苦難の陳述者?ふざけた名前だな!   作:人事プロファイル

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Case11:臆病者のリペンタンス

「戻ってきてようやく一息ついたところだったのに、話がしたいって急に何?」

 

 普段勝手に入ってきてるから、俺からフィアメッタを呼び出したことは殆どない。こいつも怪訝そうな顔をして、新刊の漫画にも手が伸びていないようだ。

 

「そういやさ、お前って俺が感染者だって知ってたっけな」

「質問に答えなさいよ。それと、あなたが感染者なことくらい知ってるわよ。隠していたつもりだったの?」

「いや知ってるなら良いんだが」

 

 ここ数日すっかりきれいになったデスクにペンを置く。身辺整理というか、引き継ぎというか。たとえ戻ってこれるにしても長く離れることになるだろうから。

 

「お前に色々話しておきたくてな。過去のこととか、まあそういうのを。面と向かって話せるのは最期になるかもしれないから」

「……どういう意味よ」

「手が出るの早すぎだろ」

 

 意味を咀嚼した途端、胸ぐらを掴んで引っ張りあげられた。キレられそうな言い回しをしたことは認めるが、血気盛ん過ぎやしないか。

 

「まだ殴ってないからセーフよ。それより私の居ない間に勝手に決めて、勝手に満足されたらたまったもんじゃないわ。話すって言うなら、内容聞いてからどれだけ殴るか決めてあげる」

「殴ることは確定かよ。一から話すから、落ち着いてくれ」

「安心してちょうだい。あなたの頑丈さはよく知ってるから」

「こえーっての」

 

 そこまでやってようやく手が離れる。さて、一からとは言ったものの何処から話そうか。

 

「先ず、ケルシー先生からご指名の任務で極東に行くことになった」

「極東、ね。私は行ったことないから分からないけど、あなたの故郷なんでしょ?」

「まあな。その故郷ってのが問題でな。簡単に言うと……俺は極東じゃお尋ね者だ。見つかり次第斬り殺されてもおかしくない程度には」

「何やらかしたのよ」

「主君殺し」

 

 フィアメッタは言葉を失っていた。ラテラーノじゃどうだか知らないが、極東では主君に仇為すことはただの殺人よりずっと大罪だ。たとえどれだけそいつに戦術的価値があろうと、その一点だけで信用されず忌避される。

 

「……理由を聞かせて。あなたは温情を掛ける余地のある哀れな被害者か、それとも同情の余地も無い畜生なのか、どっち」

「俺の口からじゃ都合の良い言い訳みたいになっちまうけどな。死にたくなかったんだよ」

 

 死にたくなかった。だから殺した。

 

「俺の君主はまあ駄目なやつでな。戦は下手、政も下手。人の意見は聞く気がない。そして無鉄砲な戦好き。俺が仕えていた時も、隣の領地と戦争続きだった」

「その頃のあなたは、兵士だったの?」

「まあな。勲章を全部ぶら下げたら首が折れちまうくらいには、ちゃんとやってたさ。だから俺の首級には、それだけの価値があった」

 

 さて、ここに負けそうな国がある。そこの君主は戦下手の大うつけ。ただし、頗る優秀な兵士が一人居て、そいつだけで成り立っているような状態だったとしたら。

 

「売られたのさ。馬鹿な上司が生き延びる為に、末端の駒一つなら安い買い物だろう?」

 

 普通なら、負け戦の責任を取って指導者は腹を切る。だけど死にたくないから、主君の命の代わりに処刑台に差し出されたのが俺の命だった。

 

「主君の助命を嘆願した忠実な兵士と、その意を汲んでやった寛大な勝者。筋書きとしてはそんな所だ。だけど俺は死ぬのが怖くなった。逃げたんだ」

 

 主君から逃げて、命令から逃げた。その後の話は風の噂でしか聞かないが、身代わりを失った主君はそのまま処刑されたらしい。

 

「命令無視の敵前逃亡と、その結果による主君殺し。一族郎党晒し首にあうだろうな」

「あなた、家族は」

「幸いなことに居なかった。居たらもう少し考え方も変わったかもしれないが、ずっと前に流行病で村ごと亡くなったよ。親類縁者は愚か、旧い友人すら生きちゃいない」

「流行病でみんな、って。あなたは」

「前に話しただろ。俺のアーツ」

 

