水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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Intermission
聖女シーラと「リツキ・ミカガミ」


 

 

 

 

第九席(ナインス)ロイ・ストリンガーが敗れた。下手人は例のあの少年、『リツキ・ミカガミ』だ」

 

 

 

 逆U字型をした奇妙な机に、少年少女が集っていた。

 真っ先に言葉を発したのは、上座に姿勢よく座った純白のローブの少女だ。その声は大きくはなかったが、静かに部屋中に通った。フードの隙間からは青銀色の髪と、まだ鼻筋の通った凛々しい顔立ちがのぞいていた。

 

 ――シーラ・グレゴリオ。悪の爪(マーレブランケ)首席(ファースト)

 表舞台では、全世界4000万人のマナ教の信者から、絶大な崇拝を受ける『聖女』であり――夢界においては、教国の秘密軍隊『彗征軍(コメタリウス)』の総指令を務める。

 彼女こそは既存国家すべてを解体し、地球を足元に踏みしだかんとする教国軍の御旗そのもの。すなわち世界の大敵である。

 

「まさかの展開でしたね。元々敵を甘く見すぎる方でしたが、敗北は誰も予想していませんでした」

 

「……フリーメイガスも教国も、あの日はひっくり返ったものです」

 

 逆U字型をした机は、向かって左が上座、右が下座になっている。

 左側に座っているのはシーラ一人であるが、その対面には四名の魔法使いたちがいた。つまりここにいるのはわずか五人で、悪の爪(マーレブランケ)全メンバーの半分にも満たない。

 

 しかしそのことは誰も気にしていなかった。

 悪の爪(マーレブランケ)は極端な実力主義の組織だ。そのメンバーは年齢や職業にかかわりなく、魔法の才能のみを基準に世界中から選抜されている。ゆえに他の本業を持っている者も多く、イルミナ国籍さえ持っていない場合もある。特に今代のメンバーは他に本業を持っている者が多いため、スケジュールを合わせるのが難しいのである。だから全員が一度に揃うことはまずない。

 たとえばオフィリア・グレイスは世界的に有名な歌手で、ノーツ・ライトイヤーはそのマネージャー兼グループのメンバーだ。ダン・シナバーも普段はとある会社で役職を務めており、ティリス・フランベルジュは彼の護衛兼世話役である。

 リーダーたるシーラでさえ表の顔は聖職者だ。つまりこの中に職業軍人は一人もいないのである。

 

「……そもそもロイは、練度も士気もほかのメンバーには遠く及びませんでした。能力の特性がたまたま評価されて滑り込めただけの輩。第九席になれたのだって、先代が定年で退いて繰り上げられたにすぎなかった。

 今回の顛末にしても、格下相手に調子に乗ったせいで、バディを道連れに自滅したという話ではありませんか。おまけにあんな騒ぎを起こして魔法の力を衆目のもとにさらすとは論外」

 

 辛辣に語る第十一席ダン・シナバーは、筋骨隆々の中年男性の姿をしていた。

 酸いも甘いもかみ分けた厳めしい顔つきが特徴的だ。その体格にふさわしい巨大な椅子は、剣や刃物を模した大量の彫刻がびっしりと施されており、さながら剣山のような様相を呈している。

 

「おまけにバディ共々敵の手に落ちて、ユウマとレンという優秀な魔法使いを敵に回す失態まで演じた。あんな奴の何を今さら論ずるというのです? シーラ様」

 

 第八席ノーツ・ライトイヤーもダンに同調する。

 彼はダンとは違い、高校生ぐらいの年頃の少年だ。痩せて小柄な体つきは病弱さを感じさせるが、口調は堂々としていて知性的だった。

 その目から耳にかけて大きなバイザーが覆い、表情をわからなくしている。それは教国の魔導科学によって作られた最新のマシンであり、ソナーのように感知した音声の反響を視覚情報に変換することで、生来盲目の彼に瞳を与えるものだ。

 

「議題はロイ個人についてではない。あいつとマルスが抜けたことによる損害と、下手人であるリツキへの対策についてだ」

 

