 

 拳を強く握り、おっぱいから炎魔力を引き出した。

 そのまま体をかがめて、低い位置から全力の貫手を放ち――

 

「『グラトニー・スーツ』」

 

(! そうか、まだこいつも……!)

 

 絶対防御の能力者たるマルスが横から現れて、防がれた。

 布陣が分厚すぎる。誰一人簡単に倒せる相手じゃない。こんなのどこから手をつければ……!?

 

「もうっ、バカぁぁぁぁ!! 空気読みなさいよー!!」

 

「――いだぁっ!?」

 

 予想外の方向からガチビンタが飛んできた。

 せっかくかっこいい感じだったのにおっぱい揉まれて台無しにされた炎夏さん。本日何度目かの涙目だ。

 

「おやおや、すぐに手が出るのはいただけんな! この俺のモノにしたら、まずはそこから矯正するとするか……!」

 

「ふざけんなてめぇ!! これがいいんだろうがこれが!! ――本気で抵抗してもらえるから楽しいんだろ!! お仕置きされるまでがワンセットだってわからないのか!!」

 

「違うなぁ!! 抵抗できない相手を弄ぶことこそ、至高の喜びだ!!」

 

「相手のことを見ない奴に、恋愛のなにがわかる!!」

 

「――なんの談義をしてるんだよ!」

 

「ロボットアニメ風に性癖を語るな!」

 

 頬に紅葉を作ったまま、ロイと打ち合う。

 会話は完全に平行線。絶対に分かり合えないようだ。

 

「お前みたいな悪趣味な奴に、俺の彼女をとられてたまるか!!」

 

「だから彼女じゃないー!!」

 

「――妖精の足(シルフィーズステップ)

 

「「!!」」

 

 同時攻撃をかけようとしたその時、ユウマさんが杖を振った。

 シルフィーズステップ――軽量化の魔法。それを掛けた対象は、レンさんでもロイでもマルスでもなく、俺たちだ。

 

(まずい、空中で制御が――!!)

 

「そこだァッ!!」

 

「――くぅっ!!」

 

 猛スピードで迫って来たロイの手。触れられるのは間一髪で回避するが、指についた糸は止まらない。

 裏拳で空中を殴りつけ、衝撃で軌道をずらした。炎夏さんを己の体でかばえる位置だ。五つの刃が容赦なく俺の胴体を斬り、噴き出した血が槍の炎に触れて蒸発した。

 

「――律季くん!!」

 

「……っ……」

 

 内臓までは届いていない。だが、肋骨は何本か斬られた。

 炎夏さんはかすり傷で済んだようでよかったが――俺はかなりやばい。痛みで立てなくなっている。足に力を入れると腰まで震えがきてしまうのだ。

 

「ハハハ、無様だな」

 

「……さすがに勝負ありのようだな。おとなしく捕まれば、治療キットを貸してやるぞ?」

 

「……ハァ……ハァ……諦める、かよ。……足が動かないなら、手で跳ねてやる……!」

 

「――り、つき……」

 

「……え?」

 

 激痛をこらえ続ける中で、可愛い声が頭に染みた。

 それはロイのそばで棒立ちになっていた秋月先輩の発した声だった。そのことに気づいた俺は、一瞬だけ痛みを忘れる。

 

(言葉を発した? ……ってことは、支配がはずれかかっている?)

 

「チッ。少々チンタラしすぎたか?

 ――やむを得ん、仕切り直しだ。全員ついてこい」

 

「――待って! どこへ行く気!?」

 

「聞いたろう。仕切り直しだ」

 

 ロイの笑みが初めて消えた。このまま続行すれば向こうになにか不都合があるのだろう。

 ――仕切り直しはこちらも望むところだ。傷を治し対策を立てて再戦できるなら、今の状況よりはまだ勝ち目がある。

 

 逆に今俺にとどめを刺さない事は、敵が油断している証拠だ。

 ならば必ず打開策はある。それを練る時間もある。

 

「真序市中央公園だ。それがお前たちにとって、この俺を倒し、ケージ・アキヅキを奪回する最後のチャンスとなるだろう。

 ……来ないならそれでもいいぞ。ただしその時はケージは死に、お前らはこの先どこへ逃げようが、教国兵士に狙われ続ける生活になるがな」

 

「――!!」

 

「今夜十八時だ。考える時間はたっぷり与えてやる。

 無駄な足掻きを続けるか、尻尾を巻いて逃げるか。好きな方を選ぶんだな……ハハハ」

 

螢視(ケージ)、待って! 行っちゃダメ……! ――けーちゃん!!」

 

