水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~ 作:黄緑信号
「――ここは!?」
頭上には星一つない暗闇の空が広がっている。
俺が立っているのは、ビルの屋上。そばにはユウマさんとレンさんがいた。
「マルスと秋月先輩は?」
「ああ、ボクらも飛ばされたばっかりだが……」
「姿が見えないんだ。隠れてるのか?」
「――いいや……すぐ近くにいるだろ?」
「「「!!」」」
いた。本当にすぐ真横に、マルスと秋月先輩の二人ともいた。
秋月先輩が影の巨体の怪物になり、その体が空の闇に同化していたのだ。マルスはその陰に隠れていた……というより、単に角度的に見えなかっただけだ。
「……って……なにしてるんですか?
「何だと思う? 聞いて驚くなよ、読書してるんだ」
「それは見ればわかりますけど」
「なんで今そんなことしてんのかって話を……」
「命令は、『ホノカ以外を閉じ込めて時間稼ぎしてろ』……だ。だからそれ以上のことは一切しない。自分で動かない限り俺は絶対安全だし、俺が倒されなければルームクリスタルも解除されない。
現世でロイ様が目的を達するまで、おとなしく待ってるんだな」
自分で
漫画や文庫本じゃない。黄土色のハードカバーをした、何語かもわからない外国語で題名がつけられている、いかにも難しそうな書物だ。図書館に置いてあっても絶対誰も手に取らないだろう。
「――くっ、やっぱダメか。〝
「手つきが生々しいよ。もし繋がってたら
空中で虚しく手をワキワキさせる俺に、ユウマさんが顔を赤らめる。
時空をまたいでの遠隔乳揉みはさすがに出来ないようだ。ここに連れてこられた以上、俺も自分の力だけでなんとかするしかない。
「おっぱい揉めなくて力が出な……いッ!!」
「……だから、無駄だって……暇なら雑談でもしてろよ」
――レンさんと同時に手刀をマルスの肩に叩き込んだ。
不意打ちだったがやはり手ごたえはない。焦った様子も、ない。マルス自身から解除しない限り『グラトニー・スーツ』の防御は解けないのだろう。
「じゃあおっしゃる通り、お話させてもらいますよ。もともとそれが目的ですからね。
――秋月先輩! 聞こえているんでしょう?」
黒い巨体から上半身だけを突き出させ、虚ろな表情をした秋月先輩に俺は叫ぶ。大きく張り出した褐色爆乳と虚ろな表情が、彫像じみて綺麗だった。
狙い通り秋月先輩とじっくり話せるようになった――『彼』を連れ戻すまで、どっちみちここから出る気はないのだ。
「隠さなくていいです! 意識があるのはもう分かってるんだ!」
「――ああ。聞こえてる。大声出さなくてもいい」
「えっ!?」
「……なんで驚いてるんだよ?」
「いや……そんなはっきり返事すると思わなくて」
声がかわいすぎて若干困惑する。本当にこれが秋月先輩なのか?
確かに低血圧っぽいダウナーな口調はそのままだが、声が本来のそれと似ても似つかない、ゆるふわ系のガーリーな高音ボイスになっている。
「つーかなんでユウマとレンがそっちにいんだ? さっき電話した時はまだマスター側だったのに……なんかあったのか?」
「は、はい。そのあたりはまた後で話すんで、おかまいなく」
「ん、そっか」
……いかん、なんか緊張してしまうぞ。
やたら距離感の近いギャルと話してる気分だ。ドキドキするというか、謎の汗をかく。
「おい、さっさと本題に入れって。ボクらはともかく炎夏が戦ってる」
「はっ! そ、そうだった――じゃあ秋月先輩、単刀直入に言います! 俺たちが協力するので、そこから出てきてください!」
「……ああ、やっぱりそうくるよな。でも無理だ。
それどころか――おれは正直言って、今日死ぬつもりでいる。お前たちに殺されると決めてここへ来た」
「――はあ!?」
何を言っているのか分からなかった。しかもそれが思考誘導された言葉ではなく、秋月先輩自身の心情であることが感覚で伝わることが、余計に奇妙だ。
「なぜです!? ここにロイはいないんですよ。その気になれば無理やりにでも……」
「無理だな。ロイ様のかわりに、今は俺がケージの『手綱』を握ってる」
「! ――その手は……!」
マルスは本を普通に持つのではなく、右手でページをめくって、左手の掌底で本の下の部分を支える奇妙な持ち方をしている。その下の手の指に、あの『繰り糸』がついていて、それが秋月先輩に伸びていた。
