苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
「っなんだ貴様は」
「黙って倒れてろ」
テロリストの襟を掴んで地面に叩きつける。食堂車を占拠しようとした集団と比べて、客室車両の見張りは少ない。一等客室がテーブル付きの部屋、二等がベッドだけなのに対して、三等車は小さなカーテンの仕切りがあるだけだ。連結部に配備すれば十分だと考えたのだろう。
人が多いとその分鎮圧に時間が掛かる。時間が掛かれば相手がやらかす可能性も高くなるわけで、こちらとしては都合が良かった。乗客を人質に取られでもしたら迂闊に動けなくなるからな。手練でも非情でもなくて非常に助かった。しかし、今度は疑問が起こる。
「この程度のテロリストがのさばっているのは、なんでだ」
練度は低く、装備もたいしたことがない。そんな集団が新聞に載るほど暴れれば、即座に捕縛或いは討伐部隊が組まれる筈だ。存在するだけで治世の評価は下がり、民草の不満や不信は溜まっていくのだから、放置するメリットが思い浮かばない。戦力面で見ても、極東の軍隊が制圧できないはずがない。金をケチったとて、十分足りるだろう。
考えられる可能性は幾つかある。一つは勢力が人数規模で膨大過ぎる可能性。庭の雑草をむしったところで後からいくらでも生えてくるように、これらのテロリスト集団を検挙してもキリが無い場合はある。少人数の場合は捕捉困難なこともあるが、今回動員されている人数を見る限り規模はでかい。
「二つ目は、ここに居る奴が木っ端のだけで、十分な実力者が他に居る可能性」
飛んできた
「よう、久しぶりじゃないかカンレイ」
「……キタバか」
俺と同じくらい背が高く、俺よりずっと筋肉質な男が車両の向こうからゆっくりと歩いてくる。
「お前がこの集団のボスか。シント軍の英雄も落ちぶれたもんだな」
「言葉に気を付けろよ逃亡兵。手前みたいな臆病者と違って、こっちは忠義で動いてるんだからな」
「忠義ね。好き勝手暴れまわる名目がほしいだけだろ。今も昔も」
だが、これでようやく発覚した。テロリストの正体は俺が仕えていたシント大名が勢力の残党だ。それなら中々討伐できないことにも納得がいく。政が下手といっても、引っ付いて甘い汁を吸っていた奴は多い。戦に負けてもかつての栄光にまだしがみついているのだろう。
「しかしちゃんと武器まで用意してやったのに、お前一人に制圧されるとはてんで使い物にならねえな」
「まあこんなオンボロの武器じゃな。引き入れる武器屋はちゃんと選んだほうが良かったんじゃないか。これならガキが作ったおもちゃの方がずっと売り物になるぜ」
俺一人、キタバの言葉に引っかかりを覚える。食堂の件を把握しているなら、半分はフィアメッタ達の手柄だと伝わっているはず。俺が一人で来ていると思われているのか? わざわざ勘違いをしてやる必要もないが、少し気に掛かる。
「で、やるのか? お前はよく俺に突っかかってきてたからな」
「減らず口は相変わらずだな」
数メートル離れた間合いと一気に踏み込んだ中段突き。両腕をクロスさせて防いでも、衝撃で足が浮く。前よりもパワーが上がってる。二撃、三撃。骨が悲鳴をあげる。歯を食いしばって受けきれただけ、俺もまだまだ鈍ってないな。
「なんだぁ、まだジャブだぜ?」
「ヤンキーの喧嘩と一緒にするなよ。こちとらもう荒くれ者からは卒業してるんだよ」
反撃の蹴りが脛を捉えたが、ぐらつきさえしない。
「そうだったな。チキン野郎。お前みたいなビビリに俺が負けるわけねえか」
上段に振らされて空いたボディに足刀が刺さる。足の踏ん張りが効かず車両のドアまで弾き飛ばされる。
「がっ……」
「お前が避けないのはここの
「お前の蹴りなんか、避ける価値もない、ってことだよ」
「強がりは身を潰すってのは、昔っからお前は言ってたなあ。その言葉そのまま返すぜ」
キタバが立ち上がれない俺の首を絞め上げる。完全に宙ぶらりんだ。爪を立て、手を引き剥がそうとしてもビクともしない。意識が遠くなりそうだ。変に意地張って一人で行動した結果がこれか。いや、やっぱりここで死ぬのが運命だったのかも。
「拍子抜けだぜ」
解放されて膝をついた。目が眩んで足に力が入らない。あのまま首をへし折れた筈なのに、どうして手放したのだろう。霞む視界で顔をあげると、キタバの二の腕に矢が一本刺さっていた。
「大口叩いてそのザマは何? 私、あなたのことを過大評価していたのかしら」
奪ったクロスボウを両手に構えたフィアメッタが向こうの車両から歩いてくる。こいつの撃った矢のお陰で力が緩まったらしい。
「なんだ、手前のツレか? 女に助けられるとは恥晒しだな」
侮辱としか取れない言葉にもこいつは眉を顰めることすらしない。いつもはあんなにも短気なのに、別人のようだ。
「その女に見事に邪魔された奴が言っても強がりにしか聞こえないわね。今度はその女に殺される恥晒しになってみる?」
「安い挑発だな。二人まとめて殺してやっても良いが、そろそろ潮時だ。作戦の失敗は決定的。これ以上残ったら俺まで貧乏くじだ。良かったな、命拾いしてよ」
キタバは嘲笑うと、連結部から列車の外へと飛び出す。普通ならば自殺行為だが、奴ならなんてことは無いのだろう。その姿が消えるのを窓から見送って、フィアメッタは俺に手を貸──すことはなく腹を蹴った。
「ぐふっ」
「何良いようにしてやられてるのよ。私が来てなければ本当に死んでたわよ」
「その死んでたかもしれない相手にやる所業じゃねえだろ」
「開く傷口もないでしょ。腑抜けた顔してる方が悪い」
「だからってやって良いことと悪いことがあるだろ」
体は痛くないんだけど、心だって痛むんだぞ。
「それより、食堂はどうした。お前に任せたはずだろ」
「モスティマがさっさと終わらせて戻ってきたから交代したわ。随分時間が掛かっていると思ってね。何処かで遊んでるのかと思うと腹が立つもの。まさかボコボコにされてるとは思わなかったけれど」
「はいはい。力不足で申し訳ないですよ。助けていただいてありがとうございます。」
埃を払って立ち上がる。元々殴られただけだから傷も無い。打撲痕なんてのは三秒もあれば消える。
「これで貸し一つね」
「……お前に貸し作ると怖いんだよなあ」
「別にたいしたことは求めないわよ。そうね、スイーツでも奢ってもらおうかしら。この前は私が奢ったんだから。それでちょうど良いでしょ」
「スイーツだぁ?」
「あの餡蜜で良いわよ。ついでだからモスティマの分も払ってもらいましょ」
あの餡蜜。大方新聞の広告欄に出ていた奴だろう。確か店の住所まで書いてあった。都市の中心からは少し離れた場所にあって、移動するには時間がかかる。
「お前、行く時間が何処にあると思ってんだよ」
「終わった後、帰り道に寄るくらいなら時間の余裕も取れるでしょ」
「帰り道、か……」
「だから死ぬんじゃないわよ」
「なんで、お前は本当に」
「なによ、文句あるの?」
「ねーよ」
どうして俺が死にたくないってなる理由ばかり作るのか。