苦難の陳述者?ふざけた名前だな!   作:人事プロファイル

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Case10:過去からのアサシネイト

 隣の家の、同い年の死体がそこにあった。

 

 視界は赤く滲み、手にはべっとりと染み付いて離れない。どうしてこんなことをしてしまったのか、と自分に問い掛けてみても、返ってくる答えは一つだけ。

 

「間が悪かったんだ」

 

 それが嘘だと分かってた。流されたのではない。自ら選んだ結果なのだ。無数にあった選択肢の中を、選り分けて探し続けた。

 選んで、選び続けて。ついには自分一人だけになった。選ばれなかったから、取り残された。誰でも良いから俺を選んでくれと、嘆いた時にはもう遅かった。自ら首を絞める勇気も無く、孤独になった。

 

 誰かが問う。お前は生きる価値のある人間なのかと。誰かがお前の為に犠牲になることはあって良いのかと。

 

「それを決めるのは俺じゃない」

 

 絞り出した答えはすぐに否定される。

 

「嘘を吐くな」

 

 笑い声は耳障りだ。手を顔に当てると鉄の匂いがした。

 

「お前は勝手に、人の価値を決めているじゃないか」

「それが仕事だ」

「仕事だと?」

 

 笑い声は不愉快だ。体に結晶は出来ていない筈なのに、じわり熱く痛んだ気がした。

 

「大義名分があれば許されるのか? 神のように、死ぬべき人間を指差すことが出来るのか」

「やらなきゃいけないからやったんだ」

「仕事だから、必要だから。言い訳ばかり上手だな」

 

 笑い声は俺から出ていた。

 

「あいつらを殺したのも、必要だったから?」

 

 尋ねたのは、赤い髪のリーベリだった。

 

□tips□

 

「……年始に見る夢にしちゃ最悪だな」

 

 年越しの飲み会を一次会で抜けて眠りについた筈なのに、まったく眠れた気がしない。これがアルコールや食あたりなら気にすることは無いんだが、寝不足ってのはアーツでどうにもならないから嫌いだ。

 

 身体を起こす。背中はじっとりと汗で濡れていた。不快なので寝間着を脱いでさっさと仕事着に着替える。

 

「……あ」

 

 仕事着に着替えたところでやるべき仕事は無い。ロドスも年始は流石に短縮営業で、特に年末の嵐を乗り越えた人事課は凪の時間だ。完全な休日だと言われても、何をしたら良いのやら。普段だったら漫画や映画で過ごすのだが、困ったことに気分が乗らない。

 

「酒は……手持ちは切らしてたな。飲み会の余りは……期待しない方が良さそうだ。既にすっかり出来上がった奴らに絡まれて最悪度合いを更新しかねない」

 

 娯楽も駄目、酒も駄目となればあとは寝るくらいしか残されてないが、今眠ったらあの悪夢の続きを見てしまいそうだ。

 

「何も思いつかねえな。どうするか……?」

 

 コンコンと響く。ドアがノックされた。フィアメッタもグマさんも居ないというのに誰だろうか。

 

「どうぞ」

「他の場所に移動していたら艦内放送で呼び出すつもりだったが、手間が省けたな。カンレイ、時間に余裕はあるか」

「これはケルシー先生。どうしたんです珍しい。あんたがわざわざ足を運ぶなんて」

「プライバシーに配慮すべき事柄だ。他の人間の目に触れない場所で話をするべきだろう。その点、この執務室は用の無い者は訪れないからそういった会話をするのに適している」

 

 用も無いのにやってくる奴は居るんだが、話の腰を居るので黙っておく。

 

「どんな話です」

「任務だ。君には極東に行ってもらう」

「拒否します」

 

 条件反射で拒絶していた。極東という土地は、自分にとっては良い思い出など何も無い最悪の場所だ。どんな任務だろうと、行きたいと答えることはない。

 

「君がそう答えることも分かっている。順に話そうか」

 

 先生は立ったまま、持っていた資料を机の上に置いた。読め、ということらしい。

 

