水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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25. ロイ・ストリンガーの失恋/マルス・アーヴァインの夢

 

 赫い炎が視界を灼き、口の中から水分を奪う。

 それは今までホノカが使っていた炎から、黄色味を消したような色合いの炎だった。

 

「不思議な気分だわ。すごく怒っているのに、頭の中はひどく冷静……。

 ――でも、この感覚には覚えがある。これは……子供の頃、けーちゃんにケガをさせた外人たちを焼いた時と同じ」

 

 天を衝く深紅の大炎の中から、小さな影が現れる。

 歩み寄って来る『そいつ』の声は、紛れもなくホノカ・テンドウのそれだ。だがその姿は、別人と思うほどに激変していた。

 

「ル……『神化(ルベド)』だ? ……んなもん、冗談じゃ……」

 

「あら、知っているの? 頭の中に浮かんだ言葉を言っただけなのに」

 

 ――翼を持った、竜人。

 黒髪だった頭は深紅に染まり、一対の曲がった角が生えている。手は爪が鋭くなり、腕は翼と一体化していた。赤い翼は鱗ではなく羽毛でできていて、ところどころ白い模様が混ざっており、まるで巫女の袖が変化したような印象を受ける。

 

「怒った所が見たいっていうから、お望み通り怒ってあげたわ。……これが私のマジギレよ。けーちゃんには二度と見せたくなかったから、人払いをしてくれて逆に感謝ね」

 

「――チィィッ!!」

 

 ネコのような縦長の瞳孔の右目が俺を睨む。左目は『なくなって』いた。その代わりに、人の眼の形をしていない、何か別の器官が存在した。

 赤い『裂け目』のようなものがホノカの左顔面には刻まれている。それは元々の左目の目尻のあたりから、こめかみにかけて斜めに走り、内側から炎を漏れ出させているのだ。

 

 ――それはまさしく、鬼の形相。

 俺は対手(あいて)から視線を離さず後退した。ホノカの新しい能力がわからない以上、先手を打つべきではないからだ。圧力に負けたわけではない――はずだ。

 

「へぇ、逃げるの? あれだけ私を欲しがったくせに、ちょっと顔がおっかなくなったぐらいで怖気づくの?」

 

「――はっ、そんなわけあるかよ。資料価値が上がって逆に助かるぐらいだぜ。

 『神化(ルベド)』に至った魔法使いを捕えれば、この俺は一気に近づける……! 夢へ! 権力の高みへ!」

 

「あっそ。そんな考え方しかできないのね?」

 

 ホノカは心の底から軽蔑したように息を吐くと、翼と一体化した手を胸の谷間に突っ込んだ。

 そこからお札の束を竜の爪でつまみ出す。

 

「『おっかなくなんかありません! その格好も素敵ですっ!』……って言う所でしょ? 律季くんならそう言ってくれるわよ?」

 

「……なに?」

 

 ホノカが火のついたお札の束を真上に飛ばす。勢いよく振り抜いた腕からは、赤熱した羽が同じく空に向けて飛び立った。

 お札は上空で散開し、五方向に向けて一気に加速する。――街を攻撃するために五体の傀儡(パペット)を配置していた場所へ向けて。数百の羽に追跡されるそのお札が、弾道ミサイルのごとく地面へ突き刺さった。

 

「祝福してあげるわ。天の炎で」

 

 ――街中から五本の火柱が上がる。轟音と衝撃があたりを包んだ。

 焼き切れた糸が俺の手に痛みを伝える。一瞬で五体すべての傀儡(パペット)との接続が絶えたのだ。

 

「さてと、次は本体(あなた)の番ね」

 

 おびただしい煙を背景に、ホノカは涼しい顔をしていた。右手の爪を赤熱させながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「――お、お前、自分が何をやったのかわかっているのか……!? 傀儡(パペット)の材料は人間であることを忘れたか! お前が今燃やした五体の中には、罪もない街の住人が入っていたんだぞ!」

 

「あなたに咎められる筋じゃない」

 

「……ふん、開き直ったか! 良心を捨てれば、この俺を上回れるとでも言うつもりか!?」

 

 操る対象がなくなったことで、糸が指へ再装填された。軌道も完全に自由になる。

 腕を勢いよく突き出すと、五本の糸が刃と化して降り注ぎ――そこにいたホノカの姿を、完全に素通りした。

 

(!? まただ……もしかして、実体化していないのか!?)