 ダンとノーツが同僚をあしざまに罵るのを、シーラは一切とがめない。『自分が一番文句を言いたいわ』と表情が語っている。

 健在だったころのロイは、同僚である悪の爪(マーレブランケ)の女性陣にもちょっかいを出しており、おかげでここにいる全員から多かれ少なかれ恨みを買っていた。特にシーラは、単なる色欲に加えて『権力欲』という下心をも向けられていたので不快感は半端ではなかった。それでも役に立つからと許容していたものを、予期せぬタイミングで出戦したあげく敗れたロイに対し、シーラは内心はらわたが煮えくり返っている。

 報告を受けた日のシーラは怒りをおさめるために、同僚を付き合わせてヤケ食いをしたので、そのことはここにいる全員が知っていた。

 

「ダンがいま言った通り、ロイの能力は極めて有用だった。

 我らが世界征服戦争計画は二段階に分けられる。すなわち、フリーメイガス所属全魔法使いの駆逐という第一段階、邪魔者が消えた後に旧世界の国家政府を一掃し、我々の支配権を打ち立てるという第二段階にだ。

 強固な精神支配能力を持つロイは、特にこの第二段階において役に立つはずだった。たとえば大国の首脳を操らせれば、我々への支配権力の移行がスムーズに行えるからだ。マルスの護衛付きという前提ではあるがな。

 ロイには、そういう我々にできない仕事ができた。奴もまた、教国にとってまぎれもない必要な人材だったのだ。それが今回欠けてしまった」

 

「……くそっ。あいつ一人の失敗でずいぶん祟られたものだ。戦略まで見直すハメになるとは……」

 

「やったのはリツキ・ミカガミだ。我々に損害を与えたのはリツキだ。そこを誤るな。

 たとえ戦闘面では最弱といえど、ロイとマルスも悪の爪(マーレブランケ)として認められた男たちだ。ロイには多くの非があったが、それだけで負けるほどやわではない。そこいらの魔法使いなら何百人かかっても相手にならない程度には、奴も強かったのだ」

 

「……つまり我々は、認識を改めるべきであると?」

 

「そうだ。――ロイが敗れた理由が、慢心や偶然のせいであると考えてはならん。そう考えること自体が慢心になり、ひいては我々自身の敗因にもつながるだろう。

 リツキは曲がりなりにも悪魔の二指をへしり折った男だ。最大の警戒をもってあたらねば、今度は我々がロイと同じ轍を踏むことになるぞ。現状でさえ彼は、我々の世界戦略に大幅な変更を迫っているのだ」

 

「――しかし、実際にロイを下したのは、リツキではなくそのバディです。警戒すべきは彼女のほうでは?」

 

「……ああ、ホノカ・テンドウだな」

 

「あのドラゴンの子? つよくておっきかったよね」

 

 とんちんかんな感想を言ったのは、第七席オフィリア・グレイスだ。

 彼女はこの中でも最も異彩を放つ外見の持ち主である。と言っても、容姿に問題があるわけではない。――ど真ん中に大穴が開いた灰色の岩盤のような、異様なデザインのマスクを頭にかぶって、顔をすっぽりと覆っているのだ。

 しかしその奥から発せられる口調は、とても間が抜けていてとぼけている。声色も子鳥の囀りのように耳に心地いい。そのことがファッションの不気味さを余計に際立たせていた。

 

「ふああああ~~~~~~……ノート、おなかすいた。なんかないかな?」

 

「はい」

 

「ぱくっ。ん~~~~~♪ アポ〇のおいしさは人類を飛躍させるよ」

 

「(#^ω^)……いつものことだが貴様、本当に興味がないな……」←シーラ

 

 食べ物をねだられたノーツは、これあるを見越していたかのようにチョコレートの箱を差し出した。オフィリアはすかさずマスクを外し、ストロベリーチョコを口に放り込む。するとノーツとちょうど同年代の、儚げな印象のある色白の美少女の顔が現れた。

 おどろおどろしいマスクをつけた顔が、ほっぺたを抑えてうれしそうに震えている。その様を見てシーラもプルプルしていた。怒りで。

 

「おや、シーラちゃんも食べたいのかな?

