苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
時刻は午後二時。可室の東。大名行列は二時間後にこの場を通る。街の人々もまだ時間に余裕があるからと家で身支度でもしているのだろう。ぎゅうぎゅうに人が押し詰める未来など見えていないかのように、通りは静けさに満ちていた。
「なあ、カンレイ。この場合俺は釣った側になるのか? 釣られた側になるのか? お前はどう思うよ」
俺の姿を認めて、正面から堂々とキタバが姿を現す。一人の筈が無い。おそらくは俺を撃破した後に通す刺客が近くに潜んでいる。
「さてね。餌の俺には分からないな。ただ、ここで決着が着いたら嫌でも分かるだろうよ」
フィアメッタとモスティマはここには居ない。彼女達には当初の予定通り、他のテロリストを確保してもらう。キタバの相手は俺一人だ。
「列車でのこと、忘れちゃいないよな。それともほんの数日でパワーアップしたのか?」
「言ったろキタバ。ヤンキーはもう卒業したって。ガキの喧嘩に付き合う程暇じゃないんだよ」
「そうかい。じゃあ、すっかり腑抜けた大人にはここで退場してもらおうか」
キタバが踏み込む。正面から受け止めれば先日の二の舞だ。相手の拳に横から手を当てる。止められないのは分かっている。少しだけ向きをずらして、それに自分も引っ張られるように回る。
「ちぃ」
宙に身を投げ出しそうになったキタバは地面を踏みしめて傾いた体を立て直す。大きな土煙が上がった。その中から体を正面に戻す勢いを使った突きがもう一発。手のひらで受けて足を浮かせる。吹き飛ばされて地面に転がりながら立ち上がり、距離を取って再び対峙した。
「必要なのは逃がすこと、ってAceは言ってたっけな。ついぞあの人の重装論は習得できなかったが。及第点くらいは貰えるか」
「何をブツブツ言ってやがる」
「ちょっと自己評価をな。最近サボってたものだから、どやされたくないんだ。Scoutは面倒見は良いけど怒らせると凄かったんだぜ。俺が報告書を適当にやった時なんかケルシー先生より怖かった」
俺が任務で失敗した時、Scoutはチクチク嫌味を言った後、改善案を幾つも提示してくれた。Aceは気にするなと背中を叩いて飯を奢ってくれた。
あの事件があって、俺がHumanistの名前を返上した時は二人とも何も言わず酒に誘ってくれた。どんな言葉を掛けてもナイフになってしまうと分かっていたから、ただ一緒に飲んでくれた。
「けど、AceもScoutももう居ないんだ」
ドクターを救出する為に、二人とも命火を使い切ってしまった。それが間違いだったとは口が避けても言えないし、ドクターを怨んでいるなんてこともない。だけど、二人のように殉じることができるか、自分に問い掛けてみても答えはノーだ。
「俺はさ、結局死にたくないんだ」
前襟を掴もうとする手にナイフを突き立てる。鬼の強度じゃ刺さりはしないが、痛みで奴は手を引っ込めた。
「死にたくないなら引きこもってりゃ良かったんだ。大名様を犠牲にして、何食わぬ顔で戻ってくるんじゃねえ」
「お前の怒り。今なら少しだけ分かる」
「分かってたまるか」
掴みをフェイントにした蹴りが鳩尾に入って息ができなくなる。追撃で飛んでくる踏みつけをすんでのところで横に転がって躱した。粉塵が喉に入って咳き込んでしまう。
「ごほっ……そりゃそうだ。分かるのはほんの少し、俺の人生とお前の人生で掠った、ほんの一瞬だけ。だから、お前に殉じてやろうとは思わねえ」
「ああ、殉じる必要はねえ。俺が直々にぶっ殺してやる」
「それも嫌なんだ。死にたくないし、死ねない理由もあるから」