 亜疹病。根絶されたのはほんの数年前で、それまでに極東で千以上の村を滅ぼしたとされる風土病。致死率ほぼ百パーセントの病も俺にだけは罹らなかった。苦しむ親の介錯をして、友人を看取って、残された一人は生きる為に軍に入った。そこで今度は軍に捨てられて、生きる為に軍を捨てた。そして辿り着いたのがロドスだった。

 

「そうやって逃げた過去が今更になって追いついてきたのさ。ロドスと交渉している極東の相手が、使いに俺を名指ししてきた。不思議なことにそこは、かつて俺が居た地域だ」

「ロドスがあなたを生贄にするってこと?」

「違う。これに対する全ての権限は今俺にある」

 

 もし、ケルシー先生に本当にその意図があるんだとしたら、俺はまた逃げていた。かつて首を勝手に斬られそうになったときとは話が違う。もし、俺が全ての話を聞いた上でなお拒絶していたのなら、そこでこの話は終わっていただろう。選んだのは、向き合うことを決めたのは自分だ。

 

「だけど、危険なことに代わりはない。だから今のうちに話しておきたくてな」

「……気に食わないわ」

「はあ?」

「カンレイ。その任務は単独である必要はないでしょ」

「なんだよ。別に俺だけ、って指定じゃないみたいだが」

「私も連れていきなさい」

「はあ!?」

 

 フィアメッタの言った言葉は予想もしていなかった。

 

「別に絞首台に向かって歩いていくわけじゃないんだから、そんな死を覚悟した顔をするのはやめなさい。気に食わないのよ。死ぬつもりが無いんだったらどうしてそんな悲壮な表情をするの? ここは次の瞬間に敵が押し寄せてくる戦場じゃないのよ」

「……そんな顔してたか」

「最初っからね。私にあなたの遺言を預かってあげる義理は無いの」

「それは、俺が悪かったけど。だからってなんでお前を連れて行く話になるんだ。これは俺の問題だ」

「あなたの問題じゃないわ、ロドスの問題よ。あなたが一人で行こうとしてる理由って、その過去を教えたくないからでしょ。じゃあ私は対象外よね」

「ぐっ……」

 

 図星だった。ロドスの問題で、命の危険がある。複数人でカバー出来る体制を取るのは研修で一番最初に習うことだ。ケルシー先生も、俺も一人で行くことが前提になっていたのは、ただ単に先生は俺に配慮してくれて、俺が嫌がっていたからに過ぎない。

 

「だからって、お前はモスティマの目付役だろ。そんな余裕」

「じゃああいつも連れて行くわ。引きずってトランクにでも詰めておけば良いでしょ」

「トランクって」

 

 もはやモノ扱いか。モスティマが流石に哀れ過ぎるんだが。だがこの女はやると言ったらやる。

 

「……なんでそんなにしてくれるんだよ」

「あなたがほっとくとフラフラ死にそうだからよ。友人が知らないところで死ぬのを黙ってみていられるわけないでしょ」

「友人だから、か」

 

 友人という言葉は嬉しいはずなのに、胸がずきんと鳴った。

 ああ、なるほど。これが恋という奴なのか。友人で終わりたくない、なんて漫画じゃ何度か見たことあるが、この気持ちのことらしい。

 

「ずるいな」

 

 墓まで持っていくつもりだった気持ちが、じんじんと熱を持っている。どうしたものか、この感情は。

 

「本当にお前は、俺が何言っても聞きやしねえ」

「これ以上ゴネるならドクターに直談判しに行くけど」

「分かった分かった俺の負けだ。好きについてこいよ。モスティマも引っ張ってくれば良い。まったく随分物騒な里帰りになっちまうな」

「最初からでしょ」

「馬鹿言え」

 

 軽くなった心で笑う。

 

「ラテラーノ人が居たら爆発があるって、相場が決まってんだ」




【第三資料】
交友関係の狭いカンレイにとって、漫画と映画は手放せない娯楽の一つだ。彼は給料の殆どをそれらの娯楽を収集に費やしており、業務を行っている個室には漫画が並べられた本棚が幾つもある。映画のディスクも多数所持しており、ランクウッドの低俗な、爆発とガンアクションに制作費を割り振った映画をこよなく愛している。
極東発進の現代的な文化を愛するカンレイだが、作品を誰かと一緒に鑑賞したり、感想を誰かと共有することは滅多にない。誰かと討論するよりも、自身の感覚を大事にするべきだと考えているからだ。だから、漫画や映画の貸出を希望する人には、快く引き受けてくれる。

「そんな大層な話じゃなくて、一緒に見る相手が居ないだけでしょ」
──赤い髪のリーベリ
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