 いろいろあるから好きなの取っていいよ。ファンのみんなからもらったやつだから、二人じゃ食べきれないんだ」

 

「……貴様アタシを餌付けするつもりか? おやつの時間はまだ先だ」(ひょいっ)

 

「って言いながら取ってるではないですか」

 

「シーラちゃんのそういうちゃっかりしてるとこ、フィーはわりと好きだよ」

 

「あの、聖女様……」

 

「ああ、すまないティリス。話を戻すが――たしかにホノカの力は侮れない。火力だけならそれこそ我々のレベルに達していると言えるし、いまだに底が見えていない。ティリスはその目で実際に姿を見ているから、その脅威がわかるはずだ」

 

 末席(トゥエルフス)ティリス・フランベルジュは、無言でシーラの目を見据えてこくりとうなずいた。

 しかしその表情に『ホノカ』への恐怖はない。油断はしないが敗れもしないという確信の宿った瞳だった。それは獲物を見定める隼の目に似ていた。

 

 シーラは思った。――うーむ、こいつやっぱり顔がいいな。――

 ティリスは黒髪のポニーテールに切れ長の吊り目、長身の体躯を持つ硬質の美女だ。他意はないにしろ彼女に真正面から凝視されたことで、シーラは少々ドキドキしていた。

 

「しかし見逃してはならないのは、彼女はついこの間まで、一介の『狩人』に過ぎなかったという事実だ。彼女がはじめて対人戦を経験したのは、我々が放った『狩人狩り』との交戦時だが、その時は苦戦したと聞いている。

 たった三週間前までその程度の魔法使いだった彼女が、いまや悪の爪(マーレブランケ)第九席(ナインス)を正面から下すほどに成長した。――リツキと関わった途端の急成長だ。

 こちらでも彼女のことを分析してみたのだが、どうも強さが精神状態に大きく左右されるというか、好調時と不調時でムラが多い性質らしい。能力はあるが自信がないせいで本領を発揮しにくいタイプだな。その彼女が神化(ルベド)にまで至ったのは、おそらくリツキという精神的支柱を得たことで一皮むけたせいだろう。

 今のホノカはたしかに侮れん強敵だが――彼女にそれだけの成長を促したのはリツキだ。奴は、ただ存在しているだけで想定外の事象を引き起こす」

 

「ダンくんとテリィにもこれあげるね。二人だけあげないのはかわいそう」

 

「これはどうも。ほら、ティリス」

 

「いやそんな、ダン様――あっこれ、ひょっとして、あの店の名物ではないですか……?」

 

「うちのがちょうどほしがってたんです。ありがとうございます」

 

「それは重畳だよ」

 

「オフィリア貴様、いちいちお菓子の話をしないと死ぬのか!?」

 

「シーラちゃんとテリィのおつむがよすぎて、話についていけないよ。フィーなりの現実逃避だよ」

 

「あぁもう、じゃああとでかみ砕いてもう一回話してやる! 今は真面目にしててくれ!」

 

 オフィリアは同僚や友達をあだ名で呼ぶくせがある。『ノート』がノーツ、『テリィ』がティリス。一人称も『フィー』だ。

 かといって、捻りなく呼ばれているシーラとダンがオフィリアと距離があるかというとそんなこともない。単純にオフィリアが二人のあだ名を思いつかなかっただけだ。実は一度シーラを『シーちん』と呼ぶ計画も持ち上がったが、本人に「人をツナ缶みたいに言うな!」と断固拒否された次第だ。

 

 

 

「ただ――たしかに口で説明しても奴の異常性は伝わりにくいかもしれん。だから、証拠を用意した。

 これを見れば一目でわかるだろう。悪の爪(マーレブランケ)トップであるこのアタシでさえ、リツキを恐れる理由がな」

 

 

 

 シーラは卓上にあったリモコンを手に取り、スイッチを押す。

 すると天井からモニターが垂れ下がり、大量の記録映像のアイコンがそこに表示された。その中のとある日付をシーラが選んで、上映を始める。

 映し出されたのは、真っ暗な夜空の下に広がる、明かりも人っ気もない街の風景だ。とあるビルの上にだけ、五つの影が集っている。

 椅子に座って読書をする男と、そのそばに控える黒い怪物。二人に相対しているのは、オレンジ色の髪と、コーヒー色の髪、銀髪の頭をした人影だ。

 

「――これは、マルス・アーヴァインが展開したルームクリスタル内の映像だ。

 我々の送り込んだ戦闘員が四名とも帰らなかったため、本来ならこの戦闘の経過がわからなくなるところだったのだが――ティリスが連れて行った偵察機が、一機だけ空間内にもぐりこむことに成功したのだ」

