水鏡律季と爆乳魔女 ~ハングリー・フォー・バスト~   作:黄緑信号

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9. 炎夏は覚悟を求められる

 

 

 

SSS(シークレット・ソーサリー・サービス)。……イルミナ教国のスパイ部門!?)

 

「バカな……実在していたのか!? ――『ボクっ子属性』……!」

 

「そこじゃないでしょ!?」

 

「どんな天然ボケだよ……」

 

 呆れながら、朝霧レンと名乗った銀髪の少年が高台から飛び降りてきた。手にした細長い棍棒を回転させながら。

 ――やはり棒術使いだ。ステップで後ろに回り込み、容赦なく打ちかかって来る。

 

(まずい! 『烈日の(ゾーネンランゼ)』……)

 

身体強化(スフォルツァート)

 

 制服の上にマントを羽織った水鏡くんが地面を蹴る。

 レンの棍棒が、『生本能の拳(リビドーナックル)』の手の甲に受け止められていた。

 

「え……!?」

 

「……ほー。なるほどねぇ」

 

「いきなりですね。逮捕するんじゃなかったんですか?」

 

「お前が抵抗しなければ、この一撃でカタがついてた。

 ――黙って捕まってくれないなら、殴って黙らせるしかねえだろ?」

 

「――こ、このッ!」

 

 『聖炎符』を胸の谷間から取り出し、投げつけた。

 射線上には水鏡くんがいる――高い火力は設定できない。あくまでも牽制球だ。

 

「おっ……と」

 

「! ダメです先輩、俺に遠慮なんかしないで!」

 

「そ、そんな事言われても……!」(ていうか、それも分かるの……!?)

 

「おいおい。仲間割れかい? ――ボクだっているのにさ。それ、喰らいなよ!」

 

 ユウマがこちらに杖を向けた。私たちが持っている物とは違い、長さのあるロッドタイプの杖だ。先端には増幅器の役割を果たす、緑色をした宝石が埋め込まれている。

 しかし照準は――私では、ない? 

 

「『嵐の刃(ストームブレード)』」

 

「水鏡くん! 避けて!」

 

「――レン、合わせろ」

 

「当然だ」

 

「――! がはぁッ!!」

 

 不可視の風の刃がユウマの杖から放たれた。私は『聖槍』を振ってそれをかき消したが、いくつかは生きて炎を破る。

 それを避けようとした水鏡くんの先に、レンが回り込んでいた。連携だ。脇腹に一撃を打ち込まれ、水鏡くんはうめきを上げた。

 

「やめなさい! 私を狙えばいいでしょ!」

 

「違うね。ボクらの標的は君ではない。水鏡律季を狙うように指令を受けている」

 

「……なんですって? 俺を……?」

 

「先日お前たちに接触した『狩人狩り』の情報だ。水鏡律季が天道炎夏の炎魔力をコピーして、行使していた――とな。俺たちは、その秘密について調べるように命令されている。だからお前を拘束するんだ。

 他者から魔力を借りるなんて能力は、教国にも前例すらない。一体どうやってそんなことをした?」

 

「――どうやって、と言われても……」

 

「あー、えっと、その……」

 

 「「――し、知らない……です」」と声が揃う。

 真面目な顔で聞かれているせいで、なおさら言えなかった。『おっぱい揉ませたら魔力を貸せます』なんて――私が彼らの立場だったら、ヘタな冗談だと怒るかもしれない。私たち自身だって困惑しているのだから。

 

「……? なんでモジモジする……」

 

「ま、とぼけるならとぼけるでいいよ。さらっちゃえば済むことさ……!」

 

「――くっ……!」

 

「わっ!?」

 

「逃げてもムダだよ――『ルームクリスタル』!」

 

 水鏡くんを抱えて下り階段へ滑り込んだ。逃げたわけではない。炎の拡散をなくすために閉所に行った方が有利だと判断したのだ。

 ユウマが視界から消える間際、ポケットから透明の結晶を取り出して握りつぶすのが見えた。

 

(なんなんだ? しかも、あまり下りすぎると人目がある。決めるならここで決めなくては――!)

