苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
Case20:人事部へのニュービー
「仕事場に戻って落ち着く、ってのも変な話だよな。出張から帰ってきたばかりだから、間違った感覚でもないのかもしれないが」
旅立つ前に整理整頓した執務室は、その時のまま残っている。ただ一点を除いては。
「さて、仕事するか」
机の上にどんと重ねられた書類。責任者の判が必要で、急ぎの用事ではない書類が後回しにされて積み上がっている。戻って来なかったらどうするつもりだったんだ、と部下に言うのも酷か。居ない間、かなり頑張ってくれていたみたいだしな。俺が戻ってきたと知るや否や、これで解放されると泣いて喜んだらしい。
「しかし、俺が居ないと炎上する職場ってのもな」
極東で預かった感染者達の身柄に関しては事務所に任せたとはいえ、俺が出張らないといけない場面もまだあるだろう。それにロドスという企業が発展していくにつれて、業務量はさらに増え続ける。今の人事オペレーター達は十分に仕事をしてくれているから無理をさせたくはないが、人手が足りないのは間違いなかった。
「もしもーし、ああカンレイ居るね、良かった」
突然ドアが開いたかと思うと、小柄なフード姿が部屋に入ってくる。
「ドクター、どうしたんです。せめてノックくらいはしてくれてもいいんじゃないですかね」
「ごめんね。次から気を付けるよ。それでちょっとお話良いかな」
極東の厄介事が一段落ついたと思ったら今度はドクターからの厄介事か。嫌そうな表情は顔に出ていたみたいで、ドクターがふるふると手を振る。
「出張とかお願いとかじゃないから。いや、お願いとは言えるかもしれないけど。悪い話ではないよ」
「はあ、長くなります? インスタントで良いならコーヒーを淹れますけど」
「あ、じゃあ頂こうかな」
仕事を一旦止めて、コーヒーメーカーの電源を入れる。ドクターは椅子に座ってすっかりリラックスした様子だ。確かに、緊急性のある話ではないのだろう。だからといって本当に悪い話じゃないかは分からないが。
「どうぞ」
「ありがとう。で、話を始めてもいいかな」
俺が頷くと、ドクターは幾つかのメモ用紙みたいなものを取り出す。
「当番制で君の補佐を用意してみようか、って提案が上がってきていてね」
「……そりゃまた藪から棒な。補佐っていうと、ドクターのとこの当番秘書みたいなものって理解で良いんですかね」
「うん。理由については、まず目安箱に入れられた要望を見てみると良い」
「なんです? "休暇申請が通るのが遅い"、"責任者が居ないから対応できないと言われた"、"そもそも人事のトップって誰?"」
つい目元を抑えてしまった。クレームっていうのは話半分に聞くものだ。それに、俺が居ない間の投書のようで、仕方ないだろと言いたい部分もある。ただ、最後の一文は少し違う。
「……いやぁ、あくまで一部の声だけどね。君の認知度が他の部門の責任者に比べて著しく低いのは、紛うことなき事実なんで」
「まあ、人事のトップはドクターだって多くのオペレーターは思ってるんじゃないですか?」
実際、ドクターは無理を通すだけの権限を持っている。俺も彼の意見は参考にする部分が多いから、ドクターが実権を握っていると思っている人が居てもおかしくない。
「君は普段本当に表に出ないからね。食堂でさえ見かけたらラッキーかと思うくらい」
「それは流石に言いすぎじゃないですかね。毎回とは言いませんが、食堂は結構使ってますよ」
「でも君、人が多い時間帯は避けるでしょ。人目を気にしてるんじゃなくて、空いた席を探すのが手間だからだと思うけど。多くのオペレーターにとって君はロドスを半壊させたあの事件の印象しか無いんじゃないかな……」
俺とフィアメッタの初対面の出来事である。確かにあの印象だけがついて回るのは良いことではない。
