苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
極東にはこんな言い回しがある。
テラには二つの月がある。白い月は盃にして、赤い月は肴にせよ。
極東の夜に浮かぶ月はとても綺麗だから肴にして酒を飲むに限る、という意味だ。かつて生きることに必死だった頃は実感することはなかった。酒は一日を生き延びることが出来たときに喜ぶ為か、理不尽で暴力的な上官の機嫌を取るために飲むもので、酒自体を楽しんだことは無かった。自身の
酒を娯楽として飲むようになったのはロドスに来てからだ。それも最初はブレイズの飲みに付き合わされたことが切欠だ。酒を美味しいと思ったことがないと零したら、それはもったいないと各地の酒を並べて寄越したのだ。当然二人で飲めるわけもなく、AceやScoutまで混ざって大宴会になってしまった。あの時だけは疲れて眠ってしまったことを覚えている。それから、飲み会に時々参加するようになった。同郷のノイルホーンとはサシで飲むようになり、ヤトウやマトイマル、グマさんが増えていった。
「こんなところで何やってんの。風邪引くわよ」
領主の館は広い。俺たちは三人はそれぞれ個別に部屋を貰って、しばらく滞在することとなった。俺の存在が知れている以上、近いうちに
月を見上げてちびちびと酒を舐めていた俺は、呼びかけで思い出から今に戻った。
「俺が風邪引くことなんてないって分かって聞いてるだろ。お前こそ何やってんだよ」
「間取りの確認よ。ここが襲撃される可能性だってゼロじゃないし。数日はここで過ごすんだから部屋割を把握しておいて損することはないでしょ」
「そりゃ生真面目だな。勤勉な部下を持って嬉しいよ」
警戒とは言うものの、フィアメッタも任務時の服装ではなく、湯を借りた時に一緒に借りたのであろう浴衣姿だ。ちらちらと素肌が見え隠れして正直目のやり場に困る。ブレイズの脱ぎグセなんかは別になんとも思わなかったんだけどな。色気の違いか? なんて本人に聞いたらチェーンソーのサビにされるから心の中に留めておく。
「勝手に部下にしないでちょうだい。今回の隊長はあなたかもしれないけど、納得できない命令に従うつもりはないわよ」
「じゃあ今の俺に詮索するな、っていう命令は?」
「とてもじゃないけれど納得できないわね。隊長は私達に明かすことができない後ろめたいことをしているんじゃないかと疑ってしまうわ」
「そんなわけあるか」
別に詮索されたら困ることでも無い。
「寝付けないから晩酌してただけだよ」
極東の屋敷は必ず庭に面した廊下がある。そこに座って、月を見ながら酒を飲むのは、古典的な有力者のイメージと言っても良い。俺は参加することが無かったが、シント大名がよくそうやって宴を開いていたことを覚えている。だから、ふらりと厨房に立ち寄って酒を貰い、真似事をしていただけだ。
「なに一人で飲んでるのよ。一口寄越しなさい」
「猪口一つしかねえぞ」
「別に良いわよ」
フィアメッタが隣に座る。徳利から酒を注いで渡すと、一息に呷った。
「げほっ、ごほっ」
「大丈夫か? 無茶な飲み方しやがって。間違っても吐くなよ。ロドスの沽券に関わる」
「そんなことしないわよ……」
予想外にきつかったのか、咳き込んだ背中をさすってやる。この極東酒はワインやウィスキーとは口当たりが違うし、この前の飲み会で持ち込まれた炎国酒のように飲みやすくアレンジされた酒でも無い。女中に一番度が強いのをくれって頼んだからな。流石にウルサスの飲み物か燃料か分からないような高さではないが、慣れてない人間が一気に飲めば喉が焼けても仕方がない。
「どうした。荒れてんな」
軽い口調で聞いてみれば、涙の浮かんだじっとりとした目で睨みつけられた。
「……あなたは随分余裕そうね。腹立たしいとは思わなかったの? 思い出したくなかったところに呼び出されて、知らないところで勝手に囮にされて。あなたの心情なんてまるで無視。あなたの覚悟がまるで道化じゃない。それを本人の目の前で……いや、陰でやられていたらもっとムカつくからまだマシだけど」
「ああ、そのことか」
「マゾヒストじゃないんだったらニヤニヤしないで気持ち悪い」
「気持ち悪いは酷くないか」
口元が緩んでいるのはきっと間違いではないだろう。フィアメッタが自分のことで怒ってくれているのが嬉しかった。猪口を返してもらって、さっきの彼女と同じように一気飲みする。喉が熱い。だけど咽るようなことはない。猪口を傾けて、底に残った雫を揺らす。
「……言っちまえば、俺が怖がってるのは、極東という国でも裏切った古巣でも無かったんだ。自分の過去と向き合うことが怖かった。だから今になって向き合えって謀られて、そりゃいい気分ではねえよ。あのへらへらした面引っ叩いてやろうかと思ったし」
「そういう態度には見えないわよ」
「よく言うだろ。自分よりキレてる奴が居ると却って冷静になるって」
フィアメッタがイエミツに噛み付いた時、すっと気持ちが落ち着いた。俺の仕事は一緒になって糾弾することじゃない。ロドスのオペレーターとして、契約を締結させることだ。
「ありがとな。代わりに怒ってくれて」
「私が気に食わなかっただけよ。あなたが殊勝だと明日は爆弾でも降ってくるんじゃないかって気分になるわ」
「良いんだよ。俺が勝手に感謝してるだけなんだから大人しく受け取っとけって。冗談でも嫌味でもなく本当に感謝してるんだ。お前が居なけりゃ、全部腹の中に飲み込んだまま死んじまってたかもしれない」
「そうね。首の骨折られそうになってたもの。本当に驚いたわ」
「悪かったって」
キタバが相手なんだから少しくらい多目に見てくれよ。お前は知らないだろうが、俺の中の評価じゃ戦闘オペレーターでも勝てる奴は相当限られるんだぜ。ヘラグ将軍とかスカジ達アビサルハンターレベルを呼び出すレベルだ。まあ、それでもやりようは幾らでもあった筈なんで、俺が鈍ってたとしか言えないんだが。
「それとも気持ちだけが不満なら、もう一杯飲むか?」
「まだ残ってるの? いくら強いお酒でも、この量じゃすぐに無くなっちゃうでしょ」
徳利を覗いてみれば、もう一杯分しか残っていなかった。もっとゆっくり飲んでいたつもりだったのに。やはり一気飲み二回は駄目だったか。
「そんならもう一瓶貰いに行こうかね。猪口が足りないんだからちょうど良い。月が二つあるのに、一人で飲むのも負けた気分になって嫌になっていたところだ」
「客人扱いされてるからって遠慮なしね。あなたのペースで飲み続けたら一晩でも酒蔵が空になっちゃうんじゃないかしら」
「そんなわけないだろ。ここは鬼の本場だぜ。俺一人が飲んだくらいじゃ、減ったことにも気付かれないさ。それに俺らを使おうっていうんだから、そのくらいの待遇はあって然るべきだろ?」
「それは、その通りね」
珍しくフィアメッタが笑った。勝ち誇る時の自慢げな表情でも、酒に酔った時のへにゃりとした表情でもない。普通で自然で、可憐な笑みだった。俺はそれに見惚れてしまって、彼女の顔から目を離せなかった。
「豆鉄砲食らった顔して、どうしたの?」
「え、ああいや。前の時みたいに途中で飲み潰れるなよ、って。ここはロドスじゃないんだからな」
「その話は蒸し返さないで」
下手な誤魔化しをして、厨房に酒を貰いに行こうと席を立った。