 

「……! 先輩、妙じゃありませんか?」

 

「なにが?」

 

「下から全然音がしません。昼休みだっていうのに……」

 

 ――本当だ。話し声も足音も一切しない。吹き抜けの校舎だから、休み時間はいつもうるさいぐらい響くのに。

 「解析(ライブラ)」とつぶやき、水鏡くんが階下に向けて杖を一振りする。

 

「……嘘だろ? 誰もいない(・・・・・)……」

 

「え!?」

 

「そのとーり。これが教国の新兵器。対象を異空間の檻に閉じ込める、『ルームクリスタル』だ。今のボクらは現実をコピーした空間にいるだけで、校舎は本物じゃないし生徒もいない。

 ――つまり邪魔者がいなくなったってわけだ。さ、遠慮なく来てみろよ」

 

「言われなくても……!!」

 

 だったら有利になるのはこっちだ。

 火炎による面攻撃が得意な私にとって、屋内は屋外より有利なフィールド。誰かに見られたり人を巻き込む恐れがないなら、全開で行ける。

 

「『太陽柱の構え(サンピラースタンス)』!」

 

「――! ……ヒュー、大した火力だ」

 

 ためを作って槍を突き出し、穂先から光線を放った。

 その反動で私は退き、上半身だけの最低限の動きでそれをかわしたユウマが冷や汗を浮かべる。

 

「なるほど、引き撃ちですか……賛成です」

 

「君は後ろに隠れてて! 危ないわ」

 

「フン、うぬぼれんな。自分一人でボクらに勝つ気?」

 

 茶髪のボブカットの美少女が、毒気に満ち溢れた表情でそんな事を言う。

 銀髪赤目で仏頂面のレンは、その言葉に合わせて棍棒をバディに向けた。ユウマの杖がこつんとぶつかり、つむじ風がレンの獲物にまとわりつく。

 

「え……!?」

 

(まさか――)

 

嵐の刃(ストームブレード)!」

 

 レンが棍棒を高く掲げ、振り下ろす。まとわりついた風が真空波となって飛来した。

 二人で悲鳴を上げて階段の下へ飛び降り、廊下に出る。攻撃を受けた壁が切り裂かれ、断熱材まで露出していた。

 

「ちょっとぉー!? 話が違うじゃないですか!!」

 

「魔力の貸し借りはできないって言ったでしょ!?」

 

「あくまでユウマの魔力を一時的に付与しているだけだ。技もユウマと同じものしか使えない。

 だが水鏡律季、お前は相手の許可がないまま魔力を受け取ったんだろ。しかも拳に火を宿すなんて技は、天道炎夏にはないはずだ。

 ――つまりお前は、他者の属性魔力を自分のものとして使いこなしている……ということ。それこそがお前の異常さなんだ」

 

「今まで一度も現れなかった貴重な能力者。魔法界全体に技術革新を起こしえる存在。それがキミだ。――こんな危険因子を、機関(フリーメイガス)に置いとくわけにいかないってんで、教国もわざわざ動いたんだよ」

 

「ありがたくない『特別』ね。――私といっしょだわ」

 

「大丈夫ですよ。需要はあります」

 

「だから困るって話じゃない」

 

「なんの話だこの野郎」

 

 自分の胸を見下ろしながらため息をつくと、ユウマが青筋を浮かび上がらせた。

 

「え? なんで怒ってんですか」

 

「……あいつ、貧乳気にしてんだよ。言うほど無くはないんだが、お前の相方と比べるとな……」

 

「あー……」

 

「なんで友達になってんのさ? というか言うなよそんな事」

 

 実に真っ当なツッコミだった。

 いきなり軽いノリで聞きに行く水鏡くんがおかしいのか、当然のように答えるレンがおかしいのか。

 

「まぁいい、そろそろ決めるぞレン――『妖精の足(シルフィーズステップ)』!」

 

「……浮いた……!?」

 

「――先輩、どいてください!」

 

「どけないわよ!」

 

 風を足にまとわせた二人が、木の葉の如く宙に浮いた。私は水鏡くんをかばったままその位置を譲らない。

 軽く空を蹴るだけで、レンが数メートル高速で前進した。棍棒を上に振り上げて『聖槍』のガードを開け、一撃離脱で退避し――その後ろから、大量の『嵐の刃』が迫りくる。

 