 

「そうなの? テリィ、お手柄?」

 

「ああ。ティリスがこれを撮ってくれたおかげで実に重要な情報が手に入った。大きな功績だ」

 

「は、はぁ……ありがたきお言葉です」

 

 ティリスは顔を真っ赤にして縮こまる。

 彼女はその大柄な図体に見合わず、とても謙虚な性格だった。

 

「リツキ・ミカガミの能力『生本能の拳(リビドーナックル)』は、魔法使いの歴史にも例のない性質を持っている。

 すなわち、自分と異なる属性魔力を持つ魔女に対して、その――ん゛んっ! とある行為(・・・・・)をすることで、一時的にその魔力を行使できるという特性だ」

 

「おっぱい触るんだよね」

 

「みなまで言わんでいい! ――で、皆も知っての通り、魔力の属性というのは、個人が二つ以上持つことはあり得ない。

 たとえば炎の使い手なら使えるのは炎だけだ。風や雷などほかの属性を持つ魔法を操ることはできない。――なぜなら魔法の属性とは、いわばその魔法使いの心の色。精神そのものの性質に基づくものだからだ。一人の人間が心を二つ持つことができない以上、二つ以上の属性魔力を操ることはできない。それが魔法の――人間にとっての絶対のルールだ」

 

「……しかしリツキ・ミカガミの能力は、そのルールを破ることができた」

 

「その点に関して、我々の今までの見解としては、律季の能力の特性が『他者の属性魔力を扱う事』一点にあるからだ、というものだった。

 『生本能の拳(リビドーナックル)』には、属性魔力のコピー以外には目立った特性がない。強いて言えば打撃力の強化だけだ。リツキがバディであるホノカに極端に依存しているからそういう能力になったのであり、ルール違反を起こせるのも相手がホノカだからだ、というのが我々の推測だった。しかし――今回、その理論が覆された」

 

 静かにリモコンを持ち上げてスイッチを押すシーラ。

 すると、皆が見上げる大画面に現れたのは――

 

 

 

『――やぁぁっ♡ んぅぅ……♡ このっ、なに、してぇっ……♡』

 

 

 

「ふぇ……?」「む……」「なァっ!?」「ッ……げほっ、ごほっ!?」

 

 魔法少女衣装になった螢視が、律季に胸をいじくられて乱れている現場であった。

 真剣な雰囲気だった室内に、突然艶っぽい喘ぎ声が大音量で流れ、シーラ以外の全員が硬直する。お菓子をかじっていたティリスなどは思い切りむせてしまった。

 

「……こ、これは……ずいぶんと近くで撮れたものですね。指の動きまではっきりと……」

 

 盲目のはずのノーツが映像を見ることができるのは、同時進行で彼のバイザー端末に、聴覚情報に変換された映像データが転送されているからだ。

 そんな相方を、オフィリアは腕を組んで横目で見る。マスク越しでも表情がわかるほど不機嫌な雰囲気だった。

 

「……食いつきすぎ。私はノートをそんな子に育てた覚えはないよ。そんなに大きいおっぱいが好きかな?」

 

「自分は断然貧乳派だッ! ……ってそうじゃない! ――シ、シーラ様、いったいなぜこのようなものを……」

 

「だからさっき言っただろう。リツキはこうやって能力を発動させると」

 

「――えっ? ……あっ、ああ~~、なるほど、そういう……。自分はてっきり、指先でちょこっと触れればいいものだと……」

 

「で、大事なのはここからだ。目のやり場に困るのはわかるが、ダンもよく見ておけ」

 

 そう言うシーラもなにやら姿勢が硬い。椅子の肘置きを握りしめ、足は軽く貧乏ゆすりしており、居心地の悪さがローブ越しでもはっきり伝わってくる。

 物々しい雰囲気の会議室に流れる、見知らぬ女の子の痴態と嬌声。マスクをしているオフィリアは表情がわからないが、顎をしきりに撫で、「……むう……なっ……おぉぉぉ……」という独り言を漏らしている。ティリスは真っ赤な顔をしながら腹を抑えるように腕を組み、瞳孔の開いた目で画面を見上げた。ダンにいたっては直視できずに目をそらし、焦点の合わない視界の端で映像を見ている。