 

「言ったでしょ? 今の私は、『ただの炎』だって。

 もしその手で直接私に触れたとしても、支配下に置く事はできないわよ。逆にやけどをするだけ……『こんな風』にね」

 

「――ッ!? がああああああああああああ……ッ!!」

 

 ――糸から火が伝って来た。さらに手から炎が登ってきて、ついには俺の体中に回る。抵抗するヒマもないほど一瞬で火だるまにされた。

 だが服などは燃えていない。――それどころか、ほとんど痛みを感じない。それが逆に得体が知れず、恐ろしかった。

 

(……か、体中から、力が抜けていく……!?)

 

「私の炎は、『悪しき力』だけを燃やすわ。誰も殺すことはない。

 巻き込まれた被害者は決して死なせない。あなたのような悪人も、生かして罪を償わせるために死なせない。もちろん傀儡(パペット)の中の人も無事よ。『ガワ』だけ焼いたからね」

 

「――く、くそぉぉぉッ!!」

 

「!!」

 

 糸についた火をなんとか消そうと、苦し紛れに左、右の順で周囲を横に薙ぎ払った。

 最大射程20kmの糸は、距離が短いほどその強度を増す――ホノカを取り囲んでいたビルが、全て豆腐のごとく真っ二つに切断され、その瓦礫が上から音を立てて降り注いだ。

 

 俺はその隙に全力で離れた。

 そして反応できなかったホノカが、何十トンもの鉄筋コンクリートの下敷きになる様を見届ける。

 

「――はぁ……はぁっ……ざ、ざまあみやがれ……! おとなしく俺のモノになっておけば、せっかくのカラダをそんな墓の下に埋めずに済んだんだ!」

 

「……あなたの女になるのも、人生の墓場ってやつじゃない。まだ律季くんの奥さんになる方がマシな墓ね」

 

「!? ――ぐわぁッ!?」

 

 声がした次の瞬間、全ての瓦礫が吹き飛んだ。一拍遅れて強烈な風圧が叩きつけられ、俺の身体が宙に浮く。

 

「私のおっぱい揉むんじゃなかったの? ちょっと自分の身が危なくなったぐらいで簡単に諦めちゃうんだ? ――ま、その方が気が楽だけどね」

 

 ――気づけば、掴まれていた。

 巨大な赤い飛竜が、俺をわしづかみにして空高く飛んでいる。腕と一体化した翼は動いていない。新たに背中に炎でできた幻の翼を生やし、それを羽ばたかせているのだ。

 

「よく見なさい。あなたが壊したこの街を。――もしかしたらこれがあなたの最期の光景になるかもしれないからね。殺さないとは言ったけど、それは私がうまく手加減できればの話」

 

「や、やめろッ! 離せ……!!」

 

「何ビビってんのよ? これがあなたの言う、弱肉強食ってやつでしょ。これが『魔法使いの正しい人間関係』なんでしょ?

 私はそうは思わないけどね。やっぱり人には優しくするのが一番よ。暴力なんてサイテーだわ」

 

 高熱を帯びた竜の手が、俺をさらに強く締め付ける。

 言葉とは裏腹に容赦のない圧力で、体中の骨がメキメキと悲鳴を上げた。再び体に火が点き、魔力が猛スピードで消し飛ばされていく。

 

「ぐ、が、ァ゛ァァァァァ……!!!!」

 

「ふん、何がぐがーよ。律季くんならもっと面白いリアクションしてくれるわよ?

 こんな美少女にハグされてるんだから、もっと喜んだらどう? ちょっと痛いぐらいなによ」

 

 ――化け物、だ。

 激痛に朦朧とする意識の中で恐怖だけが明瞭だった。

 

 源形(アーキタイプ)とは、その人間の最も深い部分にある感情が力として現れたものだ。この俺の場合は『支配欲』、ホノカなら『親しい人を傷つけられる怒り』といったところか。凡百の魔法使いには決して手に入らない力だが、生まれつき我の強い人間ならば自然とそこまでたどり着ける。つまり『才能さえあれば』容易に至れる領域なのだ。

 だが『神化(ルベド)』は違う。それは単なる能力ではなく、魔法使い本人の『そうありたいと願う姿』そのものだ。源形(アーキタイプ)の基となる己の欲求を認識し、それ以外の自我を削ぎ落とすことでしかなれない姿。