「『マスター・オブ・パペッツ』の糸は、本体であるロイ様の許可のもとで、他人に貸し与えることができる。掌握した人間への支配権とともにな。つまり今は、このマルスがケージのマスターだ。
――適当に蹴散らせ。ケージ」
「了解しました。えいやー」
「ギャー!!」
平坦な掛け声とともに、巨大な黒い腕がビルの屋上全体を薙ぎ払う。
風圧で吹き飛ばされかけたが、レンさんが掴んでくれたおかげで落ちずにすんだ。
「た、助かりました。ありがとうございます……」
「ああ――しかしどうする? これじゃ
そう、秋月先輩を解き放つという目的からすれば、余計に難しくなったと言える。糸を握っている手は『グラトニー・スーツ』の内側だ。ロイの時のように、手を狙った直接攻撃で糸をばらす作戦が使えない。逆にマルスは秋月先輩を操ることで、一方的に攻撃ができるわけだ。
「どうする……? どうやってあの糸を外させればいい?」
「――いえ、たぶんその発想じゃダメです。マルスに通る攻撃手段はありません。
仮に腕ずくでマルスから糸を外せたとしても、秋月先輩自身に帰還の意思がない限り、多分どうしようもないんです」
「じゃあどうしろっていうんだ!?」
「まずは俺が秋月先輩の真意を探ります。レンさんとユウマさんも防御に徹し、決して攻撃はしないように」
秋月先輩を連れ戻すために必要なのは暴力ではない。これはいかにして『彼』の心情を解きほぐすかという試練だ。頼れるのはコミュニケーション能力しかない。
――それならば俺の得意分野だ。
俺はロイの言った通り、魔法使いとしては、人の力を借りるしか能のない半端者にすぎない。
しかし女性を口説き落とす事にかけては玄人だ。なにしろ俺は、炎夏さんとレイン先生という学校の二大美女のおっぱいを揉んだ伊達男なのだから。
たとえそれが女に変えられた元男性でも、そんなことは関係ない。
相手がおっぱいのでかい女の子なら、必ず攻略してみせる――!
「怪人ビーム!!」
「
秋月先輩のお口から放たれた、恐ろしく適当な名前のビームを跳んで避ける。
全力で走って近づいた。攻撃するためではなく、互いの声を聞くためだ。腕の振り下ろしを受け止め、息がかかるほど近距離で話す。
「どういうことですか!? 今日死ぬつもりだったって!」
「言葉のとおりだ。おれは助かろうと思っていない。
前は人質にされて、今回は敵になって、既に二回もお前や
「そんなの、ロイに都合よく植え付けられた考えでしょ! 炎夏さんに親友を殺させるっていう趣味の悪い計画のために……!」
「……違う。これはマスターに出会う前から――いや、ユウマの認識操作を受ける前から、おれが思っていたことだ」
「――ああ。たしかに螢視は、昨日もおんなじことをボクらにしゃべってた。あれはガチだ。本気でそう思ってるらしい」
「……え? じゃあユウマさんとレンさんは、昨日の段階で秋月先輩とそんな芯を喰った話をしたんですか?」
「螢視をキミらに敵対させようと工作をしたんだ。炎夏に好意があると踏んだボクらは、キミへの嫉妬をあおることで、悪意を持つよう仕向けた。
あいつは言ったよ。律季こそ炎夏の相棒にふさわしいって。……魔法が使えない自分に、存在価値はないって」
「……そんな」
二人が、ただの好奇心でプライベートな話を根掘り葉掘り聞き出そうとするとは思えない。秋月先輩から自分の意志で話したことだ。当然内容も本心だろう。
しかしその言葉のなんと悲痛なことか。あんなに平気そうに振舞っていたのに、その裏でそんなにも思い詰めていたのか。俺の存在がそんなに先輩を追いつめていたなんて……。
(――いや、本当にそうなのか?)
もしそうだとしたら先輩は、俺が炎夏さんのバディだと、いつどうやって感づいたんだ。下手すれば昨日ユウマさんに教えられて知ったということもありうる。早く見積もってもユウマさんの襲撃があった一週間前からだろう。その短期間でそこまで深刻に悩み込むか? そもそも俺が炎夏さんのバディになってからも、まだ半月ちょっとしか経っていないのだ。
不自然な点がありすぎる。だいいち秋月先輩ほど優秀な人が、俺との比較で悩むなんて傲慢な考えだ。
秋月先輩は、もっと別の――なにか根の深い悩みを持っているに違いない。それこそがこうなってしまった原因だ。それは一体なんだ?