 

『や、やめっ――ふぁぁぁぁぁぁぁンっ♡♡♡♡』

 

『〝聖痕(スティグマータ)〟!』

 

「――なにっ!?」

 

 螢視が絶頂に達し、律季の手の甲に紋章型の光が灯る。それを目の当たりにした瞬間、所在なさげにしていたダンが思わず立ち上がった。

 続けて流れるのは、白い光を帯びた回復魔力を拳にまとわせてマルスを殴りつけ、地に叩き伏せる律季の姿。弛緩しかけた空気が、一度に真剣味を帯びた。

 

「過剰な回復魔力は人体を破壊する。そしてそれによる攻撃は、マルスの絶対防御をも貫くことができる……。この二点もまた驚くべき発見だが、いま重要なのはそれではない。

 リツキは回復術師として覚醒したケイジ・アキヅキの魔力を、『生本能の拳(リビドーナックル)』を介して扱った。つまり奴は、ホノカ以外の者からも魔力を借り受けることができる」

 

「……そ、それでは、奴の能力は一体なんなのです? 相手がバディだからこそ起こせる奇跡という話ではなかったのですか?」

 

「ひとつは、相手が誰でも発動させられる可能性。もうひとつは、ケイジ・アキヅキもリツキのバディになった可能性。対象がバディ限定という縛りがあるのならこういうことになるが、その場合もリツキは二人以上バディを持てる体質ということになる。どちらの可能性にしろ、絶対にありえないはずのことだ。

 これこそアタシが奴を恐怖する理由だ。リツキは魔法使いすべてにとっての絶対原則を無視する。肝心の源形(アーキタイプ)こそ、現状では『借り物の力』をふるう能力に過ぎないが、なにか末恐ろしいものを感じるのだ。実は本領が別にあって、リツキ自身がそれに気づいていないのではないか……とな。

 ――何を起こすか予想できない相手ほど怖いものはない。これ以上成長を遂げぬうちに叩かねばならんのだ。そして奴を殺せるのは、今や我々悪の爪(マーレブランケ)しかいない」

 

「……ねぇ、シーラちゃん、フィーはちょっと思ったんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

「リッチーの能力って、相手が誰でもいいかもしれないんだよね?」

 

「リ、リッチー……?」

 

「……それがリツキの事でいいなら、そういうことになるな」

 

「――ってことはだよ、ひょっとしたら敵の女の子のおっぱいでも発動できるのかな? 

 たとえば、フィーとかテリィのおっぱいでもさ」

 

「「――!!!!!」」

 

 オフィリアが何気なく思い付きを話した瞬間、ノーツとダンの全身に尋常ならざる殺気がみなぎった。

 映像に映っていた『リツキ・ミカガミ』の魔の手が、己のバディに及び、いやらしくもてあそばれる光景を思い浮かべたのだ。

 

「ど、どうなのだろうな……? アタシも考えてなかったが、検証したわけじゃないからその可能性もなくはないな。ケイジの例を見るに、相手の合意がなくてもあの力は発動するようだし……」

 

「その前に自分が止めます。フィーにそんな真似をしようとしたら殺すだけでは済ませません。四肢を刻んで肉食魔獣の群れに放り込みます」

 

「……もっとも、ユウマ・コウノセに対して『それ』を試みた記録がなかったので、その可能性はないと思いますが――万が一ウチのティリスの体を触ったら、こいつの九族まで凌遅刑だナ……」

 

「フィーもテリィも揉むほどないし、肋骨ゴリゴリってされるだけじゃないかな。シーラちゃんはおっきいから心配だけどね」

 

「そういう問題か?」

 

「――おやおや? 余のことは心配してくれないのかな? オフィリア」

 

 オフィリアの頭をくしゃりと撫でる白く細い手。

 どこからともなく現れた大人の美女が、彼女の椅子の後ろに立っていた。

 

 

 

「――貴様を呼んだ覚えはないぞ、アスタロス」

 

「重要な話なら、猶更余も聞くべきじゃないの? 聖女様。

 いくら末席とはいえ、余も『支配の右手』の一指には違いないのだから」

 

 

 