 それを達成するためには当然苛烈な目的意識が必要になる。願望などという生易しいものではない。血反吐を吐くような執念だ。

 

「私ね、自分のためにはあんまり怒れないの。『ちゃんと』怒れるのは友達が傷つけられた時だけ。それでもユウマさんみたいな人が相手だと、どうしても甘さを捨てきれなかった。

 ――あなたが救いようのない悪党でよかった。おかげで本当の力の使い方がわかったわ。恐ろしい姿と引き換えでも、友達を守れるならかまわない」

 

 今、ホノカは人間をやめている。自分自身を『悪を滅ぼす』という機能で染め抜いて、一個の概念に昇華している。

 そうすることで源形(アーキタイプ)は『完成』する。それが『神化(ルベド)』だ。

 

 だが、自我を捨てて機能だけの存在になるなど、通常の人間の精神では到底不可能なこと。

 それを成さしめるのは――人知を超える凄まじい意思力だけ。後天的には決して得られない『神の域の精神』だけだ。

 

「自慢じゃないけどね、男の人を振るのは私、慣れてるの。昨日も一昨日もいくつも告白を断ったわ。――だけどね」

 

 ――ドガガガガガ……!!

 ホノカが竜の爪で俺を掴んで、ビルの壁面に押し付けながら猛スピードで降下した。そのままボロボロになった俺をアスファルトの上に無造作に投げ捨てる。

 

「……みんな『告白』をしてくれたの。あなたみたいに友達を人質にとって、不躾に『俺のものになれ』なんて言う人はいなかった。

 律季くんは確かにおかしな子だけど、それでも告白はちゃんとしてくれた。たとえおっぱい目当てだったとしても、最低限のマナーさえ守らないあなたよりは、彼の方が何百倍も立派よ。

 その彼をあなた、何て言った? 『借り物の力しか振るえない』……? えぇそうかもね。でもそれは誰だって同じ事よ。みんな『自分に足りない力』を、誰かに借りて、補い合っていくの。それこそがバディの意味じゃない」

 

「グ……グ……グ…………!!」

 

「――律季くんは私に、知恵と勇気を貸してくれたわ! 彼がいるから私は勝てる!

 人を利用する事しか知らないあなたとは、大違いよ!」

 

 上から値踏みされている。玩具でしかないはずの女に、この俺が値踏みされている……!

 全身が道路にめり込んだ痛みよりも、生まれて初めての屈辱をかみしめた。

 

「――このっ、メスガキがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「みんなに詫びろ、ゲス野郎」

 

「――あ」

 

 見上げた先では、ホノカが竜人形態に戻っていた。背中に顕現させた炎の翼を羽ばたかせて空中にとどまり、異形の左目で狙いを定めて、指鉄砲を構えている。

 指先には炎のエネルギーが蓄積され、凝縮されてまばゆい光に変わっていく。真正面から見たそれは輝く十字のように映った。

 

 

 

「『陽光銃(レイ・ガン)』」

 

 

 

 ホノカが指鉄砲を軽く跳ね上げた時――世界の全てが白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぐ……あ……な、なんだこれは……!? 『グラトニー・スーツ』が、防御できなかったのか……!?」

 

「薬も過ぎれば毒になる。受け入れられない量の回復力を無理やりぶちこまれれば、体がおかしくなって当たり前だ」

 

「『過剰回復』ってやつです。通常の攻撃が通じない相手には大抵これが効くんですよ」

 

 秋月先輩の魔力を帯びた一撃を喰らったマルスは、打たれた腹を抱えて悶え苦しんでいた。

 血は出ていないが、殴られた場所から謎の白煙が上がっているのだ。あまりの回復速度で肉体がオーバーヒートしている。

 

「そ、そんな知識をどこで得た!?」

 

「漫画で」

 

「しかしよく合わせてくれたね律季。さすが勘がいい」

 

「ダイの大冒険は全巻読んでるんでね……」

 

「――って、うぇぇっ!? ど、どうしたのそれ!?」

 

 ユウマさんが驚いたのは、俺の拳を見たからだ。

 ――白魔力にむしばまれ、表面がボロボロになった俺の拳を。とっさに強がったが、ちょっとでも動かすと悲鳴を上げてしまいそうなぐらい痛い。全身が震えて追撃もままならなかった。

 

「そ、そりゃあ……こうもなるでしょう。武器越しならどうか分かりませんが、自分自身の手に魔力を宿してるんですからね……はは、しばらくおっぱいが揉めないなこりゃ」

 

「笑いごとじゃないだろう!? だ、大丈夫だ、今おれが治して――」

 

「いや……ダメだと思うよ。その回復魔力のせいでこんな事になってるんだから……へたすると、悪化させるかも」

 

「……っ」

 

「だがそれは第十席(テンス)も同じだ。仮に薬を隠し持っていても、あのダメージを治す方法はない! 