「――あ゛あああああああッ!!?」

 

「!!!」

 

「フン、バカがよ……」

 

 がら空きの胴体が、無数の刃に切り刻まれた。

 『魔装(ペルソナ)』は魔力の鎧であり、露出度とは関係なく防壁が体全体を覆っている。それを貫通して攻撃が肉体に届いたのだ。

 鋭く熱い痛みと、血の温かさ。そしてレンの冷ややかな視線と、凍り付いた息を呑む水鏡くん。

 

「貴様、誰がバカだと!?」

 

「いいや、残念だがレンの言う通りだよ――そういうのは、覚悟してるって言わない。甘ったれてるって言うんだぜ、天道炎夏」

 

「バディは常に一蓮托生。自分の傷は自分一人の傷じゃなく、バディとしてのダメージになる。攻撃を喰らうのがどちらだろうが、負けに近づく距離は同じだ。

 ――お前が今やるべきだったのは盾になることじゃない。律季がかわすと信じて、反撃の準備をすることだ」

 

「なんですって?」

 

「心配を乗り越えて仲間を信じ、己の背中を任せること。それが本物の『覚悟』。バディとしての条件なんだ。

 かばい合いなんかしてる限り、お前らは100回やってもオレたちには勝てん。オレたちに勝ちたければ覚悟を決めろ」

 

「……ふん、ずいぶん教えてくれますね!」

 

 水鏡くんが飛び込み、レンに殴りかかる。私は傷口を抑えながら『聖炎符』を投げつけ、炎をまき散らして援護した。

 ここでくしくも両バディが同じフォーメーションになる。すなわち、つばぜり合う近接タイプと、それを背後から助ける遠距離タイプ――という組み合わせだ。

 

念力(サイコキネシス)!」

 

「――うっ!?」

 

 水鏡くんが鋭く杖をふりかざし、念力が宙に浮いたレンの足を後方に突き飛ばす。

 ただ浮いているだけではなく、肉体の質量そのものを小さくするという特性を見抜き、そこを突いたのだ。

 しかしレンの反応も早い。バランスを崩して隙を晒すより先に、武器の照準を水鏡くんの拳に切り替え、叩きつけた反動で後ろに飛んで体勢を立て直した。そしてその動きが、同時に拳の攻撃を封じる防御も兼ねている。

 

(より怖いのは律季の方だな。今の思いつき、一瞬ヒヤリとさせられたぞ……)

 

(こんな思いつきじゃ崩せない。やっぱり武器を壊すしかないかな……?)

 

「――食らいつけ! 燐火獣(リンガーフォックス)!」

 

「――! 先輩、ナイスアシスト!」

 

 槍からたちのぼる炎が形をとり、狐面の顔をした二匹の妖狐が出現する。

 一匹は悠々と空を飛び回るレンに、一匹はその背後で目を光らせるユウマに噛みついた。律季くんがその隙を見逃さず、レンの棍棒に拳を叩き込んでまっぷたつに折った。

 

「わ……!」(水鏡くん、すごい……!!)

 

「へー、最初から武器狙い? 素人にしちゃいい発想だね」

 

「――しかし迂闊だな。身体強化(スフォルツァート)念力(サイコキネシス)を使えるなら、これ(・・)も当然知っているはずだろう?」

 

 本気で感心したようなユウマと冷静なレン。どっちにしろ一切動揺していない。

 折れた棒を躊躇なく投げ捨て、バディのもとに戻ったレンが、胸の前で横向きの拳を合わせる。それを開くと、中から新たな武器が生じて来た。

 

創造(クリエイト)……! まさか、さっきのもそれで作って……!?」

 

「その通りだ。折れたらそれっきりの特別な武器より、無限に用意できるただの棒きれを俺は信用する。――もっとも、そんなもん買う金もねぇんだが」

 

 ――絶望的だ。少しでも有利にするために二人がかりで武器を壊しにいったのに、一切意味がなかったなんて。

 上がった息を吐き、冷や汗を流す水鏡くん。いくら彼とはいえ、さすがに参ったようだった。ユウマは得意げな笑みを浮かべる。

 

「どうだいキミたち――うちのレンは強いだろう?

