苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
「カンレイ! モスティマを見なかった?」
鬼気迫る様子のフィアメッタを前に俺は書類をめくる手を止める。今にも辺りを火の海にしそうな剣幕のこいつにまたかと天を仰いだ。
「見てないけど。今度は何やらかされたんだ? 龍門で壊した家屋の請求書が送りつけられたんならそれは人事課の管轄じゃねえ。経理課に行くかペンギン急便のナイスミドルに直談判しな。最悪ドクターが建て替えてくれる。それともいつもみたいに魚団子に唐辛子を混ぜ込まれたか? だったら苦情はジェイに言え。真心込めて美味い魚団子を馳走してくれるだろうよ」
「どっちでもないわ。あの大馬鹿、私が見ようとしていた映画のパッケージにメモを残していたの。なんて書いてあったと思う? "
「おおう……そりゃ重罪だな。うん。重罪だ」
作品のネタバレは市中引き回しの上打首獄門と相場が決まっている。というのは流石に言い過ぎにしても、フィアメッタの怒りはよく理解できた。俺がやられたらとりあえずそいつをドーベルマン教官の元で再教育させるよう配属し直す。もしくはワルファリンに解剖許可を出す。
「とにかく、あの馬鹿を見つけたらすぐに連絡をちょうだい」
「分かったよ。っても俺はここから殆ど動かないから見つけることは無いだろうけど」
肩で風を切って部屋を出ていくフィアメッタを見送って嘆息する。こうしたことは珍しくない。こういった時、大抵モスティマは市街地に出ていて、挙げ句の果てには買い歩きの請求書をあいつに押し付けてくるのだ。短気なあいつのことだからその度に焦土が生まれても良いと思うのだが、何故か被害の報告は出ない。矛先を逸らす特別な技能があるのなら是非ご教授願いたいものだ。
「それにしても、仕事とはいえストレス溜まる相手によくついてられるよな。俺だったら上司に直談判してでも配置換えを願うものだが」
「私は別に離れても良いと思ってるんだけどね。あの子の方から見張ってないと、って意気込んでるんだよ。困っちゃうよね」
「じゃあ自分の意志で組んでるのか。やっぱあいつのことはよく分からん」
……ん?
自然過ぎて独り言に答えが返ってきたことに気が付くのが一瞬遅れた。声のする方を向けば、黒い光輪と青い髪のサンクタが、来客用の椅子に座っている。
「……どうやって入ってきた、モスティマ」
「一度探した場所なら、彼女の性格上もう一度探しに来るとは考えにくいでしょ?」
「俺が聞いたのは部屋に入ってきた方法であって、理由じゃないんだが。フィアメッタとカチ合わずに入るなんてどんな手品を使ったのか聞いているんだ」
「それは秘密。教えたところで理解は難しいと思うし、理解したら君は対策を講じるから」
「Mechanistと一度ロドス内部の警備システムについて協議する必要があるな。もしくは定例報告会で危険人物にGPSをつけとく必要性について提起するべきか」
俺が共犯だと思われたら、今日のロドスの晩飯は堕天使の丸焼きに鬼の丸焼きまで追加されてしまうのだが。モスティマはこの部屋から出るつもりは毛頭ないらしい。事務方じゃ実力で排除するなんてこともできないので、諦めて手元に目を落とす。まったく、これじゃ仕事が進まない。
「……そういや、映画のネタバレ吹き込んだんだって? 何の映画だったんだ」
本人に聞くのは流石に躊躇われたので彼女に聞く。もし俺の既に見ている作品だったら意図せずして地雷を踏んでしまうかもしれないからな。
「なんだったっけ。確か『完遂不可能なスパイ大作戦2』だったかな」
その映画のタイトルには覚えがある。ちょっと前にランクウッドで公開されて、先週だかにフィルムが発売されたばかりの新作。謳い文句は"前回より三倍の策略と爆薬!"で、ランクウッドらしいアクションとスタントシーン全振りの娯楽作品だ。俺はクルビアの劇場まで見に行ったから内容も覚えている。パッケージも細部はともかくなんとなくの配置は分かった。つまり、
「思いっ切り嘘書いてるじゃねえか」
