アカメが斬る―忠義とは何がために―   作:500円

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前回のあらすじ
ナイトレイドへの入隊を決めあぐねている中、無職のカールは帝都で仕事を探していた。
彼が選んだのは元大臣であるチョウリの護衛だ。
その彼の邸宅へ着いた途端にカールへ迫る凶刃。凶刃を放った本人は、自身がチョウリの娘であることを示唆(しさ)する。
行動力がありすぎる彼女がいるなか、はたしてやっていけるのか。


第3話

「私はチョウリの…父上の娘でスピアよ。呼び方なんてこだわらないから、そのままスピアって呼んでくれればいいわ」

「では、スピア様?」

 

彼女は目を閉じて肩を落とし、大きくため息を吐く。どうやらこだわりがないといいながら、呼んでほしい呼び方はあったようだ。

 

「まぁ、皆そうよね…元大臣の娘とか、上司の娘とかって、必要以上に敬語使われるから、こっちの方が生き詰まるのよ」

「はぁ…私はカールであります。本日は護衛の件についてっ」

「あーストップストップ。様付けはいいけど、私より態度がかたいし、軍人みたいな喋り方ね?もっと楽にしていいわよ。ここの護衛の人たちなんか、上下関係なんて嫌いな人ばっかりだから」

「そういうわけには…」

「雇用者に逆らったら解雇よ。はい、もう一回やり直し」

「…………はい、私はカールでう」

 

噛んだ。

どうやら依頼主はチョウリではなく彼女らしい。あの紙にも、そんなことは書いていなかった。

とりあえず、横に並んで話しながら歩いているのだが、屋敷の中に入ると天井は高く、廊下が長く幅広い。建物を外から見ても大きいと思ったが、やはり元大臣に相応しい立派なつくりだ。

しかし、茶色で光沢のある扉に金色の取っ手がついていたりいなかったり、壁に絵画が飾ってあったのだろう影が無数に見られる。

ある種の趣向をこらした建物なのだろうか。

 

「ふふっ…。珍しいものでも見る顔ね。残念だけど、この家にはお宝とかはないわよ?あっ、でも貧しいとかそういうのじゃないから。これでも恵まれて育ってきた自覚はあるわ」

「父君がお好きなのですね…」

「えぇ、ちょっと親バカな父上だけど私はだいしゅきよ」

 

言い切った。感動的なところで間違いがあった気がしたのだが、強引に言い遂げて、知らん顔を決めている。ここは何も言わないでおこう。解雇されたら元も子もない。

 

「話を戻しますが、何故こういった風に?」

「…殆どね、父上が恵まれない人のために食べ物を買うお金と交換してるの。我が家だって、ずっと裕福ってわけにはいかないの。だから、この家に仕えている方たちには悪いけど遊ぶようなお金はあげられないわ。食住を提供することで精一杯、でも、料理を作ってくれる人は優しい女の子だから安心して」

「良心から動いているということですか…ん?となると、給付は」

「あ、それは心配しなくいいわよ?私が自力で払うから、例えば武闘大会の賞金とか」

「あぁ、スピア様は確か皇拳寺の武人で………え、武闘大会?」

「そっ、まぁ私だって、こう見えても槍の達人なんだから」

 

えっへんと胸を張ると女性らしい膨らみが垣間見(かいまみ)える。

しかし、男勝りだ。女性に対してそういうと失礼になるのかもしれないが、すごく立派である。加えて、皇拳寺の槍術免許皆伝ときた。

カールも数年前、といってもかなり昔に皇拳寺拳法家(仮師範)と1対1の組み手をしたことがある。その時は配属先が違ったが、リヴァとブラートもカールを様子見(ようすみ)にきた。

 

 

『ブラート、出撃が迫っているので手短にな』

『あの、リヴァ将軍は…何故ここに?』

『フッ、愚問だな。お前の顔を見に来ただけだ』

 