俺が死んだらフィアメッタは泣いてくれるだろうか。泣いてくれたら悲しいけれど、少しだけ嬉しい。だけど、あいつの顔が見れなくなるのは嫌だった。あいつとの約束が守れなくなるのも嫌だった。嫌嫌ばかりで子供の癇癪みたいだと自嘲する。
「正直、あんま褒められたやり方じゃねえと思う。俺だってやりたくなかった。こんな場所だしな」
「頭でも打っておかしくなったか。さっきから言っていることが支離滅裂だな」
「支離滅裂で結構。頭に浮かんだことを徒然呟いているだけだからな。お前がいちいち反応してくれるのって本当にありがたいよ。独り言が終わった後の無音ほど気恥ずかしいものってない」
「時間でも稼いでるつもりか? イエヒデの兵士が来たら俺を倒せると踏んでいるのか。そう上手くはいかないこと分かってんだろ」
「正解。時間稼ぎって楽だよな。相手に意図を探らせるだけで達成できるんだから。お前を取り逃がそうと、事件さえ起きなきゃこっちの勝ちだ。お前の仲間は既に捕まえてるだろうしな」
「あの女を随分信頼してるんだな」
信頼か。そう言ったって間違いじゃないだろうが、俺はこう答えた。
「惚れてっからな」
ずっと受けに回っていた身体を、今度は攻めるために屈ませる。狙うは奴の顎、肉の壁に守られていない急所。打ち落そうと振りかぶられた拳が、飛び上がった俺の拳と衝突した。
「なっ……!?」
キタバが驚きの声を上げる。上と下、力関係も奴の方が上だ。叩き潰せると本気で思っていた巨体は、カチ上げられて宙に浮いた。拳が砕けそうな痛みに歯を食いしばり、追撃の為地面を蹴る。だが奴も歴戦の勇士。脇を締めて人中を守りながら着地する。足に走った衝撃に奴の顔が歪んだ。
「何しやがった」
「お前に秘密があるように、俺にだって秘密があるんだよ。ガキの喧嘩に付き合ってる暇はないって言ったろ。これで
種明かししてみればなんてことはない。一服盛っただけ。
キタバはあれで用心深い。毒を飲ませようとしても警戒されて失敗するだろう。奴に気取られず、確実に吸引させる必要があった。
だから、粉末にして散布した。戦いの中で起こる土煙に混ぜて、奴が気が付かないよう少しずつ浸透させていった。フィアメッタとモスティマをここに置かなかったのは、間違っても彼女達が吸い込むことが無いようにする為だった。解毒が出来る俺や、生理的耐性の高い鬼じゃなかったら、死ぬ危険性もある毒だ。
ともあれ、賭けには勝った。奴の自由が奪われるまでの時間をしのぎ切ることが出来るか。それがこの作戦の成否を左右する重要な要素で、俺の実力だけに掛かっていた。
「……お前の気持ち、少しだけ分かるってさっき言ったよな」
「分かるわけねえ、って答えた筈だが」
「俺は感染者だ」
「…………」
「そして、製薬会社ロドスが掲げる理念は鉱石病の根絶と、感染者問題の解決」
「……だから、降伏しろとでも?」
「そんなことは言わねえよ。俺がお前の立場だったとして、信じられるわけはねえからな。ただ、今の俺のスタンスを伝えておきたかっただけだ」
ふらついているキタバを殴る。殴る。大振りなフックを躱してもう一度殴る。毒が効いているうちにしか勝機はない。息を止めて、力の限り打ち続ける。
俺はシント様が嫌いだった。今でもそれは変わらない。だけど、今は。どうしてそれなりの人望をあの人が得ていたのか、理解はできた。乱暴者のキタバがどうして忠義を果たそうとしたのか。ようやく納得できた。
「悪いな、少し眠ってろ」
ハイキックが奴の頭を捉え、巨人はついに倒れ伏す。勝ったという喜びは全く無かった。
オリキャラしか居ねえ