「ロドスは極東の一部を統治する領主と新たに相互扶助の契約を結ぶこととなった。本来ならば私やアーミヤが赴くべきだが、先方から要求があった。斯波寛零(シバ カンレイ)を使いに出せと」

「……その地域ってのは」

 

 俺のフルネームを知っている人間は、ロドスには殆ど居ない。ドクターと先生、それとグマさんくらいだ。アーミヤCEOさえ知らないだろう。ロドスの交渉で漏れた、ということは有り得ない。つまり、先生の言う極東の一部ってのは。

 

「君が察する通り、かつて君が暮らしていた場所だ」

 

 先生が頷く。

 

「あちらからコンタクトがあった際、奇妙な引っ掛かりを覚えたがこの事なのだろう。領主は我々が君を擁しているという情報を何かしらの手段で掴んだらしい。ロドスとしては彼らからの見返りは十分に魅力的だ」

「それで俺を生贄に?」

「状況の把握が早いのは君の美点だが、早合点が過ぎるのは欠点だ。先方は特使に君を指定こそしたが、身柄の要求はしていない。ロドスとしても、優秀な人材を使い捨てにするつもりはない。カンレイ、これは人事課オペレーターへの任務ではない。エリートオペレーター、Humanist(ヒューマニスト)への指令だ」

「その名前は、随分前に返上した筈ですが」

「オペレーターの配属任命権は人事課の責任者である君が持っているが、エリートオペレーターに関してはそれを任命できるのはアーミヤだけだ。彼女が転属願いに判を捺していない以上、君は未だエリートオペレーターとしての権限と責務を有していることになる」

「……そりゃ初耳だ」

 

 斯波だのHumanistだの。捨てた名前が追いかけてくるような気分だった。今朝の夢は一種の予知夢だったのではないかと疑ってしまう。

 

「先程も言ったが、ロドスはオペレーターを捨て駒にはしない。君にはロドスからの交渉役として極東に向かってもらうことになるが、同時に不利益や危険を察知したときに我々の認可を待たず協約を破棄する権限が与えられる」

「つまり、顔だけ見せて危なさそうならトンズラしろと。ロドスに俺がいる事を突き止めてくるような相手に、そんな都合良く出来るんですかね」

「エリートオペレーターは単独での任務遂行が可能な人材であることが必要条件だ。私の見立てでは、君はまだ十分な実力を残していると言って良いだろう」

 

 短い付き合いだが、先生がこの手の話でヨイショするようなタイプではないのを知っている。そして、これまでロドスで暮らしてきた経験から、あっさりと人を切り捨てるような企業じゃないことも分かっている。

 手元の資料をめくった。相手方の提供する支援は裏を疑ってしまう程美味しい。俺一人が危ない橋を渡るだけで、何百、何千人もの感染者に援助が行き届くのなら、リスクを背負う価値はある。

 参った、断る理由が見つからない。

 

「日時の指定は」

「提示された日程には猶予がある。準備が必要だと言うのなら、万全に果たすことができるはずだ」

「ああもうそりゃ至れり尽くせりって奴ですね。分かりましたよ。受ければ良いんでしょう。エリートオペレーター扱いだって言うならその分の給料も要求しておくべきだった」

「経理課ならば、込みの評価だと答えるだろうな。労働闘争に関しては自分の手で解決するか、アーミヤかドクターに相談すると良い」

「……冗談ですよ。無駄なことをやるつもりは無いです」

 

 死ぬつもりは毛頭ないが、死ぬ可能性は低くない。聞きたくなったのは勝ち気なリーベリの声だった。

 

「そういや、過去のことを話すって約束しちまってたなあ」

「どういう意味だ?」

「いやこっちの話ですよ。先生。すぐにって訳じゃないですけど、準備が出来次第向かいます」

「済まないな。君に想定外の事故が起こらないことを願っている」

「ええ、先生も」

 

 美味しいと思ったことは無いが、タバコでも吸いたい気分だった。話しそびれて約束も守らない奴って罵られるのも嫌だし。行く前にあいつに話をしておくか。

 

 今生の別れになるかもしれないしな。




魔が差したと言い換えても構わない。
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