あの時は本当にゾワゾワァと身体を何かが駆け巡った。まるで蛇に睨まれた蛙のごとく。

 

『お前って不運だなー、こりゃ噛ませ犬ってやつだ。言ってくれさえすりゃ、俺が稽古をつけてやるぜ?』

『ハンサム、それはまた今度頼む』

『おっ、そいつは楽しみだ。しっかりやってこい!』

 

試合は決着間際、仮師範の頬に拳がめりこんだとき、彼の足がカールの胸を蹴り飛ばした。カールは窒息で、仮師範は気絶、両者が戦闘不能になり引き分けとなった。後に、その相手は師範にはなったらしいが非行に走って破門されたと聞く。

 

 

スピアはカールを、父であるチョウリの元へと連れてきた。そこは窓がない殺風景な部屋で、書棚があり、椅子と机のセットが1つ。その椅子にチョウリが座っており、後は4人の護衛が4つの角に1人ずつ配置され、椅子に座っている。まるで囚人監視のようだ。

カールが机の奥にいるチョウリを見ると、何故か目を見開いている。

 

「スピアが、男を…連れてきた?」

 

室内にいる4人の護衛も驚いた顔をしている。

 

「えっ、だって父上が『お前はもっと国のことを知り、民と語らえ』ておっしゃるから、私の代わりの身辺警護を…」

「むぅ、そんなこと言った覚えが…なくもない。私も忘れ癖がついてきたか、お前たちはどうだ?私がそんなことを言っていたか?」

 

4人の護衛の内、2人は知らないと首を振り、残り2人が目を合わせて何かを納得したように声を合わせる。

 

「今朝です」

「え?今朝…では、これは?」

 

カールは今まで背負っていた武器等が入った革袋から、あの古びた張り紙を取り出すとチョウリに渡した。今日張ったにしては、この紙の傷み具合は普通ではないと思ったからだ。受け取った彼は表を見ると溜息をつき、裏を見て驚愕した。

 

「これは、土地の権利書の一部だ」

 

男たちの目がスピアへと一直線になる。彼女は口に軽く手を当てて答えた。

 

「古い紙が何枚もあったから…それを使って」

「我が娘ながら行動力がありすぎる!?あー、こうしてはおれん。今すぐ集めんと、この土地が大変なことになる!手分けして集めろ!」

「はっ」

 

チョウリの掛け声で、カールと護衛たちが一目散に扉を開けて出ていった。

 

 

暗くなるまでに何とか件の張り紙を集めることに成功した。屋敷の周りを走り回ったり、川に落ちていないか橋の上から調べたりと忙しい1日だった。結局、スピアはチョウリに叱られ、カールは雇われることとなったが、公式な機関からの人材ではないということで期間限定の雇われ方だ。

しかし、1日はまだ終わらない。夜になったので、カールは護衛と2階廊下の見回りをしている。この屋敷の配置は門前、玄関、裏口、地下倉庫前、見回りが各2人、残りは寝室前と非番だ。

 

「カール、夜というのは一番危険な時間だ。油断するなよ」

「はい」

 

ちょうど1階に降りたとき、玄関からバタッと物音がした。急いで向かおうとするカールの後ろからも、同様の音がした。

振り返ってみると、先ほどまで話していた護衛がうつぶせに倒れている。急いで近づき、頭を片手で支え目の状態を確認。続いて脈拍を確かめる。

 

「瞳孔も小さくなり、脈拍も乱れはない。普通に眠っているようだが…何故だ?俺は眠っていない。原因は……そうか、食事に盛ったか」

 

カールは普段から複数人が一斉に食事をとる場合、半日ほど食事の時間をずらせる癖がある。今も夕飯のシチューは見回りの定位置である椅子の上に置いてあるだろう。ずらす理由は、全員が倒れたとしても自身が助かるからだ。

ここからは周りを助けようと、彼は大きく手を振り上げた。

 

「さて、起きるまで打つか」

 

 