 『グラトニー・スーツ』の防御もいまので解けた。トドメを刺せば、オレ達の勝ちだ!」

 

「――いいや……まだだ」

 

「!」

 

 苦しみながらもまだマルスの眼光は衰えていない。その手元でピストルが黒く光る。

 銃声がとどろくと同時に、レンさんたちが俺たちを抱えて飛んでいた。

 

「任務は必ず達成する――ロイ様がホノカを手に入れるまでお前らはここから出さない」

 

「く……なんだってんだよその執念は? まさかあんたも炎夏を狙ってるくちか? ロイのおこぼれにあずかろうとか考えて……」

 

「いいや、俺は女に興味がねぇ。ホノカを捕えても何かするつもりはない。

 ――単に失敗するのが怖いだけさ。俺は気の弱い小役人だからな。キャリアに傷をつけたくねぇんだよ」

 

「それだけであんな奴に味方をするってのか!? 違うな! あいつのバディな時点で、あんたもまともじゃねぇはずだ!」

 

「……おいおい、仮にも上司に向かってひどい言い草だな――ごふっ」

 

「もう違うッ!!」

 

 根っから反抗期のユウマさんが凄まじく生き生きとした顔で、拳銃に風魔法で応戦する。レンさんもその傍らで棒術と光の剣を振るっていた。

 敵だった時の脅威を知っている分味方になると心強いが――その二人を相手に、マルスは絶対防御に頼らない『素』の体術で渡り合っている。杖の魔法もほぼ使っていない。身体強化(スフォルツァート)で殴ったり避けたりしているだけだ。

 

 本来防御専門の魔法使いが、しかも吐血するほどのダメージを負いながら、いざ格闘戦をすればこの強さ。

 悪の爪(マーレブランケ)――こんなのがあと十人もいるというのか? 

 

「……じゃあへばってる場合じゃないよな。俺も行かないと……!」

 

「お、おい!?」

 

 秋月先輩は俺のために膝をついて、ボロボロになった手を握ってくれていた。

 ――暖かくて優しい感触の、女の子の掌だ。回復魔法は使っていないはずなのに本当に痛みが和らいでくる。

 

「大丈夫です。手はまだ一本残ってる。もう一度『過剰回復』で……!」

 

「やめろ! お前もう限界だろ! おれが代わりにやってやる!」

 

「ダメですよ――こんなエグイ戦い方は、『魔法少女』のやる事じゃないでしょ」

 

「……だから痛いのは全部自分で抱えこもうって? その危なっかしさ、炎夏(ホノー)にそっくりだ……!」

 

「はは、光栄ですね」

 

 炎夏さんに負担をかけないために命まで犠牲にしようとした人が、よく言う。

 だが事実と違う点が一つある――俺の場合、痛いだけではない。

 

「――くあっ!?♡ ふ、不意打ちで……♡」

 

「うっお……痛みも吹っ飛ぶこの柔らかさ。たまんねぇ……っ」(もみゅもみゅ……♡)

 

「や、やめろ! いやマジで! 両手とも使えなくなったら自衛もままならないだろ!?」

 

(おっぱい揉まれてるのに、真っ先に俺を心配とは……ホントいい人だな)

 

「――答えろッ! あんたの目的はなんだ!?」

 

「知識だよ」

 

「……知識?」

 

 ユウマさん達に加え、秋月先輩も怪訝そうな視線をマルスに向けた。

 俺にとっても意外な返答だ。

 

「テスト対策の勉強しかしない学生にはわからんだろうがな。大人になってから知識欲に目覚めると、そりゃあすごいんだぜ。勉強が楽しくてしょうがねぇ」

 

「分からないな。それとこの任務がどうつながってるんだ?」

 

「教国の軍隊は徹底した実力主義だ。功績を積めば出世し、失敗すれば落とされるのは、兵卒も悪の爪(マーレブランケ)も一緒なんだよ。成功を続ければいずれ頂点へ駆けあがれるが、一歩踏み外せば真っ逆さま。一つ一つの任務が大切なステップで、今回のもそのひとつだ。