 ロイとマルスと共にひきずられて行く秋月先輩。炎夏さんが伸ばす手はユウマさんたちに遮られた。

 

「ど、どいてっ!」

 

「いや、どけねえし……オレ達がどいたとして、どうする気なんだよ?」

 

「……どうするって、追うに決まってるでしょ!?」

 

「今追って戦えるか? 悪いこと言わないから、おとなしく夕方まで待てよ。向こうは仕切り直すって言ってんだ、気分を損ねるべきじゃない」

 

 意外だった。つんけんした口調だが、ユウマさんまでも俺たちに気を遣っている。

 二人とも勝ったというのにどこか不機嫌である。そういえば戦闘中も、なんだか状況についていけてない感じだった。

 

 その間にロイ達の姿は消えていた。

 ――悔しくはあるが、確かにお二人の言う通り。追ったところで勝ち目はないし、それで炎夏さんが捕まりでもすれば再戦の約束も反故にされるだけだろう。

 

「……言っておくが、螢視にはオレもユウマも何もしてないぞ。それに、第九席(ナインス)があんなことを企んでいたなんて知らなかった」

 

「……本当?」

 

「螢視をこっちの味方に引き入れようとしたのは事実だ。でもそれは失敗したから、そっとしておいてやろうってレンと決めたんだ」

 

「じゃあ、あんたたちも一度はけーちゃんを利用しようとしたって事じゃない。そのせいでロイに見つかって、こんなことになったんじゃないの?」

 

「螢視のことはあの方たちには一切言わなかった。ボクらの独断でやったことだし、知られない方がいいと思ったからだ。なぜ漏れたのかはボクらにもわからない。

 ――あのな、別に言い訳をしてるわけじゃないぞ。誤解されるのは不快だから事実を言ってるだけだ。事実を知ったうえでボクを恨むというなら、それもキミの勝手だ」

 

 相変わらずの憎まれ口ではあるものの、ユウマさん本人も後味悪く感じているのが表情ににじみ出ていた。腕を組んだまま貧乏ゆすりが止まらなくなっている。相当納得がいっていないらしい。

 

「聞きたい事はこっちにもあるぞ。律季」

 

「え? お、俺ですか?」

 

「レンをぶん殴った時に言ったらしいな。ボクらをしがらみから救う、と……それはどういう意味だ? まあ十中八九、動揺させるために適当言っただけだろうが……」

 

「……適当じゃありません。お二人を教国から抜け出させて、俺たちの仲間にするって意味ですよ」

 

「――はぁ? 意味が分からないな。教国にいることはボクらにとって『しがらみ』だと、キミは言いたいのか? ……冗談じゃない。ボクはこの仕事に誇りを持っているんだ」

 

「その割に、ずいぶん複雑そうじゃないですか。

 お二人が今日やらされたことは、性的暴行の手助けですよ。それでも自分の仕事に誇りを持てますか? そんな事を仕事としてやらされることが、しがらみでなくて何なんですか。

 こんな事があっても良心が痛まないと言うのなら……確かに向いているかもしれませんね。あの男の部下には」

 

「……キミに何がわかる」

 

「わかりませんよ。……話してくれなきゃ」

 

 気の利いた返しは一切できなかった。

 激痛でだんだん意識がもうろうとする。言葉を発するのも苦痛になってきた。炎夏さんの肩を借りて立ち上がる。

 

「……すみません炎夏さん。さすがにこの傷はおっぱい揉んでも治りそうにないんで……うちまでお願いできますか」

 

「軽傷でも普通治らないけどね? ……もちろんいいわよ。断るわけないじゃない」

 

「……じゃあ、また後で」

 

「――え? あ、ああ……そうだな」

 

 眠らされた学校をボロボロで後にする。

 残されたユウマさんは銀髪のバディの背中に手を当てて、自分の杖を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この傷で帰るには俺のアパートは遠すぎる。かといって炎夏さんの家に行くと、血だらけの俺の姿を炎夏さんの家族や参拝客に見られてしまう。まさかこの状態でタクシーをつかまえるわけにもいかない。

 結局、炎夏さんが合いカギを持っている秋月先輩のおうちにお邪魔して一息つくことにした。両親が共働きらしく、今は誰もいないのだ。

 

 レイン先生から事前にもらっていた『魔法の包帯』を使い、なんとか応急処置はできたが、傷を塞ぐだけで失った血を戻す作用はない。疲労のあまりばったりと倒れて、目を覚ました時には夕方だった。

 

「! ――よかった、起きた」

 

「……あ……すみません、結構長い事寝ちゃったみたいで」

 