 身体強化(スフォルツァート)念力(サイコキネシス)解析(ライブラ)創造(クリエイト)……魔法使いの基本となる四つの技と、バディのツーマンセル戦術。魔法使いの基本を堅実に守れば、能力がなくても十分に戦える。

 能力にかまけた源形(アーキタイプ)使いより、よっぽど優秀ってことさ。つまりキミらの相手じゃない」

 

「さっきの武器破壊が最後の策なら、もう諦めは付くだろう。

 ――おとなしく降参しろ、律季。悪いようにはしねえよ」

 

「……はは、それもいいかもしれませんね」

 

「!?」

 

 私が息を呑んだのは、水鏡くんが明らかに冗談の口調ではなかったからだ。

 

「こう言っちゃなんですが、最初に来たのがお二人でよかったと俺は思っているんですよ。少なくとも前の人みたいに、有無を言わさず殺しには来ませんからね。

 ――それに教国の魔法使いは、よこしまな目的で先輩を狙う極悪人だと聞いてました。それよりは、自分が狙われるほうがマシです」

 

「聞いた? 聞いたって、誰から……」

 

「――ただ。もしここで降参したとして、その先はどうなりますか?」

 

 ユウマの問いを水鏡くんは軽く流した。

 そうか――レイン先生の存在まで、彼等はまだ調べがついていないのだ。まさか水鏡くん、さりげなくそれを確かめた?

 

「先輩さえ無事なら、俺は捕まってもいいんですが――お二人はさっき、バディは一蓮托生だと言いましたよね。あなたたちにとっても、俺だけ捕まえるってわけにいかないんでしょ」

 

「――ああ、そうだな。ましてお前の能力は、天道炎夏の存在が前提、あるいはトリガーになっている可能性が高い。一緒にふんじばって行かざるを得ない。

 ――そして俺たちはただの下っ端だ。お前たちのその後の処遇については、保証するどころか関知もできない」

 

(バカ! 正直に答えてどうすんのさ?)

 

(しょうがねぇだろ、嘘ついたってバレるに決まってる)

 

「俺には選択肢なんかないんですよ。戦って勝たなきゃ先輩を守れない。

 ――さ、続きをやりましょう。まだ勝負はついてないですよ?」

 

 おやつで中断したボードゲームを再開するような口調で、水鏡くんはそう言った。

 ユウマとレンがたじろぐのを気に留めず、私の方へちらりと視線を送り――走り出す。

 

身体強化(スフォルツァート)

 

「『生本能の拳(リビドーナックル)』!」

 

 無造作に飛び込んだ水鏡くんの攻撃を、レンが難なく避ける。私の炎も大ぶりすぎて当たらない。ユウマの風の飛行効果に、スピードの自己強化を上乗せしたことで、目にもとまらぬスピードになっていた。

 そして――新しくした棍棒に再び風をまとわせて、水鏡くんのお腹に叩き込む。

 

「ぎぃ……ッ!!」

 

「――!!」

 

 物理攻撃の鈍い衝撃に加え、付随するかまいたちの刃がえぐり取るように回転する。えげつない二段構えだ。

 ズタズタになった制服に出血をにじませる水鏡くんは、しかし目が死んでいない。

 

「まだ……です」

 

(な……!?)

 

 刃で掌が切り裂かれるのも意に介さず、棍棒を掴んでレンの動きを封じた。

 一瞬だけ不敵な笑みを浮かべ――そのまま、鼻めがけて肘打ちを繰り出す。

 

「ぐう……ッ!」

 

「レン!!」

 

 完璧な不意打ちが決まった。格下と思っていた相手からの手痛い一撃に、ユウマにも動揺が走る。

 ――どうぞ、先輩。腹と手を切り刻まれた水鏡くんが、憔悴した顔に笑みを浮かべてウインクしてきた。

 

 応えないわけにいかない。

 

「『太陽柱の構え(サンピラースタンス)』!」

 

「――ああああッ!!」

 

 槍の先端から照射された太い熱線が、ユウマの胸を打った。

 華奢な体が吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられて力なく落ちる。まだだ、追撃を――と、槍を構えたその時。

 

「て、天道!? なにやってるんだ……!?」

 

「――え……!?」

 

 すぐ右に、驚愕の表情をした同級生が要る。隣の教室の川島くんだった。

 知り合いがこんな格好をしていたら驚くのは当たり前だが――しかしなぜ人がここに? 