 ロイ様はいずれ教国のトップになって、金や女や権力を意のままにしたがってる。そして俺は『知識』を得るために、あの人の野望を利用する。

 ロイ様がイルミナ教国の頂点までのし上がれば、バディである俺も手にできるはずなんだ――教国の『機密資料』の閲覧権を。つまり俺の知りたい情報ってのはそこにあるんだ。そこ以外にはありえない最高機密」

 

「……その、知りたいことってのは?」

 

「『魔法の力の起源』だよ」

 

 その時マルスの目に宿っていたのは、ロイのようなドロドロした欲望ではなかった。

 無邪気な輝き――まるで子供が、クリスマスプレゼントのカタログを見るような。

 

「お前らは知りたいと思わないのかよ? 自分の体の一部とも呼べるこの力について。少なくとも俺は知りたい。魔法のルーツについて興味を持たずにいられない。だが教国はそれにまつわる情報をなぜかひた隠しにしてる。だから教国の中枢に食い込む必要があったんだ。

 つまりすべては、そのための手段だ! 俺が兵隊になったのも、何年も努力して悪の爪(マーレブランケ)に加わったのも。――そして、ロイ様に加担して他人を破滅させる事だって同じだ! 全部、俺の夢の踏み台だ! 

 俺は夢を叶えるためなら、人が死んだって構わないと思っている! 自分を含めてだ!」

 

「……つまり、交渉の余地はないわけですね?」

 

 体が自然に立ち上がっていた。

 ボロボロになった右手を抑えるふりをして、残った左手の〝聖痕(スティグマータ)〟を起動する。手の甲に白い紋章が刻まれ、光が溜まっていった。

 

「正直興味がある話だし……真剣に夢を追う人は嫌いじゃない。敵でなければきっと応援していたでしょうね」

 

「誰であれ蹴落とすのが大人の男の夢ってもんだ。そしてガキに応援される筋でもない」

 

「俺は炎夏さんと結婚することが夢です」

 

「な……ッ!」

 

「それと、友達や先輩方(・・・)が楽しく暮らしてくれることも」

 

「「「……!!」」」

 

 一瞬眉を跳ね上げた秋月先輩が、次の俺の言葉を聴いて黙った。

 ユウマさんたちも瞳を震わせた。

 

「あなたとロイが勝てば俺の夢は叶わない。

 ――決めましょうか。俺とあなた、夢を叶えるのはどちらか」

 

「調子に乗るな。俺が負けてもまだロイ様がいるんだぜ?

 ……来いよリツキ。勝負してやる」

 

 俺は秋月先輩に流れ弾が当たらないよう位置をずらしながら、腰の方に拳を隠した。マルスは腰のあたりに銃を下げた早撃ちの姿勢を取る。くしくも同じ体勢になった。

 マルスが眼鏡の縁をひねると、右目を覆うガラスに緑の文字が裏返しで浮かんだ。ウェアラブル端末になっているようだ。時間でも見たのだろう。

 

「律季……あの銃は制式のオートだ。オレが数え間違ってなけりゃだが、マガジンにはもう……」

 

(……ちっ。しくじった、あと一発か。だがどっちみちこの距離じゃ、一発外したら次はねぇ。

 ――もうすぐ合流時刻だ。アサギリとコウノセはもう諦めよう。リツキの動きを止めたら、すかさずアキヅキをさらって離脱だな……)

 

「かわして殴ればお前の勝ちだ」

 

 耳元でささやくレンさんが良い声でさりげなくムチャぶりをしてきた。

 かわすって……ピストルの弾を? 自分の動体視力を基準に言わないでほしい。念力(サイコキネシス)でトリガーを引かれたら指の動きすら見えないし……。

 

 ――となるとやることは一つだ。先に動いて、不意を突く!

 

「喰らえ!」

 

「!!」

 

 跳びかかろうと体重を前にかけた瞬間、目の前の銃口が火を噴いた。反射的に体が左に動く。銃弾が俺の肩のあった所をすりぬけていった。

 

(よ、よけッ……見てから!?)

 

(自分でもびっくりだ! でもまずい……!)

 

 右手が使えない状態でとっさに左へ行ってしまったので、左手の攻撃が届かない。

 ――仕方なく力が入らない右手の『掌』でマルスの目を塞いだ。

 

「――っ!?」

 

(くぅっ、間に合え――『生本能の拳(リビドーナックル)』!)