「螢視、ボクとレンは教国を裏切った! ロイのやり方に我慢がいかなくなったのもあるが、キミを助けたいと思ったのが一番の理由だ!
炎夏の役に立ちたいと思うならこっちに来い! 今炎夏はロイと一対一の戦いを強いられている! キミが今帰ってこないと、あいつを助ける術がないんだ!」
「――大丈夫だよ。助けてもらったりしなくても、おれの幼馴染は誰にも負けやしない。
それに……今回を逃したら、炎夏に殺してもらえるチャンスは二度と訪れないだろうからな」
(――!? 『殺してもらえる』だって?)
その表現が、俺の意識に引っかかった。
それは俺にとって、『共感できる』発想だったのだ。
「螢視! やっぱりお前は自分でわかってないだけで、
炎夏にだけしゃべれることを隠したことも、午前の戦いで炎夏の攻撃だけ選んで受けていたこともそうだ! お前は律季にではなく、炎夏に自分を殺させることを狙って動いていた!
そんなのがお前自身の選択のはずがない! 親友を手にかける苦しみを、あいつに味わわせるつもりだったとでもいうのか!?」
「……! ああ、わかってたよ。そんなことをしたら、結局あいつに辛い思いをさせる結果になるって。本当はおれもわかってた。
でも……それでも、俺はやりたかった。またこの体で、あいつの炎に触れたかったんだ」
「!!」
「だからなんでだ! それが操られた結果だって言ってんだよ!」
俺の頭の中で、なにか重大なピースがはまる音がした。
――なるほど。つまり秋月先輩は――『俺と同じような人間』だったわけだ。ようやく納得がいきかけてきたぞ。
「……俺はその気持ち、少しわかりますよ。気持ちいいですよね――憧れの人の不思議な力を、自分の体で受け止められるのは。クセになります」
「律季……?」
「おい、この期に及んでふざけんな。性癖の話はもういいだろ」
「……あぁ、そうだ。おれは実際のところ、細かい理屈なんかどうでもよくて――ただ、
「「「………………えっ?」」」
シリアスに説得をしようとしていたユウマさんとレンさんが、一気に理解できないものを見る顔になる。マルスすら耳を疑ったように顔を上げていた。しかしこれは、単に俺たちが炎に焼かれて興奮するMだという話ではない。
やはり秋月先輩は炎夏さんのことが大好きなのだ。もしかすると俺よりもずっと。なにせ俺も殺されてもいいとまではさすがに考えたことがない。
「確か炎夏さんは子供の頃だけ、魔法の炎を先輩に見せていたんですよね? 多分その時に、炎夏さんの魔法を体験する機会があった。
……年頃を考えると、本物の魔法の炎を使って二人で遊んでたんじゃないですか? たとえば――魔法少女ごっこ、とか」
「……!! そ、そうだ。なんでわかった?」
「ただの勘です。先輩がニチアサ好きなのは、もしかするとそういうきっかけかもなーって」
「……え? 螢視ニチアサ好きなの?」
「ちっ、違っ……! お前っ、なんでばらすんだよ!!」
「あ……! す、すみません、口が滑りました!」
秘密を知られて大慌てする秋月先輩。……悪い事しちゃったけど、見た目が女の子なので超かわいい。それにしても完全に素に戻っているというか、すっかり戦いを忘れているな。
「……その魔法少女ごっこのことを、おれは今でも夢に見る。あいつが正義の魔法少女で、おれが倒される怪人の役だ。人生であんなに楽しかったことはない。子供向けのコスプレ衣装を着たあいつは、おれの目には本物以上のヒーローに映った。
だが成長するにつれ、
「え……? じゃあキミは、炎夏の助けになれないことが辛かったわけじゃないのか?」
「自分でもついさっきまでそう思ってたよ。でも――本当の本当を言えば、おれはただ、あいつの魔法をまた見たかっただけなのかもしれない。医者になろうとしたのも、あいつの助けになりたいなんて心掛けからじゃない。ケガを治せるようになれば戦いに加わって、あいつの魔法をまた見れるかって……その期待だけだった気がする。
それに――いずれ
――そうなるぐらいなら、おれは今日ここで終わりたい。怪人役のままで逝きたい。そう思った」
「――だからあの時、炎夏さんに無抵抗だったんですね」
「魔法少女の雄姿を一番近くで見られるのは、倒される瞬間の怪人だ。
(……り、理解が追い付かないぞ)
(なんなんだこの世界観! 炎夏の周りにまともな奴はいないのか!?)