 ――悪の爪(マーレブランケ)第六席(シックス)、アスタロス。異名『魔性の王花』。

 白銀のロングヘア、血の色をした縦長の瞳、漆黒のマントと、吸血鬼そのものの特徴をした妖女だ。堂々たる長身をした20代前半の若々しい外見は、嗅覚に訴えるほど強烈な色香を漂わせているが――なんといっても目立つのは、怜悧な印象に見合わぬ爆乳だ。収縮色である黒ずくめの衣装をも余裕で貫通するほどのサイズ。なんと我儘なバストであろうか。

 妖艶な笑顔をたたえながらも、少しむくれた気配がある。オフィリアたちがいるのに自分だけ召集されていないことに対して、彼女は不満だった。

 そんなアスタロスを見て、シーラは「やれやれ」とばかりに頬杖をついて鼻で息をする。オフィリアやノーツは驚いた風でもなく、当然のように彼女の出現を受け入れていた。

 

「あれ、アスタちゃん? 寝坊しちゃったんじゃなかったんだ。じゃあこれでいつメンだね」

 

「そうでしょ? やはり余がいなきゃ始まらないわよね」

 

「加わりたいなら早く座れ。始まらないどころか、貴様のせいで会議を中断しておるのだ」

 

「邪魔者みたいに扱わないでよ。提案があるからわざわざ声をかけてあげたのに」

 

「――提案?」

 

「つまり――次のリツキくんのお相手を、余が務めてやろうという提案よ。

 皆が言っていた通りの展開になって、彼が余の乳を揉もうと狙ってくるなら、向こうからこちらの術中(・・・・・・)に飛び込んでくるようなものじゃない。

 前から気にはなってたんだけど、ロイとマルスを倒したと聞いてからがぜん興味がわいたの。――彼はとっても魅力的(おいしそう)。他の誰かに殺されるより先に、余の餌にしてやりたいわ」

 

 椅子ではなく卓上の、ノーツとダンの間に空いた空白にアスタロスは腰かけ、ヒールをはいた長い脚を組んだ。

 画面に映る律季を見ながら、純白の髪を撫でつけ、ピンク色の牡丹の髪飾りをいじくる。

 

「お行儀が悪いよアスタちゃん。ここはみんなの食卓だよ」

 

「食卓ちゃうわ。過去数百年間、ここで飲食したのは貴様だけだぞフィー。

 ……しかし、まあ、案の定だなアスタロス。貴様は絶対にそう言うと思ったから、あえて呼ばなかったのに」

 

「……? どういう意味よ聖女様?」

 

「実を言うと、アタシも貴様と同じ作戦を考えていたんだ。リツキという男の性格上、色仕掛けはとても有効な手だろうからな。相手がアスタロスなら猶更だ」

 

「おや、お褒めいただき感謝するわ。でもそれが事実よ。あんな巨乳好きの童貞男子なんて、10秒で虜にする自信がある。

 ――というか、『おっぱい揉ませてあげるから負けて』って言うだけでも、ノコノコ乗るかもしれないわね。この様子じゃ」

 

「……なるほど、やりかねん」

 

 女体化した螢視の乳を揉む律季のキラキラ輝く表情を見上げて、ダンはしみじみ言った。

 この屈託のない目ときたらない。サンタさんからプレゼントを貰った五歳児でもこんなに喜ばないだろう。戦闘中とはとても思えなかった。

 

「だからアタシも、貴様の言う事はよくわかる――しかし、貴様一人にリツキの処遇をゆだねる事はもはや出来ぬのだ。

 奴をどう処すかについては、すでにお母さま(・・・・)が決定を下されたゆえにな」

 

「――! 教皇猊下が、ですか?」

 

 悪の爪(マーレブランケ)首席(ファースト)。『皇女』。『聖女』。

 シーラ・グレゴリオの持つそれらの肩書は飾りではない。まぎれもなく彼女は、軍事・政事・祭事すべてにおけるイルミナ教国の最高権威であり、魔法使いすべてが仰ぎ見る絶対者だ。

 教国内で彼女の意思をしのぐ存在は、もはやただ一人があるのみ。すなわちシーラの母にして、宗教指導者を兼任するイルミナ教国の国家元首――ステオルファー・グレゴリオ教皇だ。

 