 

 気づけば周りは人と音でいっぱいだった。数十の視線が、妙な服装で巨大な武器を持った私と、血まみれの水鏡くんに注がれている。

 これは……『ルームクリスタル』とやらが解除されて、現世に戻って来たのか?

 

「……全員、動くなっ!!」

 

 ユウマの杖の先にある宝石が、強い光を放った。

 一瞬にして周囲から音と混乱が消え去り、全員が棒立ちになる。

 

「――あれは! 『ピカッとするやつ』……!?」

 

「そうよ、ピカッとするやつだわ!」

 

「正式名称は、『記憶処理および意識操作の術式』だ。ユウマの腕前で非魔法使いが相手なら、何人いても同時にかけられる。

 ――さて、状況がわかるな? これで学校の全員が俺たちの人質だ」

 

「「……ああっ!?」」

 

 鼻に痛々しいアザをつくったレンが引っ立てて来たのは、私たちが良く知る顔だった。

 おそらく近場にいた人をたまたま捕まえただけなのだろうが――なぜ、よりによって。

 

螢視(ケージ)……!」

 

「秋月先輩!?」

 

「ごほっ、ごほっ……! へ、へえ、知り合いかい? なら余計に都合がいいな……。

 ――彼に危害を加えられたくなかったら、おとなしく投降しろッ!」

 

 血の混じった咳をしながら、ユウマは懐から小さな鉄の塊を取り出した。

 ――ピストルだ。本物か? この距離では解析(ライブラ)で確かめることはできないし、杖を出すだけでも危ういだろう。

 

「……マジかよ、おい。魔法使いがそんなもんを持ち出すんですか?」

 

「教国の魔法使いなら必ず携帯するよ。ボクたちだって軍人なんだ。

 杖と違って引き金を引くだけで弾が出るし、一般人にも怖さが伝わる――その簡便さでは、依然として最強の凶器だからね」

 

「じ、冗談じゃないわ! 螢視(ケージ)はなんの関係もないじゃない!?」

 

「だから甘ったれてると言うんだ! 魔法使いが友達を作るってことは、それだけでそいつを危険に巻き込むってことなんだぞ! 

 魔法使いは、ただ存在してるだけでも他人に影響を与えてんだ――ボクらは、そういうバケモノなんだ! 自分の身の回りだけ無事でいられるなんて、都合のいいこと考えんじゃねぇよ!」

 

 「あなたたちが来なけりゃこんなことにはなってないわ!」と叫びたかったが、ユウマの手元にある黒い輝きが私の喉を詰まらせた。窓の外のかすかな風の音を除いて、完全な沈黙があたりに下りる。

 虚ろな目をした螢視が、クリーム色の髪をわしづかみにされて、こめかみに銃口を当てられている。ちょっとしたはずみで、トリガーにかかっている指が滑りでもしたら、そのまま――

 

「……最初からこうするつもり……だったんですね。お二人は。

 学校を戦場に選んだのは、安定して人質を確保できるから。しかも同じ生徒である以上、誰を選んでも顔見知り以上はほぼ確定。

 相手が自分たちより弱ければルームクリスタルの中でいたぶればいいし、分が悪くなった時の最終手段もある。なるほど、確かにいいことづくめだ。バディが二人そろうリスクも、これならとる価値がありますね」

 

「……ああ」

 

「――理解できないのは、そうまでする理由です。

 俺の軽い首なんかに、羞恥心を捨てるほどの価値があるとは思えません」

 

「言ったろう、俺たちは下っ端だ。階級的にはお前らが夢の中で撃退した、石壁の魔女よりも低い。

 ――任務失敗なんか許されねえんだよ。こっちも引くに引けねーんだ。恥なんか感じてる場合じゃねえ」

 

「恥ずかしいから逆ギレしてるんでしょ。ユウマさんは。

 バディが一心同体なら、レンさんも同じ気持ちなんじゃないですか」

 

「――ッ」

 

 水鏡くんの口調は厳しい。レンは言い返せずうつむき、ユウマの方に歩み寄った。

 ――状況は好転しない。やはり降参するしかないのか?――

 