「どうして貴女がこんなことを…」

 

スピアは信じられないものを見る顔で階段の上にいる人物を見た。目の前で父親に小型の銃を密着させているサイドテールの女性は、この家の皆がよく知っている料理人だ。

名前はラニエル、愛称はラニ。彼女は8年間もこの屋敷で料理をしてきた料理人である。

 

「邪魔しないで言うことを聞いて。お願いだから…私には、私にはこれをやらなきゃいけない理由があるの!」

 

彼女は涙を流しながら、チョウリに銃を押し付けた。

先ほど言った通り、地下倉庫前の人員は2人。眠っていない2人の内の1人がスピアだった。

 

「無駄だ、お前さんが望むようなものはここにはない。こんなバカなことをするより私に事情を話してくれ…うぐっ」

「今はチョウリさんを信用できないっ!スピア、早くこのカギで扉を開けて」

 

ラニエルがチョウリから奪って投げた鍵が、チャリンと硬貨のような音とともに階段の段差で跳ねる。スピアは槍を下ろし、もう1人にも剣をしまうよう目配せをする。

そして、致し方なく鍵を拾い上げ倉庫の鍵穴へと差し込む。

 

「ありがとう。そしたら貴方たち2人で扉を開けて、変なことはしないでよ?」

 

言われた通り、ゆっくりと2人は扉を押して開ける。ラニエルは足を引きずるように階段を降り、その間もチョウリを離さない。2人の間を抜けたラニエルはスピアたちの方を見ながら後退していく。

ラニエルが1度、2度、と後ろを見たとき、スピアは槍を手離してラニエルの腰にタックルをした。

しかし、思ったより抵抗もなく取り押さえられたことに違和感を感じる彼女。

 

「父上、ご無事ですか!?」

「あぁ、大丈夫だ。何もされていない…それよりラニエルはどうしてこのようなことを?」

 

取り押さえられたラニエルはチョウリとスピアの方を見て微笑んだ。

 

「良かった、これで無実を証明できる(・・・・・・・・・・・)。でも、チョウリ様はともかく、どうして貴女は眠っていないの?」

「ラニは何を、さっきから何を言ってるの…っ?」

 

その時、ガチャガチャと階段を下りてくる鉄の音が複数聞こえた。

 

「て、帝都警備隊だ。助かった!」

 

今まで、ラニエルの指示にスピアと共に従っていたもう一人は、ホッと一息をついた。

だが、スピアはおかしいと思った。

 

「どうして、この家の者たちより帝都警備隊が早く来るの?」

「そりゃ、きっと誰かが通報してくれたんですよ!」

 

降りてきた帝都警備隊の数は男4人。1人を除いて、それぞれ武器を持っている。

そのうち2人が扉を閉めた(・・・)。取り押さえられて大人しくしていたラニエルが、ここで彼らに向かって大きな声を出した。

 

「ここには言われたような、お金やお宝もありません!この人たちは無実なんです!」

 

男たち4人の帝都警備隊の中でリーダー格の男は、周りを見渡す。

地下倉庫の中には金銀財宝といった高価なものはなく、木箱が山積みされているだけだった。男は木箱を1つ蹴り壊す。中身は果物や水が詰まった容器で、彼らが期待していたものではなかった。

 

「ちっ…」

「え…?」

「本当になくてどうすんだゴラァ!」

 

男は叫びながら、木箱の中身を剣を使って何度も潰した。それを見かねたのは、武器を持っていなかった1人だ。彼が男へと話しかける。

 

「だから止めようって言ったじゃないか…っ!まだ間に合う、さっさと逃げよう」

「うるせぇ、黙ってろダイト!ここのジジイは元帝国大臣だからって聞いたから、俺たちはこの計画を立てたんだ。それがこんな間抜けな結果で終わってたまるか!」

 

リーダー格の男は見るからに怒りをまき散らしていた。武器を持っている2人も顔に怒りを表している。どうやら彼らは帝都警備隊ではあるが、正義の味方ではないらしい。

 