フィアメッタの言うパッケージの女性は、映画のヒロインであり、途中でアクションにどんどん偏重していくにつれて影が薄くなっていくキャラだ。別に黒幕ではないし、むしろ後編への出番がエピローグ数カット程度と、もし主演女優として抜擢されたならクレームを入れても良いくらいの扱いを受けていた。
「だって私その映画見てないし。ちゃんとクエスチョンマークも入れたんだよ」
「見てないならなんでそんなイタズラをしたんだ。フィアメッタの懐の広さがどこまであるかチキンレースでもしてるのか? その代償がサンクタステーキじゃ割に合わないと思うんだがな。それにあいつの引き金がハガネガニより軽いことなんてわざわざ試さなくても分かるだろ」
「いやぁ、なんとなく。あの女優の雰囲気がちょっとヴェルリヴに似てたから? ほら、推理小説をタイトルだけでどんな内容か想像したりするでしょ」
「根本的に違うと思うが。ヴェルリヴって……ラテラーノの枢機卿のことか? お前自分の上司を黒幕みたいだと思ってんの?」
「あ、知ってるんだ。でも似てない? 目元の辺りとか特に」
「プロファイル整理の一環で有名人は一通り覚えているだけだ。そうでもないと突然王族なりがやってきた時に対応出来ないからな。ご当人とは話したこともないし、画像データで見た顔もうろ覚えだよ。同意を求められても困る」
「それは残念」
べっぴんさんだなと思ったがそれくらいだ。一国の要職なんだから、権謀術数に長けていないとは思わないが、それだけで一々黒幕認定していたら、ロドスなんか黒幕のバーゲンセールになってしまう。先生なんて話し方が完全に悪役のそれだからな。
はあ、と大きなため息を吐いて仕事に戻る。
「で、どうすんだよ」
「どうするって、なにが?」
「フィアメッタのこと。今回ばかりは上手いこと言い逃れることも出来ないんじゃないか。ああ、頼むから捕まるなら周りが爆発しても大丈夫なところで捕まってくれよ。移動都市の外なんてどうだ。どれだけドンパチやろうが何も無い荒野じゃ壊れるものもないからな」
「それは嫌だなあ。他にいい場所無い?」
「訓練室かドクターの執務室。おすすめは執務室だな。大惨事が起こる前にCEOか先生が両成敗してくれる。今日の秘書は誰だったかな。グマさんやサリアなら被害は最小限で終わるだろうさ」
「良いね。ドクターのとこに行こうか」
「まあ、自分で提案しておいてなんだけど。そいつは無理な話だけどな」
すっ、とモスティマの肩に後ろから手がかかる。穏やかな笑顔のフィアメッタが立っていた。短気な人あるある、マジでキレている時はむしろ静かになる。
「あっれー?」
モスティマのこめかみに冷や汗が流れている。飄々としている彼女も今回ばかりは身の危険を感じているようだ。どうせならお得意の逃走術を見学させてほしいのだが、それは無理な話らしい。
「フィアメッタのことだからロドスの外に探しに行くと思ってたんだけどなあ」
「俺だってそう思うよ。だけど、今回ばかりはフィアメッタが一枚上手だった。というか、お前のやらかしが酷かったな」
モスティマの前に、手元で弄っていた端末の画面を見せる。そこに映っているのはトーク履歴。
"ターゲット確認、俺の部屋に来てやがる"
"今すぐ向かう。引き止められる?"
"条件がある。暴れるなら外でやれ"
"了解、任せたわよ"
モスティマがこの部屋に来た時点で連絡は終了し、俺は無駄話で立ち去らないように気を引いておくだけで良かった。
「面倒かけたわね」
「貸しイチな」
「今度なんか奢るわよ。それじゃ、私はこいつ連れて行くから」
「おう、他の人巻き込むようなことはすんなよ」
「ええと……弁明の機会は無いのかい?」
「あると思ってるの? だったらその楽観主義から叩き直す必要があるわね」
掴む場所を肩から襟首に変えて、ずるずるとモスティマを引っ張っていく。出荷される瘤獣のような悲しい目をしていたが、悲しいかな。助ける力も理由も俺にはない。
「ま、嘘だろうがネタバレは重罪ってことで」
静かになった部屋で、俺は仕事に戻るのだった。