美少女と化した秋月先輩が、過去を懐かしむ透明な笑みを浮かべている。
悲壮さなど微塵もない表情だ。それが逆に恐ろしかった。ユウマさんとレンさんは完全にドン引きしている。
「――そういうわけで、悪いがおれは助かろうという気がない。むしろ再びあいつの魔法を見られた充実感に包まれている……だから多分、どうすることもできないんだ。
遠慮せずおれを殺してくれよ。今は時間が貴重なんだろ?」
「ッ……ああ、そうだ! だから早く戻ってこいよ! お前が助からないんじゃ裏切った意味がないだろうが……!? それに炎夏は、今何のためにがんばってると思ってる!? 一人きりで
「今なら
――あんまり気にするなって。本人がいいって言ってんだから」
――冗談じゃない。本当に、冗談じゃない。
先輩が死んで悲しむのが、炎夏さんだけだと思っているのか。俺たちの気持ちはどうなる? 友達を手にかけることも含めてだ。
秋月先輩の思考は、まるで自分という概念が抜け落ちているように歪んでいるが――しかし納得できなくはなかった。魔法の力を見るというのは、生まれつきサイキックでない者にとって一種の神秘体験だ。人生観に影響するぐらいの衝撃はある。ましてそれが幼馴染の好きな女の子の力なら、運命を信じてしまうだろう。炎夏さんは秋月先輩にとって神様も同然の存在なのだ。
秋月先輩が魔法使いになれなかった理由も、おそらくそれだ。
炎夏さんという魔法使い、または魔法という力そのものをあまりに崇拝しすぎていたせいで、自分が魔法の力を使えるようになるという発想が無くなってしまったのだろう。『無意識下で魔法使いになる可能性を排除している』というレイン先生の推察は、当たっていたと言える。
「……ボクらはそんなことのために、来たわけじゃないぞ……助けてくれって言えよ。そしたらこっちも、助けてやれるから……」
「しかし本人は殺してほしいそうだ。どうするつもりだ? 俺はどっちでも構わんが」
「口はさむんじゃねぇ!! 殺すぞッ!!!」
泣きそうなユウマさんがマルスの冷や水に激昂で返す。
可哀想なぐらいいっぱいいっぱいだった。
だがもう慌てる必要はない。――『勝ち筋』は、つかんだ。
「よくわかりました、先輩」
「えっ……!」
「お、おい、まさか……!?」
「ああ。遠慮せずやって――」
「あなたが今言った事は、全部嘘だってよくわかりました。やはりあなたはロイに操られている。そんなのはあなたの本心じゃない」
「……え?」
本当の本心で死にたがる人なんか、世の中そうはいない。
『いつか炎夏さんと一緒に遊べなくなる日が来る』という将来への漠然とした不安がもともとあったのだろう。それに加えて炎夏さんに『危ないから自分に近づくな』と言われたのがショックで、昔が恋しくなっていたのは無理もない。だが――普通に考えて、それだけで『死にたい』までエスカレートしない。
そもそも秋月先輩が恐れているような『私もう大人だからけーちゃんと遊ばない』なんて言葉、炎夏さんが言うわけがない。むしろ秋月先輩ともっと遊んだり話したりしたいのに、重いと思われるのが怖くて遠慮していたのは彼女の方なのだ。
――結局これは、友達同士のちょっとした誤解、すれ違いでしかない。そもそもロイが秋月先輩を利用したりしなければ、問題にもならなかったような話だ。
これだけ破滅的になっているのは、たまたま精神的に参っていたタイミングで精神汚染されたせいだろう。完全に弱みに付け込まれた形だ。やたら死ぬ死ぬ言っているのは、ロイによって押し付けられた『炎夏さんに殺される』という役割に思考が引っ張られているせいでもあるだろう。
俺がやることはただ一つ。
彼をこの状況から掬い上げて、炎夏さんに引き合わせるだけだ。
「仮にそれが本心だとしたら――どうして、『怪人役』なんですか? それで本当に、先輩は満足なんですか?」
「……何を言って」
「先輩が本当にやりたいのは、
炎夏さんに倒されるんじゃなく、炎夏さんと一緒に戦う役に、本当はずっとなりたかったんじゃないですか。それが自分は魔法が使えないからって、怪人役で満足しようとした。
でも――秋月先輩はもうすでに魔法使いです。今ならどんな役も自由ですよ」
「……! おれが、あいつと一緒に……?」(――そんなこと、考えもしなかった)
「たまにはいいじゃないですか。ずっと怪人役だったんでしょ? それに今日の『魔法少女ごっこ』は、もう悪役が埋まっちゃってるんです。――だから今日の秋月先輩は、とっても悪い怪人から炎夏さんを守る役です。
きっとそのために先輩は、女の子の姿になったんですよ。ここから出て遊びに行きましょう。炎夏さんと一緒にね」
秋月先輩の目にみるみる活力が宿っていく。
糸がピクピクと動き、マルスの本を持つ手が何度か震えた。
「――おい? ケージ? まさか……」
「でっでも! 本当にどうやれば支配から逃れられるか、自分でもわからないんだ!