 

「ごァッ!!?」

 

 妙な体勢で打ってしまったのでろくに腰も入っていないパンチだが、『過剰回復』の効果に支障はない。

 崩れ落ちるマルスに後ろで秋月先輩が「や……やった!」と喜ぶが――

 

 

 

「………………なんで?」

 

「!?」

 

 

 

 マルスは打たれた腹を抱えながらも、その痛みに悶絶するわけではなく、座り込んだまま俺を見上げて震えていた。さっきまであれほど強く意志を掲げていた男が、蛇に睨まれたカエルのような表情をしている。

 

「え……いや、なんでって、こっちの台詞ですけど」

 

「なん……で、おまえが? いや、なんで俺は今まで……シーラ様だって、なにも……」

 

(待てよ? もしかして――)

 

 気付かれないようにユウマさんに目配せをした。俺の意図を理解した彼女は、杖をマルスに向けてから、困惑したように首を振る。

 

「演技でごまかして逃げようとしてる……わけでもない。

 そもそも普通、格上の魔法使いは解析(ライブラ)できないもんなんだ。なのにボクでも心の中を見通せるってことは、精神が弱まってる証拠だ。こいつは今、『本気で律季のことを怖がってる』」

 

(……じゃあ、余計に意味がわからない。なにも命まで取るわけじゃないぞ……?)

 

「許せ。許せ。許してくれ。もうお前には二度と関わらない。『知ろうとしない(・・・・・・・)』――だから頼む、許してくれ……」

 

「な、なんなんですか一体。大丈夫ですか?」

 

「……ひッ……!!」

 

 まるで神に祈るように俺に向かって両手を合わせ、涙まで流して必死に許しを請うマルス。

 俺が半ば本気で心配して『手を伸ばした』とたん、マルスの瞳孔が拡大した。全身の震えが止まり、脱力する。

 

 ――気絶した。

 

「いやだからなんでだよ!?」

 

「……ま、マジで気絶してんぞ。何したんだ律季? よっぽど怖い顔したとか……?」

 

「してないしてない!! してても失神するわけないでしょ!?」

 

「だろうな。お前がにらめっこ王なんて話は調査の時にも聞かなかった」

 

「覇王色持ちだって話もね。ま、魔法使いならそういう能力があってもおかしくないけど」

 

 ボケか天然かわからないことを言いながら、レンさんとユウマさんは手早くマルスを拘束していく。グルーガンのような器具で胸のあたりに何かを打ち込んでから、うつぶせに寝かせて錠で手首を拘束した。

 

「て、手慣れてますね。なんですかそれ?」

 

「魔力を封じられる特殊な拘束具だ。まだ支給されてないみたいだが、フリーメイガスにもあるはずだぞ」

 

「キミに使う予定だったこいつらを、まさか自分の上司に使うことになるとはねぇ。本来の手順なら身ぐるみ剥がすとこだけど、武士の情けで遠慮してやろう」

 

「おっかねぇなお前ら……友達やめたくなってきたぞ」

 

「やめたら死んじゃうよ? ボクが」

 

「……おれが悪かったから、マジな顔するのやめろ。――ん? 空が夕焼けになってる」

 

「クリスタルの術者が失神して現世に帰ったんだ。

 よし螢視、ここはいい。――先に行って炎夏のやつを助けてやれ。それがお前のやりたかったことだろ?」

 

「――! わ、わかった! 行って来る……!」

 

「ボクが殴る分残しといてね!」

 

 




 『烈日の聖槍(ゾーネンランゼ・ヒンメルヴェーク)煉獄天使(プルガトリアン)

 天道炎夏の『神化(ルベド)』。飛竜・竜人・人型の三つの形態を持ち、飛行することができる。肉体自体が炎の幻像に変わるため、物理攻撃が通用しなくなる。
 放つ炎は本人が定めた攻撃対象のみを焼き、それ以外の者を巻き込んでも決して傷つけない。また、炎には焼いた敵の魔力を蒸発させて消す効果がある。
 総じて圧倒的な火力を誇るが、膨大な魔力量を持つ彼女にはまったく負担とならない。

 悪を裁く炎になる、私の役目はそれだけだ。
 炎の向く先は『彼』が知っている。『彼』が隣にいてくれるなら、私はもう迷わない。
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