 

 

(……この状況を打開する手は、無いわけではない(・・・・・・・・)……)

 

 

 

 水鏡くんが下唇を噛み、視線を斜め上にやっている。

 なにか必死で考えを巡らせているようだった。

 

 

 

(二人がルームクリスタルやピカッとするやつを使う理由が、もう一つある。魔法を一般人に見られたら困るんだ。いや、屋上で待っていたあたり、顔すら見られたくない可能性が高い。

 ――隠密行動をしているのに、人をひとり殺せるわけがない。いくら関係者の記憶を消せたって、戸籍のある人間の死を完全にごまかせるもんか。そんな問題を起こしたら、ユウマさんたち自身も無事じゃいられなくなるだろう。下っ端だというならなおさらだ。

 秋月先輩が死ぬことを一番恐れているのは天道先輩だが、ユウマさんも同じぐらい、それが怖いはずだ……任務の巻き添えで人が死んだら、必ず責任をとらされるから。

 

 それが二人の弱点。そこを突けば切り抜ける道はある。

 つまり――『秋月先輩を殺せば(・・・・・・・・)俺が生徒を十人殺す(・・・・・・・・・)』と、ユウマさんを脅迫する。

 

 そう言えばユウマさんは身動きが取れなくなるはず。万一にもそれが実現したら、ごまかしのきかない大問題になるからだ。おそらくそれはユウマさんにとって、任務失敗よりもはるかに重大な失態……。ユウマさんたちが無事でいられるかの決定権は、実は俺たちのほうにある。

 ――だが、自分でもものすごく嫌になる発想だ。さすがに実行したくない。ブラフにしても非現実的すぎて、騙し切れると思えない。

 しかもユウマさんは明らかに冷静じゃないし、刺激しすぎるとどんな行動に出るか……仮に拳銃が本物じゃないとしても、秋月先輩の身柄がすでにあっちにある以上、ヘタに動くのは危なすぎる……万一にも、あの人を傷つけるわけにはいかない……。

 だが――俺にはもう、他の方法が思いつかない! やるしかないのか……!?)

 

 水鏡くんの口がぶつぶつと動いていた。額に薄く脂汗をかきながら、必死で頭を回転させている。

 私はあたふたしている事しかできない。状況が重すぎて、どうすればいいのか考える余裕さえない――ああ、くそ、守ってあげるなどと大口叩いておきながら、なんて情けない。自分が救われたばかりか、螢視を助ける方法さえ浮かばないなんて。

 

 私にできることはないのか。

 私より水鏡くんの方が頭はいいし、足も速い。その彼があれだけ考えてダメなら、私がなんとかするしかないじゃないか!

 

 『オレたちに勝ちたければ覚悟を決めろ』――さっきのレンの言葉が脳裏をよぎる。

 そうだ、覚悟を決めなくてはならない。助けられっぱなしではダメなんだ……!!

 

 

 

 

「水鏡くん、お願い――私のおっぱいを揉んで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……は?」」

 

「――!! そうか、その手がありましたね……!」

 

 ――しかもユウマさんたちには、魔力をコピーする具体的な手段まで報告がいっていない。

 それならまだ勝算はある――天道先輩の一言が、俺の脳裏に光を差し込ませた。

 

「えっ? えっ……? え? ど、どういうこと? おっぱい揉ませる……?」

 

「わ、わかんねぇよ! 死ぬ前にいっそ……っていうやつにしては、行為が具体的すぎるし」

 

「――お、おい律季! 動くんじゃあないッ! つーかキミ、さっき掌ズタズタになってなかった!?」

 

「おっぱい揉むって言ってるのにケガなんかしてる場合ですか! ――とっくに治りましたよ!!」

 

「知らないよ! しかもなんで本当に治ってんだよ!!」

 

 一応威嚇するユウマさんだが、バディ共々あたふたしているせいで全然迫力がない。――大丈夫だ、これならいける。

 天道先輩は『聖槍』を持ったまま脇を締め、肘を曲げる――知ってか知らずか死ぬほど煽情的なポーズをとっていた。俺はそんな彼女の前に立ち、両手をゆっくり胸の前に突き出す。

 

「……い、いきますよ……?」

 

「……か、勝つためだもん。しかたないわ……」

 

「ほ、本当にいいんですね? 後で怒られても困りますよ」

 

「いいって言ってるでしょ。は、早く揉んでよ……っ」

 

(えっ……ええええっ!? なになになに!? なんなのっ!?)