「どういう…ことなんです。貴方は私に『この家の倉庫には財宝があって、帝都から隠匿された財宝の可能性があるので調査に協力して欲しい』と言ったじゃないですか?あれは、嘘…だったんですか?」

「あぁ嘘だよ、バーカ。大体、お前みたいな女にそんなことを話すかよ」

 

ラニエルが震える声で尋ねると、男は一蹴した。彼女はようやく、自分がした過ちに気付き顔を真っ青にする。

そんな彼女を見たスピアはラニエルの拘束を解くと、手放していた槍を4人に向かって構えなおす。

 

「ラニをだまして、父上の屋敷を踏み荒す貴様らのような輩がいるから、帝都は薄汚れるんだ!」

「はっ、綺麗ごとを並べ立てるてめぇらみたいな貴族と一緒にすんじゃっ」

 

スピアは相手が言い終わる前に踏み込んだ。態勢を低くし一直線に槍を構える。

 

「はっ、猪が。撃て、撃ち殺せ!」

 

男はすぐさま対処した。後ろにいる二人を左右に配置し、迎撃態勢をとる。

スピアの得物である槍は中距離型の武器。近距離と遠距離の両方に対処できるが、同時に弱点でもある。扉を閉めた2人の武装は銃、つまり遠距離。

だが、彼女は達人だ。銃弾もある程度は避けられる自信があった。

ただ一つの問題、それは。

 

「遠いっ…」

 

距離だ。彼女と男たちの間が約5m半。

彼女がやってきた相対は、ある程度踏み込むだけで槍の射程であるが実戦ではそうはいかない。

 

「くそっ、狙って当てろ!」

「分かってる!何で当たらないんだ!?」

 

銃持ちの男たちは左右に乱射するが、スピアのフェイントで翻弄され、ジワジワと間を詰められていく。彼女は2人がちょうど弾切れになったのを見計らい一気に跳躍する。

まず左にいる男の銃を真上に弾き飛ばす。次に、弾を装填し終えた反対側の男の懐に潜り込み、引き金にかかっている手の甲に槍を突き立てる。

 

「ぐわぁ!?手がっ、手がぁ!」

「コイツっ、銃を弾き飛ばしたぐらいで勝った気になってんじゃねぇ!」

 

ここで彼女の予想外なことが起きた。銃を弾き飛ばしたのはいいが、ここは室内。しかも倉庫の天井は低く、思ったよりすぐに銃が返ってきた。銃を弾き飛ばされた男は、地上でとるより早く空中で受け止めると弾を装填し、銃口を彼女に向け引き金を引いた。

 

「っ!」

「は!?避けっ、ごがっ」

 

紙一重で銃弾を避けられた男の腹には、槍の石突きが叩き込まれビクッと身を震えさせた。

 

「はぁ…はぁ、これで」

 

スピアの言葉が途切れた。先ほどまでいたリーダー格の男がいない。前を見るが扉は閉まっている、逃げようがない。(ほお)から血を流す彼女は、後ろを振り向き、そこでまたしても人質になっている父親に気づいた。

 

「父上、しっかりしてくださいっ!」

「すまん…」

「分かってるよな?俺はそいつらと違って甘くねぇ、槍をとっとと捨てろ!」

「……くそっ」

 

男はラニエルを踏みつけ、チョウリを人質に取っているので、スピアは歯を噛みしめ槍を扉にたたきつける。金属同士の衝突で鐘のような低い音が鳴る。

 

「ダイト、その女縛れ、俺たちが楽しんだ後にどっかの貴族に売り飛ばしてやる」

 

男は命令したが、ダイトという男は最初から今までただ立っているだけだ。よくみれば身体が震えており、まだ顔立ちからして若く、少年だった。

 