無理して助けようとしたら余計に時間がかかっちまうし、やっぱりおれを殺した方が――」
「ダメですよ。先輩が死んだら、炎夏さんが独りになっちゃうじゃないですか」
「――いいよ。おれがいなくても、バディのお前がいるなら
「本当にいいんですか? 『俺がいるのに』、炎夏さんを独りにして」
「……え?」
「いいですか秋月先輩――俺は炎夏さんのバディという立場を利用して、彼女にセクハラ三昧を働いている男ですよ。その俺をほっておいて、本当にいいんですか?」
「――なっ……なんだとぉっ!!!???」
「……ッ!!」(糸が……)
秋月先輩が衝撃を受けて身を大きく乗り出し、その拍子に糸が引っ張られて、マルスが本を落とした。
激しく揺れ動く掌と、秋月先輩の姿を交互に見て、マルスは目を見開いている。足元の本には一瞥もくれなかった。
「そ……そんなはずないだろっ! お前がそんな……いや、
「俺の能力は、女の人のおっぱいを揉んで属性魔力を借りることです。襲い来る敵と戦い、身を守るために、炎夏さんは俺に体を触らせざるを得ませんでした。許す許さざるにかかわらずね。
――そして俺は、そんな状況に罪悪感がありませんでした! むしろ戦いのためだからという言い訳を使って、彼女を抵抗できなくして、自分の性欲を好きなだけ満たしていました!」
「……ほ、本当なのか……!?」
「ええ! もちろんです! おっぱい揉むだけじゃなく、勢いに任せて谷間を嗅いだり、脇をなめさせてもらったり、やりたい放題の毎日を過ごしてますよ! 炎夏さんにイヤイヤって言われながら無理やりセクハラするのは、人生最高に楽しいです!」
「おっお前! それじゃ言ってることがロイと変わらないじゃないか!?」
――まあ炎夏さんは、イヤイヤ言いながら自分から迫ってくる人でもあるんだけど。
これは賭けだ。俺に敵意や嫉妬を抱いてしまえば、戻りかけた秋月先輩が再び敵に回ってしまうリスクがある。しかしそういうネガティブな感情よりも、炎夏さんを守りたいという想いが、先輩の中で上回るならば――
「俺はロイとは違います。炎夏さんは敵に迫られても拒絶することができます。しかし味方である俺とは、この先の戦いに負けないために付き合っていかざるをえない。どれだけ嫌な事をされても拒絶するわけにはいかない。つまり炎夏さんの将来を考えるなら、ロイよりもむしろ俺の方が脅威ということです。
ねぇ先輩、いいこと教えてあげましょうか? 実はここに来る前、俺は炎夏さんにある約束を取り付けているんですよ。――秋月先輩を助けてあげるかわりに、キスをしてもらう事をね」
「――き、脅迫したってのか!?」
「えぇ。それも、先輩をダシに使って……ね。
俺はこれで炎夏さんを完全に後戻りできなくさせるつもりでいます。彼女の性格上、キスまで許した男とは交際するしかないと考えそうですからね。
……最終的には結婚までこぎつけるつもりですよ。俺は本気です」
――うーむ……自分で言っていてなんだが、こうして言葉にしてみると俺もかなり極悪だな。キスの約束は炎夏さんが自分から言い出したことなので『脅迫した』というのは嘘だが、それ以外の部分はすべて本当だ。
俺が立場をフル活用して炎夏さんを手籠めにしようとしていることも事実。
キスの言質をとったのをいいことに、炎夏さんを後戻りできないところまで追い込むつもりでいるのも事実。
九割の事実に混ざった一割の嘘は、誰もが真実と信じる嘘だ。
「今のを踏まえてもう一度聞きます。――本当に、俺を野放しにしてていいんですか? こんな奴に炎夏さんを好き放題させて、先輩は本当にいいんですか!?」
「よ――よくないッ!!」
「だったらそこから早く出なきゃ! 炎夏さんを俺の魔の手から守れるのはあなただけだ!