「だから君の知名度アップと、人事業務の効率化の為に補佐を用意してみようって案が出たんだ」
「ちなみに出したのは誰です?」
「私」
自信満々に胸を叩かれても困る。いや気にかけてくれているのはありがたいのだけれど。
それにしても補佐か。コーヒーを飲みながら考える。この部屋に居座るのなんてそれこそフィアメッタくらいしか居なかったから、他の誰かが入り浸っている姿は想像しにくい。なんとなく、他の人がそこに居ると嫌な気分になりそうだ。ここは断ろうかとドクターの目を見て、言葉が止まった。
ああ、こりゃ既に外堀は埋まっているタイプの顔だ。俺がここで一度断ろうが、上手いことやって、それこそケルシー先生やアーミヤCEOの権限を借りてきて呑ませるタイプの顔。
「前から提案はしていたんだけどね。ケルシーが渋っていたから話が進んでいなかったんだ。それが最近賛成に傾いてきていたから。極東の出来事が君にとって良い方向に働いたから問題無いと判断したのかな」
「はあ。御上の方で決まってるみたいだからそこはとやかく言いませんけど。当番制と言ったって誰が決めるんです? 俺の仕事が増える感じですよねそれ」
「とりあえず希望者を募ってローテーションを組む形に出来ないかと考えているよ。最初は少しハードかもしれないけど、人事業務ができる人が増えて困ることはないでしょ?」
「人手が足りないのは事実ですけど。希望者ってそんなに居るんですかね」
「安心して、既に五人くらい確認取ってるから。リスト見る?」
「仕事が早い」
やっぱり首を縦に振らせる気だったじゃないか。
ドクターから名簿を受け取る。コードネームしか書いてないが、プロファイルはそもそも自分の端末にも入っているから問題ない。一番最初にフィアメッタの名前が見えて嬉しくなった。ドクターにつつかれると何言われるか分からないので、零れそうな笑みを抑える。
「フィアメッタ、サリア……はだいたい予想通りだな」
サリアは忙しい身の上の筈だが、完璧にこなしそうな貫禄がある。ヴイーヴルに天才的な頭脳と真っ当な倫理観を与えた結果バグったような人だ。いつ休んでいるのだろう。
「で……メランサ? メランサって予備隊の子ですよね。面識は無かったと思いますが」
「それは教官からの推薦だね。隊長として様々な経験を積ませてあげたいんだって。優秀な子だからそこは安心して良いよ」
「テスト結果は把握してるんで、そこは分かってますよ。コミュニケーションスキルが少し低いみたいですが、それも含めて訓練でしょう」
「うん。もしかしたら他の予備隊員が遊びに来ちゃうかもしれないけど上手く相手してあげて」
「過保護か」
よく言えば信頼関係が築けているということだろう。
「で、キララ……この子は光元側の生まれでしたっけ」
「この子も人付き合いが苦手でね。そんな自分を変えたいって希望してくれたんだ」
「コミュ障ばっか集まってきてません?」
「活発な子は人事補佐なんてやろうとしないでしょ。バブルやケオベが書類仕事をしている様子が想像できる?」
「えー、仕事を手伝う前に勉強をちゃんとやってください」
「そうなるでしょ。怖がらせちゃ駄目だからね」
「……善処します」
無理だろうな、と思いながら最後のページをめくる。コードネームを見て、思わず顔を上げた。
「この子って」
「うん。前に君にお願いしたね。お世話になったから手伝いたいって。覚えていてくれて良かったよ」
「流石にわざわざ顔合わせた子を忘れたりはしませんよ。ワルファリンと言い、俺のこと薄情に思い過ぎじゃないですか」
「薄情っていうより、入れ込みすぎないようにってわざと距離を取るタイプでしょ君は」
「…………」
「じゃあ。今度改めて詳細詰めようか。問題ないと思うけど、ちゃんと資料読んでおいてね」
コーヒーを飲み終えたドクターが席を立つ。俺は手元の資料にあるオペレーター、
詳細不明の職場破壊犯