「で、できない…!女性に、そんなことするなんてっ」

「あ?いまさら何真面目ぶってんだ?てめぇも同罪だよ。ちっ、このラニエルとかいう女といい、てめぇといい、つくづく使えない連中だ!おい、お前らもいつまで寝てんだ!」

 

そう言われてか、片手から血を流し眼が血走った男と脇腹を押さえた男の2人がスピアを押し倒す。彼女も必死に抵抗するが、相手は身体全体で押し付けてくる。

 

「よく見れば可愛いじゃないか、肌も綺麗でいい匂いもするし、汚し甲斐があるぜ」

「気持ち…悪い!やめろっ!」

「いいねぇ、こういう強気な女だと興奮してくる!」

「…いやっ」

 

床に押さえつけられ、どんどんと衣服を破かれていく彼女。目じりに涙を浮かべながら足掻くが、手首を掴まれ、もう駄目だと思ったとき、扉が爆ぜた。

 

 

カールは大剣を革袋にしまうと、さきほどまで扉だったものの上を通り超えていく。

 

「ようやく1人を起こして帝都警備隊を呼びに行ってもらったが…急に重い金属音が聞こえたと思って来てみれば、どういうことだこれは」

 

眉間にしわを寄せ目を細めると、奥で刃物を持っている帝都警備隊の男がいる。何かの見間違えかと目を擦るが、幻覚でもなんでもなく現実だ。カールの足元にも2人、少し離れたところに1人。どれも見覚えがある顔だった。

 

「お前たちは、朝見かけた連中じゃないか…あそこを通ったのは下見か。何にせよ、もう諦め…ろ?って、何でスピア様はそんな恰好なんですか!」

「お、襲われてたのよ!ついさっきまで!」

 

彼女は自分の腕で身体を抱きしめている。カールは冷めた目で足元の2人を見た。

 

「貴様らが襲ったのか…」

「俺は命令でっ」

「そそそ、そうだ!あの奥にいる奴がっ」

 

2人が銃の引き金を引くより早く、カールは背にある大剣の柄を握ると、革袋が破れるのも気にせず振り下ろした。人の頭から入った大剣は、トマトが潰れるときのように赤いものを周囲に飛び散らした。

既に動かなくなったものから大剣を引き抜くとグチャッという生々しい音がした。

彼は残った一人の男に、もう1度振り上げると第2撃を同様に振り下ろす。最後の足掻きで発砲された弾丸は天井へと刺さる。こちらは斬ったというより叩き潰したに近いものがあった。脳みそが潰れ、ゴキッという骨が折れる音、終いには身体から引き抜くと同時に内臓がこぼれてきた。

 

「っ…っ、うっ!?」

 

全員があまりのことに唖然している中、間近で見たスピアは思わず吐いた。真っ赤に染まった床に白いものが混じっていく。

 

「は、ははっ…何がどうなってんだ?お前は何なんだ!?」

 

剣先をカールに向けた男の顔からは汗が噴き出していた。

 

「お、俺たちは帝都警備隊だぞ!お前を人殺しの罪で裁けるんだ!」

「だからどうした。こんな時に正義面か、吐き気が出る。今の現状でお前は正義を名乗るのであれば、俺は悪で構わん。国を守る連中が女性を襲ったり、人質を取ったりと…ここまで腐っているとはな」

 

落ちていた槍を手にし、拳3つ分ほど石突きから内側を握る。

人質を無事に助け出すためには、1発で仕留めなければならない。狙うは頭。カールは正確に射抜くため走り出すと、助走をつけて腹を前に出したくの字をし、握った槍を水平方向にスライドさせるため、肩から腕にかけて真っ直ぐ伸ばそうとした。

 

「待ってカール!殺しちゃ、駄目…ちゃんと罪を償わせないと」

「っ!?」

 

人間、途中で止まるというのが1番難しい。カールは完全に放出態勢に入っていた。そこからいきなり止めろと言われると、槍を再び握り直し床へと突き刺すしかない。

 

「おっあぁ!」

 