来いッ――俺を倒してみろッ!!」
「――ッ……おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「!! ――まさか……!!」
秋月先輩の十字の瞳に、まばゆい黄金色の光が宿る。
その光ははじけて黒い巨体を覆い尽くし、やがて俺たちの視界をもくらませた。
(う、ウソでしょ? 本当にあんな説得で……)
(螢視の意識を引き戻したってのか……!!)
「
光が収まった時、さっきまで怪物がいた場所に、一人の少女が降り立っていた。
彼女は――否、『彼』は静かに目を開いた。
「後悔するなよ、律季。おれを助けたことを。
うちの幼馴染によこしまなことを企むならば、おれも黙ってはいない。全力で阻ませてもらうぞ――お前の恋路を」
「構いませんよ。簡単じゃない方が恋は燃えます。ですがまずは――」
「あぁ。今いる敵を倒してから……だな。
――って、はぁっ!?」
俺と拳を打ち合わせて共闘を誓う秋月先輩――その手は、白い長手袋に包まれていた。そのことを不審がった秋月先輩は視線を落とし、今の自分の姿に驚愕した。
「なっ、なっ……なんだよこの格好!? これがおれか!?」
「似合ってますよ先輩。すごく素敵です」
秋月先輩の今の格好は、フリフリのついた純白のドレスを纏い、ミニスカにニーソックスとブーツを履き、片手にホウキを持った――まさに『魔法少女』の衣装だ。クリーム色の頭をショートカットにしたヘアスタイルは同じだが、奇しくもそれがすごく似合っている。
黒いボンテージ姿に褐色肌だった、さっきまでの危険な印象とは打って変わって、儚げな色白美少女への変貌を遂げていた。
「……!! み、見るな……!! こんなの恥ずかしい……!!」
正気に戻った秋月先輩は沸騰したように赤くなり、両腕で体を隠してへたり込んでしまった。
――無理もない。ニチアサ好きであることさえひた隠しにしていた彼だ。変身ヒロインへの憧れが如実に形となった
「あー……ボクにはキミの気持ち、正直半分も分からなかったんだが……言えることは、本当の自分であることを恥ずかしがる必要はないってことだ。少なくともボクらの前ではな」
「……そうだな。正義のヒロイン? になりたいって想いが本当なら、歳や性別なんか問題じゃないだろ。
魔法の力は、自己実現に使うのが一番の使い道だ。どうせなら楽しんだ方がいいと思うぜ」
「――ッ」
「……じ~~~~~~~~っ」
「――って、お前はどこ見てるんだよ!?」
「いや……綺麗だなあと思いまして」
「胸ガン見しながら言うな!」
――しかしその清楚な雰囲気とは裏腹に、露出度はあんまり変わっていなかった。
怒られながらも見ずにはいられない――炎夏さんに負けず劣らずの爆乳に加え、下乳の部分の布地がぱっくり開いて、谷間を強調させているのだ。
太ももの絶対領域やおへそもバッチリ見えているが、やはりそこが一番目立っていた。マーベラス。
「――ったくもう……もとは男の胸板だってのに、なんで興奮するんだよ。節操なさすぎだろ」
「いや、だからこそ逆にそそられるっていうか……あのすみません、揉み心地確かめて良いですか? いいですよね男同士ですし」
「よくねぇよ!? 同性でも体触られんのは普通にイヤだろ」
「……ッ、その反応、炎夏さんそっくりじゃないですか。……あっ、やばっ、ちょっと……我慢できなくなってきたかも」
「え……っ」
十字の瞳が、理解不能なものを見る目つきをする。だがそこに嫌悪感はあまりなかった。
これは……押しまくれば、本当にいけるやつかもしれない――俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「……いや……お前、何マジな目してんだよ? 冗談なんだろ? ……だよな?」