「リツキ・ミカガミの脅威評価を改め、彼の扱いを『捕獲対象』から『抹殺対象』に切り替える。

 よって今後は、リツキに対し生け捕りや篭絡を試みることは許されない。彼と相対した際には、確実に殺害することを最優先とした行動をとれ――とのことだ」

 

「……殺害……ですか?」

 

 ティリスの声には明らかな抵抗感がある。

 ふりかかる火の粉を払っていただけで、これといった罪を犯していない少年を、自分たちの都合だけで殺めることへの嫌悪感。そしてそれ以上に、理に合わない(・・・・・・)という困惑があった。

 律季を生かしたまま捕えて『生本能の拳(リビドーナックル)』を詳しく研究し、魔法使いを縛るルールを破る方法を見つける――もともとはそういう話だったはずだ。確かに殺すのは生け捕りよりも簡単だが、律季の能力に秘められた貴重な情報は、永遠に手に入らなくなってしまう。

 

「リツキの秘密はフリーメイガスも知りたいはずだ。彼をいつまでも敵の手に置いておけば、我々の知らない魔法の秘奥を向こうに掴まれる事態もありえる。そうなれば我々の武器の一つである情報優位にひびが入る。

 そもそも我々は世界を相手に戦いを挑む身なのだ。地上の覇権と魔法の秘儀、二兎を追えるほどの余裕はない。魔法の奥義をきわめるのは世界を取ってからでも遅くない。

 リツキ・ミカガミは我々にとって恐怖そのもの。存在してはならぬ『パンドラの箱』なのだ。一秒でも早く叩き潰して、抱える秘密もろとも闇に葬り去らねばならぬ。彼の秘密を知りたいという欲求に負ければ、奈落へ誘われると心得よ」

 

「「……」」

 

「――以上がお母様の言葉だ。それは当然、我々|悪の爪(マーレブランケ)にとっての絶対決定事項でもある」

 

 シーラの形式的な言葉は、彼女自身もまた仲間たちと同じように、(ステオルファー)の考えに納得していないことを示していた。

 

「異論はないな? では、具体的な計画を伝える。

 ――我々の目的は、少しでも早くリツキを殺すことだ。だが、こちらから現世にいるリツキを襲撃することはできない。地上で再び戦闘をやらかせば、今度こそ収拾のつかない騒動になる恐れが高い。こちらとしても手加減するわけにはいかないため、なおさら余波は派手なものとなる」

 

「……それでは、リツキとの戦闘は夢界において行うと? 我々は待ち構えるのみ、ということですか? わざわざ自分からここへ来て危険を冒す理由は、リツキにはないはずですが」

 

「理由ならある。我々がリツキを生かしておく気がない以上、リツキが生きる道は我々全員を殺すことしかない。そのことは向こうも承知しているようだ。リツキはホノカと一緒に、先日ヴィトに入隊した。

 これは明らかな挑戦である。リツキは、我々の総攻撃を受けて立つつもりのようだ」

 

「――! では」

 

「ああ――奴は近いうちに必ず、ここ夢界へ来る。我々のホームグラウンドたるここへだ。我々は万全の準備をしてそれを待ち構え、リツキおよびホノカを討ち取る。

 我々は以後、この作戦を『ソロモンの鍵作戦』と呼称。また本作戦は悪の爪(マーレブランケ)を含めた彗征軍(コメタリウス)の総員をもって遂行するものとする。

 なんとしても大局の前にリツキ・ミカガミを討ち取る。これは我々にとって『先代聖女捜索』以上の最優先事項だ。失敗は選択肢にない。

 

 本来予定されていたヴィトへの大規模攻撃(・・・・・・・・・・)には、第五席(フィフス)より第八席(エイス)、および首席(ファースト)のみであたる。

 第十一席(イレブンス)ダン・シナバー、ならびに末席(トゥエルフス)ティリス・フランベルジュはただちに日本に入り、リツキの身辺を監視しつつ次の指令を待て。

 ――おのおの任務を果たし、またここで会おう。解散!」

 

 

 





 【 Malebranche ―― 9/12 】

I:Sheila Gregorio
II:Reign Gregorio(Runaway)
III:?????
IV:?????
V:?????
VI:Astaroth
VII:Ophelia Grace
VIII:Nauts Lightyear
IX:Roy Stringer(Defeated)
X:Mars Irvine (Defeated)
XI:Dan Cinnabar
XII:Tyris Flamberge


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