短い咆哮が倉庫全体へと響く。彼は腹筋を使って先ほどの動作を行おうとしたが、するまでもなかった。全体重と助走で得た力と筋力の3つが右肩一点に集中し、ゴリッという音と共に勢いが消滅した。力の抜けた掌からぽーんと間抜けな感じで槍が飛ぶ。

要は脱臼だ。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁ、肩が逝ったぁぁぁ!?」

 

何とも馬鹿馬鹿しい終焉だった。

 

 

玄関の段差に腰かけたカールは周りを見渡した。帝都警備隊長のオーガがチョウリと何かを話している。スピアも被害者として事情を聴かれていた。それは問題ない。問題は目の前にいる1度会ったことのある彼女だ。

 

「すぅぅぅっごいです!貴方は正義の使者だったんですね!」

「はぁ…」

「どうでしたか!?悪を蹂躙するというのは、気持ちよかったですか?」

「いや…」

「私はやっぱりボッコボッコにして、相手が懺悔を垂れながら殺すというのがもう何よりも最高です…」

 

彼女は両手を頬に当ててうっとりとするようにこちらを見ている。オーガを先頭に突入してきた帝都警備隊の中に彼女がいた。彼女は脱臼した状態のカールを見つけると、何の躊躇もなく元に戻した。外れた時と同様の痛みが2回続いたので、おかげで気分が悪い。朝食べた弁当を吐き出しそうだ。

話によると、捕縛された主犯の男は死刑だそうだ。厳しすぎるともいえるが、お偉いさんの指示だろう。どうせこのことも、明日の朝には隠蔽されている。それが今の国だ。

その時、カールが殺した2人の遺体が運び出されてきた。セリューはそちらへ走っていくと例の白い塊を両手で掴んで同じ目線まで持ち上げた。

 

「良かったね、コロ。この引き伸ばされた感じ、すごく美味しそうだよ」

「―――」

 

オイシソウ?何を言っているんだ。カールは思わず息をのんだ。身体全身がこわばり、目が飛び出してきそうな感じがした。

彼は何度も名前を呼ばれることに気付かないくらい動揺していた。

ハッと我に返る。彼を呼んでいたのは身体に毛布を巻いていたスピアだった。こちらの具合を心配して見に来てくれたのだろう。

 

「顔が真っ青よ?大丈夫」

「あぁ、大丈夫です。スピア様こそ、大丈夫ですか?いろいろと失っ」

「失ってないわよ!全く、失礼ね」

 

思い返す。セリューの言動は狂っていた。悪と認識した仲間の死を何とも思わず、美味しそうだよと言っていた。まるで家畜のような扱いだ。確かに彼女は正義かもしれないが、何かが変だと思う。彼はそれが表現できないことに歯噛みしていた。それは彼女の行動は普通なのだと思う自分がいたからだ。

すると、またスピアがこちらを見ていた。疑問に思う彼だったが、試しに質問した。

 

「私がしたことに怒りを感じていますか?」

「全然…とは言ってあげられないから。貴方は人を殺した、それも2人。私が止めなかったら3人よ?」

「つまり、あのまま聞き耳を立ててスピア様のあらぬ声に興奮しろと?」

「死にたいのかな?えっ?あははは」

 

顔が笑っていない、目が本気だ。カールは普段は冗談を全く言わないのだが、渾身の冗談がどうやら気に障ったようだ。次からはユニークという分野にも目を向けてみよう。とりあえず、今は質問を変えよう。殺される。

 

「何か思うとこでもありますか?」

「はぁ…私、睡眠薬盛られていたらしいのに全く寝れなかった…」

「それは貴女が頑丈だからだと思いますが」

「それ褒めてるの?けなしてるの?怒るわよ」

 

墓穴を掘った。そんな会話ができる日常に感謝だ。

 




今回は詰め込んだ感があり、あまり考える時間もありませんでした。
また、下書きなどを書いたうえで投稿させていただくよう頑張ります。

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