苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
夜を騒がせたトレインジャックは奇跡的に死人ゼロで幕を閉じた。列車会社は次の駅で全乗客を降ろし、警察に協力するつもりだったようだが、その乗客からの批難が殺到。ついには返金騒ぎにもなるということで強行的に走行再開し、取り調べは車両内で行われることになった。警察も訝しげに何度か俺の顔を見てはいたが、幸いなことにカンレイの名前には辿り着かず、俺達は「偶然乗り合わせた製薬会社の営業職」ということで片が着いた。片付くも何もそれで百パーセントの正解なのだが。
目的の駅に到着するとそそくさと逃げるように列車を降りる。領主の屋敷までにこれ以上の面倒事はゴメンだ。一時間の旅路をその半分近い速さで踏破し、ここらでも一番広い街の門をくぐる。通りの喧騒には目もくれず一直線に目的地へ進む。門番に案内状を渡すと、数分もしないうちに中に入ることを許された。
「可室の街にようこそおいでくださいました」
応接の間、畳の上に座って俺達を出迎えたのは、利発そうなペッローの青年だ。靴を脱いで畳に上がると、フィアメッタとモスティマもそれに倣う。ごてごてしたブーツだから時間が掛かっていた。ここに滞在する間は苦労しそうだな。
「ロドスのオペレーター、Humanistだ。こちらは同じロドスのオペレーターであるフィアメッタとモスティマ」
「Humanist。今はそう名乗っていらっしゃるのですね」
ペッローは柔和な笑みを浮かべていたが、その奥の眼光はナイフのように尖っている。その笑い方には見覚えがあった。
「あんたがヒデイエの息子か」
「ええ、ヒデミツと申します。父の代から、斯波寛零の噂についてはかねがね聞いておりますよ」
「それは恥ずかしい話だ。逃げ出した臆病者の噂なんてろくなものじゃないだろう」
かつてシントの軍を降し、俺を処刑しようとした大名ヒデイエの息子が、今は領地を継いでいるという話は聞いていた。その息子がかなりのやり手だという噂は俺がいた頃にも流れていたし、この近辺が見る影もなく発展しているのも、この男の成果なのだろう。
「逃亡者と謗る声も少なくありませんが、我々にとってはそうとも限らないのですよ。あなたの戦場での勇猛さは恐るべきものでしたからね。兵の数で勝ち、策略で上回っている筈の我々が、たった二人の兵にずっと苦しめられていたのですから」
「それこそ、今でも一人の敵を持て余してるみたいだな」
「ああ、既にご存知でしたか。ロドスの情報機関は優秀なのですね」
「これまた恥ずかしいことに、お膳立てされなきゃ知ることは無かったよ。極東までは手が回らないものでな。で、俺を餌にした成果はあるのかよ」
餌。駅で見掛けた尾行者を思い出す。あれはおそらくヒデミツの手の人間だろう。確認したかったのは、俺が使者としてやってくるのかどうかと、それを知ったテロリスト共が動くのかどうか。少なくとも、キタバはあの場所に俺がいることを知っていた。奴らに極東外の協力者が居るか、ヒデミツ側の人間が意図的に流出させない限り、その情報を手に入れる術は無い。
「計二十四名ものテロリストを逮捕できた。十分な釣果でしょう」
「詭弁ね」
口を挟んだのはフィアメッタだった。駒にされたことが気に食わないのか機嫌がかなり悪そうだ。交渉の場と考えれば諫めるべきだが、俺も人のことは言えないからな。こいつもラテラーノじゃ地位ある方の人間だし、喧嘩の売り方は心得ているだろう。
「列車強盗の犯人たちは、テロリストと呼ぶにはあまりにもお粗末な装備と練度だったわ。まるでその辺の農民を即席で仕立て上げたみたいだった。食事も十分に取れていなかったようだし、何より……彼らは皆感染者だった」
「……流石は感染者救済を理念に掲げる企業。目敏いですね」
柔和な雰囲気を残したまま、ヒデミツの目が鋭くなる。
「フィアメッタ嬢、あなたの予測は殆ど全て当たっていると言っていいでしょう。彼らは
感染者集団を母体とした反体制組織は珍しいものではない。ロドスにとってはどうしてもレユニオンがちらつくが、世界各地でその手の集団は立ち上がり、手を組んだり争ったりしては潰されていく。一々同情していてはキリがない。頭ではそう分かっているが、心が納得することとは話が違う。
「はっきり言って廃山はこれまで掃討する価値もありませんでした。彼らは反体制ではありましたが、積極的に事件を起こす集団ではありませんでしたから。排斥された感染者同志が身を寄せ合って、自分達の住処を守ろうとする互助組織。事件が起きれば対処こそしますが、炉端の石を裏返してまで追い立てる程我々も非情ではない」
「それが変わった理由は何?」
「それはあなた達の方が詳しい……というのは少し迂遠になってしまいますね。Humanist殿なら想像がつくのではないでしょうか」
「カンレイで良い。そっちの方が呼びやすいだろ」
「ではカンレイ殿。あなたは既に顔を合わせているようですし、分かるでしょう?」
「……お前たちに負けたシント派の残党が合流したからだろ」
俺が逃亡し、主君のシントが処刑された以上、シント派に政治的な居場所がない。冷や飯を食いながら細々と生き長らえるか、野盗に身を落とすかのどちらかだ。既に存在する勢力に寄生して、主導権を奪い取ることもあるだろう。曲がりなりにも学のあった連中なのだから、無垢な民草をだまくらかすことなんて容易だ。
「俺を呼び寄せたのは、同門で食い合わせようって腹か」
「誤解しないでいただきたいのは、ロドスと交渉のテーブルに着いた初めは、あなたが居るだなんて考えもしませんでした。我々が望んでいたのは、暴徒と化した感染者の鎮圧と、次なる災いにならないよう、保護してもらうことでしたから。家臣からの報告を聞いた時は驚きましたよ。あの
「俺たちは製薬会社だ。傭兵でも戦争屋でも無い。」
「ですが荒事に対応するだけの武力も保有している。あなた方が対処しなければ、我々は総力を用いて廃山を排除せざるを得ません。サルカズの傭兵を使う必要も考えなければならないでしょう。多くの兵も、多くの感染者も死ぬでしょう。キタバに対抗するにはそれだけの労力を注ぐ必要があります。かつてあなた達を屈服させるために幾つもの奸計を用いたようにね」
最近力を持ち始めた反体制勢力の撃退。どの国でも対応に苦慮している感染者処理の委託。それに並べるのは過大評価だと思うが、俺やグマさんの居る組織と協力関係にあることは、他の領主に対して牽制代わりに使えるらしい。なるほど、あの好条件も頷ける。それだけの出費でも、リターンの方が大きいのだろう。
「……良いだろう。書面の契約が果たされるのであれば、俺たちはそれに従う。ここまで都合良く物事が働いて、さらに欲をかこうという
「あなた方の理念は実に素晴らしいものだと思っています。そのご協力が出来ることは、とても誇らしいことですよ」
「よく言うよ」
愚かな主君はもう御免だが、賢しい権力者も厄介なものだ。これなら経理課と喧嘩している方がまだマシだな。ため息を漏らさずにはいられなかった。