「ふ~~っ……はぁ……っ」
「……ち、ちょっと、なんで詰め寄ってくる――つーかお前今、
「何も言わないでください。必死で衝動をかみ殺してる所なんです。……あーくそ、喋り方かわいいな」
「そこは変わってないだろ!?」
眉間をつねり、下唇を噛んでなんとか欲望をやり過ごす。体内で性欲が海のシケのごとく渦を巻いていた。
いつもの喋り方なのが一番まずい。きゃぴきゃぴした衣装や声とのギャップがすごすぎる。自然と男を勘違いさせる距離感になっているのだ。
「ど、どうしたんだよ本当に……魔法の力の副作用か何かか?」
「風評被害にもほどがあるわ!? これはコイツの持病だよ」
「えっ!? ほ、ホントか!?」
「いや……比喩だ比喩」
心配してくれているのか俺の背中をなでてくれる秋月先輩。
――距離感が同性のままなせいで、無防備な爆乳がすぐ目の前に来た。心なしかわずかにミルクっぽい匂いがした。
「いかん、無だ俺。無になれ俺……」(ぼそぼそ)
「一瞬だけすごいと思ったけど、やっぱり律季は律季だね」
「そうだな」
「諦めた目してないでなんとかしてくれよ。……つーかアイツはなんで黙ってんだ?」
全員の視線がマルスに向く。しばらくなんにもしゃべらなかったから完全に忘れてた。
糸の支配から先輩を解放した際にはなにかしらのリアクションがあると思ったが、それもない。ただ組んだ足に肘をついて、じっとこちらを眺めていた。
「お構いなく。こうしている間にもロイ様は勝っているだろうからな。お前らをただ見てるだけでもなかなか面白いし」
「そんなそんな」
「なんで照れてんだよ」
「それに――ケージ・アキヅキが離反するなら、こっちも一人取り返せばいいだけだ」
マルスがなにやら黒い物体を取り出し――パスッ、と空気のはじける音がした。
立ち上る白い煙と火薬の匂い。それが拳銃であり、サイレンサーで圧縮された発砲音であったことには――隣のレンさんが膝を折って崩れた時、はじめて気づいた。
「な……!」
「レ、レン!?」
「――くぅッ!!」
信じられない、眉一つ動かさず人を撃った。
しかしその拳銃を持った腕だけは、絶対防御の『グラトニー・スーツ』から出ている。俺は左目に虹色を宿し、拳の紋章を光らせた。
「!?」
「はぁぁッ!!」
ほぼ狙いも定まらないまま、勢い任せでチョップを繰り出す。
炎をまとった高速の指先がマルスの二の腕を深々と切り裂いた。
(くっ、はずした!)
(……ッ……一撃出す分の炎魔力をこっそり温存していたのか。反応が一瞬でも遅れたら片腕をもってかれていた……)
マルスは血のしたたる腕を抑えながら、再び全身を防護スーツで覆った。
――自分から腕を出したチャンスを逃した。まずい……!
「その判断の速さ、末恐ろしいな。女目当てに日本へ渡るとロイ様が言い出した時はさすがにどうかと思ったが……結果的には正解だったようだ。
お前はここで消えなくてはならない存在だ。生かしておけば脅威になる」
「なんのつもりだ!? なぜレンさんを撃った!?」
「布石だよ。お前たちを詰むためのな。
いま撃ち抜いたのは腿の動脈叢だ。このままなら十分ちょっとで失血死するだろう。早急な処置が必要だ」
「……な……」
「だが医療品を持っているのは俺だけだし、隔離空間から出るのにも俺の許しが必要だ。いまレンの命は俺が握っている。
――この意味がわかるなユウマ・コウノセ? バディを助けたくば正しい選択をしろ」
そう――戦いはまだ終わっていない。
秋月先輩を取り戻しただけではまだ折り返し地点。その上で現世へ帰還することが俺の役目。
「お前の銃で律季を撃て。教国への忠誠を証明するんだ。
そうすれば二人とも解放してやる。ロイ様にも、裏切りを許すよう口をきいてやる」
「……!!」
――狡猾なこの男を討たない限り、本当の勝利はやってこないのだ。