 片手に杖を持った炎夏さんが安堵してため息をつく。ひざまくらをしながら、一睡もせずに敵が来ないように警戒してくれていたようだ。

 彼女の体温の高い太ももで眠っていたせいか、多少のだるさが残るだけで頭は晴れていた。

 

『――どうじゃ、マシになったか? 律季』

 

「ええ……なんとか」

 

『すまんのう。本当はそこへ行って労わってやりたいのじゃが、わしの正体を知られるわけにもいかぬでな……』

 

 炎夏さんが俺の頭を撫でながら渡したスマホは、非通知での通話が繋がっていた。

 聞こえたのはレイン先生の声。通話履歴は3時間だ。異常が起こったらすぐにわかるよう切らずにいるのだ。

 

『炎夏から話はすべて聞いた。フリーメイガス本部にもすでに連絡してある」

 

「すみません。勝てませんでした」

 

『謝るでない。むしろ生還できたことが奇跡じゃ。……それなりの相手とは予測しておったが、まさか悪の爪(マーレブランケ)が出て来るとはの』

 

「何者なんです? あいつらは」

 

『……説明すれば長くなるが、一言で言うなら魔法使いの頂点じゃ』

 

「魔法使いの……頂点?」

 

 ずいぶん大それたワードが飛び出した。

 しかし情報通のレイン先生のこと、冗談や誇張ではないのだろう。

 

『一個人の能力が核ミサイルに匹敵する破壊力を持つ、十二人の精鋭。イルミナ教国を影から支配する者たちじゃ。われわれフリーメイガスも、もとは奴らを打倒する為に作られた組織と言っていい。魔法界ではそれほどまでに重要な存在』

 

 ……つまりその第九席であるロイは、世界で上から九番目に強いということか……? 

 どうりでムチャクチャなことを言ってたわけだ。それだけの力を持っていればタガが外れるのも無理はない。

 

『奴らと正面から戦って渡り合える者など、われわれの中にも数人しかおらぬ。……というより、われわれの全戦力でも悪の爪(マーレブランケ)たった十二人に釣り合わない。こんな所に出張ってくるのがそもそもおかしいような相手なのじゃ。

 ――怖い思いをさせてすまなかったな。おぬしらはもう何もしなくてよいぞ』

 

「……何もしなくていい?」

 

「そうじゃ。あとは万事わしらに任せよ。逃亡ルートは既に手配してある」

 

「――秋月先輩は? 俺たちが逃げるってことは、あの人を見捨てるってことですよ」

 

『……それも、やむをえんのじゃ。炎夏にはすでに話したが、おぬしらでは奴らに勝てぬし、かといって悪の爪(マーレブランケ)に対抗できる戦力など極端に限られる。急にここまで来れるはずもない。

 むしろロイは、もとより自分に絶対に勝てぬ相手を更にいたぶるために、螢視を利用している可能性が高い。意地になればそれこそロイの思うつぼなのじゃ。

 ……こんなのはわしも本意ではないが、事態は既にわし個人の裁量の範囲を超えている。おぬしらを逃がせというのは、フリーメイガス本部からの命令でもあるのじゃ。

 

 ――わかってくれ。今は逃げるしかないのじゃ。命さえあれば取り返しはつく』

 

「……ッ」

 

「レイン先生の言っていることは、正しいと私も思うわ」

 

「――炎夏さん!」

 

 いきり立って立ち上がる。しかしそこに、意気消沈した彼女の姿はなかった。

 炎夏さんの眼差しは、一切諦めていなかった。闘志と覚悟に燃える目が俺を正面から見ていた。

 

「……わかりました、先生」

 

『……うむ。では……』

 

「しかし、俺に決断する権利はありません」

 

『――なに?』

 

「今さらわれているのは炎夏さんの親友である以上、決定する権利は炎夏さんにだけあります。彼女の意見に俺は従います」

 

「……本当にいいのね? 律季くん」

 

「はい」

 

 聞くべき情報は聞いた。だが判断などは最初から決まっている。俺たち二人ともきっとそうだ。

 ――こんなことをされて黙っていられるほど、俺も炎夏さんも大人ではないのだ。

 

「ごめんなさいレイン先生。逃げるわけにはいきません。私は、巻き込んでしまった螢視(ケージ)や学校のみんなに対して、私なりに責任を取ろうと思います。たとえそれが、先生や組織の人たちの気遣いを無にする選択だとしても」

 

『……ッ、やめろ! 気持ちは分かるが冷静になれ! 意地を張ってはならんと言ったであろうが!?』

 

「ごめんなさいレイン先生。実は俺も同じ考えです。寝起きですから冷静だと思いますよ」

 