 

(戦闘の最中になにやってんだコイツら! 何を見せさせられてんだ!?)

 

 敵の二人が困惑に目を見開き、意識なき秋月先輩がうつろな視線をこちらに投げかけて来る。

 そして――布が暖簾のようにかかっただけの彼女の胸に、とうとう俺の手が接触してしまった。

 

「――っ♡ はぁぁぁン……っ♡♡」

 

「! す、すごい手ごたえ……っ!」

 

「どういう意味でよッ!?」

 

「えっ……あっいや、もちろん魔力の感じですけど!」

 

 もちろん嘘である。手ごたえとは、おっぱいの手ごたえだ。

 はじめてしっかりと掌で感じた彼女の爆乳の感触は、レイン先生のそれとはずいぶん違っていた。表面は吸い付くような張りとみずみずしさ、揉み込むとやわらかいのに押し返すような反発がくる。レイン先生のおっぱいは甘やかすような包容力があるが、天道先輩のおっぱいは俺の手を拒もうと抵抗してくるようで、それがなおさら燃えさせる。ツンツンした本人の性格がそのまま表れているようだ。

 

「じ、じゃあいいけど……んぅぅぅ♡♡ ちょっと、まだ……!?」

 

「た、多分もう少し! もう『繋がりかけて』ます!」

 

「――あ、あばばばばばばぁ……レ、レンっ、見ちゃダメだからね!?」

 

「見てない! なーんにも見てないぞ!!」

 

「……って……うわ、やっば。めちゃくちゃ深いとこまで沈んでる……っ」

 

「耳元でボソボソすんなー!?」

 

 さっきまで冷静だったレンさんが一番大混乱している。ユウマさんも取り乱し、あわてて相方の目をふさいでしまった。それも両手でだ。拳銃までしまって、後ろからレンさんの顔を押さえている。

 しめた――と思った瞬間、手に熱い感触が走った。完璧なタイミングだ。

 

 

 

「はうぅぅぅ~~~~~~~~~んッ♡♡♡♡♡」

 

(来た……!)

 

 

 

 俺の手の甲と彼女の胸に、同じ紋章が現れた。炎の魔力が拳に宿る。

 「ねぇ、毎回イかさなきゃダメなの!?」という先輩の抗議を軽く流す。謝るのは後でいい。今はやるべきことがある。

 

「――〝聖痕(スティグマータ)〟!」

 

「え!? ――そ、そうやってやんのッ!?」

 

「なんだよおい!? 何が起こってんだ!?」

 

 自己強化に、炎の勢いを載せて飛び出した。

 ようやくユウマさん達が気を取り直すが、既に拳銃はしまっている。

 

(――速い!!)

 

 一瞬にして距離が詰まった。だが肝心なのはスピードじゃない。

 やはり勝因は、彼らが魔力をコピーする手段を知らなかったこと。いきなり目の前でおっぱいを揉み出した――という驚きで、強引に作った隙なのだ。

 だからこそ二度同じ手は通じない。この一撃で決めなくては!

 

 

 

『よいか、律季――自分自身の力みこそ、最大の敵じゃ。

 パンチで力を爆発させようなどと思ってはならん。体内にある魔力の流れに身をゆだねれば、おのずと発勁は成る。

 

 ――自信を持って拳を放て。律季はできる子じゃ!』

 

 

 

 レイン先生の言葉が脳裏に浮かぶ。

 眼前にまで来た二人に向けて、静かに拳を突き出した。

 

 

 

 

「  (クランブル)  」

 

 

 

 

 物理的衝撃と炎魔力が、二重らせんを描いてからみあい、放出される。エネルギーの巨大さに反して一切の反動が来なかった。

 レンさんの胸に当たった俺の拳は、一瞬だけピタリと止まり――かばったレンさんとかばわれたユウマさんが、ともに体をくの字に折って吹き飛んだ。

 

 

 

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