『律季! おぬしまでなにを言う!?』

 

「私は、すでに追いつめられてしまったんですよ。今できる選択は二つ……勝てない戦いに挑むか、さもなければ一番大事な友達を見殺しにするかです。意地を捨てるか、命を捨てるか、ただそれだけの違い。その二択しかない時点で、取り返しなんかとっくにつかないんですよ。

 だったら私は、自分の心にかなう選択をしたい。ここで意地を捨てるのは人生を投げるのと変わりません」

 

『ダメじゃ! 行くな! 相手はあのロイじゃぞ!? 女にとってはそれこそ……死ぬより辛い目に遭うかもしれぬのじゃぞ! この意味がわかっておるのかッ!?』

 

「「……ッ!!」」

 

 そうだ。それが一番怖い。正直俺にとっては、死ぬよりはるかにそちらの方が恐ろしい。

 決意が一瞬曇りかけた――その時、俺の方のスマホが通知音を鳴らした。

 

「『これ大丈夫か!?』『お前今市内だよな!?』 ……? なんだ……?」

 

「誰から?」

 

「中学の時の友達です。一か月ぐらい連絡がなかったんですけど急に――ん、写真?」

 

「――なっ!?」

 

 送られてきた写真には、スマホのカメラで直に撮ったテレビ画面が映し出されていた。

 そこに写っていたのは緊急中継。――この真序市の中心市街地が、あちこちから煙を上げて炎上する様が映っていた。

 

『――たった今新しい映像が入りました! こ……これは、CGではありません! 現在の真序市の実際の映像です! 事故ではありません! 何者かによるテロと思われます!』

 

「……傀儡(パペット)

 

『……ロイ・ストリンガー……なのか』

 

 レイン先生すら絶句する惨状。町を攻撃していたのは、ビルに肩を並べるほど大きい五体の『赤子の人形』だ。時刻はまだ十七時だが間違いなくロイの仕業だった。

 夕焼けの中で巨大な人形が町を破壊する……そんなパニック映画の一幕としか思えない非現実的な光景に、ニュースのキャスターはただただ青ざめ、カメラから外れた部分ではスタッフが大慌てしているのが聞こえる。

 

「……やっぱり、私たちは逃げるわけにはいかないみたいです。私が出て来るまで、延々とこれを続けるつもりでしょう」

 

「ばかな! こんな見え透いた挑発に乗るというのか!?」

 

「――ごめんなさい。もしダメだった時は、みんなをよろしくお願いします」

 

「待て、ほの――」

 

 スマホの通話もテレビも切る。誰もいない家に完全な静寂が訪れ、あとは二人きりだ。

 もしかすると今この町で静かなのは、ここだけかもしれなかった。学校は今頃眠らされていた生徒たちが目覚めて混乱の真っ最中だろうし、市街は大パニックのはずだ。

 

「ごめん律季くん。大変なことになっちゃったね。

 ――でもお願い。どうか最後まで付き合って」

 

「もちろんです。むしろ嬉しいですよ。前だったら『危ないから来ないで』とか言われてるところです」

 

「……ありがとう。勝てたら、お礼にちゅうしてあげるわ」

 

「だったら死んでも負けられないですね」

 

 炎夏さんの宣言で全身にやる気がみなぎった。

 ――必ず勝つ。

 

「もうこうなると、事件どころか大規模テロですが……一つだけよかったのは、秋月先輩の姿があそこになかったことです。見えた怪物は五体、つまりロイが秋月先輩をくくっているのに使っている分の、残りの指の数です。

 しかしそれも放っておいたらわからない。俺たちをおびき出すために、秋月先輩にまでテロの片棒を担がせるかもしれません。それだけはなんとしても阻止しなくてはならない」

 

「……そうね。もう人目も気にしちゃいられないわ。

 ――今できる全速力で街に向かう! 創造(クリエイト)!」

 

 炎夏さんが長いホウキを生み出し、俺は胴体を巻いていた包帯を剥ぎ取った。多少の疵痕が残るだけで出血はすでに止まっている。改めて制服に袖を通し、魔装(ペルソナ)のマントを羽織った。

 

 

 

「眠っている間に頭を整理しました。――勝算はあります」

 

「飛びながら聞くわ。しっかりしがみついててね!」

 

 

 

 二人乗りのホウキが離陸する。方角は、夕日へまっすぐだ。

 ――仮に俺たちが飛んで火にいる夏の虫だとしても、すでに退路はない。

 

 闘うからには勝ってみせる。

 必ず秋月先輩を取り返す。

 

 

 

 

 

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